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2011年1月20日 (木)

菅直人総理の國體観・憲法論

菅直人総理は『文藝春秋』平成十一年七月号の「第九条は覚悟なくして変えられない」と題するインタビュー記事で「(現行憲法で日本人がどのようにあるべきかを示しているのは)国民主権です。残念ながら、それが日本人に浸透していない。」「戦前には天皇制を中心とした國體護持ということがあり、そのためには一億玉砕もありうるという考え方のなかには、私の言う『国民と国民が構成する政府』とは違う国家があった。」「国民主権国家のことを、たとえ話で私がよく言うのは『水戸黄門』ではなくて『七人の侍』です。立派な人にお任せしようではなく、自分たちを守るために…自分たちで判断して、自分たちでリスクを負うことです。」と論じている。

菅直人総理の國體観・天皇観・国家観が端的に表明されている。これを読むと、菅直人氏は窮極的には、「国民主権国家には、天皇はいらない」と考えている判断せざるを得ない。

「國民主権論」は、西洋の「市民革命」より生まれたところの君主と國民の対立闘争概念に基づく思想である。西洋や支那大陸のような君主と人民とが「國家意思を最終的に決定する権限」を奪い合った歴史は全くない「君民一體の信仰共同體」たるわが國の國柄とは絶対相容れない國體破壊につながる思想である。

わが國は「天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体」である。西洋國家論で言うところの契約國家・権力國家ではない。「國家の意思を最終的に決定する権力」という意味での「主権」なる概念と言葉は、天皇中心の信仰共同体國家日本には全くそぐわない。わが國には西洋的主権論はあてはまらない。

ゆえに「国民主權」なる「概念」を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定すること自體、大きな誤りであり國體を隠蔽し破壊につながる。天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体國家日本の成文憲法に「國民主権」を記す必要は全くない。

日本の伝統的國家観・君主観とは絶対的に相容れない原理で成り立っている「現行憲法」が長く続けば続くほど、「国民と国家の自立」は損なわれ、麗しい伝統的な日本の國柄が隠蔽され破壊され続けることとなる。「思想の自由」は保障されなければならないが、天皇國日本の國體破壊につながる思想は、速やかに捨て去るべきである。

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