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2010年11月25日 (木)

野分祭における荒谷卓氏の講演を聞いて

『野分祭』の講演で荒谷卓氏は次のように語った。

「戦前の日本の精神を引き継ぐのは土着の民衆である。三島先生が自衛隊に呼びかけたのは自衛隊が唯一の武力集団だから。『現行憲法』前文に、『人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。』とある。天照大御神の神勅以来の『詔』を排除するというのだ。足利尊氏・井伊直弼すらしなかったこと。今の憲法は詔勅を下に置いている。

今の憲法の思想に反するものは排除するという。井上孚麿先生は『現行憲法』は改正限界を越えているから無効であると主張された。『現行憲法』の原理は、わが國の神話の精神と相反する。受け容れるわけにはいかない。

日本神話はむすびの精神によって万物が生成し、神が神を生み、神が我々を生んだ。我々は神の子孫である。神から生まれた人間はみな家族である。これが日本の精神の根本。グローバル化された社会に最も必要な思想。

それぞれの民族にはそれぞれの神々がある。私は自衛隊時代イラクに行った。八百万の神々がイラクで有効に作用するかを体験した。日本神話の精神は世界に発せられるべし。神國の伝統を受け継ぐ日本人たるべし。日本の伝統に反する憲法に従うことは自らの尊厳性を否定することになる。

昨今の情勢は緊迫してきた。挙國一致の体制をつくりあげねばならない。日本人は天皇陛下のもとに心を一つにして団結しなければならない。

海上保安官が映像を広く公開したのは義挙。國民も賛同している。この動きが高まれば、國宝が本当に國の主権を守り國民の安全を守っているのか疑問になってくる。自衛官・警察官・海上保安官が、自らどういう意志で任官したかを考えてほしい。

この國の発する命令が、國の主権を守るための命令であることを前提としているか否かを、日本人として判断せざるを得ない。長野五輪で『中國人を逮捕するな』という指示が出た。この指示が正当なる指示であるかどうか吟味する必要がある。尖閣に國民を上陸させないという命令がある。この命令が本当に國家の命令として正しいのか、尊厳ある日本人として考えなければいけない。

葦津珍彦先生が言われる土着の日本人としての精神を継承してこれから何をなすべきか。今の日本は天の岩戸開きの時期に差し掛かっている。『勅語』を発することがおできにならなくなった陛下を、天照大神を天の岩戸からお引き出しした天手力男命の精神で岩戸を開けて、光を回復すべし。八百万の神々が相談したのと同じように、日本人としての真心をひたすら大切なものとして、天の岩戸を開くことが大切である。三島先生が自衛隊に期待したように天手力男命の力が必要になる。

憲法はもう変わらないという考えが日本人に蔓延している感があるが、やらなければならないことをやるという精神に立ち返って自分がやるべきことを見つけることが大事。歴史と伝統を愛する日本人何をしなければならないか、腹を決めて生きていくべき時に来ている。

桜田門外の変・大久保利通斬奸のような巨悪を倒した事案を非としない國民が一体となって、運動をしないと成功しない。陛下と我々の前に立ちはだかっている巨大な岩を臣の力で押し分けて。國體を明らかにしなければならない。」

         ●

維新とは「天の岩戸開き」である。日本天皇そして日本國真姿開顕が維新である。戦後、天皇のご詔勅は発せられなくなった。そして天皇陛下が示されたご意志は「お言葉」という表現で発表される。これは國體隠蔽の大きな事象の一つである。

國體に反する法や政府の方針はこれを守る必要はない。維新とは合法的に行われるとは限らない。

日柳燕石(くさなぎえんせき)の漢詩に曰く。

「縦(たと)ひ侯家の敵となるとも 皇國の賊とはならず 聴けが娑婆歌の第三を 報國報國又報國」

権力者の敵とはなっても、天皇国日本の賊とはならないという歌である。権力者が、天皇国日本の賊であるならばこれを討つが日本国民の道である。

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