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2010年9月 3日 (金)

民主党代表選挙を西南戦争に譬えるとは不届き千万

菅直人氏は一日夜、東京都内で開かれた民主党の野田財務相グループの会合で、「明治維新には西郷隆盛の力が必要だったが、西郷さんはああいう(西南戦争で敗れて自決する)末路をたどった。西南戦争があって、本格的な明治政府ができた」と挨拶したという。

小沢一郎を西郷隆盛に、西南戦争を代表選に譬え、「政権交代が実現した以上、小沢氏はもう不要だ言ったのだ」と受け止められているという。もっと言えば、菅直人は、「今回の代表選は西南戦争であり、小沢一郎を自決に追い込む即ち政治生命を断つ」と言っているのだ。

良く言えば、相当な意気込み、悪く言えば、相当な憎しみだ。総理大臣の発言としてはあまりに過激すぎる。また、小沢一郎を西郷隆盛に譬えるなどというのは全く間違っている。西郷さんは、権力奪取のために「西南戦争」を戦ったのではない。今ここで詳しくは論じられないが、西郷暗殺指令を出した初代警視総監川路利良そしてその上司であった大久保利通を糾弾すべく、鹿児島から上京しようとしたのである。だから、鹿児島を出発する時「今般政府に尋問の筋これあり」という声明を発表したのである。兵隊を同行させたのは防衛上やむをえざるこことである。それが戦争になったのは、熊本で新政府側が先に発砲して来たからである。西郷軍は明治新政府ましてや、上御一人に反逆するなどという心は毛筋の横幅ほどもなかったのである。

それにしても、民主党代表選挙を、明治第二維新運動最大の戦いだった「西南戦争」と同列に論じるなどということは、不遜極まりないことだ。また、小沢一郎を西郷さんに譬えるなどということも、西郷さんへのこれ以上の冒瀆はない。

小沢一郎が西郷さんなら、菅直人自身は一体誰なのだ。大久保利通と思っているのか。これもまた不遜極まりない。大久保利通に対しては多くの批判があるが、近代日本建設の大功労者であることは確かである。西郷隆盛・木戸孝允と共に「明治維新三傑」の一人である。菅直人とは比較にならない。

また、大久保利通は、「西南戦争」が終わったらすぐに、暗殺されたのである。菅直人はそういう運命を望んでいるわけではあるまい。歴史を良く勉強していないからこういうことを言うのだ。あまり軽率なことを言わない方が良い。

小生のホームページに「蔵出し・皇都の一隅より」の掲載を開始した。その第一回の「明治第二維新運動と紀尾井町事件」という拙論に期せずして明治第二維新について論じている。興味のある方はどうかご一読下さい。

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