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2010年10月13日 (水)

『女子と小人養い難し』とは

先日、本欄で「『論語』に『女子と小人養い難し』という言葉がある。蓮舫さんの浅墓な行動で、この言葉が正しいということになる可能性がある。」と書いた。

『論語』に女性は出てこない。ただ一カ所「陽貨篇」に「子曰く、唯女子と小人とは養い難しと為すなり。之を近づくれば不遜、之を遠ざくれば怨む。」とあるのみである。これは、「女子と小人とは扱いにくいものだ。大事にすればつけあがるし、よそよそしくすれば恨みに思う」という意味である。

孔子は「女性や小人物は誉めたりやさしくしたりするとつけあがる」と思っていたらしい。蓮舫さんも、あまりメディアなどからちやほやされたので、多少いい気になっているのではないかと心配する。

それはともかく、ある支那学の専門家は「中国では男子が家を継ぐのが前提。養子が家を継ぐことは中国ではあり得ない。妻に男子が生まれなかったら、その家は絶える。故に支配者は一夫多妻であった。祖先を祭る人がいなくなる。中国は夫婦別姓。女性を尊重したのではなく、女性をその家の家族と認めなかったから。女性は物として扱われ、奴隷として送られてきたと考える。『孝経』に『身体髪膚之れを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり』とあるにもかかわらず、『纏足』という風習があったのは、女性を人間と思っていなかった証拠。」と語っておられた。

儒教は女性を蔑視というか無視していることは確かだが、支那は昔から女性が政治権力を掌握する国である。則天武后・西太后・宋美齢・江青などはその典型である。権力者の夫人が旦那以上に政治権力を振るうのである。これは一体どうしたことか。

天照大御神は女性の太陽神である。日本は、観世音信仰が盛んである。日本で拝まれている仏像は、観音像が一番多い。日本はまさに女性を尊ぶ国である。男尊女卑は「からごころ」である。女性蔑視の思想は、仏教・儒教が入ってきてから発生した。男尊女卑の儒教社会では、夫婦別姓なのである。

日本は支那から儒教を学んだが、宦官・纏足という畸形文化は全く受け入れなかった。また易姓革命も受け入れなかった。

「纏足」とは、支那で、女性に対して子供のときからを巻かせ、足が大きくならないようにする風習。唐末ごろに始まり、宋代から流行した。こうした野蛮にして畸形な風習が生まれ近代まで続いた原因は、①小さい足の女性の方が美しいと考えられたこと。②纏足の女性はうまく歩けないことから、女性が逃げられないようにし、女性支配の手段にしたこと。③内股の筋肉発達するため、女性の局部の筋肉も発達すると考えられた。の三つであるという。

「纏足」というのは、「宦官制度」と共に、何んとも気味が悪いというか、ぞっとするような風習である。私の幼い頃、わが街にも、纏足の支那人女性が住んでいたのを思い出す。

女性蔑視は、支那から渡来した精神であり、「からごころ」である。わが国には本来的に女性蔑視の精神は微塵もなかった。わが國は、支那から仏教や儒教を輸入したが、「纏足」「宦官」などという悪習は拒絶した。また、「易姓革命思想」も拒否した。まさに「良きを取り悪しきを捨てる」というのが、わが国の精神傳統である。

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