« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011年2月28日 (月)

民主党政治家の不敬言動について

小生は、今日の『日本の心を学ぶ会』で「國體・皇室の尊厳性と民主党政権」と題して、「民主党政権幹部の皇室軽視・不敬言動は、①小沢一郎の習近平来日時における、『天皇陛下に対する不敬発言』及び韓国訪問時における『皇室及び日本民族侮蔑発言』②菅直人の『昭和天皇退位論』③中井洽の『国会議場における不敬言動』④岡田克也の『君が代否定論』⑤亀井静香の『京都広島遷都論』、の四つである。神武天皇は騎馬民族であったとか、日本人はアジアの寄生虫であり韓国人の優秀な血を入れなければならない、というような常軌を逸した講演を韓国で行った小沢一郎は、最も悪質である。小沢は自民党を脱退し、新進党を壊し、自由党も壊し、今日民主党をも壊そうとしているので壊し屋と言われているが、その本質は、日本という国に対して怨念を抱いていて、日本を壊そうとしているとしか思えない」と論じた。

瀬戸弘幸氏は、「日本は国家意識が希薄になってきている。戦争になるくらいなら、国家主権を売り渡してもいいと言うような、ホリエモンのような人が増えている。私は農家の保守的な家に育った。昭和天皇のご成婚の時の御真影が掲げられていた。家族は、毎朝、御真影と戦死した父の兄の写真に拝礼した。私は、五年間家出をし、拘置所に父が面会に来た時、父から国を愛するとはどういう事かを懇々と諭された。

涙が止まらなかった。バカな息子に教えてくれた父に今でも感謝している。学校教育では愛国教育は受けなかったが家庭で教えられた。幼少の頃、家の近くを通る東北本線を走るお召列車から、昭和天皇が手を振られ、近所の人たちも手を振っている光景を今でも覚えている。誰に強制されたわけではない。天皇陛下への絶対の信仰を基本とした運動、天地自然に宿る日本の神々への絶対信仰を基盤とした運動でなければならない。」と語った。

出席者から「昭和記念公園に、医療刑務所が建設されようとしている。」「自民党は、愛国心を否定するホリエモンを衆院選挙で亀井静香への刺客にした。」などという意見が出された。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十七日

午前は、母のお世話。

午後は、今日の講演の準備など。

午後六時より、春日の文京区民センターにて、『日本の心を学ぶ会』開催。渡邉昇氏が司会。瀬戸弘幸氏と小生が「國體・皇室の尊厳性と民主党政権」と題して講演。質疑応答。

この後、懇親会。同志多数と談論風発。

| | トラックバック (0)

2011年2月27日 (日)

日本民族の光明精神

「まつり」とは厳粛なる行事ではあるが、堅苦しい苦行ではない。明るく楽しく清らかな行事である。神人融和・神人合一の状態は明るく面白いのである。

「阿波礼、阿南於毛志呂、阿南多乃之、阿南佐屋気、於気於気(あはれ、あなおもしろ、 あなたのし、あなさやけ、おけおけ)」

これは、天照大神が天の岩戸からお戻りになり、世界が明るさを取り戻した際、天の岩戸の前で神々が歌い踊って喜ぶ場面の掛け声である。『古語拾遺』(平安時代神道資料)に見られる。

日の神たる天照大御神の再臨は、笑ひによって實現した。日本民族にとって「笑ひ」とは、暗黒や邪気を除去し明るい日の神を迎へる歓びであった。つまり祭りの原義と一體である。

日本人が「まつり」が好きなのは、日本人が本来明るい性格の民族であるからである。「面白い」といふの言葉は、實に天の岩戸開き以来の言葉である。神人合一とは、明るい面白い境地なのである。

我が國民が祭りが好きであるといふことは、日本人が本来明るい精神を持ってゐるといふことである。厭世的でもなければ逃避的でもないといふのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓ひ清めることができる信じ続けてきてゐるのである。

また「さやけ」といふ言葉には、日本人の清潔好きといふ感覚が表現されてゐる。面白く楽しく清らかいふのが「まつり」なのである。

ここに日本神道=日本傳統信仰の特質がある。多くの教団宗教は難行苦行を経なければ神仏の許しを得ることはできない。そして神は常に人間に対して罪を犯したら裁く、神に背いたら報復すると脅し続ける。神道はさういった恐怖の信仰ではない。

| | トラックバック (0)

最近お贈り頂いた書籍

最近お贈り頂いた書籍を紹介します。

『日本史を歩く』 岡島茂雄氏著 高木書房発行 発行所より

Img021

『楓蔭書屋家集・鞆の音』 三清庵居士著 近代出版社発行 発行所より

Img023_4

お贈り下さった方々に感謝申し上げます。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十六日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

夜は、明日の講演の準備。

| | トラックバック (0)

2011年2月26日 (土)

オーストラリアにおける人間狩りについて

地震のニュースを見ていてつくづく思うのであるが、ヨーロッパから遠く離れたニュージーランドやオーストラリアが、何故白人国家なのだろうか。しかも先住民と言われる人々は全くいないと言っていい。これは不思議なことである。しかし不思議でもなんでもないのである。オーストラリア先住民は、イギリス人によって殺戮されてしまったのだ。

オーストラリア大陸では、1788よりイギリスによる植民地化がはじまり、それと共に、イギリス人は原住民であるアボリジニを「スポーツハンティング」=人間狩りするようになった。

1803年にはタスマニアへの植民が始まってからは同じくタスマニア島のアボリジニに対するスポーツハンティングが行われ、島民をすべて虐殺した。イギリス人は、先住民を人間と見なさなかったのである。極限の人種差別である。

1828には開拓地に入り込むアボリジニを、イギリス人兵士が自由に捕獲・狩猟・殺害する権利を与える法律が施行された。アメリカ合衆国においても、オーストラリアほどではないにしても同じような歴史が刻まれている。

こうした歴史を我々はしっかりの見据えなければならない。

戦時中、「鬼畜米英」という言葉が使われたが、決してオーバーな表現ではなかった。東京大空襲・原爆投下はまさに鬼畜の所業だ。

昔のことをほじくり返して何になるという人もいるかもしれない。また、共産支那・北朝鮮の脅威にさらされている日本は、日米同盟を大切にしなければならないと言う人もいるだろう。私もそう思う。

しかし、わが日本は今日、アジアへの侵略者だったと非難され続けている。そして国民の多くは、誤れる贖罪意識にさいなまれている。これが、支那や朝鮮に対して毅然とした姿勢がとれない根本原因である。

日本民族は、大東亜戦争というアジア・アフリカから残虐なる白色帝国主義を駆逐する戦いを行ったのであるということに誇りを持たねばならない。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十五日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務・資料の整理。

夜は、明後日の「日本の心を学ぶ会」における講演準備。午後六時から、地下鉄春日駅上の文京区民センターで「國體・皇室の尊厳性と民主党政権」と題して話します。

| | トラックバック (0)

2011年2月25日 (金)

原口一博などに「維新」という言葉を使う資格はない

原口一博氏が「日本維新の会」というのをつくった。「日本維新連合」準備会合というのも開いた。以前、大前研一氏が「平成維新の会」というのをつくった。今は解散してしまったようだ。維新という言葉を安易に使ってはならないと思う。

「日本維新連合」準備会合には、皇室と日本民族を侮辱した小沢一郎の手下・山岡賢次・松木謙公も参加した。「小沢の手下が入っていて何が維新だ。ふざけんじゃない。小沢一郎を打倒してこそ維新だ。そんなことが分からないのか」と言いたい。

原口一博の「日本維新連合」などの動きは、小沢一郎の権力延命と菅・岡田の主導する民主党つぶしである。そんな低次元の動きに「維新」という言葉を使うなどとは、明治維新への冒瀆以外の何物でもない。

原口一博にはがっかりした。彼は末次一郎氏の教えを受けたはずなのだが、すっかり小沢の手下になってしまった。

維新とは、復古即革新を目指す日本的変革である。天皇を中心とする國體を明らかにして、現状を変革するという崇高な変革である。今の政治屋どもに維新という言葉を軽々しく使ってほしくない。否、使ってほしくないどころか、彼らには使う資格は微塵もない。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十四日

午前は、母のお世話。医師の往診があり、付き添う。小生も診察を受ける。心配していた糖尿病の兆候はないとのこと。一安心。しかし、太りすぎには十分気をつけるべしとのこと。

この後、ケアマネージャーの方が来宅。母の介護について相談。

午後は、「伝統と革新」編集の仕事。執筆者が大体確定する。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

夕刻は、谷中に新しく開店した飲食店に赴く。なかなか良いお店だった。女将さんが美人。「美しきものは永遠の喜びなり」(ジョン・キーツ)。

帰宅後は、資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2011年2月24日 (木)

石原慎太郎氏の動向について

石原慎太郎氏が、国政に復帰するという報道がある。高齢化社会になるのだから、高齢の政治家かどんどん活躍すべきである。議員の定年制などというのはおかしい。これからこそ、老人パワーが炸裂すべきである。

