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2010年11月16日 (火)

野村英登氏の講義を聴いて

「おとなの寺子屋・論語の会」において、野村英登氏(文学博士)は次のように語った。

「禹()は尭(ぎょう)・舜(しゅん)と共に古代中国の三皇帝の一人であり、中国の夏王朝の始祖で聖王・理想の王とされる。禹は聖人であるとともに、呪術の世界でも認知された。日本の陰陽道にも通じる。禹が伝えた歩行術を『禹歩』という。禹は中国全土を旅したり、黄河の治水にあたった時に仕事に打ち込みすぎ、身体が半身不随になった。そして蹇になり半身不随でよろめくように、または片脚で跳ぶように歩いた。その歩行術が主に魔除けや清めの効果があるとされるようになった。後足を前足に寄せながら歩く。『日月類書』という日常生活に関する辞典に不吉の時に外出する際のおまじないに、『禹歩』と『九字を切る』やり方が出てくる。悪いものを寄せ付けないために禹お願いする。

籠目は、たくさんの眼で睨まれる形なので、魔除けの力があった。北極星は動かないので、あの領域が天帝の宮殿と考えた。北斗七星は天界に昇る梯子と信じられた。中国の南方文化には儒教と違う感覚がある。道教の教説書である葛洪の『抱朴子』には、不老不死の『金丹』を作る理論が書いてある。作り方が難しい。早死にすると作れないので長生きするための言葉が出てくる。

最近、中国では出土文献が多く出るようになった。これまで六朝時代の文献は残っていなかったが、戦国末期から漢時代のものが見つかっている。墓の副葬品には、日常生活で使っていたものがある。占いの本や病気治療の本が副葬品から出てきた。文字として記録される儒教の世界のほかにおまじないなどの信仰が広がっていた。

禹という王には儒教の聖王と共に、呪術の神様という性格もあった。マジカルなパワーへの信仰は今も残っている。科挙の試験に受かった人でも、日常生活では呪術的なこともやっていた。朱子も自分の墓は風水で作った。

生駒の石切劔箭(いしきりつるぎや)神社の参道には占い師が軒を連ねている。石切劔箭神社では『御湯神楽』という神前で沸かしたお湯で身を清め家内安全を祈る神事が行われている。神をおろしてきてその力で病を癒す民間信仰がある。既成宗教が解決し得ないことを解決するのが新宗教であり民間信仰である。価格設定が問題。一回三千円から四千円が相場。心理カウンセラーもそのくらいの価格。

そういうものに頼らないで、儒教だけで世の中が救われるのならいいのだが、一般の人は強くないので、何とかしてくれるものに頼る。人間の世界の外にあるものとコンタクトを取りたいという欲望は古来あった。日本でもまじないなどの民間信仰は今でも活躍している。中国台湾では派手にやっている。自分の本当の名前を知られると相手に支配されると信じた。逆に言うと、相手の名前を知ると、相手を支配できると信じた。神の名を呼ぶことで、神と交信できる。神名を羅列した祝詞もある。『礼』とか『法』とかよりも、『仁』が大事。『礼』『法』に魂を入れるのが『仁』。」

             ◎

孔子は、「怪力乱神を語らず」と言ったが、そういう合理主義は表面上のことで、やはり、目に見えぬ存在・非合理の世界による心は根強いものがある。むしろ支那人は、神秘の世界・怪力乱神の世界に対して強い信仰を持っている。

日本人も昔から、神秘の世界への憧れは強い。新宗教・新々宗教の信者は多い。そういう宗教は、既成宗教が行わない神秘的な行事・呪術を行う。それによって悩みが解決した、救われたと信じて、信者になる人が多い。

これが良いことか悪いことかはにわかに判定できないが、野村氏が言う通り、価格の問題である。「祟りがある」「罰が当たる」などと脅して、法外な金を巻き上げるやり方は許されない。

昭和三十年代の創価学会も相当オカルト的というか神秘的呪術的なことを言っていた。富士大石寺にある本尊の拭いた紙を細かく刻んで、「御秘符」と称し、これを呑むと病気が治ると言っていた。

宗教は、人を救う力もあるが、その逆に人を不幸にする力もある。今日の大宗教も過去において数多くの人々を救ってきたが、数多くの宗教紛争・宗教戦争を起こしてきた。その犠牲者まことに多い。

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