« 千駄木庵日乗十二月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗十二月二十日 »

2010年12月20日 (月)

『教育勅語渙發百二十年記念講演會』における森田忠明氏の講演

『教育勅語渙發百二十年記念講演會』にて、森田忠明氏は次のように語った。

「江戸時代には、江戸には幕府直轄の昌平坂学問所があった。各藩には藩校があった。明治になって、文明開化の潮流が襲ってきた。西洋の文物に日本文化伝統が軽視された。各地の親孝行の人たちの事績を紹介した『明治孝節録』が明治十年頃に出された。明治十一年に、明治天皇が東北・北海道地方を御巡幸あそばされ、道徳教育がおろそかにされていると痛感された。明治十二年に、明治天皇は『教学聖旨』を示された。明治十九年十月、明治天皇は東京帝国大学をご視察され『道徳教育に不備がある』と嘆かれた。明治二十三年二月、地方長官会議で、『徳育涵養の義に付建議』を決議し、知識の伝授に偏る従来の学校教育を修正して、道徳心の育成も重視するように求めた。この会議で当時の岩手県知事は『文部省には米国留学の連中が西洋かぶれの説を主張し「五倫などというものは価値がない。朋友の信くらいがとるべきものだ」の主張している。このような留学帰りの連中によって何でも決められる』と嘆いた。

明治二十三年十月三十日、文部大臣を介して下賜する形がとられて渙発された。政治上の詔勅には国務大臣の副書を要することになっていたが、『教育勅語』『軍事勅諭』『戊申詔書』には副書がない。これらの詔勅は政治関係を離れ、明治天皇が親しく国民一人一人にお呼びかけになった意義を有するからである。

『教育勅語』が渙発されてから十八年経った明治四十一年『戊申詔書』が渙発された。『教育勅語』を国民皆が実践していれば、『戊申詔書』が渙発されることはなかった。明治維新は大変革だったが、まだ維新を必要とする。人間は怠慢である。永遠の維新が必要。同じように道徳教育にも終わりはあり得ない。『教育勅語』精神は常に訴えていかねばならない。」と語った。

             ◎

なお、小生は「開会の辞」で、「戦勝国の日本弱体化策謀及び共産侵略国家の赤化策謀が功を奏し、今日の日本の危機はまことに深刻になっている。今日の日本は、『天皇のみことのり』すなわち『詔勅』が廃され、天皇の大御心は『お言葉』という言葉で表現されている。また『勅撰和歌集』も編纂されなくなった。これは重大な國體隠蔽である。

『現行占領憲法』には、『この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。』などと書かれている。アメリカ製の憲法によって『詔勅』が否定されているのである。『占領憲法』は大逆憲法である。そして、昭和二十三年九日に、衆議院では『教育勅語等排除に関する決議』が、参議院では『教育勅語等の失効確認に関する決議』が、それぞれ決議されて教育勅語は排除・失効が確認された。こうしたことは速やかに是正されなければならない。日本に再生のために『教育勅語』の精神を今こそ発揚しなければならない。森田忠明氏の著書『教育勅語いま甦る』はまことに意義深い本である。」と語った。

|

« 千駄木庵日乗十二月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗十二月二十日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/50348205

この記事へのトラックバック一覧です: 『教育勅語渙發百二十年記念講演會』における森田忠明氏の講演:

« 千駄木庵日乗十二月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗十二月二十日 »