石原慎太郎氏には、國體観・皇室観・三島由紀夫論・昭和殉難者靖国神社合祀などで、問題があることは確かだが、近二十年間、ころころ変わったどの総理大臣よりもましである。一回は総理になってほしかった。国政に復帰するのは良いことだと思う。何しろ今の政治家にはろくなのがいないのだから…。平沼赳夫氏と提携して日本を良い方向に引っ張って行ってもらいたい。

ところが、亀井静香・小沢一郎とも手を組むなどという噂がある。亀井氏はともかく、小沢と手を組むなどということはあり得ないと思う。否、あってはならないことだ。石原氏が小沢一郎の延命に手を貸すなどということがあったとしたらまさに悪夢である。

今日の会合で、自民党には、女性議員にしっかりとした人がいるという話を聞いた。山谷・稲田・小池の三氏などであるという。そうかもしれない。この三人は國體・国防・憲法・教育・領土などで、まともな姿勢を貫いている。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十三日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、三田で行われた会合でスピーチ。多くの同志と会う。皆元気そうであった。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2011年2月23日 (水)

ニュージーランドの地震とリビア情勢に思う

ニュージーランド南島の中心都市クライストチャーチ市で地震が起きた。相当の被害のようである。血だらけの白人被害者が逃げ惑ったり救助される姿などがニュースに映し出されていた。数多くの白人がこうした災害に遭う場面が報道されるのは、20019月11アメリカ合衆国で発生した同時多発テロ以来ではなかろうか。

大きな災害やテロや内戦や権力による弾圧などで、庶民が殺されたり、被害に遭ったり、逃げ惑う姿は、年がら年中報道される。その殆どは、アジア・アフリカ・中南米などの有色人種である。今日も、リビアは内戦状態となり、多くの国民が射殺されている。

白人がそういう悲惨な目に遭うことは極めて少ない。地球上に有色人種よりも白色人種の方が、数が少ないせいもあるだろう。白人の国々は政治的経済的に安定しているということもあるだろう。逆に言えば有色人種の住む地域は貧しく政治的に不安定だということだろう。

考えてみれば、同時多発テロの起こったアメリカ合衆国のある北アメリカは、もともと有色人種が住んでいた地域であった。そこにイギリス人をはじめとした白色人種が入って来て、国家を作り上げたのだ。今日、地震が起こったニュージーランドも先住民が暮らしていたのだが、イギリス人が入って来て国家を作り上げたのだ。

私はこれまでの歴史と現在の状況を見て思うのであるが、やはり、白色人種は恵まれていて、有色人種はそうではないと思わざるを得ない。もっと言えば、有色人種は常に、白色人種によって虐げられてきた。その結果、白色人種の国々は繁栄し、有色人種の国々は今日においても悲惨な状況に置かれている。欧米諸国・白色人種の国々の繁栄と安定は、有色人種の犠牲の上に成り立ったと言っては言い過ぎであろうか。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十二日

午前は、母のお世話。

午後は、「政治文化情報」編集の仕事。執筆をお願いした人々に諾否の確認など。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父はよく眠っている。

湯島にて、地元の先輩と懇談。

帰宅後は、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2011年2月22日 (火)

論語の講義を聴いて

「おとなの寺子屋・論語の会」での東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)の講義で印象に残った話を記す。

「『論語』に『顔淵、喟然(きぜん)として歎じて曰く、…これを膽(み)れば前にあり、忽焉(こつえん)として後(しり)えにあり。』(顔淵は嘆息して言った…孔子は、目の前にいるかと思えば、いつの間にか後ろにいる) という言葉がある。朱子学にも老荘思想が入り込んでいる。『忽焉』を、老子の『恍惚』という言葉を流用して解釈した。自分をいかに聖人に近づけるかが目的。自分の内面をどう変えていくかが問題。老子は、宇宙の真理は形をつかめず、言葉に表し難いと言う。道家と儒家の違いは、言葉によって思想を定義するか否か。朱子学は老子の影響を受けている。孔子をつかみどころのない偉大な人物だと言わせている。世捨て人・隠者に憧れる面もあった。朱子学も、自分が修行していく時、言葉に出来ないものがあると実感していた。『博文』とは、格物致知であり、物事を正しく極めること。『約礼』とは、克己復礼であり、己を律して礼に則ること。この二つが聖人に近付いていくために重要。この二つが合わさって正しい学問になる。自分から積極的に売り込んだり、自分を安売りするのは君子のすることではない」。

            ○

こうしたことは、実行は難しい。したがって、聖人になるのは本当に困難だ。しかしこういう教えは読まないより読んだ方が良いと思う。老荘思想と孔子孟子の思想とは相対立するというか、正反対の思想のように思ってきたが、実は、双方とも影響し合っているということのようである。支那人はこの二つの思想をうまく使い分けてきたということであろう。

日本人にも、世捨て人・隠者のような素振りを見せながら、実はなかなか権力欲・自己顕示欲の強い人もいる。それにしても、支那人に限らず人類は、古代より今日に至るまで、多くの哲人・聖人と言われる人々が、色々な教えを垂れてきたが、今日の世界は混迷を極めている。第一、人を救うはずの宗教が、対立・殺りくを繰り返していることは実に困ったことである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十一日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。

この後、資料の整理。

午後七時より、白山の本郷青色申告会館会議室にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。

帰宅後も、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2011年2月21日 (月)

「新しい憲法を作る研究会」で議論されたこと

二月十六日、衆院第一議員会館で行われた『新しい憲法を作る研究会』で、印象に残った発言を記す。

             ○

塚本三郎氏「昭和五十三年七月、当時の栗栖弘臣幕僚会議議長は、マスコミの質問に答えて、『国土・国民を守る使命がある。現行の「自衛隊法」には穴があり、奇襲侵略を受けた場合、首相防衛出動命令が出るまで動けない。第一線部隊指揮官が超法規的行動に出ることはあり得る』と発言し、時の防衛庁長官金丸信に解任された。春日委員長は、栗栖氏を参院東京地方区の候補者にした。火事場泥棒のロシア、空き巣狙いの中国が、北から南から攻めてきている。改憲のために闘おう。」。

小林正元参院議員「菅は『暴挙』と言ったが、犬の遠吠え。七九・八%が菅内閣の外交を評価していない。外交で完全に膝を屈した。普天間基地問題についての菅内閣の対応も七三%が評価していない。資源・エネルギー・食糧の争奪戦が二十一世紀に始まる。そういう状況で国をいかにして守るのか。日本は世界で六番目の領海の広さを持つ。中国がそれを狙って来ている。自衛のためにあらゆる措置を講ずべし。『自衛隊法』を改正して迎え撃つ。来年が危ない。六月二七日に大陸・香港・マカオ・台湾の船が一千隻尖閣に攻め寄せる。」

高乗正臣平成国際大学教授「仙谷由人氏は、自衛隊を暴力装置と言った。そういう認識で国防を語るのが今の政権。『現行憲法』九条を解釈する限り、自衛隊は違憲であるということを議論の出発点にすべし。宮沢俊義氏は『日本は、自衛権を持つが、その発動としても戦争を行うことは許されない。自衛権は戦力・武力の行使を伴わない方法によってのみ発動を許される』と論じた。この説を勉強しない限り、東大を卒業出来ないし、司法試験も合格しない。宮沢俊義氏を中心にした日本の公法学会は左傾した。保守派の憲法学者の殆どが自衛隊合憲論。私は違憲論の立場。非武装中立論の社会党の委員長だった村山富市氏は豹変し、『必要最小限の実力は違憲ではない』と述べた。村山氏は自衛隊を観閲した。憲法は規範である。姑息な解釈はやめよう。欺瞞的な憲法解釈のツケは大きい。七五から八〇%の学者が自衛隊違憲説をとっている。武力なき自衛権があり得るかどうかは中学生レベルでもわかる。全世界が建前上は『自衛のための戦力』と言っている。戦力とは、単独で外敵と戦える物的力のこと。武力なき自衛権論は説得力を喪失した。自衛戦力合憲論も無理。第九条は異常な条文。政府は、これまでのような姑息で欺瞞的な解釈改憲をやめ、憲法改正を堂々と問いかけるべきだ。村山富市や菅直人のために自衛隊は忠誠を尽くせるのか。国益と政府益とは異なる。連綿と続いてきた共同体としての國=ネーションと、政府=ステイト・ガバメントとは異なる。自衛隊・警察・消防は政府のために命をかけるのではない。将来の憲法は、まず日本の国柄をしっかりと踏まえた上で考えるべし。憲法は、国柄と国民の生命・自由・財産を守るために存在する。」

小生の「『現行憲法』下で戦争が起こった場合、宣戦布告は誰が行うのか、そして、理想の憲法では誰が行うのか」という質問に答えて、高乗氏は、「『現行憲法』には緊急事態に関する規定は一切ない。宣戦布告も出来ない。ノー天気な憲法。アメリカは大統領が軍の直接指揮官。日本は、天皇のもとに、議院内閣制がある。天皇は権威の中心。首相は権力の中心。自衛隊の指揮権は首相にあるが、自衛隊の忠誠心の対象は、天皇陛下。天皇は、文化の象徴。権威の象徴として国事行為を行われる。」と答えられた。

