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2010年12月 1日 (水)

中山恭子参院議員の講演を聞いて

『アジア太平洋交流学会例会』にて、中山恭子参院議員は次のように語った。

「先日予算委員会で質問をした。私は他人をとっちめることをしたことがいない。政治家の判断、特に政府中枢にいる人の判断は直接国益に係る。与えられた課題に直ちに判断しなければならない。瞬時に判断しなければならない。その判断が何年間も影響を与えるという予想も含めて判断できるかどうかが問題。今の国の中枢にいる政治家に正しくない判断が続いている。今の政府は責任を問われることは免れない。国家が国際社会で何をやらなければならないか、どうしたら信頼されるかという観点が抜け落ちている。これは日本にとって不安。

周辺国との関係で、北方領土・竹島・尖閣・拉致問題がある。国が国民を守る意思があるかを問われている。国家として解決していかねばならないという意識をしっかり持たねばならない。

特命全権大使として中央アジアのウズベキスタンに三年間滞在した。中央アジアにはソ連の崩壊によって独立した国々がある。シルクロードが通っている。大使公邸で働いていた数人の人々はみな人種が違った。ユダヤ人・タタール人・韓国人・ウズベク人が、ウズベキスタン国民として生活している。国民の七割がウズベク人。日本人と似ている。テルメズには仏教遺跡がある。サマルカンド一帯はオアシスと言われ綿の産地。

タシケントにあるソ連三大劇場の一つと言われたナヴォイ劇場は、日本人抑留者が建設。独立後の標識にはそれまで『日本人捕虜が建設した』と書かれてあったのを『日本国民が建設した』という表示に変えた。大統領は、『我々は日本と戦争したことはない。日本人を捕虜にしたこともない』と言っていた。ウズベキスタンには日本人墓地がある。タシケントの人々は『日本人はよく働いてくれた。良い人たちだった。あの運河も日本人が作ってくれた。そのお陰で田畑が出来た。水力発電所も作ってくれた。』と語ってくれた。また、『ラーゲリ(収容所)には何もなかったので、近くの子供たちが自分の家に成った果物などを差し入れた。何日かたって。日本人抑留者が手作りのお人形をお礼にくれた。日本人は嘘をつかない。礼儀正しい。規律正しい。誠実で律義。日本人を見習って大きくなりなさいと親に言われた。』と語ってくれた。

大統領は、『教育がテロを防ぐ。日本人は中央アジアでプレゼンスを高めてほしい』と言った。国際社会では日本の元首は、天皇である。そういうことを含めて憲法問題を考えたい。

日本に帰国した拉致された人々は『絶対に北朝鮮の帰りたくない』と言った。どれほど苦しい経験をしたかを感じ取ることができる。

日本は軍事力を使わずに平和を維持しなければならないとすると、いかに外交力が大事かが分かる。国際社会が日本を信頼するという状況を作り出すべし。日本に情報機関がないので、拉致問題の時、片肺飛行をしている感じだった。ビデオ映像問題は、政府の判断ミス。すぐ世界に向かって発信しなければいけなかった。パンフレット・DVDなどで全世界に『尖閣は日本の領土』ということを宣伝すべし。」

         ◎

不勉強にも私は、ウズベキスタンに日本人抑留者の墓地があることを知らなかった。また、ウズベキスタンの国民が日本人を尊敬していることも知らなかった。

ロシア・共産支那・北朝鮮こそ、凶悪なる侵略国家である。これは、日本に対してのみではなく、全アジアに対する侵略者である。共産支那・北朝鮮という独裁専制国家は、旧ソ連が作り出したのだ。だから今日も、ロシア・支那・北朝鮮は連携するのだ。

大規模な米韓合同軍事演習が行われている。本来なら、日本軍も参加すべきなのだ。それができないところに日本という国の置かれている弱さがある。何とかしなければならない。

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