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2010年9月25日 (土)

荒木和博氏の講演で印象に残ったこと

荒木和博氏の講演で印象に残ったことを記す。

「昨日まで韓国を訪問していた。柳田拉致問題担当大臣は民社党時代の私の上司。竹下内閣の時、当時の塚本民社党委員長が拉致問題に関して質問した。旧民社の人間は『拉致問題は自分たちがやって来た』という自負がある。自民党政権の拉致対策は、広報活動と家族会への対応が全てだった。情報収集は二人だけだった。中井洽氏が担当大臣になってかスタッフと予算を増やした。

九月二八日に朝鮮労働党代表者会議が開かれる。金ジョンウンは後継者に指名されないと思う。指名されたら激震が起こる。

金正日が訪中している間、張又侠瀋陽軍区司令員がずっと北朝鮮にいた。金正日は中国よりアメリカの方が好き。彼はロシア生まれで中国語が話せない。行きたくない中国へ無理して行く必要はなかった。中国に呼びつけられた。カーターが訪朝したので金正日がアメリカと手を結ぶ可能性があった。それを阻止するために金正日を中国に呼び、その留守中に張又侠瀋陽軍区司令員が北朝鮮にいた。

今の北朝鮮のひどい状況では後継者決定はできない。金ジョンウンを後継者に指名したら、権力はジョンウンに移る。権力の継承は命にかかわる。簡単に権力を手離すことはあり得ない。金日成死後、金日成系列の大規模な粛清が行われた。北朝鮮では集団指導体制は絶対にあり得ない。

百年前に、ロシアにつくか中国につくかを考えたように、北朝鮮はアメリカにつくかロシアにつくかを考えている。自分たちで独立してやって行くと言う人はいない。張成沢は中国寄り。中国の植民地になってもかまわないと思っている。北は、日米中露という四大国に囲まれている。独立するのが難しい。朝鮮は独立戦争をやったわけではない。

韓国も集団指導体制は無理。誰かに権力が集中していないと落ち着かない。北朝鮮は、七〇年代から個人崇拝が激しくなった。八〇年代金正日は父親の金日成に情報を上げなくなった。『うまくいっている』と報告していた。しかしうまくいっていなかった。

金泳三は大統領就任演説で『如何なる同盟国も同じ民族に勝るものは無い』と言った。これは自由主義国家よりも北を尊重するということ。北にそう呼び掛けたら核危機が始まった。九四年六月戦争の一歩手前までいった。九三年十二月から九四年七月にかけて金日成は現実を把握し、自分に上がって来た情報が嘘だと分かった。正日との親子関係が悪くなった。金日成は死の直前、中国と連携しつつ改革開放をやると決意した。南北首脳会談をやると決めた。その頃北に行ったカーターも在日も金日成は元気だったと言った。ところが妙香山の別荘で死去した。直接手を下したかどうかは別にして金正日の意志によって死に至らしめられた。

日本には大きな力がある。自衛隊が存在する。悪しき法治主義では駄目。必要なのは国民一人一人の正義観と使命感。日本が強くなることが韓国を親日国家にする。儒教思想は、左右の関係よりも上下の関係の方が強い。韓国にとって日本は上か下か分からないのでどう対応していいか分からない。戦時中、京城の映画館で日本軍勝利の映像が流れると観客は猛烈な拍手をした。二度と韓国併合はしないという国論は変わらない方が良い。

朝鮮半島は分断のままが良い。たがいに国家承認をして正式に外交関係を結べば良い。分断の固定化の方が交流しやすい。」と語った。

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