清原淳平氏「岸信介氏は、自民と民社の二大政党が一番良いと言っていた。自主憲法制定運動に、竹本孫一・和田耕作・塚本三郎・柳沢錬造という方々がおいで下さった。民主党政権で日米関係がぎくしゃくした。『現行憲法』では、『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』という三重の制約がかかっている。九条の改正にとりかかるべきだ。憲法を改正しないと、他国から侮りを受ける。『現行憲法』第九条は、学者の説を全部集めたら、十八通りの解釈がある。そんなに解釈があるのはおかしい。改正せねばならぬ。外国が攻めて来たらどうするのかという規定がない。正当防衛権・緊急避難で戦うしかない。北海道の自衛隊のある師団長は『ソ連が攻めて来たら、我々は命じられなくとも、国民を守るために自分の判断で防戦するしかない。戦って責任を取らなければならないのなら、腹を切るしかない。』と言っていた。九条の解釈には変遷があった。独立した以上、独立国としての解釈をせねばならない。芦田修正で処理するのは限界。」

竹内雄一郎氏「若者の国防意識の欠如は、これまでの憲法解釈のツケが回ってきているから。『君死にたもうことなかれ』『子供を再び戦場に送るな』は感傷的な言葉。」

            ○

『現行占領憲法』は、日本を永遠に戦勝国の属国にしておくために押し付けられた憲法である。だから、国防に関する規定がない。一刻も早く正統憲法を制定すべきである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二十日

午前は、母のお世話。

午後は、「伝統と革新」編集の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、町屋斎場にて執行された小中学校の後輩の母上のお通夜に参列。お会いする度に、小生の両親のことを心配してくださっていたが、先に亡くなってしまわれた。心よりご冥福をお祈りします。道灌山下の老舗てんぷら店・天米のおかみさんである。ここの「かき揚げ」は天下一品。

帰宅後は、資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2011年2月20日 (日)

『皇室典範』改正問題について

以前、『憲法懇話会』で憲法学者の高乗正臣氏平成国際大学教授から、『皇室典範』改定問題にかかわる重要なご教示を頂いた。

宮沢俊義氏(故人・憲法学者、東大教授)は、戦前の同氏の著書『憲法略説』で、

「大日本帝国は萬世一系の天皇永遠にこれを統治し給ふ。これわが肇国以来の統治体制の根本原理である」「国家固有・不変な統治体制原理は国家成立と共に存するのであり、成文法の規定を俟ってはじめて存するのではない」「憲法第一條等の規定はすでに存するわが国家の根本原理を宣言したもので、創設的意味をもつものではない。…國體の原理は帝国憲法または皇室典範によって基礎づけられてゐるのではなく、反対に帝国憲法または皇室典範が、従ってまたわが国法の全体がそれによって基礎づけられてゐると考ふべきである。」「皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要しない。皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。臣民の公議に付すべきにあらず。それは帝国議会の参与が許されぬことを意味する。ここで帝国議会の参与が排斥される理由について、『憲法義解』はその憲法第七四條の註において『皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。而して君民相關かるの権義に非ざればなり』といひ、さらに皇室典範第六二條の中において『皇室の事は皇室自ら之を決定すべくして之を臣民の公議に付すべきに非ざればなり』といってゐる。」

と論じてゐるといふ重要な御教示を頂いた。

小生は、「戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承といふ皇室の重大事が権力機構である国会で決められしてまふやうになったのは國體隠蔽である」とかねてより主張してきた。戦後は全くおかしな憲法論議を行った宮沢俊義氏も戦前においては小生と同じような事を言っていたのである。高乗正臣氏のご教示に感謝する。

皇室の事柄を政府・国会で決めるのは、権力が権威を、俗が聖を、権力国家が信仰共同体国家を、政体が國體を規制する事となる。これは國體破壊であると言っても言い過ぎではないと思ふ。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十九日

午前は、母のお世話。

この後、『政治文化情報』発送作業・完了。読者の皆様には月曜日にはお届けできると存じます。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、書状及び原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2011年2月19日 (土)

新国劇について

今日は仕事をしながら、平成元年に録画した新国劇十八番「極め付け国定忠治」を鑑賞しました。約三十年前の昭和五十五年、読売ホールでの公演です。主役の国定忠治はもちろん辰巳柳太郎。川田屋次は島田正吾、日光の円蔵は宮本曠二郎、山形屋藤蔵は緒形拳でした。出演者の殆どは故人となっております。

私は高校生時代に明治座で見て以来、新国劇が大好きになりました。そして東京での公演は殆ど見に行きました。「国定忠治の」の名セリフは暗記しています。赤城山天神山の場の「赤城の山も今夜を限り」はもちろん、「犯した罪の数々に首は細っても長岡の忠治、生涯男の魂は曇らせたくねえ了見だ」「何を隠そう高飛車に出て、子分の衆に斬られようと、企んで来たが相親の御室の最後を見るにつけ、矢竹心の張りも切れ、年寄りの意気地はなくなった。笑って死のうぜ、やってくんねえ」などです。

そして「瞼の母」の「親に放れた小僧っ子がぐれたを叱るはちっと無理。堅気になるはの遅蒔きでござんす」「幼い時に別れた母親の顔は、こう瞼の上下ぴったり合わせ、思い出しゃあ、絵に描いたように浮かんで来るんだ。それでいいんだ、会いたくなったら俺は目をつぶろうよ」。「大菩薩峠」の「親もいない、子もいない、妻もなければ、兄弟もない、天涯孤独の龍之介」、なども覚えております。

銀座で偶然にお会いした島田正吾氏に握手をしていただきながら、「瞼の母」のセリフを言ったら、大変喜んでいただきました。島田氏の楽屋を訪問し、お話を伺ったこともあります。島田氏の色紙は私の宝の一つであります。

新国劇は「男の劇団」と呼ばれ、義理人情の世界を描いた劇を多く上演しました。日本人の伝統というか、美風というものを伝える劇団だったと思います。今は、新国劇もなくなり、島田・辰巳両氏も、そして緒形拳氏も亡くなってしまいました。本当にさみしい限りです。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十八日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

夕刻、日本橋にて、知人と懇談。

帰宅後は、諸雑務。

| | トラックバック (0)

2011年2月18日 (金)

民主党政権は全くどうしようもない

民主党政権の外交・安保全くどうしようもない。民主党政権になってから、沖縄の基地問題も混迷した。また、自衛隊関係者に対する不当な調査活動・言論抑圧が露骨に行われている。さらにわが国は外交的にもどんどん追い詰められている。対米関係も怪しくなり、共産支那による我が国領土・領海・資源に対する侵略行動が激化し、ロシアによる北方領土に対する不当不法行為が深刻化した。民主党には政権担当能力はなかったのだ。私は、小沢・鳩山・菅・仙谷の責任は極めて大きいと考える。

対支那外交で、軟弱どころか国辱的な対応をしたことが、ロシアの強硬姿勢というか、わが国固有の領土に対する不当不法な行為を誘発したのである。

菅直人総理は、ロシアのメドベージェフ大統領による北方領土訪問を「許し難い暴挙」と言った。その言葉自体は正しい。しかし、暴挙であると思ったのなら、ロシアに対して強硬な姿勢を行動で示さねば駄目だ。何もしないで、ただ勇ましい発言をするだけでは、犬の遠吠えであり、外交とは言えない。

民主党の内紛などはどうでもいい。風が吹いて当選してきた連中は、逆風が吹けば消えてなくなる。それが嫌で会派離脱などと言い出したのであろう。今日、記者会見で並んだ会派離脱組の連中の顔を見ると、とても日本の政治を任せたいと思うような人はいなかった。初めて見る顔ばかりだった。企業から不当解雇されるのが嫌で訴訟を起こした社員みたいだった。それよりも、民主党政権が長く続けは続くほど、日本が危なくなるのだ。

しかし総選挙をやっても自民党が勝っても、政治が安定するとは思えない。相変わらず混迷を続けるであろう。衆参両院で安定的多数を占める政党が政権を掌握しない限り、日本の政治は混迷を続けることになる。

嘆くばかりではどうしようもない。内憂外患交々来る時、維新変革が起こる。それが日本の歴史である。歴史は繰り返す。真の維新とは、復古即革新である。日本國體の真姿を回復することによって、現状を変革することである。今こそ、その時である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十七日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

この後、病院に赴き父に付き添う。看護師さんと相談。

帰宅後は、発送準備及び『伝統と革新』編集の仕事。

| | トラックバック (0)

2011年2月17日 (木)

