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2010年12月 5日 (日)

國體護持と「学問・言論の自由」

『憲法懇話会』において慶野義雄平成国際大学教授は次のようなことを語られた。

「大学への文部科学省官僚の天下りは違法である。『学問の自由』は『帝国憲法』の下で確立。ヨーロッパにおける『学問の自由』とは、民主主義というよりは特権階級の自由であり、精神的貴族主義によって出来上がった思想。しかし教会権力に反対すると弾圧があった。一八七〇年代にダーウィンの進化論をめぐって対立があった。人を猿の子孫とする教授に子弟を教育させられるかという批判が起こった。大学教授の職務は、学問の研究と学問の授業。学問というものはその本質上、ある結論を前提とすることはできない。研究の結果、国家主義の学説に到達とようとも、無政府主義の学説に到達しようとも、大学教授の職務を行った結果であって、職務違反とはいえない。京大事件(滝川事件)の職を賭した戦いと名誉ある敗北があって初めて学問の自由の普遍的価値が認められた。学問の自由を守るものは、信念のために勇気を持って戦う勇気であり武士道である。学問の自由を保障する制度が大学の自治である。わが国の学問の自由はアメリカ製憲法によって与えられたのではなく、先人の悲壮な戦いによって築き上げらたれものである。」

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「学問の自由」「言論の自由」は大切である。学問研究そして発表に対して、政府権力が介入することがあってはならない。真理の探究は真摯であらねばならない。と同時に、自由が保障されなければならない。

わが国のみならず世界の学問の歴史、思想の歴史は、そうしたことの戦いの歴史であったとも言える。共産主義独裁体制下の国家ではまったくと言っていいほど「学問の自由」「言論の自由」は抹殺されていた。北朝鮮・共産支那においては今日においても抹殺されている。

國體転覆を目指す活動に対してこれを糾弾し批判を行うのは、「学問の自由」「言論の自由」を侵害することには全くならない。日本國體・日本国家の在り方について学問的に研究し、持論を発表することは自由に行なわれるべきである。しかし、天皇を祭祀主と仰ぐ日本國體の破壊は、これを食い止めねばならない。

また、中井洽や小沢一郎が行った、天皇・皇室の尊厳性を破壊する行為に対して、これを厳しく糾弾しなければならない。そもそも彼らのやったことは「学問」「言論」でも何でもないただの破壊活動であり冒瀆行為である。破壊活動から国家を守る行為は国民の義務であり使命である。これは「学問の自由」「言論の自由」の侵害ではまったくない。日本國體の破壊は、あらゆる自由の圧殺につながる。國體護持は窮極的に「学問の自由」「言論の自由」を守ることになるのである。

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