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2010年10月21日 (木)

千駄木庵日乗十月二十日

午前は、母のお世話。

午後二時より、三田にて開催された大行社幹部会にて、スピーチ。今日は本当に長い間の同志・長谷川光良氏も出席された。

長谷川氏が高校生の頃から知己である。その長谷川氏は、もう孫がおられるとのこと。本当に感慨無量である。昭和四十年代前半のある年に、一緒に下田でビラ貼りをしたことが思い出される。その時、ビラ貼りで警察に拘束されたのだが、調書を取られた時、調書の書式を長谷川氏の方が警察官より良く知っていて、「そこは一行空ける」などと警察官に教えていた。長谷川氏は、ビラ貼りなどでしょっちゅう拘束され調書を取られていたのである。下田は平和な町で警察官もあまり調書を取ることはなかったのだろうか。今思い出しても吹き出してしまう。長谷川氏が炎天下一生懸命ビラ貼りをする姿に涙ぐんだ。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

千駄木に帰って、地元の知人ご夫妻と懇談。この方の令夫人は、皇室制度・神道・歴史学の泰斗の学者の方の姪御さんであるとのこと。今日、初めて知って驚いた。その学者の方の書籍・論文は随分読ませていただいた。大変に勉強になった。ついこの間も、神田学士会館で開催された『日本学協会』の講演会でお会いしたばかりである。

帰宅後は、『政界往来』の原稿執筆・脱稿・送付。そして明日の「萬葉會」における講義の準備。

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