憲法研究会での論議

今日の『新しい憲法を作る研究会』で印象に残った発言を記す。

塚本三郎氏、「火事場泥棒のロシア、空き巣狙いの中国が、北から南から攻めてきている。改憲のために闘おう」。小林正元参院議員は、「菅は『暴挙』と言ったが、犬の遠吠え。」高乗正臣氏は、「仙谷由人は自衛隊を暴力装置と言った。そういう認識で国防を語るのが今の政権」。

小生は、「『現行占領憲法』下で戦争が起こった場合、宣戦布告は誰が行うのか。理想の憲法下においては、誰が行うのか」という質問を提出した。

高乗氏は、「『現行憲法』には緊急事態に関する規定は一切ない。宣戦布告も出来ない。ノー天気な憲法。天皇は権威の中心。首相は権力の中心。自衛隊の指揮権は首相にあるが、自衛隊の忠誠心の対象は、天皇陛下。」と答えられた。

『現行占領憲法』は、日本を永遠に戦勝国の属国にしておくために押し付けられた憲法である。だから、国防に関する規定がない。一刻も早く自主憲法を制定すべきである。

長時間にわたって、自衛隊は違憲か合憲かなど、重要な論議が行われた。後日あらためて報告します。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十六日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、永田町の衆議院第一議員会館にて、『新しい憲法をつくる研究会」開催。清原淳平新しい憲法を作る国民会議会長・塚本三郎元民社党委員長が挨拶。高乗正臣平成国際大学教授・憲法学会会長が、「憲法第九条・自衛権・自衛隊」と題して講演。活発な質疑応答。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事、『政治文化情報』発送準備。

| | トラックバック (0)

2011年2月16日 (水)

皇位継承の論議について

今日、学生時代からの同志である方から次のようなメールをいただいた。

「最近は皇統問題で保守論壇では男系派と女系派が入り乱れて互いに相手を罵倒しあう状況で嘆かわしく思います。私の記憶では以前『政治文化情報』誌において四宮さんはたしか、皇統問題は臣下があれこれ議論する筋ではなく、最終的には大御心に待つべきものと書かれておられて私も感服しました。四宮さんのご意見は現在もお変わりありませんか。ご教示頂ければ幸甚です。…この件、○○○○氏とも議論しましたが、臣下は語らずということで一致しております。」

小生は次のようなご返事を差し上げた。

「全く変っておりません。貴兄と同じく小生も最近の状況はまことに嘆かわしいと思います。臣下たる者、上御一人の大御心にお任せするべきと思います。明治の『皇室典範』も、明治天皇の勅定でありました。」

             ○

以前小生が書かせていただいた一文の一部を掲載させていただく。

「世俗の権力機構としての国家の根底にある祭祀国家・信仰共同体国家の祭祀主の御位の継承といふ神聖なる事柄を、権力国家の行政機関や立法機関で決定してはならない。あくまでも天つ神の御意志・神代以来の肇國以来の傳統に基くべきである。

そして神の御意志・肇国以来の傳統の体現者は、上御一人日本天皇であらせられる。天つ神の地上におけるご代理=現御神であらせられ、神代以来の傳統の繼承者・體現者であらせられる天皇陛下の大御心に帰一すべきである。これが一番大切である。いかなる権力者であらうとも、いかなる立場の者であらうとも、臣下が議論して決めるべきではない。

旧『皇室典範』は、明治天皇が裁定され、制定された。即ち勅定である。議会や政府が定めたのではない。臣下の真摯な建言は許されるとしても、皇室に関はることは、なべて大御心に俟つべきである。一切は大御心のまにまにが、臣下國民のあるべき姿勢である。」

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十五日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『大吼』連載の「萬葉集を読む」執筆・脱稿・送付。

| | トラックバック (0)

2011年2月15日 (火)

天照大神と皇位継承

和やかな慈愛の神天照大神は同時に断固として怒る神であらせられる。そして、祭政一致という日本國體は、地上のおける神の代理という靈的なご資格と肉体人間としての血統的ご性格を併せ持たれる祭祀主日本天皇を共同体の核として仰ぐということである。

また天照大神は母神として祖母神としての慈愛と父神としての力をお持ちになる。従って、天皇は天照大神の地上的御顕現として男性原理と女性原理を併せ持たれるのである。

女性の祭り主=君主・皇族が武力を用いなかったという事はないし、軍の統率者たり得なかったという事もない。天照大御神・神功皇后・斉明天皇・持統天皇のご事績を拝すれば明らかである。

男尊女卑思想は、儒教・仏教という外来思想の影響であり、日本には本来ない思想である。祭祀国家・信仰共同体国家日本の祭り主が女性であったとしても何ら不思議ではなかった。

皇位継承・天皇の御即位は、天孫降臨の繰り返しなのである。故に「天照大御神は女神なのだから日本の皇統は女系でよいのだなどといふのは児戯に類する妄論」とすることは絶対に出来ない。女系で良いとか悪いとかという論議ではなく、神武天皇以来の伝統は出来得る限り守られるべきであるが、万策尽きて、女系天皇が御即位あそばされても「天照大御神の生みの御子であらせられるのだから皇統断絶ではない」と小生は信ずる。

わが國は今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給う天皇を、現実の國家元首と仰ぎ、國家と民族の統一の中心として仰いでいる。日本においては、神話は今も生きている。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十四日

午前は、母のお世話。訪問介護士の方と共なり。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。医師の方と懇談。

夕刻、谷中にて、地元の先輩と懇談。

帰宅後は、『大吼』に連載中の「萬葉集」講義原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2011年2月14日 (月)

小沢と河村、そして民主党外交について

河村も大村も、選挙前から小沢との親密な関係を誇示していたら、あれほど票を取ったであろうか。愛知県民も名古屋市民もそれほど馬鹿ではあるまい。だから直接選挙で権力者を選ぶのは怖い。選挙に勝ったら何をしても良いということになる。独裁政治はそこから始まる。ヒトラーも毛沢東もカストロもマルコスも今度退陣したエジプトのムバラク大統領も、最初は民衆支持を得て権利を掌握したのだ。小沢と河村は考え方が似ているのだ。選挙で勝ったら何をしてもいいという考えだ。この二人が手を組むのは危険な兆候である。

今月の『文春』に海部俊樹元総理が小沢論を書いている。「軽くてパー」と言われた恨みがあるのだろうが、辛辣というか手厳しい小沢批判となっている。

自民党の閣僚や総理経験者などは、秘書が捕まっただけで、証人喚問に応じたり、議員を辞職している。小沢は、一切そうしたことはしない。これは不公平だ。しかもそのことをメディアは余り指摘ない。それどころか、鳥越俊太郎など一部の評論家・マスコミ人は、自民党批判はまことに手厳しいくせに、小沢一郎のことはかばい続けている。一体何を考えているのか。私は、政治家でも評論家でも、小沢をかばったり支持したりする人は全く信用しないことにしている。

しかし反小沢の姿勢の人がみんな良いかと言うと決してそうではない。菅直人・前原誠司・仙谷由人の三人は、反小沢だが、この三人の外交姿勢は全くおかしい。危険であり、国の存立を危うくする。共産シナに対して軟弱姿勢を取って、ロシアに対して口だけ過激なことを言ったり、強硬姿勢をとっても、うまくいくはずがない。付け焼刃であることは誰にでもわかる。民主党政権の対支那外交が軟弱だったから、ロシアが居丈高になってきているのだ。民主党政権にはまともな外交はできない。民主党政権は一刻も早く打倒すべきである。

自民党は、何故不敬言動を行った中井洽をもっと糾弾しないのか。予算委員長の解任を要求しないのか。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十三日

午前は、母のお世話。

午後は「伝統と革新」編集関係の仕事。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆など。

| | トラックバック (0)

2011年2月13日 (日)

ペリー来航について

今日の祝賀会は、「ペリー来航の間」というところで開かれた。西村真悟氏は今日の祝辞で「現在の在日アメリカ大使館の客室には、ペリーが乗っていた旗艦『サスケハナ』の模型が飾られている」と語った。

ペリーの軍艦は、江戸湾に侵入し、大砲をぶっぱなして示威行動を行った。また、ペリーは大統領の國書のほかに、一通の書簡を白旗と共に幕府に提出した。その書簡には「……通商是非に希むに非ず。不承知に候はば干戈を以て天理に背くの罪を糺し候につき、その方も國法を立て防戦いたすべし。左候はば防戦の時に臨み必勝は我らに之有り。その方敵対なり兼ね申す可く、もしその節に至りて和睦を乞ひたくば、このたび送り置き候ところの白旗を押し立つべし」(どうしても開國通商をしてくれと希望しているのではない。承知しないなら武力に訴えるまでだ。我々は必ず勝つ。その時にはこの旗を掲げて降伏しろ、という意)とあった。これほどの恫喝外交はない。

 

西郷隆盛は後に『大西郷遺訓』において、「文明とは、道の普ねく行はるゝを言へるものにして、…世人の西洋を評する所を聞くに、何をか文明と云ひ、何をか野蠻と云ふや。少しも了解するを得ず。真に文明ならば、未開の國に對しては、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導くべきに、然らずして残忍酷薄を事とし、己を利するは野蠻なりと云ふべし」と欧米を批判したが、アメリカの日本への恫喝はまさに西郷先生が指摘した通りのやり方だった。

