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2010年11月 3日 (水)

大原康男氏の山口二矢烈士追悼講演を聞いて

「山口二矢烈士五十年祭」の追悼公演で大原康男氏は次のように語った。

「昭和三十五年十月は、私が高校三年で十八歳になったばかりであった。私は、山口二矢烈士とは同時代に生まれ育った。あの衝撃的事件は、第一次安保闘争の騒ぎが落ち着きかけ、新しい政治的段階に入った時に起きた。『自民党社会党民社党三党党首立会演説会』において、浅沼稲次郎氏に一撃が加えられた。山口二矢さんは十七歳で未成年だったが、実名で報道された。山口二矢さんは、十一二日夜、東京少年鑑別所で、自ら命を断たれた。同学年の人間にとって、締めくくりのような形での自決は衝撃的だった。

反安保闘争は昭和三十四年三月に、社会党・総評・原水協が国民会議を結成して開始された。その二十日前に中国を訪問した浅沼氏は、『アメリカ帝国主義についておたがいは共同の敵とみなしてたたかわなければならないと思います』と発言した。その後、安保反対運動が行われた。昭和三十五年五月十九日に『新安保条約』が可決されると、全国的なデモが行われ、六月十五日には女学生が圧死した。全国で五八〇万人がデモに参加した。院内ではなく院外での闘争で安保改定を阻止しようとした。それが成功したら日本赤化につながると心ある人々は危惧した。メディアもデモを支持した。労働組合の組織だった政治デモは『労働基本権』の乱用であった。

日本の将来がどうなるか分からない危機的状況を目の当たりにした山口二矢さんは、左翼運動の指導者を倒すことを決意し、浅沼氏にターゲットを絞った。社会党指導者としての責任・訪中時の暴言・国会乱入の扇動者としての責任の三つを許しておくことはできないとして、あの挙に出た。決行の十日前の十月二日、明治神宮に参拝して『天佑神助を賜りたい』と祈願した。浅沼氏に対して個人的恨みはなく、ご家族には申し訳ないと供述している。

十一月二日、責任を一身に背負って自決された。ちょうど一か月前の十月二日に明治神宮に参拝しているのは、偶然ではなく『神計らい』であると信ずる。白い歯磨き粉を溶いた液で『七生報国 天皇陛下万才』の文字を監房の壁に残した。辞世歌を五首遺された。そして幽り世にみまかられた。わが日本において、政治的行為者・維新者としてこれほど見事な、完璧な出処進退は、空前絶後である。十一月二日の自決で、それまでの山口二矢さんに対する批判は沈黙した。

言論には言論を以て対すべしというのが民主主義の基本というのは一応認める。しかし、事柄と状況によって、もう一つの余地があると思う。日本の共産化を目指す院外における安保改定阻止行動、実力行動へのカウンターアタック(反撃)としては認めざるを得ない。

浅沼氏は『アメリカ帝国主義は日中共同の敵』と言った。それから五十年、『支那帝国主義は日米共同の敵』という声があがるかもしれない。昨年秋の政権交代後、わが日本の惨憺たる有様は、亡国への道を歩んでいる。その時に、山口二矢さんの五十年祭を営み、二矢さんの心を真摯に受け止め、一人一人が自分を何処に位置付けるか、日本の本来の姿を回復するために、最もふさわしい形で言葉と行動にあらわすことが大事である。五十年前の感銘を新たにしつつ、わが国の天壌無窮の國體を守っていく覚悟を新たにしたい」と語った。

          ○

まことに素晴らしい講演であった。昭和三十五年、小生は中学二年生であった。放送委員をしていたので、学校の放送室で運動会の準備をしていた。その時、浅沼氏が刺殺されたという臨時ニュースが聞こえて来て驚いた。小生の父も当時防衛庁に勤務していた。山口二矢氏の父君・晋平氏が編集長であった防衛庁の庁誌『修親』を父がよく読んでいた。私もそれを時々読むことがあった。父は山口晋平氏と面識があった。また、小生も、小学校五年頃だったと思うが、愛国党に入党したいと思って、党本部に電話し、赤尾先生と電話でお話ししたことがある。従って、小生も大原氏と同じように、『浅沼事件』には大変な衝撃を受けた。電話でお話しした時、赤尾先生は「君はいくつかね」と聞かれたので、「小学校五年生です」と答えたら、「君は偉い」と言って大変ほめられた記憶がある。以来、私は赤尾先生の大ファンになった。

今日、祖国日本は『中華帝国主義』『ロシア帝国主義』からの圧迫を受けている。この国難に際し、山口二矢烈士そして赤尾敏先生の御霊が祖国をお護り下さいますよう切に祈るものである。

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