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2010年10月 7日 (木)

乾正人産経新聞政治部長の講演を聞いて

『マスコミ総合研究所研究会』における乾正人産経新聞政治部長の講演で印象に残ったことを記す。

「小沢が強制起訴になったので菅政権は年末までは持ちそうだ。法務大臣は事前に強制起訴を知らなかった。仙谷由人官房長官は知っていた。『仙谷官房長官の差し金だ』という小沢側近の言葉を産経が報道したら、仙石由人は『法的秩序の破壊で言語道断』と言った。やましいからそういうことを言う。九月十四日から遠くない時点で仙谷は知っていた。だから大臣人事から小沢系列を排除した。政務官・副大臣に生きの良い小沢派の人物を引き抜いた。小沢が離党して新党を作らないような布石。こういう人事が出来たのも、検察審査会の議決を知っていたから。菅政権は仙石政権。仙石なくしてこの内閣は立ち行かない。

小沢の数少ない側近は主戦論。検察審査会に対して行政訴訟をしようという動きがある。しかし、これは時間稼ぎにすぎない。小沢サイドは政倫審出席までのカードは切れる。しかし世論がそれを許すかどうか。小沢は仲間がついて行かないから自発的離党はできない。内閣支持率が落ちれば離党勧告をせざるを得ない。

ここで問題なのは公明党。公明は与党でいたい。来年の統一地方選挙後に与党入りしたい。菅内閣にとって公明党が来て国民新党がいなくなれば萬歳。

菅さんには何の政治的経綸は無い。出世欲の塊。民主党に人材はいない。前原は良い事を言うが担保する力がない。菅と温家宝のわざとらしい偶然会談は、細野豪志を使った仙石の根回し。丹羽を中国大使にしたツケが回って来た。丹羽氏は立派な経営者だが外交は素人。中国は日本以上に官尊民卑。だから夜中に呼びつけられる。大使館が機能しなくなる。あまりに役人を使わないために弊害が起こっている。長妻辞任がその典型。

総理官邸は新しくなったが機能は低下している。ホワイトハウスのような機能的近代的官邸にしようと思ったが器だけで中身がついていっていない。菅直人には幼児型逃避願望がある。全て仙石に任せている。寺田学補佐官が飯を一緒の食う相手。総理のところに情報が来ていない。

成功した内閣は池田・佐藤両内閣がピーク。二人とも官僚政治家。ブレーン政治をやった。事実上総理が誰であれ、日本の国は回るようになっていた。村山や海部のようなどうしようもない人でも機能したのは官僚ピラミッドが健在だったから。それが、ガタがきている。

自民党はこれだけのチャンスを生かせない。自民党支持率が上がらない。谷垣は『最初に釈放すれば良かった』などと与党のようなことを言う。自民党新体制の理念・政策アピールが足りない。この好機を生かせなかったら。来年の予算審議という好機も生かせない。

都知事選も来年の政局のキーワード。政局はやっぱり公明党。官邸はやっぱり仙石。最期はやっぱり小沢。公明党は警視庁と仲良くしたい。都議会を押さえたい。これが学会目公明党の行動原理。昔の激しい折伏は逮捕要件を満たした。自民が公明と組み続けるためには。都知事選に勝てる候補を出さねばならない。石原ジュニアか石原慎太郎本人。猪瀬が当選すると思っているのは本人だけ。民主党は を人質すれば公明党は必ず与党になる。蓮舫なら都知事に当選する。蓮舫自身は総理を目指している。自民党は小政党に転落する危機にある。

実体は強制起訴で小沢の政治生命は終わっているが、『小沢神話』はまだ残っている。谷垣と仙石とはパイプがある。両人とも法曹界出身。弁護士ネットワークがある。」

          ○

なかなか面白い講演であった。仙石由人氏がこれほど力をつけるとは思わなかった。彼は徳島選出であり、父の代理で小生が徳島県人会に出席した時に会ったことがある。徳島からは三木武夫・後藤田正晴というなかなか「立派な政治家」が出ている。国政で大きな役割を果たした。仙石氏もそうなるのか。父の故郷出身なのであまり悪く言いたくないが、三人とも日本を悪い方向を引っぱって行ったことは確かである。

都議会警察消防委員会は何回も傍聴した。ある時は、警視庁刑事部暴対課の警部に傍聴しないように威圧を加えられたこともある。明らかに職権乱用であった。告訴すれば良かったと思っている。

警察消防委員会というのは全く形骸化していて、ろくな審議を行わない。ほんの数分で終わってしまう。議員たちの警視総監などに対する態度は、都庁の他の部局の役人に対してとは全く違う。厳しい追及などしたことはない。委員会はセレモニーに化している。都議会自民党と公明党の幹部が委員になっている。引退した公明党のある議員は「御大」と呼ばれ大変な実力者ぶりを発揮していた。

四十五年安保の頃にも傍聴したが、その頃は秦野章氏が警視総監であった。有楽町にあった都議会に警視総監が到着すると、何と都議会自民党幹事長が出迎えいていた。審議が終わると委員長が「どうも総監。度々答弁に立たせまして」と挨拶していた。その頃は、左翼活動が激しく、左翼活動家が傍聴にも来ていた。美濃部都政であった。なかなか緊迫した雰囲気であった。機動隊増員や予算なども、自民党だけでは通らない。しかし、公明党が最後には賛成して通過した。公明党は警視庁にその頃から「恩を売っていた」ということであろう。

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