アメリカの東方への進出即ちアメリカが誇りとする「フロンティア精神」とは「残忍酷薄を事とし己を利する」と頃の砲艦外交でありは東方への侵略そのものだったのである。このやり方で、米大陸の先住民・メキシコ・ハワイ・フイリッピンなどを侵略した。

さらにペリーは、安政元年(一八五四)の二度目の来航の時には、幕府に油絵を贈り物として持って来た。その油絵はアメリカのメキシコ侵略を描いた戦争画であった。これは文字通り視覚による恫喝である。    

先の大戦もその延長線上にあったと言っていい。大東亜戦争はそうしたアメリカとの戦いであった。日本に先に真珠湾を攻撃させて、「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉に日本に襲いかかった。昭和二十年の降伏調印式が行われたミズーリ号艦上には、ペリーが黒船に掲げた星条旗が掲げられた事実はこれを証明している。

アメリカのやることは正義であり、それに刃向かうものに対しては容赦のない攻撃を加えるというアメリカのある意味の身勝手さと野蛮さは、今日ただ今に至るまで基本的には変わっていない。

しかしながら今の日本は、共産支那や北朝鮮による我が国への侵略・武力攻撃から祖国を守るためには、日米同盟に頼らざるを得ないというのもまた悲しい現実である。

|

千駄木庵日乗二月十二日

朝は、母のお世話。

午前十一時より、横浜山下公園前のホテルニューグランドペリー来航の間にて、「実心館創立三十周年記念祝賀会」開催。国旗敬礼・国歌斉唱の後、村山実実心館合気道会会長が挨拶。安岡正泰郷学研究所理事長が祝辞を述べた。そして村山実会長・松田康司師範などによる奉納演武が行われた。この後、祝宴に移り、西村真悟・伊藤哲夫両氏が祝辞を述べた。「三十年の歩み」のスライド上映などが行われた。

村山実会長は、「武道を通じて人間の徳性を養う。人間によって全てが決まる。この一道を以て報国すの信念で良き日本をつくるために努力したい」と語った。安岡正泰氏は「父は『今の世は妖変・天変地異が多い。人は妖人が多い。』と言っていた。『徳は本なり、財は末なり』と言う。企業は喜業であるべし。徳業であるべし。知行合一・一灯照国の精神を広めていただきたい」と述べた。

東京に戻り、父が入院している病院に赴き付き添う。二日ぶりだったが、父はすやすやと寝ていたので安心する。看護師さんから色々お話をうかがう。

              

夕刻は、教育者の知人夫妻と谷中で懇談。

帰宅後は、諸雑務。

                  

          

                  ◎

村山実氏とは、西村真悟氏支援の会で知り合い、以後、ご厚誼をいただいている。村山氏の主催する講演会で何度が話をさせていただいた。また、小生の大学時代の同期生二人と武道や安岡正篤先生の学問を通じて交流がある方なので、深い御縁を感じる。今日もそのうちの一人である深澤賢治氏が来ておられた。深澤氏も中斎塾という陽明学を学ぶ会を主宰している。

| | トラックバック (0)

2011年2月12日 (土)

紀元節と家持の歌

雪は降っているがそう寒くはない。紀元節の雪というのも良いものである。それどころかまことにめでたいものである。そこで一首。

「紀元節に雪は降り来てありがたし今日降る雪のいや重()け吉事(よごと)   

大伴家持の

「新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重け吉事」

といふ歌にならって詠んだ。大伴家持が四十二歳の時の賀歌(お祝いの歌)で、『萬葉集』最後の歌である。天平宝字三年(七五九)の正月(太陽暦では二月二日)、因幡の國(鳥取県東部)の國廳(行政を扱う役所)で、因幡守(今日の県知事)であった家持が、恒例により郡長などの部下に正月の宴を与へた時に詠んだ歌。

 「いや重け吉事」の「重け」はあとからあとから絶える事なく続くこと。「新しい年のはじめの初春の今日降る雪の積もるやうに良きことが積もれよ」といふほどの意。

 元旦に雪が降るのは瑞兆で、その年は豊作であるといはれてゐた。しんしんと雪が降り積もるやうにめでたきことも重なれよといふ願望を歌った。雪の降る眼前の光景を見て歌った平明で清潔で堂々たる「萬葉集」の掉尾を飾るに最も相応しい名歌である。

家持は、年の初めにかういふめでたい歌を詠んだ。「言事不二」という言葉がある。「言葉と事実と一致する、言葉と事実は二つではない一つである」「言葉に出したことは実現する」といふ意味である。聖書にも「言葉は神なりき。よろずものこれによりて成る」と書かれてゐる。家持が、「いや重け吉事」と歌ったのは、めでたい言葉を発することによって吉事が本当に事実として実現すると信じたのである。

 

 そして、「萬葉集」の最後の歌にこれを収め、一大歌集の締めくくりにした。国が混乱し、世の有様は悲痛であり慟哭すべきものであっても、否、だからこそ、天皇国日本の国の伝統を愛し讃へ、日本の国の永遠の栄えと安泰を祈る心の表白であらう。

 

 また、「萬葉集」編者(家持自身かもしれない)は、祝言性豊かなこの歌を全巻の最後に置き、「萬葉集」を万世の後まで伝えやうとする志を込めたといはれてゐる。我々は「萬葉集」という名称に、無限の力と祈りとを実感するのである。

 ともかくこの家持の歌は、わが国の数多い和歌の中でもとりわけて尊くも意義深い歌である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十一日

午前は、母のお世話。介護の方と共なり。

午後からは、在宅して、「政治文化情報」の原稿執筆。明日中に書き上げなければ間に合わない。ところが明日は朝から横浜に行かねばならない。

今日も父の病院に行くことが出来なかった。

| | トラックバック (0)

2011年2月11日 (金)

大相撲に関する思い出

私は、子供の頃から相撲が大好きだった。プロ野球やサッカーやボクシングや柔道などには全く興味はなかったが、相撲だけはよく見た。

小学校時代は、鏡里という横綱の大ファンであった。双葉山即ち時津風親方の弟子だった。あんこ型で、太鼓腹。押し相撲が強く、寄り切りで勝つことが多かった。いかにもお相撲さんと言った感じの人だった。

私が相撲を見始めた頃は、千代の山・鏡里・吉葉山が横綱であった。三根山・松登・大蛇潟・鳴門海・北の洋といった力士が好きであった。もちろん江戸っ子横綱栃錦の大ファンだった。

栃若時代になったが、若乃花より栃錦が好きであった。若乃花も立派な相撲取りと思っているが、その頃は、鏡里をよく上手出し投げで負かすことがあった。そして土俵にたたきつけるように投げた後、鏡里を助け起さなかったので大変悔しい思いをした。そんなわけで当時は、若乃花は大嫌いであった。

私が高校生時代に書生をしていた帝都日日新聞実業の世界社会長・野依秀市先生は、大分県中津市出身で、双葉山と同郷だったので、後援会長をされていた。双葉山の優勝写真には必ず野依先生が写っている。野依先生は、「福沢諭吉・双葉山そしてオレが中津出身の三天王」と言っていた。果たしてどうか。

築地本願寺で行われた野依先生のお葬式には、時津風親方以下、時津風部屋の関取が多数参列した。

後年、銀座で鏡里関のお子さんがやっていたちゃんこ料理屋に行った。その息子さんは優勝写真に必ず写っている野依先生のことを御存じなく、「誰かと思っていた」とのことだったので、野依先生のことを詳しく教えてあげた。小生が書生をしていたことも言った。大変喜んでくれた。

自分でも面白いと思うのは、私は行司が好きだったことだ。近所に木村幸之助という三役格の行司さんが住んでいたこともある。学校で同級生が相撲をやる時にもよく行司役を買って出た。

ヒゲの伊之助の大ファンであった。伊之助さんは、栃錦・北の洋戦で、差し違えの審判に納得せず、勝負検査役(今の審判)に食ってかかり、二十分ばかり土俵上で揉めたことがあった。この時私はテレビに向かい「伊之助頑張れ」と叫んだ。翌日の新聞の報道写真では伊之助さんの判定が正しいことがわかった。伊之助さんは出場停止になったが、ファンからの抗議があまりに多いので、千秋楽には出場した。

蔵前国技館にも両国国技館にもよく行った。しかしはっきり言って、外国人力士が多くなってからは、あまり相撲も見なくなった。それでも、大先輩に当たる方からいわゆる砂被りの席の切符を戴くことがあったので、そこには二三回行った。知人・友人によく出会った。

相撲はやはりなくなってほしくない。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月十日

午前は、母のお世話。医師の往診があり、付き添う。小生も診察してもらう。そして、前回行った心電図及び血液検査の結果が出た。内容は極秘。

電話で同志と打ち合わせ。

午後からは、在宅して『政治文化情報』の原稿執筆。

今週中に書かなければならない原稿が数本ある。また出席しなければならない会合もある。今日は父が入院している病院に行くことが出来なかった。

| | トラックバック (0)

