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2010年10月25日 (月)

国家的危機とやまと歌

 蒙古襲来は中世における一大国家危機であった。蒙古は文永十一年(一二七四)と弘安四年(一二八一)の二回にわたって来襲したが、いずれも日本軍の奮戦と暴風雨(これを人々は「神風」と信じた)によって撃退した。これにより日本国民はナショナリズムを燃え立たせ神国意識を益々強固ものとした。

「西の海 寄せくる波も 心せよ 神の守れる やまと島根ぞ」

(春日若宮社の神職中臣祐春の歌。『異国のこと聞こえ侍るに神国たのもしくて』との詞書がある。日本国が神国であるとの信念を吐露した歌である。

「勅として 祈るしるしの 神風に 寄せ来る浪ぞ かつくだけつる」

(藤原定家の孫藤原為氏が亀山上皇の勅使として蒙古撃退・敵国降伏を祈願するためにお参りした時の歌)

「末の世の 末の末まで 我国は よろづの国に すぐれたる国」

(禅の僧侶・宏覚が蒙古襲来という国難の時期にあって六十三日間蒙古撃退の祈願を行いその祈願文の最後には記した歌)

こうした愛国心・神国思想の勃興がやがて建武中興へとつながっていくのである。このように日本民族は古代から平安朝そして中世と脈々と愛国心及びそれと一体のものとしての尊皇心を継承してきているのである。

徳川時代の末に至りペリーの来航から明治維新の断行までの内憂外患大変革の時期は、その愛国心・日本ナショナリズムは火の如く燃え上がり、数々の歌に表現された。

戦後日本・現代日本においても国家的危機に際して、魂を打つ愛国歌が生まれている。それは愛国運動に身を捧げた人々の歌である。 

昭和三十五年(一九六〇)十月十二日、当時の浅沼稲次郎日本社会党委員長を刺殺した山口二矢は、自決に際して

「国の為 神州男児 晴れやかに ほほえみ行かん 死出の旅路へ

という辞世をのこしておられる。

さらに昭和四十五年十一月二十五日、東京市ヶ谷の陸上自衛隊内で三島由紀夫氏と共に割腹自決を遂げた森田必勝氏は

「今日にかけて かねて誓ひし 我が胸の 思ひを知るは 野分のみかは」

という辞世をのこされた。

 

愛国尊皇の心を張りつめた精神で歌う時、やはり日本伝統の文学形式即ち和歌で表現されることが多かった。漢詩にもすぐれたものがあるが、和歌が日本人の真心を表現するのに最も適した文芸であるからである。

今日の日本はまさしく亡国の危機に瀕している。今こそ、その危機を脱出する方途として、単に政治体制の革新のみではなく、国民精神の革新・日本の伝統精神の復興を期さなければならない。そしてその中核が祖国への愛・至尊への恋闕の思い歌いあげる和歌の復興なのである。

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