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2010年10月 8日 (金)

支那帝国の本質を見誤ってはならない

支那帝国は、普通一般の民主国家・自由国家ではない。そんなことは分かり切った話なのだ。今日の支那帝国の発展ぶり、そして北京五輪や上海万博などに惑わされて、支那帝国の本質を忘却することがあってはならない。

和辻哲郎氏は、「儒教を生み、また儒教を奉じているはずのシナの歴史が、儒教の道理に反する事蹟を数限りなく含んでいる…賤しい身分のものが君を殺して帝王になる。夷狄として賎しめている異国人に征服せられてその夷狄に服従する。そういう事蹟はいくらでもある。すなわちシナの歴史は儒教の理が空理にすぎぬことを実証しているのである。」(『尊皇思想とその傳統』)と論じている。

支那の皇帝は、即位する前に多くの人々を殺した人が即位し、その後「聖人・君子」とされる。「共産支那帝国」の「皇帝」であった毛沢東は、どれだけの人を殺したか分からない。即位する前どころか即位した後も、文革などで膨大な数の人を殺した。

外部に漏れた支那共産党の内部文献によると、毛沢東の建国以来、文革までの殺戮数は二千六百万人であったという。また、アメリカ上院安全委員会が一九七一年に出した調査報告書では、「毛沢東は共産主義政権を樹立して最初の十年間で三千万人の大衆を殺害し、大躍進から文化大革命直前までの十年間に二千万人、合計五千万人を殺害し、これに文化大革命の犠牲者数二千万人を加えれば、途方もない大虐殺数になる。

また、毛沢東は、劉少奇・彭徳懐・賀龍をはじめとする多数の「革命の同志」をなぶり殺しにした。色々ご教示頂いたある「中国問題の専門家」の方は私に「中国の権力者は、普段は聖人君子のようにふるまっているが、ある日突然極めて残虐になる」と語っていた。

『論語』『孟子』など支那の古典は実に立派なことが書かれている。日本思想史への影響も大きい。しかし、現実の支那の歴史は、極めて残虐なる闘争と殺戮の歴史である。今日の「人民中国」もその本質は全く変わっていない事をよくよく認識すべきである。

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