2011年2月10日 (木)

違法行為をしたのは力士ではなく警察である

ある方から次のようなメールをいただきました。

             ◎

「今回の八百長事件、『八百長』は道義的倫理的には大問題ですが、法律違反ではありません。それをなぜ警察が文部科学省に御注進(告げ口)したのかわかりません。警察は法の番人であって、道義、倫理の番人ではないはずです。」

「今回の相撲協会の不祥事は、報道されている真偽に一喜一憂する前に重大な問題がある。今回の問題は、すべて検察の捜査資料に端を発しているにも拘わらず、検察が発表したものでないことである。それは、検察が昨年の野球賭博の捜査過程で消されたメールを証拠資料として復元したものであるが、『八百長疑惑』に関しては、不起訴の判断をしていたメール内容を、誰がマスコミに渡したのか、またはマスコミ関係者が検察から盗み出したのか。まことに不思議な出来事である。国会論戦で民主党の『詐欺政党体質』が、連日マスコミを賑わす、将にその時、国民の意識を反らすマスコミの謀略に思えてならないのだ。それは、そのメール内容に問題があるか否か以前に、昨年、警察の『国際テロリスト情報』が、漏洩したことと同等の不祥事なのである。
情報管理に焦点を当てると、このような杜撰な管理で、検察は個人の人権を守れるのか、甚だ疑問に思うのは小生だけではあるまい。まず問題にすべきは、原理原則が問われるのであり、メール内容の如何に関わらず、その情報を漏洩させた者は、sengoku38氏と同じように処罰されるべきであろ
う。」
            ◎

同感できる意見である。『読売新聞』二月二日号によると「大相撲の野球賭博事件で、警視庁が昨年7月に相撲部屋の一斉捜索で押収した力士の携帯電話から、昨年の春場所(3月)と夏場所(5月)で八百長相撲が行われていたことをうかがわせるメールが見つかっていたことが、捜査関係者への取材でわかった。」ということなのだから、捜査関係者即ち警察がメディアに捜査情報しかも個人の携帯通話履歴の内容を漏らしたのである。

警察は捜査の過程で入手した情報を、捜査目的以外に公開すべきではない。海保の職員がビデオを公開した事により罰せられたのだから、警察が八百長をしたとされる力士の携帯通話記録を捜査目的以外のために公開した事も罰せられるべきである。

八百長をしたとされる力士は人を殺したわけではない。国家を転覆させようとしたわけでもない。『憲法』で保障されている通信の秘密を犯し、捜査情報を漏洩するという重大なる違法行為をしたのは警察である。メディアは何故このことを問題にしないのか。簡単に言うと、警察は違法行為をしたが、八百長をしたとされる力士は違法行為をしていないということだ。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月九日

午前は、母のお世話。

午後は、『月刊日本』連載中の「萬葉集に歌はれた日本の心」の原稿執筆。

この後、病院に赴き父に付き添う。まだ微熱がある。医師と懇談。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が、額田王の歌を講義。質疑応答。

帰宅後も、原稿執筆・脱稿・送付。

| | トラックバック (0)

2011年2月 9日 (水)

小沢・河村・大村の三人について

河村・大村両氏の当選は、政界再編の引き金になる可能性があると期待した。少なくとも今の閉塞した政治状況から脱却するきっかけになれば良いと思った。しかし、テレビ画面を見る限り、両氏の選挙事務所には、国旗・日の丸も神棚もないようだったのが気にかかっていた。

私の不安は的中し、あろうことか河村と大村の馬鹿は小沢という悪党・逆賊に当選の挨拶に行ったのだ。本当にがっかりした。この二人には何の期待もできない。小沢に媚を売るような奴は敵である。

小沢はこの二人との会談で「仲間を大事に」なんて言ったそうだが、「一兵卒」と言いながら司令官や参謀長の言うことをきかない人間が「仲間を大事に」なんてよく言えたものである。仲間を大事にして来なかった張本人が小沢一郎自身なのだ。だからかつての盟友・側近と言われた連中がみんな離反して敵になっているのだ。

| | トラックバック (0)

「今即神代」「高天原を地上へ」の信仰精神

「神代の物語と人皇第一代神武天皇以後の物語との間には、記・紀の記述には明示されていない、見えない境界の一線が引かれてある。」と主張する学者がいるが、私には納得できない。

皇統の荘厳な始祖伝承と歴代天皇の系譜は絶対に切り離すことはできない。今上天皇の神聖性の根源は天照大御神に発し、天地生成の神々に至り、さらに混沌たる未分の天地からなりました根源の神に遡る。造化三神→伊邪那美命・伊邪那美命→天照大御神→邇邇藝命→神武天皇→歴代天皇、といふ神聖なる霊的系譜(神統・万世一系の皇統)を正しく認識し開顕しなければならない。

「今即神代」「高天原を地上へ」といふ信仰精神が、天皇及び國體の尊厳性の根本である。故に、神代からの神統・皇統を継承されるお方が神武天皇なのである。一線は引きようもないし、一線を引くということは、神話の否定につながる。

またその学者は、「神話の世界は人間の歴史世界の時間尺度を以て計るべきではない。そもそも次元が違ふ」と主張している。

しかし、「神話の精神」に基づかずに「天皇の神聖性」「皇位継承」を論ずることはできない。「神話の世界」こそが、天皇の神聖性と皇位の無窮性の根源である。『萬葉集』の天皇讃歌・国土讃歌には「今即神代」「高天原を地上へ」の信仰精神に満ち溢れている。神代と人皇初代以後の時代との間に一線など全く引かれていない。また「一線」を引かないことが、日本の伝統信仰なのである。

わが國は今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給う天皇を、現実の國家元首と仰ぎ、國家と民族の統一の中心として仰いでいる。日本國は太古以来の傳統を保持する世界で最も保守的な國でありながら、激しい変革を繰り返して来た國である。その不動の核が神聖君主日本天皇である。わが國體が萬邦無比とされる所以である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月八日

午前は、母のお世話。

午後は、明日の「万葉古代史研究会」のおける講義の準備。

この後、病院に赴き父に付き添う。少し熱がある。高齢なので微熱でも心配である。しかし、私が額などに手をあてて祈ると、熱も下がり顔色も良くなった。有難い。やはり病院にはできるだけ毎日行かねばならない。

この後、谷中三崎坂の飲食店にて地元の知人夫妻と懇談。先祖供養の大切さについて語り合う。

帰宅後も、明日の講義の準備そして原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2011年2月 8日 (火)

瀬戸際の民主党及び相撲協会について

川村・大村両氏の当選は、政界再編というか、事実上民主と自民の二大政党しか選択肢がないというおかしな状況が変わる引き金になる可能性がある。しかし、テレビ画面を見る限り、両氏の選挙事務所には、国旗・日の丸も神棚もないようだったのが気にかかる。

民主党も相撲協会も出直し的改革をしなければ駄目。一回解体すべし。支持者もファンもまだある程度いるのだから、解体したうえで再出発するという方策もある。

相撲協会は、理事長職は元関取でいいかもしれないが、専務理事職をもうけて法律・経営の専門家を招聘すべきである。民主党には、出直しは無理かもしれない。小政党に分裂するしかない。「小沢も鳩山も菅も退場して若手に」という意見があるが、一体この国を背負って立てるような政治家が民主党の若手なるものにいるのだろうか。

相撲が真に国技の名に値するようになるには、相撲協会の組織と経営の在り方を根本的に変えなければならない。相撲の神事が起源であり、歴代天皇が好まれて来たという有難い歴史を本当に継承していくためには、清らかにして厳粛なるものにすべきである。そのためには、相撲を神社本庁が運営するとか、文部省直轄にするというのも一方法である。

また、プロ野球やプロレス・プロボクシングなどと同じようなもので良いというのなら、「国技」などという言葉を使用せず、純然たる「プロ格闘技団体」として活動すれば良い。プロレスは八百長が問題になったことはない。

ともかく、民主党は無くなってもかまわないが、相撲は残ってもらいたいものである。行司さんが「残った。残った」と言うのだから大丈夫でしょう。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月七日

午前は、母のお世話。訪問介護士の方と共なり。古賀俊昭都議と当面する諸問題について電話で討議。警察機動隊カレンダーの回収は無理で、今後は気をつけるとの返答があったとのこと。

午後は、諸雑務。

午後四時より、西荻窪のたちばな出版にて、「伝統と革新」編集会議。次号は「明治維新と現代」というテーマに決定。

帰途、出席者と懇親会。

帰宅後は、「政治文化情報」原稿執筆。一か月経つのは実に早い。

| | トラックバック (0)

2011年2月 7日 (月)

