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2011年1月 7日 (金)

「古事記」「萬葉集」に示された日本國體

権力者・権力機構による皇室軽視・國體隠蔽が行われている。國體とは、日本国の国柄・国の本質のことを言う。「国柄」という言葉は、萬葉の代表歌人・柿本人麿が文武天皇の大御世(西暦七〇七年頃)に「讃岐の狹岑(さみね)の島に石の中の死(みまか)れる人を視て」詠んだ長歌に使われている。

それには、「玉藻よし 讃岐の國は 國からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地 日月とともに 滿(た)りゆかむ 神の御面(みおも)と 繼ぎ來(きた)る……」と歌われている。「(玉藻よし)讃岐の國は國柄のせいか、見ても飽きることがなく、神のみ心によってか、かくも貴い。天地と日と月と共に完全円満である神の御顔として、太古から傳えてきた……」というほどの意である。

これはわが國の傳統的な自然観に基づく國土讃歌である。「國からか」は國そのものの性格のせいかという意。「から」は人柄の「柄」と同意義である。「神からか」は、日本の國土は伊耶那岐命と伊耶那美命がお生みになったという神話に基づいた表現で、神の御性格のままにという意である。

「神の御面」は、神のお生みになった日本の國土は神のお顔だということ。この表現は、「四國は体は一つ、顔は四つ」という日本神話の傳承に基づく。『古事記』國生み神話の、「次に伊予の二名(ふたな)の島を生みたまひき。この島は身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。かれ伊予の國を愛比売(えひめ)といひ、讃岐の國を飯依比古(いひよりひこ)といひ、粟の國を、大宜都比売(おほげつひめ)といひ、土左の國を建依別(たけよりわけ)といふ」という傳承を歌っている。

ここに自然を神として拝ろがむ人麿の神話意識が表白されている。日本人にとって『神代』は遠く遥かな過去の時代のことではなく『今』なのである。

さらに柿本人麿は、輕皇子(かるのみこ・後の第四二代・文武天皇)がの安騎野(あきのの・奈良県宇陀郡大宇陀町一帯の山野)へ行幸された時に、

「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子(みこ) 神(かむ)ながら 神(かむ)さびせすと……」(やすらけくたいらけく四方八方を御統治あそばされるわが大君、高く照らすわが日の神の皇子は、神様であるままに、神様らしく振る舞はれるべく……という意)

と歌った。

 

「やすみしし わが大君」は、萬葉仮名では「八隅知之」と書かれている。「四方八方を知る」という意である。「天皇は空間的に日本國の四方八方をしろしめしたまふ」ということである。或いは、「安見知之」とも書く。これは「やすらけくこれを見、知る」という意で、「天皇は空間的にたいらけくやすらけく日本國をしろしめしたまふ」ということである。

「高照らす 日の皇子」は、「高く照っておられる日の神の皇子」という意である。これは、日の神であらせられる天照大神が、生みの御子であられる邇邇藝命を地上に天降らせたまひて天の下を統治せよと御命令になって以来、邇邇藝命の子孫である天皇が日本國を統治されているという時間的事実を言った言葉である。

つまり、「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」といふ対句表現は、現御神として日本國を時間的に空間的に統治される天皇の御本質を、神話的・詩的に美しく表現した言葉なのである。こうした表現は、『日本書紀』の歌謡の中に現れ、『古事記』では景行天皇記の日本武尊の御歌の中に「高光る 日の御子」という言葉がある。

天皇は武力で空間を制圧して國家を治められているのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は太陽神を祭られる<天皇の祭祀>である。

このような『古事記・萬葉集』以来の我が国の精神伝統が、「我が国は天皇を中心とした神の国である」とする「國體」「国柄」なのである。権力者・権力機構による國體隠蔽・皇室軽視の動きを破砕はなければならない。

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