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2011年3月 4日 (金)

満州建国は日本の侵略ではない

「東京裁判史観」「自虐史観」では、「満州事変」が日本による支那侵略の開始だと言う。もともと「支那人」が居住していた満州を日本が侵略したと言うのである。

しかし、満州はもともと支那人が居住していた所ではない。その証拠が「万里の長城」である。支那大陸を初めて統一した秦の始皇帝は、満州や蒙古に住む民族が支那に侵入して来るのを防ぐため、三海関から西域地方まで六千四百キロの巨大な壁をつくった。つまり、満州は蒙古と同様、支那人(漢民族)の居住地でも支配地でもなかったのだ。満州族の清朝政府も、支那人が満州に移住するのを禁止し、自分たちの故郷に異民族たる漢民族が侵入するのを防いだのだ。

中華民国の建国即ち辛亥革命は、「反清復明」(満州族の清朝を打倒し、漢民族の明朝を復活させる)「滅満興漢」(満州族を滅ぼして漢族を興起させる)をスローガンにしたのだ。

このように満州は支那ではなく満州は漢民族の土地ではないということは明々白々である。

したがって、日本が満州を煮て食おうと、焼いて食おうと、支那を侵略したのではない。しかし日本は満州を煮て食ったわけでも焼いて食ったわけでもない。理想国家建設を目指したのだ。そして満州族の王朝であった清朝最後の皇帝愛新覚羅溥儀を皇帝とし大満州帝国を建設したのである。そして満州に住む人々は平和と繁栄を満喫したのである。

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