国粋精神と排外主義

昨日の「維新公論会議」今日の「憲法勉強会」では色々大事な問題が語り合われた。

昨日も少し書いたが、国粋主義・愛国主義と排他主義・排外主義・民族差別とは全く異なるということを確認したい。我々は、中華帝国主義や北朝鮮独裁政権の我が国に対する恫喝や攻撃、韓国の反日行為に対しては厳しく対峙しなければならない。しかしそれは、全ての支那人や韓国朝鮮人を敵視し差別し排除するということではない。無論不良外国人・反日外国人は排除しなければならないが、支那人・朝鮮人だから排除し差別するということではない。

わが民族は本来大らかにして明るい民族である。八紘一宇・四海同胞の精神は大切にしなければならない。自分の主張と異なる主張をする人に対して、「あいつは朝鮮人だ」とか「ユダヤの手先だ」とか言って攻撃する人がいるようだが、これは日本精神ではない。

日本民族は、古来極めて柔軟な精神・文化感覚を持ってきた。大らかに外来文化・文明を包容摂取してきた。しかしその根底には、強靭なる国粋精神・民族精神・伝統精神があった。だからこそ、柔軟に外来文化を摂取しそれ日本化し洗練し高度なものにしてきたのである。

ただし、天皇を君主・祭り主と仰ぐ日本國體を破壊せんとする者共は、決してこれを許してはならない。また、我が国の主権・領土を侵し、日本国民に害を及ぼす勢力に対しては、厳しく対峙しなければならない。これは当然のことである。笹川良一氏は、「世界は一家、人類は兄弟」と言われたが、その一方で、「戸締り用心、火の用心」とも言われた。理想と現実というものはよくよくわきまえなければならないということである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月六日

午前は母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、新宿にて、「憲法勉強会」。そして懇親会。猪鍋を頂戴した。亥年の私にとっては共食いのだが、やや硬いが味がある。味かなければ困るけれども…。

| | トラックバック (0)

2011年2月 6日 (日)

愛国維新運動とやまと心

維新運動・愛国運動・民族運動・真正保守運動と言われている運動の基本は何か。何を目的としているのか。排外主義と国粋主義とは同じなのか。日本主義とは何か。具体的にどういうことを為すべきか。こういうことは重大な問題であるだけに、運動に携わっている人々は、皆それぞれに悩み、思考し、そして実践している。

日本精神・日本主義・民族主義・国粋主義・愛国主義・民族精神・日本伝統精神というように維新運動の基本に置く思想の名称も色々ある。それぞれ微妙に違いがあるように思える。しかし私は、基本にあるべき思想精神は「尊皇愛国」「敬神崇祖」であると思う。

 敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山桜花

 近世の國学者・本居宣長の歌である。「大和心をどういうものかと人に問われたら、朝日に美しく映える山桜だと答えよう」というほどの意である。

 神の生みたまいし美しい國に生まれた日本人は、美しいものを見たら素直に「美しい」と感動する。その「素直な心」「そのままの心」「純真無垢の心」「無我の心」が、日本民族固有の精神である。これを「もののあはれ」という。それは、理智・理屈・理論ではない。一切の先入観を取り除いた心である。大和心即ち日本伝統精神は、純粋な感性である。嘘の無い心即ち「真心」である。

 「朝日ににほふ山桜花」の美しさは神々しさの典型である。宣長は、日の神の神々しさを讃えている。そこにわが國民信仰の根幹である太陽信仰(天照大神への信仰)があり、神の命に対する畏敬の念がある。

 敷島の大和心を人問はば 蒙古のつかひ斬りし時宗

 村田清風の歌である。清風は長州の人。文化五年(一八〇八)二十六歳にして藩主・毛利齋房の近習になる。藩の制度改革・財政確立・士風作興に功績があり、國學明倫館を建て、江戸藩邸に有備館を建て、學問を振興させた。安政二年(一八五五)に七十三歳で病没。本居宣長の「しきしまの大和心を人問はば朝日に匂ふ山ざくら花」を「本歌取り」(和歌、連歌などを作る際に、すぐれた古歌や詩の語句、発想、趣向などを意識的に取り入れる表現技巧)した歌。北條時宗が弘安二年、わが國に朝貢(日本が貢ぎ物を差し出して元の属國になること)を求めて来た元の使者を博多で斬った。この時宗の行為を大和心の典型であるとして讃えた歌である。わが國に事実上の降伏勧告に来た蒙古の使者を時宗が斬った戦闘心・攘夷精神を「大和魂」と表現したのである。つまり、どんな大國を相手としても死を恐れないでこれを討つという精神が戦闘的な大和心なのである。

 

日本は今日、中華帝國主義とアメリカ覇権主義の狭間にあって苦しむのみならず、北朝鮮にミサイルの脅威にさらされ國民を拉致され、韓國やロシアには領土を取られている。今こそ日本國民全体がナショナリズム・愛國心・大和魂を発揮して國難に当たるべき時である。そして日本民族の真のナショナリズムは本居宣長・村田清風・眞木保臣・吉田松陰のように日本民族の本来的な清明心・尊皇精神に立脚した大和魂でなければならない。

              

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月五日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、「大吼」連載原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。やや意識があり、小生の名前を呼んでくれた。

午後六時より、新宿にて、「維新公論会議」開催。犬塚博英氏が座長。横山孝平・針谷大輔・槇泰智の三氏がパネラーとなり討論。

| | トラックバック (0)

2011年2月 5日 (土)

八百長相撲について

神風正一氏は、その著書『神風一代』(日本放送出版協会刊)で、かつての名大関・名寄岩について「まじめ一途、巡業の取り組みなども少しも妥協がなく、花を持たせるべき地元力士も容赦なくやっつけてしまうので“ぼんなか”(気を利かすこと)の分らない力士として変人扱いされた」と書いていた。勝負の世界ではあっても、そういう人情というか気を利かすことは認められていたのだろう。

私の小学生時代に、テレビのプロレス中継を見ていたら、レフリーの九州山(元小結で力道山の先輩)が、レスラーがほんのちょっと反則をしただけですぐに止めたり、カウントをとったりしたのを、リング下で見ていた力道山が「ショーなんだから、ショーなんだから」と大声で叫んでいたが、九州山は言うとを聞かなかったのを見たことがある。相撲中継ではこんなことは全くなかった。

石原東京都知事は、相撲の八百長問題について「誰とは言わないが、力士が取組中に相手に『押せ、押せ』」と言うのだが、(※八百長をやってる)力のない横綱とか大関は相手を押し切れない。それを記者はゲラゲラ笑って見てた。そこで金が動いたかどうか知らないが、そういう経験があったものだから、今さら驚かない」
「これからの一番、八百長でございますというわけじゃないんだから、歌舞伎の見得(みえ)を堪能するみたいに騙されて見て楽しんでいればいい。そういうものだよ、相撲とは」「あんなもん(相撲の八百長は)、昔から当たり前のこととしてあったんだよ。日本の文化なり伝統をふまえた日本の文化の神髄である国技だというのは、ちゃんちゃらおかしい」

「今さら大騒ぎするのは、世間もずいぶん物を知らなかったというか。笑って目をつぶってろとは言いませんけど、あれが日本の文化の神髄である国技だっていうのは、ちゃんちゃらおかしいわな」

と述べた。

こう言ってしまえば身も蓋もない話、それまでの話になるが、半分同感できる。しかし、問題は、先日も書いたが、相撲の起源は神事であり、天覧相撲が行われることだ。国技と言うからには、やはり八百長はあってはならないだろう。また、相撲協会の運営が元力士だけで行われているシステムは改革すべきである。

|

千駄木庵日乗二月四日

午前は、母のお世話。

午後は、二組の来客あり。

この後、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2011年2月 4日 (金)

土屋たかゆき都議の警察批判論文を読んで思う

『月刊・正論』三月号に、土屋たかゆき都議の「甦る『革命は警察から』という歴史」という論文が掲載されている。暴走族取締り訓練及び警視庁機動隊の暦の「国旗・日の丸」冒瀆に関して文字通り正論が述べられている。

仙谷由人は、「自衛隊は暴力装置」という暴言を吐いたが、正しき国家観・祖国への愛・国旗国歌尊重の精神がない警察は、まさに「暴力装置」である。今の警察は次第にそうなってきているのだろう。わたしは、祝祭日に交番に国旗が掲げられているのを見て、「日本の警察はまだ健全だ」と思っていたが、豈はからんや、土屋都議の警視庁に対する指摘と追及によるものだったという。

昔、稲葉修という政治家がおられた。私の好きな政治家だったが、この人は、「今の日本でしっかりとした人間がいるのは、警察と相撲界」と言っていた。しかし、今日とてもそのようなことが言える状況ではなくなってきている。

警察は、言うまでもなく国家の治安維持・国民の安全確保の任に当たる実力組織(暴力装置ではない)である。しかし、時の政治権力の手先になる危険が多分にある。中井洽などという逆賊の手先になっている警察は「暴力装置」そのものである。

戦前の民政党・政友会という二大政党が競い合っていた時代の警察は、政権が交代する度に、内務大臣・内務省警保局長・警視総監が交代したという。そして、選挙に際しては時の与党の手先となり、選挙干渉を行ったという。

