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2010年9月 4日 (土)

今日の出版記念会で聞いた話について

今日の出版記念会では、色々な方々とお会いし、色々なお話しをうかがった。次のような話が印象に残った。

「民主党代表選は、悪と馬鹿との争い。」

「日本記者クラブの民主党代表選挙の記者会見に取材に行ったら、記者クラブに所属していないテレビ局ということで、SPに排除された。その時、腕章をはぎ取られた。明らかな暴力的な取材妨害であり、報道の自由を暴力的に奪った。」

「ヒトラーは、『聖書』でイエス・キリストが『ユダヤ人は悪魔の子』と言ったことを実行しただけ。」

「ゲルマン民族は残虐だが、キリスト教の信仰があるから、反省ということを知っている。中国人にはそれはない。」

「中国人は飢餓の極限状態で人肉を食するというのではなく、食人が文化である。」

「聖徳太子が『日出ずる国の天子、書を日没する国の天子にいたす』と言われたこと、菅原道真が遣唐使派遣を止めさせたことの二つは、中国に対する姿勢として正しい。」

           ○

悪とは小沢一郎、馬鹿は菅直人のことである。「悪」が総理になるのは絶対に許されないが、「馬鹿につける薬はない」という言葉がある通り、「馬鹿」が総理になるのも危険この上ない。また、小沢も相当馬鹿なところがあるし、菅にも相当悪質なところがある。

警察官が暴力的に記者会見の取材妨害を行ったことは重大である。記者クラブ所属以外のテレビ局を排除するのは、主催者がやればいいことである。警察官が暴力的にこれを行う言葉断じて許されない。

私も「聖書」の「ヨハネによる福音書」のイエス・キリストのその言葉を読んだことがある。イエスを死地に老いやったとされるユダに対するキリスト教徒の呪咀はすさまじい。キリスト教徒ではなくとも、「ユダ」という名前は裏切り者の代名詞として使っている。言語学的に見て、ユダ(Judaios)の名はユダヤ人全体を意味するという。ユダは憎むべきユダヤ人の典型であると見られたのである。

そして、キリスト教国で反ユダヤ感情の無いところは無いと言われている。特に社会的不満が鬱積すると反ユダヤ感情が激化する。

『新約聖書』の「ヨハネ伝」では、イエス・キリストはユダヤ人に、「汝ら(ユダヤ人)は己(おの)が父悪魔より出(い)でて、己が父の慾を行はんことを望む。彼は最初(はじめ)より人殺しなり、また眞(まこと)その中になき故に眞立たず、彼は虚偽(いつはり)を語る毎(ごと)に己より語る、彼は虚偽者(いつはりもの)にして虚偽の父なればなり」(第八章)と述べ、ユダヤ人は「悪魔の子」「人殺し」「嘘つき」であるとしている。

『新約聖書』はユダヤ人を敵視しており、『新約聖書』は反ユダヤ思想の最も基礎的にして最も影響力の強い文献であるといわれている。しかし、『新約聖書』を記したのはユダヤ人自身なのである。

ただし、一九六三年六月三日、ローマ法王・ヨハネ二十三世はキリスト教徒のユダヤ迫害の許しを乞う祈りをした。

キリスト教徒ではない私には、当然のことながら、キリスト教徒の反ユダヤ感情・反イスラム感情を実感することはできない。二千年以上昔からの宗教感情に基づくものだから、一朝一夕に払拭できるものではないだろう。一神教同士の凄まじい対立・闘争に日本人が巻き込まれないようにしなければならない。

日本人とりわけ保守の立場に立つ人々の反支那感情はますます高まっている。今後の日本は、共産支那の膨張・「中華帝国主義」とどう対峙するかが最も重要である。

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