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2011年3月11日 (金)

論語と「共産中国」

三月七日に行われた「おとなの寺子屋・論語の会」で、東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)は次のように語った。

「中国では『論語』が学校で教えられるようになった。『人間性を涵養するために、「論語」をしっかりと読んでしっかりと覚えましょう。「己を欲せざるところを人に施すなかれ」などの処世に関する成語・格言・警句を把握してノートに書きましょう』と教科書に書いてある。日本の論語教育とそんなに変わらない章句を選んでいる。中国は経済状況が良くなってきたのに、道徳が乱れている。それを直そうとしている。独裁国家の中で儒教の価値を喧伝するのは共産党支配を強くするため。『論語』には大変立派なことが書かれているが、古代中国人はそんな立派なことを実行していたわけではない。実行していなかったから、紙が少なかった時代に書くまでもない事を紙に書いたのである。」と語った。

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千駄木庵主人曰く。「小便すべからず」という標語が掲げられるのは、してはいけない所で小便をする人がいるから掲げられるのである。それと同じで、道徳の色々な徳目を文章にして民に教えるのは、道徳を実行する人が少ないからである。毛沢東時代の支那、蒋介石時代の台湾には、「毛主席万歳」「総統万歳」の標語があちこちに掲げられていた。それは、毛沢東や蒋介石が嫌いな国民が多かったからである。今の共産支那も「中国共産党万歳」という標語が掲げられている。これも、中国共産党が嫌いな人が多いからである。

毛沢東存命中の「文化大革命」の時代は、「批林批孔」運動が展開され、儒教は排撃された。実権派を打倒するために、大いに造反を煽った時代には、体制擁護の思想と言っていい儒教は邪魔だったのである。ところが、今日の中国共産党は、民主化の動きを抑え秩序を維持するために儒教思想を利用しているのだ。

「己を欲せざるところを人に施すなかれ」(『論語-衛霊公』)で思い出すのは、小泉純一郎元総理の靖国神社参拝に対して、当時の王毅駐日大使は、「東洋人は他人が嫌がる事をするものではない」と批判した。冗談ではない。他の国が嫌がることばかりしているのが、共産支那ではないか。よくこんなことが言えたものである。

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