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2011年2月 6日 (日)

愛国維新運動とやまと心

維新運動・愛国運動・民族運動・真正保守運動と言われている運動の基本は何か。何を目的としているのか。排外主義と国粋主義とは同じなのか。日本主義とは何か。具体的にどういうことを為すべきか。こういうことは重大な問題であるだけに、運動に携わっている人々は、皆それぞれに悩み、思考し、そして実践している。

日本精神・日本主義・民族主義・国粋主義・愛国主義・民族精神・日本伝統精神というように維新運動の基本に置く思想の名称も色々ある。それぞれ微妙に違いがあるように思える。しかし私は、基本にあるべき思想精神は「尊皇愛国」「敬神崇祖」であると思う。

 敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山桜花

 近世の國学者・本居宣長の歌である。「大和心をどういうものかと人に問われたら、朝日に美しく映える山桜だと答えよう」というほどの意である。

 神の生みたまいし美しい國に生まれた日本人は、美しいものを見たら素直に「美しい」と感動する。その「素直な心」「そのままの心」「純真無垢の心」「無我の心」が、日本民族固有の精神である。これを「もののあはれ」という。それは、理智・理屈・理論ではない。一切の先入観を取り除いた心である。大和心即ち日本伝統精神は、純粋な感性である。嘘の無い心即ち「真心」である。

 「朝日ににほふ山桜花」の美しさは神々しさの典型である。宣長は、日の神の神々しさを讃えている。そこにわが國民信仰の根幹である太陽信仰(天照大神への信仰)があり、神の命に対する畏敬の念がある。

 敷島の大和心を人問はば 蒙古のつかひ斬りし時宗

 村田清風の歌である。清風は長州の人。文化五年(一八〇八)二十六歳にして藩主・毛利齋房の近習になる。藩の制度改革・財政確立・士風作興に功績があり、國學明倫館を建て、江戸藩邸に有備館を建て、學問を振興させた。安政二年(一八五五)に七十三歳で病没。本居宣長の「しきしまの大和心を人問はば朝日に匂ふ山ざくら花」を「本歌取り」(和歌、連歌などを作る際に、すぐれた古歌や詩の語句、発想、趣向などを意識的に取り入れる表現技巧)した歌。北條時宗が弘安二年、わが國に朝貢(日本が貢ぎ物を差し出して元の属國になること)を求めて来た元の使者を博多で斬った。この時宗の行為を大和心の典型であるとして讃えた歌である。わが國に事実上の降伏勧告に来た蒙古の使者を時宗が斬った戦闘心・攘夷精神を「大和魂」と表現したのである。つまり、どんな大國を相手としても死を恐れないでこれを討つという精神が戦闘的な大和心なのである。

 

日本は今日、中華帝國主義とアメリカ覇権主義の狭間にあって苦しむのみならず、北朝鮮にミサイルの脅威にさらされ國民を拉致され、韓國やロシアには領土を取られている。今こそ日本國民全体がナショナリズム・愛國心・大和魂を発揮して國難に当たるべき時である。そして日本民族の真のナショナリズムは本居宣長・村田清風・眞木保臣・吉田松陰のように日本民族の本来的な清明心・尊皇精神に立脚した大和魂でなければならない。

              

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