土屋氏は、「革命は、民衆が決起して暴動が起こってのみ、実現すると思ったら大間違いである。選挙を通じて合法的に権力機構に入り込み、警察権力を握って、他の政治勢力を粛清していく」と論じている。その通りである。

戦前戦中は、共産党弾圧を行っていた警察が、戦後はアメリカ軍の手先となり戦犯逮捕を行ったのだ。また西郷隆盛を死地に追いやった人物が初代警視総監川路利良である。この歴史を忘却してはならない。

今の警察はまさに「合法的に」民主党という、皇室及び國體を冒瀆する不敬政権の手先となっているのである。明治維新の時に言われた「幕府の犬」という言葉を想起する。

いずれこの問題は、都議会警察消防委員会の傍聴を警視庁警察官数名に妨害されたに私の体験を含めて詳しく論じなければならない。ともかく、土屋たかゆき・古賀俊昭両議員に頑張ってもらわねばならない。都議会の警察消防委員会や本会議で厳しく追及してもらいたい。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月三日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父はよく眠っている。医師及び看護師の方から色々お話を伺う。やや持ち直してきているという。有難し。

夕刻、日暮里駅近くの酒房にて地元の友人と懇談。日没時刻が次第に遅くなってきている。

帰宅後は、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2011年2月 3日 (木)

相撲について

プロレスの八百長は全然問題にならないのに、大相撲の八百長は大問題になる。「天覧相撲」が行われ、古代より続いてきた伝統的な格闘技だから「国技」とされている。近現代に外国から入ってきたいわゆるスポーツというのとも異なる。また普通一般の格闘技とも異なる性格を持つと考える。いわんや「ショー」ではない。

相撲の起源は、国譲りの神話における建御雷神(タケミカヅチ)と建御名方神(タケミナカタ)との力の競い合いであるといわれている。以来、神事としての性格を持っている。

垂仁天皇七年(紀元前二三年)七月七日 (旧暦)にある野見宿禰(のみのすくね)と當麻蹶速(たいまのけりはや)の「すまひ」以来、朝廷・皇室と深いかかわりがある。

近代になってからも、明治天皇・昭和天皇・今上天皇の御前で天覧相撲が行われている。こういう歴史・伝統を考えると、いわゆる「八百長相撲」はあってはならないことである。ともかく今の日本はあらゆる面で劣化しているのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月二日

午前は、母のお世話。

北区にある菩提寺の四宮家の墓を掃苔。花と線香をお供えし、御冥福と御加護を祈る。午後二時より、本堂にて「節分会」執行。ご住職が導師となりて法要が行われ、護摩が焚かれた。この後、懇親会。檀家の方々と語り合う。

帰宅後は、資料の整理・書状執筆など。

| | トラックバック (0)

2011年2月 2日 (水)

日本國體精神の回復

わが國は今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給ふ天皇を、現実の國家元首と仰ぎ、國家と民族の統一の中心として仰いでゐる。わが國が様々な変化や混乱などを経験しつつも國が滅びることなく統一を保ち続けたのは、天皇といふ神聖権威を中心とする共同体精神があったからである。日本國は太古以来の傳統を保持する世界で最も保守的な國でありながら、激しい変革を繰り返して来た國である。その不動の核が神聖君主日本天皇である。わが國體が万邦無比とされる所以である。

今日、わが國は政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になり、日本國民の心の中に不安と空虚感が広まっている。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。人心は乱れ、大人はもちろん幼き子供たちまで、常軌を逸した犯罪行為に走っている。こんな國になってしまった原因は、日本民族がその主体性・民族的一体感・愛國心を否定もしくは隠蔽し、わが國の伝統文化・道義精神を顧みなくなったことにある。日本文化の土台を無視或いは軽視してきた結果が現在の混迷である。

こうした状況を克服するためには、天皇を祭祀主と仰ぐ道義國家の回復を目指す皇道大維新運動を繰り広げねばならない。わが國において、民族的一体感・國民的同一性の中心は天皇以外にあり得ない。そしてわが國伝統信仰は包容力があり排他的はではない。日本神道は混迷する現代において極めて重要な役割を担うと考える。その本来の天皇のお姿が顕在化することは、わが國の正常な発展にとってきわめて大切である。日本天皇の宗教的・文化的権威がこれからのわが日本の安定と発展の基礎である。世界は激しく変化しても、日本は伝統を保持しつつ急速な変革を為し遂げてきた。それは日本國の中心・不動の核に天皇がおわしましたからできたことである。天皇が上におわしますかぎり、日本民族は統一体としての日本・道義國家としての日本を回復し、新たなる力を発揮していくと信じる。

そのためにも、現政権の天皇・皇室に対する姿勢を根本的に改めさせねばならない。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗二月一日

午前は、母のお世話。介護の方と共なり。

午後は、今夕の講演のレジメ作成。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時半より、春日の文京区民センターにて、「國體政治研究会」開催。尾崎幸廣氏が司会。小生が「神聖君主日本天皇と政治~祭政一致の現代的意義~」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。

この後、懇親会。同志多数と談論風発。

多くの方々に来ていただき、大変ありがたかった。中村信一郎代表幹事及び司会をされた尾崎幸廣氏、そしてご参加いただいた皆様に感謝いたします。

| | トラックバック (0)

2011年2月 1日 (火)

『日本の心を学ぶ会』における瀬戸弘幸氏の話について

昨日の『日本の心を学ぶ会』において瀬戸弘幸氏は次のように語った。

「民族の底力、爆発的エネルギーを大和魂と表現していると考える。菅直人は、『平成の開国』と宣言した。TPP(貿易自由化・環太平洋パートナーシップ)に日本が加わると、関税が撤廃される。外国からやたらに物が入って来て、国内産業は壊滅的打撃を被る。食糧自給率はさらに低下し、二三〇万人が職を失うといわれている。日本の水田の三分の二が失われる。麗しい日本の景色がなくなってしまう。耕作を放棄した土地に外来植物が根を張る。そういう危機が切実に叫ばれていない。

菅直人首相は、世界経済フォーラム年次総会が行われたスイスで、米国人投資家ジョージ・ソロス氏と会談する。アメリカの格付け会社が日本の国債の格付けを下げた件で『そういうことにうとい』と言った首相が、生き馬の目を抜くような投資家と環境問題で話し合うとはどういうことなのか。ユダヤ金融資本は日本を狙っている。三百五十兆円の郵便貯金を狙っている。管首相がハンガリー系ユダヤ人であるソロスと会うことは、日本がユダヤ金融資本と結託するという誤った認識を世界に植えつける。

米倉弘昌日本経団連会長は年頭に『外国人労働者を受け入れたい』と述べた。菅直人の平成の開国とは、日本の農業をつぶすということである。日本の自然が破壊される。国難以外のなにものでもない。メディアや学者文化人はこの国難に沈黙している。小泉・竹中を批判したグルーブは、菅直人が同じことをやろうとしているのに沈黙している。

国家が機能していくには主体性の確立が大事。日本はまだ経済大国の地位を保っているのに、何故関税自主権を放棄してしまうのか。菅直人政権は、黒船に尻尾を振った徳川幕府とダブって見える。

私の言う『極右』とは、『反グローバリズム=反ユダヤ主義』である。ネット右翼批判は『朝日新聞』に利用される。右翼とネット右翼を対立させようとしている。『朝日』にとって都合の悪い人たちが批判されている。ヨーロッパでは『反グローバリズム=反ユダヤ主義』が確実に力をつけてきている。民主党は自民党以上に親米。ネット右翼から救国の英雄が出て来ることを期待する。

ノー天気で菅直人は動いているわけではない。ウラに財務官僚がいる。東大出のエスタブリッシュメントが主導。アメリカは支那を叩けばいいのに叩けない。日本が自虐思想に浸っているのは、歴史観のみならず経済面でも自虐的になっている。事勿れ主義が最大の敵。勇気を持とう」と語った。

出席者から、「関税は着物と同じ。無くなったら裸になる。日本は外交が下手。戦う力がない。その原因は憲法にある。裸にされたら身を守るすべは何もない。国土交通省と法務省の連携がないし、法整備もされていないから、外国人の土地買い占めに対応できない。」という意見が出された。

           ◎

確かに『朝日新聞』の報道には注意しなければならない。戦いにおいて「敵を分裂させる」という策略はよく用いられる。

排外主義は「やまと心」ではない。日本伝統精神には包容力がある。日本は仏教や儒教という外来思想を柔軟に受け入れ、しかもそれを高度なものにしてきた。しかし、日本を害する者共をも無批判に受け入れるということではない。明治天皇の御製に示されている通り「良きを取り、悪しきを捨てる」精神が大切である。包容力の根幹には強靭な国粋精神があらねばならない。要するに真の「日本の心」に回帰することが大切なのである。小生は、そのことを語らせていただいた。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月三十一日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、明日の「國體政治研究会」における講演の準備。「神聖君主日本天皇と政治~祭政一致の現代的意義~」という大変なテーマを与えられた。

| | トラックバック (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »