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2010年9月30日 (木)

民主党政権の継続は日本の独立と安全を根底から破壊する

仙谷官房長官は今日、沖縄・尖閣諸島沖の漁船衝突事件の対応について、日本と共産支那の認識の違いを「もう少し習熟すべきだった」と述べ、支那側の反応を見誤ったことを認めた。また十三日に支那人船長を除く船員を帰国させたことについて、「中国側も理解してくれるだろうと判断していた」と述べ、支那側の反応を見誤ったことを認めた。つまり、わが国の独立と安全に深く関わる対支那外交について未熟であることを認めたのである。

鳩山由紀夫前首相は今年五月四日、米軍普天間飛行場の移設問題に関し「昨年の衆院選当時は、海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは思っていなかった。学べば学ぶほど(海兵隊の各部隊が)連携し抑止力を維持していることが分かった」と記者団に述べた。つまり、日米軍事同盟の重要な柱である海兵隊の抑止力について勉強不足だったことを認めたのである。

内閣総理大臣と内閣官房長官は、日本国政府を背負って立つ役職である。ところが、国家の命運・安全保障・国防・外交の基本について「未熟」「勉強不足」の人物が、総理及び官房長官に就任したのである。民主党政権のお粗末さはここに極まれりという感がある。この二人の発言は、民主党政権のお粗末さ・ひどさを如実に示している。対支那外交に習熟してから官房長官になるべきであったし、抑止力についてよくよく学んでから総理になるべきであった。

民主党に政権を担う資格は無いと断言する。民主党政権が継続することは、日本の独立と安全、そして民主党が言う「国民生活第一」を根底から破壊することになる。

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千駄木庵日乗九月二十九日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。昨日来ることが出来なかったので、念入りに背中と腰をマッサージさせていただく。

帰宅後は、書状執筆など。

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2010年9月29日 (水)

愛国運動は、戦後一貫して共産支那批判を行って来た

尖閣諸島沖の共産支那漁船による違法・不当行為、そしてその後の共産支那のわが国に対する恫喝・外交的政治的経済的圧迫は全く許されざることである。「中国漁船衝突事件」などという表現では済まされない。しかしこの事で、米長氏が言うように、国民の中に、共産支那に対する警戒感・嫌悪感が広がり、安保国防に対する意識が高まることを期待したい。

民族運動・愛国運動は、戦後一貫して共産支那批判を行って来た。そして共産支那に対する土下座外交・謝罪外交を糾弾してきた。愛国運動・民族運動の訴えて来たことがいかに正しかったかが、今回証明された。

奇しくも今年は、山口二矢氏が、「アメリカ帝国主義は日中共同の敵」などという血迷ったことを言った浅沼稲次郎氏を刺殺してから五十年である。慰霊祭も執行される。愛国運動・民族運動の歴史的使命はますます重大である。胡錦濤来日反対運動が活発化するであろう。今回の悪逆非道の行為に対する謝罪と賠償が行われない限り、胡錦濤を来日させてはならないと考える。

自民党親支那派から左翼に至るまで、支那に対して迎合して来た者共の罪は深い。財界・大企業も、利益追求のために、支那大陸に投資し技術を移転させてきた。これにより、支那は国力を高め、日本に対して圧迫と恫喝を加えて来ているのだ。政界・財界の責任は実に大きい。拘束されたフジタの社員は気の毒であるが、フジタは何故、旧日本軍の遺棄化学兵器廃棄処理関連工事を請け負ったのかも問題である。

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「躍進日本春風の集い」における中曽根・米長両氏講演

『躍進日本!春風の集い』における中曽根康弘元総理、米長邦夫氏の講演で印象に残ったことを記す。

中曽根康弘氏「『春風の會』という名は、山岡鉄舟の漢詩の『電光影裏斷春風』という言葉からとり、捨身になって突撃するという気持ちで名付けたと思う。国民に対し歴史に対し責任を持つ姿勢である。私も助っ人の一人として働かせていただきたい。傳統と歴史が無視され、その日暮らしの気持ちになっている時代である。あるべき姿を取り戻すのが『春風の會』である。」

米長邦夫氏「八月十五日には、靖国神社と共に、千鳥ヶ淵戦没者墓苑にも参拝すべきである。尖閣のことで、今まで政治に関心のない人、憲法九条改正に反対の人も、このままでは日本はおかしくなると思う人が増えて来た。私は将棋指しなので先が読める。このままでは尖閣は中国の領土になってしまう。中国はこの後、千隻の船を出す。日本はそのうちの一隻をしずめるしかない。安保条約があるからアメリカは出て来ざるを得ない。今の政府のそんな度胸があるとは思えない。このまま中国の船が集まり出し、実効支配となる。そうならないように行動してもらいたい。」

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千駄木庵日乗九月二十八日

午前は、母のお世話。

午後は、歯の治療。

午後五時より、元赤坂の明治記念館にて、『躍進日本!春風の集い』開催。南丘喜八郎氏が司会。平田文昭氏が設立経過説明。中曽根康弘元総理、米永邦夫氏が講演。この後、懇親会が催された。多くの方々が祝辞を述べられたのだが、会場に実に多くの同志・友人・知人の方々がおられ、その方々との挨拶・懇談をしたため、ほとんど聞くことが出来なかった。綿貫民輔、朝青竜、石井一、鈴木宗男、野村克也・沙知代夫妻、伊吹文明、亀井静香の各氏なとが出席していた。谷口雅春先生のお孫さんの谷口貴康氏がわざわざ長崎から出席しておられた。 最後に小生の音頭で三本締めを行い閉会した。

帰途、同志と懇談。

帰宅後は、諸雑務。 

            

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2010年9月28日 (火)

わが日本は共産支那の悪弊の本を抜き源を塞ぐべし

「おとなの寺子屋・論語の会」における野村英登氏の講義で印象に残ったことを記す。

「安岡正篤氏はその著『古典を読む』において『末世になるほど生活が煩瑣になって、することなすこと枝葉末節に走り易い。(王陽明は)抜本塞源論を立てて、あらゆる悪弊の本を抜き源を塞がねば、世は到底救われるものではない。』と論じた。『抜本塞源論』には王陽明の中核的思想が書かれている。

性善説の基盤は、人は『天地万物一体の仁』を具えていると考える。これが陽明学の中核。個人的欲望でそれが汚され本来の善なるものが発現できない。大いなる道の心=天地万物一体の仁を失わなければ、人の道はしっかりとしたものになる。何かを学ぶというのもそのためなのだ。

道心を把握して人倫を厚くすることが教え・学問の根本である。自然にこれを安んずる者を『聖』と言い、勉強してこれを行うものを『賢』と言う。本来持っている徳に磨きをかけ、それぞれの持ち分を発揮する。その意味で職業に貴賎は無い。

上に立つ者が覇を唱えるようになり『天地万物一体の仁』を忘れると世の中が乱れる。そして王陽明は訓詁注釈の学問は世の中を変えることにはならないと朱子学を批判した。陽明学は『礼』を重視せず、『天地万物一体の仁』の心さえ発揮すればいいという考え。『論語』は『礼』を重視し、朱子學も『礼』を重視する。『礼』即ち社会的規範を考えて自分の良心を発揮しなければ世の中を乱すことになるという考え。

天と親から与えられた身体を大切にするのは人の義務であり使命であるという考えが、『身体(しんたい)髪膚(はっぷ)これを父母(ふぼ)に受くあえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり』という『孝経』の言葉

『論語・泰伯第八』に『子曰く、泰伯はそれ至徳と謂うべきのみ。三たび天下をもって譲り、民、得て称するなし。』(泰伯こそ最高の徳の持ち主と言って良いだろう。天下を三度も兄弟に譲られたが、国民はどういうことか分からなかったので誉め讃えようがなかった)とある。孔子は目に見えない徳を持っていた泰伯を高く評価した。」

          ○

出席者の多くから、「このような『陽明学』『論語』の教えを今の中国人は全く実践出来ていない。」という意見が出された。野村英登氏は、「今の中国の小中学校の教科書には、『論語』の章句が掲載されている。民衆が革命を起こさないようにするためと思われる。」と語った。

「文化大革命」の時、文革派によって儒教は徹底的に排撃され、実権派に対して造反せよと扇動した。また林彪・周恩来批判の時には「批林批孔」運動というのが起こされた。ところが今や、儒教教育がある程度行われているという。これは民衆の体制批判を抑え込むためである。『孟子』や『陽明学』は、革命肯定の思想であるが、『論語』は礼=社会秩序を重んじる思想だからである。良い事がたくさん書かれているが、要するに体制維持のための思想・支配者のための思想であることは間違いない。

共産支那のわが国への暴虐行為を見ていると、今の支那は『礼』も『徳』も『天地万物一体の仁』も全く忘却してしまっている。だから支那国内は乱れているのだ。わが日本は、共産支那の「悪弊の本を抜き源を塞がねば」ならない。

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千駄木庵日乗九月二十七日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。

午後は、諸雑務。

この後病院に赴き、父に付き添う。

午後七時より、白山の本郷青色申告会館会議室にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。

帰途、千駄木で知人と懇談。

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2010年9月27日 (月)

胡錦濤のエイペック参加を断固拒否せよ

今回の共産支那の行為によって、共産支那という国がいかに危険な国であるかを多くの国民が認識したであろう。わが国政府こそ今回の共産支那の不当不法行為に対する謝罪と補償を支那政府に対して求めるべきである。

共産支那がわが国に対して謝罪と補償をしないかぎり、十一月に横浜で開かれるエイペック(アジア太平洋経済協力会議)への胡錦濤の参加は断固として拒否すべきである。

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村田春樹氏の講演

『二宮報徳会講演会』における村田春樹氏の講演で印象に残ったことを記す。

「三十五都道府県で『外国人参政権付与法案』の慎重審議を求める決議が採択された。わが家に六万人の署名が集まった。園部逸夫元最高裁判所判事は外国人地方参政権裁判最高裁判所第三小法廷が平成七年二月二八日に下した判決の傍論について言い訳をした。山谷えり子さんが今年五月二七日に提出した質問主意書に対して『外国人参政権付与』は憲法違反であると答弁した。これは菅直人も千葉景子も署名した閣議決定である。この後、松原仁氏も駄目押しした。これで、『外国人参政権付与法案』は出せないはずなのだが、菅直人は本会議で『民主党の国民に対するお約束』と言った。日本は法治国家ではなくなった。国民は安心して枕を高くして眠られない。

在日朝鮮人の特別永住者は減っている。平成十年から十四年にかけて中国人が多い一般永住者は急激に増えている。これは永住権取得条件を緩和し、日本滞在期間を二十年から十年に短縮した結果。イギリス・ドイツ・アメリカなど何処の国も外国人に参政権を与えていない。

わが国への帰化条件は『正当な在留資格を有して引き続き五年以上日本に住所を有していること』となっている。よその國は永住権を取得させた後に帰化させる。日本も国籍取得条件をもっと厳しくすべし。

華人は十七世紀頃から外国に行ってその国の参政権を求めて来た。他の国に流出してそこで政治的力を持とうとして来た。自分の国がどうしようもないから、外国に行って力を付け一族郎党を呼び寄せる。人類史上三番目の民族大移動が起こっている。一番目はゲルマン民族大移動。二番目はヨーロッパ人の新大陸南北アメリカへの移動。三番目は今日の漢民族の大移動。漢民族は、特権階級も金持ちも海外へ行き、その国の国籍を取得する。

日本国民のパスポートの諸国に『安全を保証してくれ』と書かれてあるところに『北朝鮮・中国を除く』と書くべきた。日本人はチャイナに行ったら何をされるか分からない。渡航危険国にアフガンと並べて中国をはれるべし。」と語った。

        

              ○

運動の実体験に基づく分かりやすいお話であった。

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千駄木庵日乗九月二十六日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、靖国神社境内の靖国会館にて、『二宮報徳会講演会』開催。村田春樹氏(外国人参政権に反対する會東京代表)が「外国人参政権は中国問題」と題して講演。質疑応答。

午後五時半より、新宿文化センター大ホールにて、世界芸術文化振興会主催オペラ公演『ナブッコ・わが愛する地球よ』(G・ヴェルディ作曲。総合プロデューサー及びナブッコ・深見東州)上演。旧約聖書の時代のヘブライ人とバビロニア人との戦いを通して野望の挫折と再生の物語を描いた作品。自然の中に神が生きているという宗教精神の本質が良く描かれていた。また歌曲は神への訴えであることをあらためて認識させる作品であった。

帰途、共に鑑賞した同志と懇談。

帰宅後は、諸雑務。

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2010年9月26日 (日)

中華帝国主義及び国内の支那支那勢力との戦いを開始せよ

今回、共産支那の本質が如何なるものかが明らかになった。日本国民が一致結束して、中華帝国主義と戦いを開始する出発点にしなければならない。さらに、社民党・創価学会公明党などの国内の親支那勢力を徹底的に糾弾しなければならない。

城内実衆院議員は『ブログ』で、「仙谷官房長官は24日午後の記者会見で『法務省からそういう判断に到達したと報告を受けた。その判断を了とする。』と述べたとのこと。まさに、言語道断である。日頃から『政治主導』、『政治主導』と声高に叫んでいるくせに、日本の将来を左右するような極めて重要な外交・国防案件に対して、まるで『那覇地検が独自に判断した措置で首相官邸は関係ありませんが、まあ適当な措置ではないんじゃないですか。』とひとごとのように言っているようで本当にあきれてものが言えない」と訴えていた。

全く同感である。自分たちの『政治主導』では何もできないから、検察に『問題解決』を押し付けたのだ。政治家とりわけ総理大臣・官房長官は、政治的決断を正しく行うことが最大の使命であり責任である。それを回避した菅直人・仙石由人は辞任するのが筋である。


城内氏はさらに言う。「まさか、民主党政権首脳は、中国船長を釈放したら『日本のみなさんありがとうございました。私たちも今後このようなことがおこらないように注意します。』とか、『日本の寛大な措置に感謝します。これからはお互いに仲良くしましょう。』なんて言ってくるとでも思っていたのだろうか。過去の中国側の対応を見ても分かるだろう、中国のような国は、相手がひるんだり、弱気に出ると徹底的に攻撃し、逆に米国やロシアのように力がある相手にはおとなしいのである。案の定、中国政府当局は盗人たけだけしく、日本側に謝罪と賠償を要求してきた。これは当然予測できたことだ。」

これも全く同感である。チベットとかベトナムとか台湾のような共産支那よりも小さい国・弱い国に対しては、居丈高に対応し、武力を行使し、侵略してきたのが共産支那だ。毛沢東は革命戦争の戦略について「敵が後退すればわが方は前進し、敵が前進すればわが方は後退し、敵が駐屯すればわが方は攪乱する」と言った。これが共産支那の体質なのである。

菅と仙石は、支那人を支那に帰国させれば、対応がやわらぐと思ったのだろうが、事態は全く逆の方向に進んでいる。あろうことか、わが国に対して「謝罪と賠償」を要求して来た。そして、フジタの社員たちは人質に取られたままだ。こんな国に対しては、強硬に対峙する以外に道は無いのである。日本が譲歩すれば支那も譲歩するなどというとはない。

そもそも共産支那の権力者・指導者は日本をどう思っているのか。共産支那の国務院総理だった李鵬は1995頃、日本について、オーストラリア首相であったポール・キーティングに、「日本という国は四十年後にはなくなってしまうかもわからぬと」と言ったのだ。「日本をぶっ潰す」というのが彼らの本音なのだ。かつて来日した共産支那の代表団は「日中両国人民の友好は富士山の如く雄大にして揚子江の如く絶えることがない」などと言っていたが、日本の経済技術援助引き出したいがための美辞麗句・心にもない大嘘だったのである。

私は、「日中国交回復」を性急に行った田中角栄の罪は深いと今でも思っている。その娘の真紀子は今回の問題でまだ何にも言わない。近日中に支那に迎合する発言を行うであろう。小沢一郎も何も言わない。池田大作も何も言わない。一体どうしたわけか。鳩山由紀夫は、「温家宝とホットラインのあった私だったらもっとうまくやった」などと言ったようだが、前総理であるにもかかわらず、国家的重大事に他人事のような発言をするのは許されない。そのホットラインとやらを使って事態打開に早い段階から取り組むべきであったのではないか。

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千駄木庵日乗九月二十五日

午前は、母のお世話。

午後は、お天気が回復したので、晴れ渡る秋空の下、北区にある菩提寺に参詣。四宮家の墓所を掃苔。御先祖の御霊の御冥福と御加護を祈る。墓石を清め、お線香とお花を手向けると、本当に心が落ち着く。御住職ご夫妻と懇談。御住職は大正大学で教鞭をとられていた。母は大正大学の公開講座に通い、仏教について学んでいたことがある。

帰宅後は、資料の整理・書状執筆など。

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2010年9月25日 (土)

中華帝国主義の暴虐に屈した民主党管政権

 荒木和博氏が今日の講演で「日本が強くなることが韓国を親日国家にする。」と言われたのがとても印象に残った。日本は自信を持たねばならない。強くならねばならない。そういう意味でも今回の支那人船長釈放は大変な過ちである。政府は、「那覇地検の判断」というロジックに逃げ込むつもりであろう。検察批判が巻き起こっているこの時期に、このような重大な決定を那覇地検だけでできるものではない。政府・官邸の意向が働いたことは明らかだ。

これにより、共産支那は益々増長し、日本を馬鹿にし、属国扱いをするであろう。そして、わが国の独立・国民の安全は脅かされ、さらには、日本の領土・領海・領空・資源は支那に奪われるであろう。

共産党の志位和夫委員長ですら、「国民に納得のいく説明を強く求める。領有権について歴史的にも国際法的にも明確な根拠があることを明らかにする積極的な活動が必要だ」と述べたのに、公明党の山口那津男代表は「日中の外交関係をこれ以上こじらせ、経済や社会にいろいろな影響を及ぼすことは誰しも本来望んでいない」と地検の決定を評価した。社民党の福島瑞穂党首も記者団に「地検の処分を尊重するしかない」と述べた。社民・公明両党は、支那の手先であることを自ら証明した。

新しい民主党政権に対して外交面でやや期待した面もあったが、その期待は見事に打ち砕かれた。民主党政権は、中華帝国主義の暴虐に屈したのである。支那の属国になる危険すらある。菅政権は「売国政権」として歴史に長くその名をとどめるであろう。そして今日という日が、後世『国恥記念日』となる可能性すらある。

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荒木和博氏の講演で印象に残ったこと

荒木和博氏の講演で印象に残ったことを記す。

「昨日まで韓国を訪問していた。柳田拉致問題担当大臣は民社党時代の私の上司。竹下内閣の時、当時の塚本民社党委員長が拉致問題に関して質問した。旧民社の人間は『拉致問題は自分たちがやって来た』という自負がある。自民党政権の拉致対策は、広報活動と家族会への対応が全てだった。情報収集は二人だけだった。中井洽氏が担当大臣になってかスタッフと予算を増やした。

九月二八日に朝鮮労働党代表者会議が開かれる。金ジョンウンは後継者に指名されないと思う。指名されたら激震が起こる。

金正日が訪中している間、張又侠瀋陽軍区司令員がずっと北朝鮮にいた。金正日は中国よりアメリカの方が好き。彼はロシア生まれで中国語が話せない。行きたくない中国へ無理して行く必要はなかった。中国に呼びつけられた。カーターが訪朝したので金正日がアメリカと手を結ぶ可能性があった。それを阻止するために金正日を中国に呼び、その留守中に張又侠瀋陽軍区司令員が北朝鮮にいた。

今の北朝鮮のひどい状況では後継者決定はできない。金ジョンウンを後継者に指名したら、権力はジョンウンに移る。権力の継承は命にかかわる。簡単に権力を手離すことはあり得ない。金日成死後、金日成系列の大規模な粛清が行われた。北朝鮮では集団指導体制は絶対にあり得ない。

百年前に、ロシアにつくか中国につくかを考えたように、北朝鮮はアメリカにつくかロシアにつくかを考えている。自分たちで独立してやって行くと言う人はいない。張成沢は中国寄り。中国の植民地になってもかまわないと思っている。北は、日米中露という四大国に囲まれている。独立するのが難しい。朝鮮は独立戦争をやったわけではない。

韓国も集団指導体制は無理。誰かに権力が集中していないと落ち着かない。北朝鮮は、七〇年代から個人崇拝が激しくなった。八〇年代金正日は父親の金日成に情報を上げなくなった。『うまくいっている』と報告していた。しかしうまくいっていなかった。

金泳三は大統領就任演説で『如何なる同盟国も同じ民族に勝るものは無い』と言った。これは自由主義国家よりも北を尊重するということ。北にそう呼び掛けたら核危機が始まった。九四年六月戦争の一歩手前までいった。九三年十二月から九四年七月にかけて金日成は現実を把握し、自分に上がって来た情報が嘘だと分かった。正日との親子関係が悪くなった。金日成は死の直前、中国と連携しつつ改革開放をやると決意した。南北首脳会談をやると決めた。その頃北に行ったカーターも在日も金日成は元気だったと言った。ところが妙香山の別荘で死去した。直接手を下したかどうかは別にして金正日の意志によって死に至らしめられた。

日本には大きな力がある。自衛隊が存在する。悪しき法治主義では駄目。必要なのは国民一人一人の正義観と使命感。日本が強くなることが韓国を親日国家にする。儒教思想は、左右の関係よりも上下の関係の方が強い。韓国にとって日本は上か下か分からないのでどう対応していいか分からない。戦時中、京城の映画館で日本軍勝利の映像が流れると観客は猛烈な拍手をした。二度と韓国併合はしないという国論は変わらない方が良い。

朝鮮半島は分断のままが良い。たがいに国家承認をして正式に外交関係を結べば良い。分断の固定化の方が交流しやすい。」と語った。

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千駄木庵日乗九月二十四日

午前は、母のお世話。

午後は、両親の介護及び医療に関する諸手続などの仕事。そして、資料の整理。

午後六時半より、市ヶ谷のUIゼンセン会館にて、『戦略情報研究所講演会』開催。荒木和博氏(戦略情報研究所代表・特定失踪者問題調査会代表・拓殖大学教授)が講演。質疑応答。暫くお会いしていなかった数人の同志・友人の方にお会いした。荒木和博氏とは氏が民社党本部に勤めておられた頃からの付き合い。人格識見ともに小生が尊敬する人物の一人である。

帰宅後は、ニュースを見ながら資料の整理。

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2010年9月24日 (金)

日米同盟を有効に機能させるとともに尖閣に自衛隊を配備すべし

尖閣列島は明治時代にわが国政府は、清国政府に所属しないことを確認した上で、日本の領土とした。そして沖縄返還と同時に日本に返還された。支那は、清朝時代から国民党時代そして「共産党政権」になっても、尖閣列島の領有権などは全く主張しなかった。しかし尖閣列島付近の海底油田の存在が明らかになると、共産支那政府はにわかに領有権を主張し始めた。尖閣は間違いなくわが国固有の領土である。

尖閣問題は、勿論領土侵犯行為を働いた共産支那が悪いのは決まっているが、わが国政府がこれまで厳正に対応をしてきていれば、今回のようなことは起こらなかったと言える。今回の事態は、わが国政府のこれまでの対支那弱腰外交の結果である。領域(領土、領水、領空)、国民、主権は、国家成立の基本的三要素である。領域と主権が侵されても、毅然とした対応が出来ないのは、わが国が完全なる独立国家ではないということだ。竹島問題についてもこれは言える。

共産支那国営・新華社が二十三日夜に伝えたところによると、河北省の軍事管理区に無許可で入ったとして日本人四人が拘束された。四人は軍事施設をビデオで撮影したという。これは明らかにわが国への報復である。日本国民を人質にして、
わが国に尖閣問題での謝罪と逮捕拘留された船長(工作員)の釈放を要求しようとしているのだ。共産支那のこうした体質は北朝鮮となんら変わらない。

前原誠司外務大臣は二十三日午前、ニューヨーク市内のホテルでクリントン米国務長官と初めて会談した。この会談で、クリントン長官は「尖閣諸島には、(日本への防衛義務を定めた)日米安保条約5条が適用される」と明言したという。これはわが国にとって朗報である。

今日唯今、日本の主権と領土そして日本国の安全を日本だけの力で守ることはできないのだ。これが悲しい現実なのだ。祖国防衛のために『日米同盟』を有効に機能させることが現時点では有効な手段である。

反米反基地を煽りたてる社民・共産などは、共産支那の侵略行為に対しては何にも言わない。何等の抗議行動も起こさない。社民・共産などの反米反基地勢力は、祖国がどうなってもいいのだ。ただアメリカの基地がなくなればいいのだ。こうした勢力は、アジア最大の軍国主義国家・侵略国家=共産支那・国際テロ国家=北朝鮮の手先なのである。

ただし、アメリカに任せていれば良い、日米同盟に頼れば良いというのでは駄目だ。それでは日本国は独立国家とは言えない。尖閣列島にわが国自衛隊を早急に配備すべきだ。何度も言うが、それが「毅然とした対処」ということである。

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千駄木庵日乗九月二十三日

午前は、母のお世話。介護の方と共なり。

午後は、菩提寺におけるお彼岸の法要そして四宮家の墓所の掃苔に赴く予定であったが、天候が悪いので中止した。

病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理。

今日はまさに「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉を実感する一日であった。

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2010年9月23日 (木)

田原総一朗氏の講演を聞いて

『第二九回呉竹會アジアフォーラム』における田原総一朗氏の講演で印象に残ったことを記す。

「小学校一年生の時の十二月八日に大東亜戦争が起こった。五年生の夏に終戦。そこに私の原点がある。五年生の一学期までは、『米英とアジア解放のために戦っている戦争。日本は大東亜共栄圏の柱石となる。陛下のために戦え。君たちの寿命は二十歳までと思え』と言っていた先生が、戦争が終わり新しい学期を迎えたら言うことが百八十度変わった。同じ先生が『侵略戦争だった。日本は侵略国家だ。指導者は死刑になって当然。』と言った。高校一年の時に朝鮮戦争が始まった。すると、『戦争反対と言うのは共産主義者だ』と言われた。世の中の常識、偉い人が大きい声で言うことは信用できないと思うようになった。

学校教育では、明治維新から大東亜戦争までのことはタブーだった。一回も教わったことはない。明治維新から大東亜戦争までの歴史を書こうしたが、左翼の人の本、自虐史観の本ばかりだった。日清戦争から十五年戦争まで日本のしたことはすべて悪とする常識を疑わねばならないと思って書いた。その本では表の歴史を書いた。しかし表の歴史に名前が出て来ない人が大きな役割を果たしていることがいた。まず頭山満さんから始めた。頭山満さんのことを調べると歴史が良く分かる。大川周明・北一輝はアジアを実に正確に見ている。

一九六五年初めてソ連に行った。その時はソ連こそ理想の国だと思っていた。自由で豊かに国だと思っていた。しかしソ連に行って社会主義への憧れは木っ端みじんに壊れた。モスクワで大学生十人と討論した時、『フルシチョフはどうして失脚したのか』と質問したら、学生たちは真っ青になった。コーディネーターの人から『政治の話はしないでくれ』と言われた。この国には言論の自由は一切ない事が分かった。

北・大川・頭山の考えは、特権階級が威張っている社会は良くないという考え。アジアの人々は頭山さんを慕った。頭山さんは多くの人々を育てた。その一人が孫文。蒋介石の頭山を慕った。

今、最大の問題は日中問題。中国の漁船が百隻来て漁をしていた。海保の巡視船に二回体当たりした。意図的な事件。日本政府は中国の意図をはかりかねている。日本は世界一の資源国家。長い列島で四方を海に囲まれ、経済水域は世界一。その資源を狙っている。

強気だったのは前原。中国が一番嫌っているのは前原。船長逮捕を決めたのは前原。前原が岡田に相談した時、岡田は『原理・原則でやってくれ』と言った。一番弱腰なのが官邸。仙谷が弱気。誰も中国がエスカレートするとは思っていなかった。

地方と都市の格差があり、地方の不満が反日という形で出ている。反日という名の反政府を抑えるための強硬策という説もある。中国は民主主義も野党もないので決定が早い。軍を管理監督する機関がない。胡錦濤政権は軍が怖い。

日本は筋を通すべきだ。ただし決着はない。すれ違いの状態でうまく折り合いを付ける必要あり。アメリカに相談した方が良い。日本に手出したらアメリカが攻めるぞというのが抑止力。今これをちらつかせた方が良い。一番の問題は船長をどうするか。ここまで来れば解放は無い。刑を執行するか、罰金刑で帰すかだ。

日本は優れた国。技術力世界一。人材も世界一。金も集まる。この三つがあるのに不況なのは、官僚機構が駄目だから。官僚は業績を上げても抜擢されないし、失敗しても降格無し。これでは本気で仕事をしない。官僚は景気が悪くなっても給料が下がらない。だからチェンジが嫌い。一部上場の企業経営者が駄目。チャレンジ精神のある人は常務どまりか、常務にもなれない。頑張る奴は個性があり、人付き合いがうまくない。個性がありチャレンジ精神のある人は社長になれない。失敗しない人・調整力のある人が社長になる。日本の経営者は新入社員の延長でしかない。今の政権は中国とアメリカにパイプがない。」と語った。

            ○

もっと色々興味のあることが語られたのだが、とくに小生を名指ししてオフレコと言われたので、ここに書くことはできない。田原氏が講演中、色々な話の展開の中で、四、五回小生の名前を呼んだのにはびっくりした。田原氏は若い頃は、左翼だったが、幻滅を感じて転向したということである。「日米同盟を背景にして共産支那に当たれ」ということである。情けない話だが、現状の日本ではこれしか支那に対抗する方途はないのだろうか。

「軍を管理監督する機関がない。胡錦濤政権は軍が怖い」というのが最も大きな問題である。今回の事件も、軍の主導で計画的に行われたと見るべきだ。「鉄砲から政権が生まれる」というのが共産支那の特質である。毛沢東・鄧小平・周恩来は、革命戦争を指揮した軍事指導者であるから、軍を支配し統制することが出来たが、胡錦濤・温家宝は革命戦争で軍を指揮した経験もない党官僚にすぎないので、軍を抑えることが出来ないのであろう。

日本の自衛隊は、完全に内局に管理監督されている。わが国において管理監督機関が無く、暴走する恐れのあるのは、検察・警察である。それが今回の大阪地検特捜部の事件や志布志事件が起こった原因であろう。

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千駄木庵日乗九月二十二日

午前は、母のお世話。

お昼は、知人と懇談。尖閣問題・大阪地検特捜部の証拠改竄事件が話題となる。内憂外患とはまさにこうした事態のことであろう。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時半より、内幸町の日本プレスセンターにて『第二九回呉竹會アジアフォーラム』開催。頭山興助会長が挨拶。田原総一朗氏が「頭山満の大アジア主義を語る」と題して講演。質疑応答。花岡信昭代表幹事が閉会の辞。

帰途、友人と一献。

帰宅後は、『政界往来』原稿執筆・脱稿・送付。

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2010年9月22日 (水)

検察・警察への第三者による監察制度を確立せよ

厚生労働省の村木厚子元局長に無罪が言い渡された郵便不正事件で、証拠品として押収したフロッピーディスク(FD)のデータを改ざんした疑いが強まったとして、最高検は二十一日夜、大阪地検特捜部の主任検事、前田恒彦容疑者(四十三)を証拠隠滅の疑いで逮捕した。

証拠品のデータ書き換えた容疑で現職特捜検事の逮捕というのは極めて異例どころか前代未聞の不祥事である。検察全体への国民の信頼を根底から揺るがす事件である。検察官や警察官が、正義感に燃えてあるいは職務熱心さのあまりに無理な取調べや捜査を行ったというのでも許されないのに、己の功名心・実績を上げたいために、違法な捜査・証拠の改ざんを行うなどというのは、司法に対する信頼を根底から失う結果となる。

今回のことは氷山の一角だという疑いを持つことすらできる。鈴木宗男氏の実刑確定・収監、小沢一郎氏の検察審査会の議決、防衛事務次官守屋武昌氏の実刑確定収監など、司法・検察をめぐる重要事象が続いている時に、こういう事件が発覚したのは大変の事態である。鈴木氏や守屋氏の取り調べや捜査にも違法があったのではないかという不信感が生まれる可能性すらある。

最高検が敏速に捜査を開始したのは当然だ。ただし、身内だけの捜査で良いのであろうか。志布志事件や今回の事件を見ると、検察や警察に対する第三者機関による監視制度・監察制度が確立されるべきである。

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千駄木庵日乗九月二十一日

午前は、母のお世話。

午後は、歯医者に行って治療を受ける。

この後、病院に赴き、父に付き添う。背中と腰が痛いと言うのでをさすってあげる。

午後六時半より、新橋の港区生涯学習センター「ばるーん」にて、『日本の心を学ぶ会第五回勉強会』開催。小生が、「日本国憲法の欠陥と現代社会」と題して講演。この後、質疑応答。

帰宅後は、『政界往来』掲載予定の原稿執筆。

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2010年9月21日 (火)

日本学協会定例講演会での講演を聞いて思う

平泉隆房氏(金沢工業大学教授)「知力よりも人格陶冶に重点を置いた江戸時代の基礎教育が日本近代化成功の因。祖父母と孫が一緒に生活する三世代同居は、日本の家庭では当たり前だった。核家族になってそれが無くなった。しかし、まだまだ日本に良さは残っている。若い人が急速に駄目になっているとは思わない。私は白山神社の宮司なので、山岳信仰の神社の宮司さんと交流が多い。その宮司さんたちは『中高年の登山者のマナーが悪さは凄まじい』と言っている。明治以後の急速な近代化の中で、日本の良さが音を立てて崩れて行った。私の祖父・平泉澄は『幕末維新の精神は明治五年頃崩れた』と書いていた。」

西原正氏(平和安全保障研究所理事長・元防衛大学校長)「二〇〇三年十一月に、イラク戦争で銃弾を受けて殉職した外交官・奥克彦氏の棺の扱い方は間違っていた。成田に着いた棺を東京に搬送したのは千葉県警だった。国のために殉職した人の棺の搬送は地方警察機関ではなく国家機関が行うべきだった。菅内閣の閣僚全員が靖国神社参拝を自粛した。『国歌・国旗法』に反対した者が総理になっている。日本の国のカタチはどうなっているのか。国旗に敬礼せず、国歌を歌わない教員・教官が多数いる。防衛費は四兆七千億円なのに、子供手当に五兆円出そうとした。『憲法九条』の狭い解釈で、自衛隊が十分な活動が出来ない。安定した国をつくる戦略は、一番強い国と手を組むこと。しかし、独裁国家と結んでは駄目。同じ価値観を持つ国でなければならない。日米同盟は正しい選択。戦前の日英同盟と同じく戦略的に正しい。貧しいところから出発した戦後日本が経済成長に力を入れたのは正しい戦略。しかしそれによる欠陥も出た。領土の保全・国民の生命と財産を守ることが防衛の基本。南西方面の防衛に手抜かりがあったことが最近暴露された。竹島・北方領土に関しても然り。もう一つ配慮が欠けていたのが原発の防衛。原発の所在が日本海方面に偏重。三十か所の原発のうち、二十三か所が中国や北朝鮮に面する日本海側にある。台湾が中国のコントロール下に入り、台湾に中国の軍事基地が出来れば、日本の安保は危機に瀕する。インド・ロシアなど中国の向こう側の国々と関係を強化すべし。『遠交近攻外交』が大事。日本のシーレーンは、紛争地域の周辺にある。日印関係を密接にすべし。尖閣問題で中国は理不尽な対応をしている。日本に対し嫌がらせをして圧力をかけている。日本はこれに対して毅然とした対処をするべし。この事が、日本の国のカタチをつくることに直結する。国防は崇高な義務であることが憲法に書かれていない。憲法を改正することにより、対米依存から自主防衛へと進む。名護市の十万人の意志が日米同盟を左右するというのはおかしい。沖縄県知事選挙も同じ。日米同盟を基軸として国際秩序の形成のために日本が努力すべし。」と語った。

小生の質問に対し、「尖閣の自衛隊基地をつくるのは賛成。百人から二百人規模の自衛隊の駐屯地をつくることにより、実効支配を確実なものにして日本領土であることを示す。」と答えた。

市村真一氏(京都大学名誉教授)「保育所を増やし、小学校教育を充実させることが大切。今の政治家に責任感なし。鳩山は政界を引退すると言っていたのに、また戻って来た。そんな人が総理大臣だから世の中も無責任になる。」

           ○

平泉隆房氏の講演を聞き、かなり以前、安達福松氏の御案内で福井の白山神社に参拝した時、当時宮司をしておられた歴史学者・平泉澄先生にお目に掛かり、色々ご指導をいただいたことを懐かしく思い出した。白山神社の神域はまことに神秘的であった。きちんと端坐されお話をされる平泉先生のお姿は今もはっきりと目に浮かぶ。

地下鉄などに乗っていると、若者たちもさることながら、相当年配の方にもかなりマナーの悪い人がいることは事実である。バスの中で、座っている老人に脛を足蹴にされたことがある。何だかわけがわからなかった。前に立ったのが気に食わなかったのだろうか。しかし、私自身も、他人様から見ればマナー違反のことをしているのではないかと反省する。

民主党政権の中枢にいる政治家たちの國體観・憲法観・歴史観について正しく検証する必要がある。また、西原氏の「普天間問題に対して毅然とした対処をするべし。この事が、日本の国のカタチをつくることに直結する。」という意見は同感である。政府はぶれることなく、正しく対処すべきである。今回の事件が、日本の自主防衛体制確立・まともな対共産支那外交姿勢確立のきっかけになることを期待したい。それには、日本国民の一致結束が最も大切である。ともかく重大な事態である。

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千駄木庵日乗九月二十日

午前は、母のお世話。

午後一時より、神田学士会館にて、『第七回日本学協会定例講演会』開催。永江太郎理事が挨拶。平泉隆房氏(金沢工業大学教授)西原正氏(平和安全保障研究所理事長・元防衛大学校長)が講演、市村真一氏(京都大学名誉教授)がスピーチ。

この後、谷中三崎坂の飲食店にて、小学校の先輩と懇談。

帰宅後は、諸雑務。

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2010年9月20日 (月)

鳩山・小沢・田中真紀子は自分の言葉に責任を持て

尖閣諸島沖の日本領海内での支那漁船が故意にというよりも攻撃的に海上保安庁の艦艇に衝突した事件で、支那人船長の拘置延長を決めたことに対して、共産支那外務省の馬朝旭報道局長は19日、日本側に船長の即時無条件釈放を要求した上で、「日本側が独断専行で過ちの上に過ちを重ねるなら、中国側は強烈な報復措置を講じた、その結果はすべて日本側が負うことになる」と警告した。また、「責任は完全に日本側にある」と強く非難し、「日本側の行為は、すでに中日交流に深刻な損害をもたらした」と強調した。

軍事大国・中華帝国主義国家の本領を発揮したまさに恫喝であり脅迫である。「強烈な報復措置」とは言いも言ったりである。わが国政府は、断じて屈してはならない。共産支那の本質はこういう国なのである。このような攻撃的な軍事膨張政策をとっている共産支那と「東アジア共同体」を形成するなどということは全く不可能である。

「東シナ海を友愛の海にする」などと言った鳩山前首相は、自分の言葉に責任を持つのなら、今こそ、支那を訪問して共産支那政府首脳と会談し、事態を解決し、「友愛の海」とやらを作り出すべきだ。

小沢一郎は、「中国に対しては言うべきことはきちんと言う」と言っていた。であるならば、小沢は一刻も早く支那を訪問し、支那政府首脳に言うべきことを言って、問題を解決すべきである。

田中真紀子は、「外交は人である」とか言って、父親の代から格別に深い関係にある自分こそ「中国との友好関係」とやらを深めることが出来ると言っていた。田中真紀子も今すぐ「訪中」して事態の打開に努力すべきである。

ところがこの三人はこのような非常事態になっているにもかかわらず、何の行動も起こさない。それどころかウンともスンとも言わない。まことにおかしことである。鳩山・小沢・田中真紀子よ。自分の言葉に責任を持て!。

ともかく、民主党政権とりわけ菅総理と前原外相は、支那の悪質な恫喝に屈することなく、支那の暴虐・不当行為に対して厳正に対処してもらいたい。

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千駄木庵日乗九月十九日

午前は、母のお世話。

午後は、資料の整理。

この後、病院に赴き、父に付き添う。二組の甥っ子たち夫妻(父から見れば孫夫婦)が一緒に病院に来る。父はぐっすり眠っていて気付かないのがまことに残念。千駄木に戻り、懇談。

帰宅後も、資料の整理。

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2010年9月19日 (日)

井川一久氏の論文を読んで『暴支膺懲』という言葉を思い出した

先日、元朝日新聞記者の井川一久氏より、「中国の脅威―その実態について」と題するご論考を送っていただいた。井川氏は、那覇、プノンペン・サイゴン・ハノイに駐在しておられた。特に、サイゴンでは『サイゴン陥落』を目の当たりにされた。さらに、共産支那軍のベトナム侵略の際にも現地におられた。

そのご論考には、①共産支那が、「海洋国土」と称する海域を勝手に決め、その中には沖縄本島を含む南西諸島近海の大陸棚も含まれる。②海南島を巨大基地化していて、これに対抗し得るのは沖縄米軍基地しかない。③ミャンマー・ラオス・タイ・カンボジア・ベトナム・マレイシアなどの東南アジア各国を政治工作・経済的軍事的圧迫によって属国化しつつある。④海外在住の支那人にも「国防勤務」なるものを義務付ける「国防動員法」を制定し、『日中』が戦争状態になれば、在日支那人が破壊活動・ゲリラ戦を行うことが義務付けられた。以上のことなどが具体的かつ詳細に書かれている。

共産支那の覇権拡大は、日に日に深刻になっている。ところが我が国政府もメティアもそのことを正確に国民に伝えていない。その意味でも、井川氏の論考は大変に参考になった。

今や支那は、かつての「大唐帝国」「大清帝国」を再現しつつある。多くの日本人はいまだに「中国は近代化に失敗した後進国だ。」「阿片戦争・日清戦争に負けた国だ。」「大東亜戦争はアメリカに負けたのであって、支那に負けたのではない。」という観念に支配され、支那そして中華帝国主義を甘く見ている。私もその一人だった。

今後の日本は、いかにして「中華帝国主義」の侵略から祖国を守るかが最大の課題である。国内問題で政治が混乱したり、無益な内輪争いをしている時ではない。「暴支膺懲」という言葉をかみしめる時である。いたずらに「好戦的になれ」とか、「支那を敵視せよ」と言っているのではない。しかし、日本が支那を敵視しなればならない状況を作り出しているのは支那自身である。

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千駄木庵日乗九月十八日

午前は、母のお世話。

この後、『政治文化情報』発送作業。発送完了。週明けにはお届けできると思います。

そして、病院に赴き、父に付き添う。背中が痛いと言うので、痛みが和らぐように祈りながらさすってあげる。

帰宅後は、書状作成・資料の整理。

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2010年9月18日 (土)

菅新内閣について

今度の内閣で比較的期待できるのは、前原誠司氏が外相になったことである。彼は、民主党の中では、共産支那に対してまともな姿勢を保持していると思う。尖閣諸島沖の日本の領海内で海上保安庁の巡視船に支那漁船が衝突した事件で、前原誠司氏は16日昼、石垣港で係留されている衝突した巡視船「みずき」と「よなくに」を視察し、石垣海上保安部の職員を激励した。前原氏は職員に対し、「東シナ海には領土問題はない。われわれの主権を粛々と、毅然と守っていくことが国民に勇気を与える」と激励した。共産支那政府が漁船船長の早期釈放を求めていることには「毅然と対応していく」との考えを強調した。

心配なのは、「われわれは、部落差別を支える非民主的な諸制度や不合理な迷信・慣習、またイエ意識や貴賤・ケガレ意識など差別文化を克服し、身分意識の強化につながる天皇制、戸籍制度に反対する。」を、堂々と「基本目標」にしている『部落解放同盟』の副委員長である松本龍氏が入閣したことである。いわゆる「天皇制」が部落差別の原因などということは、全くのウソであることは、『政治文化情報』本年六月号で詳しく論じた。

余談だが、最近懇談したある評論家の方が「『鳩山代表・小沢幹事長』のコンビのことをメディアが『小鳩内閣』と呼んでいたが、菅代表と小沢一郎氏がコンビを組んだら『小菅内閣』と呼ばれただろう。どちらかが小菅に入るようなことになってはいけないので、この二人はコンビを組まない方が良い」と冗談を言っていた。

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千駄木庵日乗九月十七日

午前は、母のお世話。

昼は、『政治文化情報』購読者の方と懇談。禊の修行をしておられるとのこと。神道學を国学院で学んだ方なので、貴重なお話をうかがうことが出来た。共通の知人・友人も多く、話が弾んだ。

この後、病院に赴き、父に付き添う。今日はやや体調が良いようである。

夕刻、『傳統と革新』編集実務担当者の方と打ち合わせ。第二号が完成した。創刊号よりずいぶんページ数が増えた。来月早々には書店に並ぶとのこと。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備など。

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2010年9月17日 (金)

中華帝国主義に我が国が屈服するか否かの戦い

政府の言う「毅然として対処する」とは具体的にどういうことなのか。船長だけを残して、漁船員全員を送り返すことが『毅然とした対処』なのか。漁船員は全て「中国人民解放軍」の「海上民兵」だと言われている。今回の事件は、共産支那によるわが国に対する計画的な圧迫行為であることは、日本のメディアも認めている。

「特命全権大使」は、天皇陛下の御名代である。その「特命全権大使」を何回も呼びつけたうえ、五回目には「午前零時」に呼びつけたことは、わが国に対する最大の侮辱である。官房長官が、「遺憾の意」を表明するだけで済まされることではない。

わが國政府が行うべき『毅然とした対処』とは、直ちに尖閣諸島に自衛隊を派遣し、陸海空の自衛隊基地を建設することである。そして侵略者に対して決然とした対応を取ることである。

この問題は、わが國が中華帝国主義に屈服するか否かの戦いである。わが国は相当の覚悟を持って臨まなければならない。

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千駄木庵日乗九月十六日

午前は、母のお世話。医師の往診があり、母に付き添う。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、『萬葉會』開催。小生が、「萬葉集」防人の歌を講義。

午後四時より、銀座にて、『日本再生同志の会』幹事会開催。中村信一郎氏が司会。小田村四郎会長・加瀬英明氏が挨拶。西村眞悟氏がスピーチ。来たるべき総選挙を目指して、具体的な活動について全員で討議。

終了後、数人の同志と懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』の発送準備。

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2010年9月16日 (木)

富岡浩一郎氏の講演を聞いて

「一水会フォーラム」における富岡幸一郎氏の講演で印象に残った話は次の通り。

「くだらない民主党代表選で菅が圧勝。どちらが勝っても日本が良くなるとは思えなかった。菅内閣は、全共闘世代の左翼内閣。全共闘世代の資質は、反国家・反権力。私はその十年後の世代。小沢が一兵卒として頑張るというのは、徹底的に反主流派として頑張るということ。菅内閣はヌエのように続く恐れあり。菅は意外にしぶとい。大手マスコミは全て全共闘世代。

民主党をどうぶち壊すべきかが問題。今もし自民党が再生するとすれば、結党時に回帰すべし。自主憲法制定を強く打ち出すべし。民主党政権打倒以外に亡国の危機を救うことはできない。

三島事件から四十年を経過しても、全く状況は変わっていない。地球温暖化問題は、空気をめぐる金融市場が作られているということ。金がらみの問題。環境問題は水と空気をめぐる戦争。

歴史及び時代には必ず変化と隙間がある。指導者がそれをどうとらえることができるかが問題。日本は唯一の被爆国だから予防的核武装をすべし。地球上から、戦争や武器をすべてなくすことは不可能。国語力がないと外国語能力も持てない。今の若者は日本語を縦に書けなくなっている。仮名文字は縦に書くもの。

南京大屠殺記念館には、日本は明治の初期から虐殺をして来たという展示になっていて、明治天皇の軍服姿のお写真が飾られている。日本政府はこの事に抗議できない。」

               ○

実はもっともっと体系立った素晴らしい講演だったのだか昨日の睡眠時間が短く、さらに、午前から多忙であったため、夜になると睡魔に打ち勝つことが出来ず、十分にメモを取ることが出来なかった。『レコンキスタ』に講演内容が掲載されると思いますので、そちらをお読み下さい。

富岡氏が「地球上から、戦争や武器をすべてなくすことは不可能。」と言われたのは全くその通りである。人類史は、戦争の歴史であったと言って良い。「宗教の力で平和が来る」と、色々な教団は説いているが、むしろ、宗教が原因となって戦争・闘争が起こって来たというのがこれまでの歴史である。

科学技術の進歩も戦争によるところが大きい。インターネットも、カーナビも、中近東における戦争でアメリカが開発したと聞いている。古代よりも、今日唯今の方が凄惨な戦争が繰り広げられている。「時代が進歩すれば戦争が無くなる」などというのは大嘘である。むしろ、その逆の様相を呈している。古代にも戦争はあっが、核戦争はなかった。

富岡氏の言われる通り、戦争を抑止するにはどうしたらいいかを真剣に考え、戦争抑止のための努力を積み重ねるべきである。

宗教が戦争の原因になることが多い事は事実だが、宗教を否定することはできない。私は、神・仏の実在を信じる。肉体は滅びても生命は永遠であり、来世もあると信ずる。宗教教団というよりも一人一人の信仰の力が戦争・闘争の抑止力になると思う。

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千駄木庵日乗九月十五日

午前は、母のお世話。

東京都庁「患者の声相談窓口」というところに電話して、父が一昨々年から入院していた台東区内の総合病院の対応について相談。詳しくは機会をあらためて書きたいと思っているが、父の病状が急激に悪化したのは、この病院における院内感染及び医師・看護師の対応の悪さが原因あると思われるので、父が退院した今年二月にその病院長宛に、弁護士を介した質問書を提出した。ところが今日に至るまで、何の回答もない。そこで、本日午前、病院を管轄する都庁の相談窓口に電話して、病院に対する適切な指導を依頼した。また、医療政策課というところにも電話で依頼した。今後の展開によっては、法的手段を含め、病院に対する抗議・追及を強める覚悟である。私事ではあるが、最近大病院の院内感染などが問題となっているので、あえて報告する。

午後一時半より、田町で開かれた会合で、スピーチ。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父は喜んでくれる。この病院は、規模は小さいがとてもよくやってくれるので有難い。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、「108回一水会フォーラム」開催。富岡幸一郎氏(文芸評論家)が、「私の日本文化防衛論」と題して講演。質疑応答。

帰宅後は、明日の『萬葉會』における講義の準備。

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2010年9月15日 (水)

内憂外患こもごも来たる

東アジア情勢は、極めて厳しい。今回の沖縄・尖閣諸島周辺で海上保安庁巡視船に支那漁船が故意に衝突した事件を見ても、共産支那=中華帝国主し義のわが国に対する威嚇・圧迫が活発化している。今回の事件は、支那の漁船員がたまたま起こした事件ではない。わが国が民主党代表選挙で政治的空白が起きたことを見透かして、共産支那がわが國に揺さぶりをかけたと見るべきである。

だからこそ、支那でデモが起こり、台湾から抗議船が出港したのである。本来親日的な台湾にも、反日分子が多くなっている。支那の政治的浸透工作が成功しているのだ。

わが國政府は「毅然として対応する」とか「冷静に対応する」とか言っているが、駐支那大使を午前十二時に呼びつけるなどという無礼な行為は許し難い。『朝日新聞』でさえ、「大国主義的態度」と論評した。共産支那はわが國を馬鹿にしているのだ。なめてかかっているのだ。わが國はまさに支那に対して毅然として対処する必要がある。支那を含めた「東アジア共同体」という考え方がいかに危険であるかを正しく認識すべきである。

菅直人氏が代表に選ばれたが、昨日も書いたとおり、徳川幕府の権力者が井伊直弼であろうと、徳川慶喜であろうと、『朝敵』であることには変わりはなかった。民主党政権も然りである。「天皇陵を暴け」と言った逆賊は代表にならなかったが、『君が代』を歌いたくない人、「『君が代』は元気ない、フランス国歌が良い」などと言った人が民主党代表に再選され、総理大臣を続けるのだ。わが國は「内憂外患交々来る」という言葉通りの状況になっている。

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千駄木庵日乗九月十四日

午前は、母のお世話。

午後は、歯医者。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理・書状執筆など。

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2010年9月14日 (火)

菅直人も小沢一郎も打倒の対象である

『九段下沙龍』ではやはり明日の民主党代表選のことが話題になった。私は次のように述べた。

           ○

菅直人と小沢一郎のどちらも敵である。どちらが総理大臣になっても、敵として戦って行くのみだ。菅と小沢のどちらがましかなどということはあり得ない。小沢一郎は、「天皇御陵を暴けば、皇室が騎馬民族の子孫だということが明らかになる。日本人はアジアの寄生虫だ」と言った逆賊・国賊である。菅直人は、「昭和天皇は戦争責任を負って退位すべきであった。」と言い、「国歌君が代」を歌うことを拒否した男である。「小沢が良い」「菅が良い」などという話ではない。どちらも駄目であり、敵なのだ。

愛国運動とは、反体制運動である。現状を革新する運動である。左翼との違いは、その現状革新・反体制の根幹に日本國體精神があることだ。天皇・皇室・日本國體を蔑ろにする者共は、打倒の対象である。

明日の代表選でどちらが勝とうとそんなことは全く関係ない。明治維新において、井伊直弼が幕府を牛耳っていようと、誰が牛耳っていようと、徳川幕藩体制そのものが、一君万民の日本國體を隠蔽する存在であったから、これを打倒したのと同じである。それが「尊皇討幕」であり、「國體明徴」である。今日の維新運動のその原理には全く変わりはない。

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千駄木庵日乗九月十三日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、『九段下沙龍』開催。同志多数と、当面する諸課題について討議・懇談。

帰宅後は、資料の整理。

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2010年9月13日 (月)

小沢一郎を支持する政治家の気が知れない

民主党代表選挙で、小沢一郎を支持するという国会議員が多い事が不思議でならない。小沢一郎を支持する国会議員の気が知れない。『週刊新潮』『週刊文春』の今週号を読んでも、まだ小沢を支持するというのだからどうしようもない。

前原国土交通相が、「小沢が総理になったら、国会は一センチも動かない」と言っていた。私もそう思う。しかし、創価学会・公明党が小沢にくっつく危険はある。そうは言っても民主党内の反小沢勢力が離れたらどうしようもない。

また前原氏が、尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突して船長が逮捕された事件に触れ、「あの海域には領土問題はない。毅然と粛々と対応する」と述べたことも正しい。今の民主党の中では、前原氏はまとも政治家である。まともな政治家は小沢不支持なのだ。「前畑頑張れ」ならぬ「前原頑張れ」だ。

             ○

最近寄贈された本を紹介します。

『日本語の哲学へ』 長谷川三千子さん著 ちくま新書 著者より

『ケース・フォー・イスラエル』 アラン・ダーショウウィッツ著 ミルトス発行 発行者の河合一充氏より。

『民主主義が日本を滅ぼす』 山本峯章氏著 日新報道発行 著者より 

『徹底解明!ここまで違う日本と中国』 石平・加瀬英明両氏著 自由社発行 著者より

どの本も勉強になりそうな内容の濃い本です。贈呈した下さった方々に心より感謝申し上げます。

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千駄木庵日乗九月十二日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。一昨日より安定した状態。少し話す。

夕刻、隣町の動坂下の焼鳥屋さんで一杯。駒込天祖神社の祭礼なので、大変賑やか。この店の若旦那は、神輿を担いで帰って来たので声が涸れ、日に焼けている。私宅近くには、日暮里諏訪神社、駒込天祖神社、白山神社、そして根津神社がある。この四社は八月の末から九月にかけてお祭りがある。私の家は根津神社の氏子。根津神社の祭礼はいよいよ今週末である。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年9月12日 (日)

井尻千男氏の講演で印象に残った話

「国民行動二〇周年の集ひ」における井尻千男氏の講演で、印象に残った話を記す。

「日本がアメリカに警戒される大原因はシベリア出兵。日本はシベリア出兵で圧倒的な力を示した。アメリカは政治イデオロギー的には幼稚。ウィルソンはレーニンの外交を絶賛した。ソ連を合衆国と似た国柄と言った。

アメリカの国柄は人種差別が大前提。リンカーンの奴隷解放は人身売買を禁止したのみ。アパルトヘイトは実行された。黒人は低賃金でアメリカの経済を下支えした。

大恐慌の時、グローバル経済に対してナショナルエコノミーというフレームが登場した。経済破綻は一瞬にして世界に及ぶが、経済再建は国家ごとにしか出来ない。昭和維新とは、ナショナルエコノミーを最優先して再建すること。日独伊はここが似ていた。

英米はナショナルエコノミーが不可能な国柄。イギリスは世界中に植民地を持っていたので、ナショナルエコノミーというまとまりをつけるのは困難。アメリカには黒人は低賃金という人種差別があるから、ナショナルエコノミーによって国民全体が豊かになるという政策は成立しない。

アメリカは今日もグローバルエコノミーしか謳えない。労働賃金を上げることは、有色人種をミドル階級に上げることになるので出来ない。ナショナルエコノミックを上手に実践できる国は当時に日独伊しかなかった。一民族一国家、そして共通の建国神話を持つ國が日独伊。日本は一民族一国家、そして共通の建国神話の三つを濃密に持っている国。

アメリカの策謀で日英同盟が終わり、日本の国際的孤立が深まった。日本は徹底的にナショナルエコノミーとして再建を図った。難波田春夫の皇国経済学がそれ。ヒトラー・ナチズムは中間階層を育てた。

市場原理主義は、一握りの勝ち組と圧倒的多数の低所得層を生む。大正時代は有史以来、富の格差が極大化した時代。今日の日本は大正末期に似ている。これが北一輝の国家社会主義が受け入れられた背景。天皇を否定しないで富の平均化を目指したのが昭和維新。今日は自由という名のもとに、天皇の御存在が遠景になっている。

英霊のお陰で世界史が変わった。三百万の英霊が犠牲となってアジア・アフリカ諸国が独立した。日本は大東亜会議で世界史の転換を図った。これほどの義戦はない。大東亜戦争の世界史的意義を考えるべし。」と語った。

         ○

昭和維新および大東亜戦争について経済史的観点から語られた。こういう話は初めてだったので大変勉強になった。この話を聞いた後、日本を代表する大財閥たる三菱・岩崎家が蒐集した美術品の展覧会を見たとも何か不思議な気がした。

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千駄木庵日乗九月十一日

午前は、母のお世話。

午後一時より、靖国神社境内の靖国会館にて、「国民行動二〇周年の集ひ」開催。井尻千男氏が講演。この後、森田忠明氏ら「国民行動」加盟の同志全員が挨拶・決意表明。中村信一郎氏が祝辞を述べた。そして郡順史氏の音頭で乾杯を行い、清宴に移った。

この後、丸の内の三菱一号館美術館にて開催中の『三菱が夢みた美術館―岩崎家と三菱ゆかりのコレクション』展参観。この展覧会は、「岩崎家と三菱は、事業だけでなく、文化・芸術とも深い関わりを持ちます。しかしこのことは、岩崎家や三菱の社風もあり、これまで一般にはあまり知られてきませんでした。本展では…『丸の内美術館』計画を紹介するほか、静嘉堂、東洋文庫所蔵の名品、さらには三菱系企業やゆかりの個人が所蔵するオーギュスト・ルノワール、クロード・モネ、山本芳翠、黒田清輝らの作品を併せ、一二〇点余(会期中入れ替え含む)が展示室を飾ります。岩崎家および三菱の文化・芸術における知られざる一側面を、珠玉のコレクションと共にお楽しみ下さい。」(案内書)との趣旨で開かれた。

三菱各社や岩崎家が収集した書籍・美術品などが展示されていた。国宝の「毛詩」「文選集註」、「周礼」(重要文化財)、黒田清輝「春の名残」、橋本雅邦「龍虎図屏風」(重要文化財)、野々村仁清作「色絵吉野山図茶壺」、クロード・モネ「プティ・タイイの岬」、アルベール・マルケ「トリエル、晴れた日」、大正期や昭和初期のキリンビールや日本郵船のポスターなどを見る。

絵画には「個人蔵」というのがとても多かった。係の人によると、「個人情報なので誰であるかは開示しない」とのことであった。どう考えても、岩崎家一族の方が蔵しているものであろう。三菱が創設した静嘉堂文庫や東洋文庫には国宝級の国書・漢籍などの文物がたくさん所蔵されている。日本最大の財閥といわれる三菱ならではのことである。東洋文庫は、私の住む千駄木の隣町・本駒込にある。「財閥富を誇れども社稷を思う心なし」という歌の文句があるが、三菱財閥が社稷を思う心があったかどうか。内外の貴重な美術品・学術関係の文物の保存には大きな貢献をしたことは確かである。「個人蔵」が多いということは、一体どういうことなのか。「誇れる富」を入場料を取って見せているとは考えたくはない。三菱財閥の発祥からいえば、なぜ皇居前の広大な土地の払い下げを受けることができたのか。ここから疑問が発する。しかし、三菱ににケチをつけるということは、日本近代資本主義経済体制らケチをつけるということだ。

この後、東京駅にて、京都から来られた先輩の方と懇談。色々と貴重なお話をうかがう。お土産に金平糖をいただく。京都の金平糖はとてもおいしい。京都から東京に来られることを「上京」とは書くことはできない。京都は千年の都であり、今日も御所がある。そして東京は東の「京」なのだから…。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆・脱稿・送付。

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2010年9月11日 (土)

村木厚子厚生労働省元局長への無罪判決に思う

郵便不正に絡む偽の障害者団体証明書発行事件で、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた厚生労働省元局長・村木厚子被告の判決が十日、大阪地裁であり、無罪(求刑・懲役一年六月)を言い渡された。裁判長は、取調べを受けた人々の捜査段階の供述について信用性を否定した。

これは重大な判決である。小生が、よく参加する「日本の司法を考える会」でも、「検察は自分たちが作った筋書き通りの自供を被疑者や参考人などから、無理やり引き出して。起訴に持ち込む」ということがよく言われている。

今回もまさに検察のそういう手法が、「取り調べに誘導があった」ということで、主要な供述調書の証拠請求を却下された原因である。

私は、早くから村木さんは無罪だと思っていた。この無罪判決が確定すれば、その影響は実に大きい。検察・警察の無理な捜査手法に対する批判・糾弾の声が巻き起こるであろう。鹿児島の志布志事件を思い起こさせる。そして、鈴木宗男氏の事件など被告人が無罪・無実を主張している多くの事件に対して、検察に誤りがあるのではないか、という批判が起こると思われる。

検察や警察が今でも、拷問に近い捜査や取り調べを行っているのは許されない。取調官は、正義感に燃えてやっているのか、あるいは成績をあげたいためにやっているのか知らないが、そういうことは司法に対する信頼を根底から失う結果となる。

「自分が正しいと思って実行する悪しき行為ほどひどいことをするし罪が深い」と言われる。極左過激派も、イスラム過激派も、自分の行為は正義だと思って、テロを実行するのだ。検察官・警察官も自分のやっていることは正義だと思って、無理な捜査・取調べを行うのだ。その結果冤罪を生むのだ。こうしたことは何としても是正されなければならない。

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千駄木庵日乗九月十日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。やや精神的に安定していない。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年9月10日 (金)

醜い権力闘争で、国家の安全が危殆に瀕している

東シナ海の尖閣諸島周辺の日本領海内で共産支那の漁船が海上保安庁の巡視船に故意に衝突した問題で、共産支那外務省の姜瑜・副報道局長は九日の定例記者会見で、「中国はすでに漁業監視船を関係海域に派遣している」と明らかにした。「中国漁民の生命と財産の安全確保が目的」だという。

「漁業監視船」は、農業省所属のパトロール艦であるが、海軍退役艦を改装したものもあり、事実上武装した戦艦であろう。南シナ海ではすでに、操業中の自国漁船保護の任務に就いており、「中国領海内」だとして外国漁船に退去を促す巡視活動を行っている。

 

尖閣諸島の領有権を主張する共産支那の漁業監視船が、尖閣周辺でパトロールを行えば、わが国の摩擦を引き起こす可能性もある。海上保安庁や自衛隊の艦船と衝突する危険すらある。

 今回の「衝突事件」は、わが國が民主党代表選挙で政治的空白が生まれていることに乗じて、共産支那がわが国に軍事的攻勢を仕掛けて来たのではないとか思われる。いかにも狡猾な支那らしいやり方である。

 菅と小沢の権力闘争は、熾烈を極めている。どちらが勝っても、政局が安定するはずがない。国内外の情勢が緊迫し混迷している時期に、与党内部で権力闘争をしていることは、大きく国益を損ねているのだ。いや、国益を損ねるどころではない。国家国民の存立にかかわる安全保障・国家防衛を危殆に瀕させる危険がある。

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千駄木庵日乗九月九日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。今日はやや意識がはっきりしている。少し会話をする。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年9月 9日 (木)

小沢一郎の靖国の英霊に対する冒瀆を許すな

小沢一郎は八日、国会内で記者会見し、首相に就任した場合の靖国神社参拝について、同神社に「A級戦犯」が合祀されていることを理由に見送る考えを示した。小沢は「靖国神社は戦争で戦って亡くなった人をまつるところだ。いわゆるA級戦犯と呼ばれる方は戦争そのもので亡くなった人ではない。(合祀は)靖国神社本来の趣旨とは違う」と指摘した。

しかし小沢一郎は、昭和六一年四月二日に開かれた参議院地方行政委員会で自治大臣として次のように答弁した。

「靖国神社は一般的に常識的に言って戦没者を祭っておる、その追悼ということでだれもが自然な気持ちで行くべきものであろうと思います。したがって、私もいわゆる自分のそのような気持ちがわいてきたとき、そして時間が許せば靖国神社の参拝は今までもしておりましたし、するつもりであります」「基本的に、お国のために一生懸命、その是非は別といたしまして戦ってそれで亡くなった方でありますから、そういう戦没者に、参拝することによって誠の気持ちをあらわす、また自分なりにそれを考えるということであろうと思います。したがいまして、A級であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではないだろうと思っております。たまたま敗戦ということによって戦勝国によって戦犯という形でなされた人もいる。あるいは責任の度合いによってABいろいろなランクをつけられたんでありましょうけれども、その責任論と私どもの素直な気持ちというのはこれは別個に分けて考えていいんではないだろうかというふうに思っております」と。

ほぼまともな考え方である。しかるに、小沢は近年、いわゆる「A級戦犯」が合祀されている靖国神社には参拝しないと言いだした。小沢一郎という人は、国家基本問題において一貫性がないのである。

わが国には戦争犯罪人は日本には一人もいない。「戦争責任」と「戦争犯罪」とは全く異なる。東條英機氏らを裁いた「極東軍事裁判」はその名の示す通り「軍事裁判」なのであり、日本人自身による公正な裁判では決してなく、戦争行為の継続であり敵国の復讐であった。そこにおいて「絞首刑」の「判決」なるものを下され執行されたということは文字通り戦死であり殉難である。日本には戦勝国の戦争行為・復讐戦の戦死者・殉難者は存在しても、唯の一人も「戦争犯罪人」は存在しない。

この厳粛なる事実と、東條元総理に限らず当時の国家指導者の「戦争責任」とは全く別問題である。それは小沢が自治大臣当時「ABいろいろなランクをつけられたんでありましょうけれども、その責任論と私どもの素直な気持ちというのはこれは別個に分けて考えていいんではないだろうか」と述べたとおりである。

靖国神社は、神話の世界の神々、歴史上の偉人・聖人君子が祀られている神社ではない。戦死者・英霊が祀られている神社である。戦死者には大東亜戦争遂行・敗戦に関して法的・道義的責任を負うべき人がいたかもしれない。また現実に責任を負って自決した人もおられるし、従容として死地に赴かれた人もいる。東條英機元総理もそのお一人である。しかし、戦争責任と戦死者を靖国神社の御祭神としてお祀りし慰霊することとは全く無関係である。たとえ戦争責任があったとしても、戦争行為の継続である「極東軍事裁判」の「判決」により処刑された方々を殉難者・戦死者として靖国神社にお祀りするのは当然である。

東條英機氏等十四人の方々を「絞首刑」に処した戦勝国こそ「人道に対する罪」を犯したのである。同じ日本国民として東條氏を戦死者・殉難者として靖国神社に祀らねばならぬのである。それが日本人の道である。

小沢の「A級戰犯は靖國神社に祀られてはならない」という主張は、戰勝國が行った無法な「軍事裁判」即ち非人道的にして残虐無比な復讐を肯定する議論であり、亡くなった人々を慰霊するというわが国の伝統倫理を否定する議論である。

昭和二十八年、わが国政府は当時の国会決議を踏まえて戦勝国即ちかつての敵国の言う「戦争犯罪人」を戦死者と認定し、その遺族に「戦没者遺族等援護法及び恩給法」の適用を通達した。いわゆる「戦犯者」は戦没者であるというのは国家意思と言っても良い。今になって「戦犯」は戦死者ではないから靖国神社に祭るのは間違っているなどと言う小沢の主張はまさしく歴史への冒瀆である。

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千駄木庵日乗九月八日

午前は、母のお世話。

昼は、同志と電話で当面する課題について相談。また、弁護士の方と、父が以前入院していた病院に対する抗議について電話で相談。詳しくは書けないが、父は院内感染及び医師の不手際によって病状が急激に悪化した。

小生は、温厚であり、「癒し系」の人間だと思っているだが、どうも腹の立つことが多くて困っている。

午後は、諸雑務。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて『萬葉古代史研究会』開催。小生が、大伴家持の歌を講義。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2010年9月 8日 (水)

グローバリズムなど恐れる必要なし

今、市場原理主義の問題をはじめ、日本も世界もたいへんな混乱期にある。日本は何かグローバリズムの波にのみ込まれてしまうかのように言われている。

しかし、日本は、飛鳥・奈良時代にも、グローバリズムの波が押し寄せて来た。しかし、日本はそんな波に呑みこまれることなく、国家体制を整備し、文化的にも経済的にも自立した国家を作り上げた。それが大化改新であり、藤原京・平城京・平安京の造営である。その後平安時代という三五〇年間の平和な時代を迎えた。

また、江戸時代末期にも、同じような危機に際会したが、明治維新を成し遂げ、日本の独立を守り、近代化を遂げた。

その最大の要因は、天皇・皇室を祭祀主と仰いで國の統一と安定を確保するといふ日本國體精神である。日本民族がグローバリズムの波に呑みこまれることなく、外来文化・文明を自由に受け容れ、自己のものとしさらに発展させた基盤の中核が、天皇・皇室のご存在である。

現代日本においても、この強靱にして自由な日本民族の伝統的な文化感覚を発揮して、危機的状況を打開していかなければならない。

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千駄木庵日乗九月七日

午前は、母のお世話。

午後は、歯医者に行って治療を受ける。歯医者さんは。小生の小学校時代の同級生のご子息。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父は良く眠っている。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2010年9月 7日 (火)

小沢一郎の総理就任は國體の危機である

小沢一郎氏は六日、高知市で街頭演説し、「首相の権限は強大だ。首相がこの方針でいきたいといえば不可能はない」と述べた。高知県香南市では「日本の首相はどこの国の大統領より強大な権限を持っている。最高裁の判事も内閣が任命できる。やろうと思えばすべてできる権限を持つ。要は政治家に『間違っていたら責任を取る』という腹構えがない」と強調したという。

人格高潔にして、普段から謙虚にして温厚な人柄の政治家がこういうことを言っても、何となく嫌な感じがする。ましていわんや、小沢一郎氏のように金銭疑惑にまみれ、普段から傲慢にして不遜な人柄の政治家がこういうことを言うとなんとも恐ろしい。今は選挙中だから、これまではあまり見せたこともないニコニコ顔を披露しているが、一旦最高権力者になったら、強権政治・独裁政治を行うと宣言したようなものである。まず以て、検察権力・警察権力を意のままに動かし、自分への捜査を阻止するどころか、政敵や反小沢勢力に対する弾圧を命ずる危険がある。「やろうと思えばすべてできる権限を持つ」と言っているのだからその危険性は十分にある。

とくに問題なのは、小沢一郎には、天皇・皇室な対し奉り、かしこみの心がないということだ。それどころか、「天皇陵を暴け」「天皇は政治家の言いなりになれ」と公言してはばからない逆賊である。こういう人物が、内閣総理大臣の強大なる権力、小沢自身が言う「やろうと思えばすべてできる権限」を行使し出したら、日本は大変なことになる。小沢一郎が総理大臣になるということは、まさに國體の危機である。何としても阻止しなければならない。

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千駄木庵日乗九月六日

午前は、母のお世話。介護の方と共なり。

午後は、水曜日の『萬葉會』での講義の準備。

この後、病院に赴き、父に付き添う。また発熱しており心配である。額に手を当て快癒を祈る。

帰途、谷中三崎坂の飲食店にて、小学校の先輩と懇談。小学校時代の初恋の人の兄上なり。

帰宅後も、『萬葉集』講義の準備。

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2010年9月 6日 (月)

日本民族と漢民族は同文同種ではない

「日本と中國は同文同種であるから他の國々よりもずっと深い友好関係を結ばねばならない」という意見があるが、これも重大な誤りである。こういうムードに酔って日本が支那共産政権と無原則な外交関係を結ぶことはまことに危険である。

支那大陸内部においてすら、同じ漢字という文字表現を用いていても、時代により地域によって全く異なる文化を形成している。漢字を使用しているからといって、わが日本と支那大陸とが同じ文化傳統を有しているわけではないし、他の國と比較して格別に深い関係を持っていると考えるべきではない。

和辻哲郎氏は「漢字の機能ゆえに、シナの地域における方言の著しい相違や、また時代的な著しい言語の変遷が、かなりの程度まで隠されている…現代の支那において、もし語られる通りに音表文字によって表したならば、その言語の多様なることは現代のヨーロッパの比ではないであろう。またもしシナの古語が音表文字にもって記されていたならば、先秦や秦漢や唐宋などの言語が現代の言語と異なることは、ギリシア語やラテン語やゲルマン語が現代ヨーロッパごと異なるに譲らないであろう。文字の同一は…必ずしも…緊密な文化圏の統一を示すものではない」(『孔子』)と論じておられる。

要するに日本民族及びその傳統文化と、支那大陸に存在する様々な民族及び文化とは、全く異なるものなのであって、格別の親近感を抱くのは誤りである。

わが國のように四面環海で魚類の食べ物の豊富な所では、魚類で栄養を摂ったのだが、支那大陸のように広大な平野のある所では、牧畜が盛んに行われ、動物食で栄養を摂るのは自然である。支那人は豚肉をとりわけよく食する肉食人種である。明治以後になって初めて獣肉を食べ出した日本人とは大きな違いがある。

三島由紀夫氏は「中國人はものを変えることが好きですね。人間を壺の中に入れて首だけ出して育ててみたり、女の足を纒足にしてみたり、デフォルメーションの趣味があるんだよ。これは傳統的なものだと思うんだ。中國というのが非常に西洋人に近いと思うのは、自然に対して人工というのを重んじるところね。中國の人間主義というのは非常に人工的なものを尊ぶ主義でしょう。…これは中國人の傳統的な趣味だと思うんだ」(『尚武のこころ』所収の高橋和己氏との対話「大いなる過渡期の論理」)と語っておられる。

 

たしかに日本は支那大陸から大きな影響を受けた。しかし、今日余りにそのことを強調したり、そのことによって支那大陸に負い目に感じたりすると、中華思想を有する支那共産政権の思う壺である。日本に対して益々属國以下の冊封地として対応し、内政干渉や不当不法な領土要求をしてくるであろう。

 

古代において支那文化は日本に傳来した。そして思想・宗教・文學・美術・政治制度等々支那の文化・文物が、日本に輸入された。そして、日本においてより洗練された高度なものとなって発展している。つまり日本が支那の影響を受けたといってもそれは猿まねをしたのでもなければ、日本が支那文化圏に組み込まれたのでもないのである。

支那から文化文明を取り入れ、日本独自の創意を発揮し、支那から入ってきた文物をより高度な洗練されたものにし、支那を超えてしまったのだ。思想も、宗教も、科學技術も、服飾等も皆しかりである。

蓮田善明氏は「儒・道教、或は仏教が日本に入って来て、直接に日本の神に會って、どのやうに高いものに達し得たか、どのやうに大きな光に現に透されたかを見る必要がある。…神ながらのまさ道を、まことに無窮の隆昌を保有してきた事実を知る必要がある。日本文化が異文化を包合することによって高まったとなすが如き思想は正しくない」(『神韻の文學』)と論じておられる。

日本は、支那などの外國の文化文明を受け容れはしたが、それによって日本文化文明が高められたのではなく、日本に本来的に高い文化感覚があったからこそ、支那など外國から来た文化文明をより高度なものより深いもの独自のものとして発展せしめ現代に至るまで受け継いできているのである。

ともかく、「同文同種」などという虚構に迷わされて、「中華人民共和國」という名の中華帝國主義國家・共産主義独裁政権と無原則な「友好親善」関係を結ぶことは避けなければならない。まして況や、屈辱外交・土下座外交を行うべきではないのである。

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千駄木庵日乗九月五日

午前は、母のお世話。

午後は、書状執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。少し咳き込むので心配である。

帰宅後は、水曜日の「萬葉古代史研究会」における講義の準備。

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2010年9月 5日 (日)

日本は共産支那にいかに対峙すべきか

『アジア問題懇話会』における中嶋嶺雄氏の講演で印象に残った話は次の通り。

「五月から六月にかけて訪中した。ハルピン工業大学で講演した。東北地方で最も大規模な吉林大学も訪問した。東北地方は日本語ブームで、日本に対してかなりの親近感を抱いている。

長春では川島芳子生存説が実証されつつある。川島芳子は、父親の粛親王と親しかった川島浪速の養女となり日本に来た。川島浪速は、私の故郷の信州松本藩士であり、私の母校・外国語学校支那語科で中国語を学んだ。川島浪速は北清事変の後、ドイツ軍による故宮公園攻撃を中止させた。川島芳子は一九四八年奸漢として処刑されたことになっている。川島浪速と芳子は松本市の正鱗寺にある川島家の墓に葬られた。川島芳子は生きていたという確信が私にはある。長春で十二年間生きていたと思われる。中国当局のトップが彼女を利用しようとして生存させた。銃殺されたのは身替り。

ハルピン工業大学は、東京工業大學と提携している。東工大の三倍の規模があり、世界のテクノロジーを集めている。アフリカからの留学生が多い。

日本が二十年間停滞している間に中国は成長。GDPは日本より大きくなった。しかし、一人あたりのGDPは日本の方がはるかに大きい。日本のODAでつくられた空港が日本の空港より大きくなっている。

今回の訪中で日本の立ち遅れがよく分かった。世界が変わり、中国が変わったが、日本が変われないという深刻な事態になっている。

米中新冷戦状況が持続的に深刻になるのではないか。アジアにはまだ冷戦が残っている。中国の改革開放は冷戦下の戦術であることを認識すべし。日本の政治が停滞している間に、日本近海には軍事的変化が次々起こった。

台湾の民進党は権力を取ったことがなかったので、権力を取った後権力のうまみを覚えて腐敗した。

今の日本は政治の混迷以上に政治に哲学がない。憲法問題を議論しなくなった。政界再編も本来は憲法をどうするかで議論しなければならない。根本問題を避けている。日本は内側から崩壊しつつある。輿石が当選し、文科省も内側からかなり崩れている。

去年の国慶節の報道で、江沢民の写真が胡錦濤の右側に出ていた。保守派の影響力が残っている。中国はそう簡単に崩壊しない。抑圧統治システムが確立している。覇権的中国がしばらく続く。中国の経済侵略が日本に上陸し始めている。」

出席した元外交官曰く。「日本にも、アメリカのような『台湾関係法』を作れという意見があるが、アメリカの『台湾関係法』にある『武器供与をして台湾を守る』ということ以外は日本でも既にできている。『日米安保』で中国を牽制するのが常道。中国が台湾に何かをしようとした時、日本とアメリカを相手にしなければならないとなると、中国は考えてしまう。」

          ○

昨日も書いたが、共産支那にどう対峙するかが、今日の日本の最大の外交問題である。「同じアジア人だから、戦争で迷惑をかけたから、同文同種だから、日本は中国から多くのことを学んだから、日本は、中国と友好関係を保たねばならない。」という意見は間違いである。

アジア人同士だから、どんなことがあっても仲良くしなければならないなどということはあり得ない。戦うべき時には戦わねばならない。過去の歴史問題を日中関係の前提にするということは危険である。第一、日本は大陸を一方的にそして理不尽に侵略したわけではない。大陸進出は止むを得ざるものがあった。日本人と支那人が同文同種というのは全く架空の話、大嘘である。日本語と支那語は全く異なる。

日本は古代において文化・文明で支那から学んだが、近代以降には、支那が日本から学んだのだ。日本のみが恩恵を受けたわけではない。そして「日中国交樹立」以後、日本は共産支那の発展にどれだけ貢献し寄与したはかり知れない。しかるにも共産支那は何かというと過去の歴史問題を持ち出して、内政干渉を行い、日本を責め苛んでくる。こんなことは絶対に許されない。

日本民族は、漢民族をいたずらに敵視する必要はないだろう。しかし、支那が日本にどんなに軍事的恫喝を行っても、主権を侵害しても、内政干渉をしても、何にも文句も言えないという今日の外交は絶対に是正すべきである。そんな事が「日中友好」であろうはすがない。

民主党代表選において、菅直人も、小沢一郎も、対支那外交という今日最も重大な問題について、一切語らない。どっちが総理になっても、対支那土下座外交は変わらないということである。そして、日本は支那の属国への道を歩むのだ。そんなことは真っ平御免である。

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千駄木庵日乗九月四日

午前は、母のお世話。母が比較的元気なのが何よりの救いである。

午後二時より、内幸町の日本記者クラブにて、『アジア問題懇話会』開催。中嶋嶺雄国際教養大学学長が「最近の中国情勢を分析する」と題して講演。質疑応答。

午後五時より、『松本實命を偲ぶ会』開催。杉山清一氏が司会。森洋氏が主催者あいさつ。近藤勢一・犬塚博英両氏及び小生などが思い出を語った。この後、清宴。松本實氏は、「明日を考える青空議会」「新しい日本を創る青年集会」などの街頭宣伝活動を共に行った同志である。小生と同年齢であり、とても親しくさせていただいた。何時も笑顔を絶やさず。いわゆる『癒し系』の人物であった。しかし、一旦敵との戦いなどの場面になると凄まじい迫力で立ち向かって行った。七年前に幽明境を異にされた。晩年の約三年間ほど、小生が講師をつとめる「萬葉古代史研究会」にも参加して下さった。心よりご冥福を祈らせていただきます。今日は、久しぶりに会う同志が多かった。

帰宅後は、諸雑務。

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2010年9月 4日 (土)

今日の出版記念会で聞いた話について

今日の出版記念会では、色々な方々とお会いし、色々なお話しをうかがった。次のような話が印象に残った。

「民主党代表選は、悪と馬鹿との争い。」

「日本記者クラブの民主党代表選挙の記者会見に取材に行ったら、記者クラブに所属していないテレビ局ということで、SPに排除された。その時、腕章をはぎ取られた。明らかな暴力的な取材妨害であり、報道の自由を暴力的に奪った。」

「ヒトラーは、『聖書』でイエス・キリストが『ユダヤ人は悪魔の子』と言ったことを実行しただけ。」

「ゲルマン民族は残虐だが、キリスト教の信仰があるから、反省ということを知っている。中国人にはそれはない。」

「中国人は飢餓の極限状態で人肉を食するというのではなく、食人が文化である。」

「聖徳太子が『日出ずる国の天子、書を日没する国の天子にいたす』と言われたこと、菅原道真が遣唐使派遣を止めさせたことの二つは、中国に対する姿勢として正しい。」

           ○

悪とは小沢一郎、馬鹿は菅直人のことである。「悪」が総理になるのは絶対に許されないが、「馬鹿につける薬はない」という言葉がある通り、「馬鹿」が総理になるのも危険この上ない。また、小沢も相当馬鹿なところがあるし、菅にも相当悪質なところがある。

警察官が暴力的に記者会見の取材妨害を行ったことは重大である。記者クラブ所属以外のテレビ局を排除するのは、主催者がやればいいことである。警察官が暴力的にこれを行う言葉断じて許されない。

私も「聖書」の「ヨハネによる福音書」のイエス・キリストのその言葉を読んだことがある。イエスを死地に老いやったとされるユダに対するキリスト教徒の呪咀はすさまじい。キリスト教徒ではなくとも、「ユダ」という名前は裏切り者の代名詞として使っている。言語学的に見て、ユダ(Judaios)の名はユダヤ人全体を意味するという。ユダは憎むべきユダヤ人の典型であると見られたのである。

そして、キリスト教国で反ユダヤ感情の無いところは無いと言われている。特に社会的不満が鬱積すると反ユダヤ感情が激化する。

『新約聖書』の「ヨハネ伝」では、イエス・キリストはユダヤ人に、「汝ら(ユダヤ人)は己(おの)が父悪魔より出(い)でて、己が父の慾を行はんことを望む。彼は最初(はじめ)より人殺しなり、また眞(まこと)その中になき故に眞立たず、彼は虚偽(いつはり)を語る毎(ごと)に己より語る、彼は虚偽者(いつはりもの)にして虚偽の父なればなり」(第八章)と述べ、ユダヤ人は「悪魔の子」「人殺し」「嘘つき」であるとしている。

『新約聖書』はユダヤ人を敵視しており、『新約聖書』は反ユダヤ思想の最も基礎的にして最も影響力の強い文献であるといわれている。しかし、『新約聖書』を記したのはユダヤ人自身なのである。

ただし、一九六三年六月三日、ローマ法王・ヨハネ二十三世はキリスト教徒のユダヤ迫害の許しを乞う祈りをした。

キリスト教徒ではない私には、当然のことながら、キリスト教徒の反ユダヤ感情・反イスラム感情を実感することはできない。二千年以上昔からの宗教感情に基づくものだから、一朝一夕に払拭できるものではないだろう。一神教同士の凄まじい対立・闘争に日本人が巻き込まれないようにしなければならない。

日本人とりわけ保守の立場に立つ人々の反支那感情はますます高まっている。今後の日本は、共産支那の膨張・「中華帝国主義」とどう対峙するかが最も重要である。

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千駄木庵日乗九月三日

午前は、母のお世話。

午後は、『月刊日本』連載の「萬葉集に歌はれた日本の心」の原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。同室の患者の方の家族の方と色々話し合う。

午後六時半より、霞が関ビルにある東海大学校友会館にて開催された「『徹底解明!ここまで違う日本と中国』の出版を祝い会」開催。著者である加瀬英明・石平両氏が挨拶を行った。田久保忠衛(発起人代表挨拶)・櫻井よしこ(乾杯の音頭)・村松英子・小田村四郎・藤岡信勝(閉会の辞)の各氏などが祝辞を述べた。加瀬先生の出版記念会は初めてだという。色々な方々に合う。

帰宅後は、『月刊日本』の原稿執筆・脱稿・送付。

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2010年9月 3日 (金)

民主党代表選挙を西南戦争に譬えるとは不届き千万

菅直人氏は一日夜、東京都内で開かれた民主党の野田財務相グループの会合で、「明治維新には西郷隆盛の力が必要だったが、西郷さんはああいう(西南戦争で敗れて自決する)末路をたどった。西南戦争があって、本格的な明治政府ができた」と挨拶したという。

小沢一郎を西郷隆盛に、西南戦争を代表選に譬え、「政権交代が実現した以上、小沢氏はもう不要だ言ったのだ」と受け止められているという。もっと言えば、菅直人は、「今回の代表選は西南戦争であり、小沢一郎を自決に追い込む即ち政治生命を断つ」と言っているのだ。

良く言えば、相当な意気込み、悪く言えば、相当な憎しみだ。総理大臣の発言としてはあまりに過激すぎる。また、小沢一郎を西郷隆盛に譬えるなどというのは全く間違っている。西郷さんは、権力奪取のために「西南戦争」を戦ったのではない。今ここで詳しくは論じられないが、西郷暗殺指令を出した初代警視総監川路利良そしてその上司であった大久保利通を糾弾すべく、鹿児島から上京しようとしたのである。だから、鹿児島を出発する時「今般政府に尋問の筋これあり」という声明を発表したのである。兵隊を同行させたのは防衛上やむをえざるこことである。それが戦争になったのは、熊本で新政府側が先に発砲して来たからである。西郷軍は明治新政府ましてや、上御一人に反逆するなどという心は毛筋の横幅ほどもなかったのである。

それにしても、民主党代表選挙を、明治第二維新運動最大の戦いだった「西南戦争」と同列に論じるなどということは、不遜極まりないことだ。また、小沢一郎を西郷さんに譬えるなどということも、西郷さんへのこれ以上の冒瀆はない。

小沢一郎が西郷さんなら、菅直人自身は一体誰なのだ。大久保利通と思っているのか。これもまた不遜極まりない。大久保利通に対しては多くの批判があるが、近代日本建設の大功労者であることは確かである。西郷隆盛・木戸孝允と共に「明治維新三傑」の一人である。菅直人とは比較にならない。

また、大久保利通は、「西南戦争」が終わったらすぐに、暗殺されたのである。菅直人はそういう運命を望んでいるわけではあるまい。歴史を良く勉強していないからこういうことを言うのだ。あまり軽率なことを言わない方が良い。

小生のホームページに「蔵出し・皇都の一隅より」の掲載を開始した。その第一回の「明治第二維新運動と紀尾井町事件」という拙論に期せずして明治第二維新について論じている。興味のある方はどうかご一読下さい。

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千駄木庵日乗九月二日

午前は、母のお世話。医師の往診があり、付き添う。

午後は、『伝統と革新』編集実務担当者の方と、最終打ち合わせ。

この後、病院に赴き、父に付き添う。医師と懇談。時々微熱が出るが心配ないとのこと。有難し。

帰途、千駄木に戻り、地元の先輩と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

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2010年9月 2日 (木)

『奈良の古寺と仏像』展及び『菅直人・小沢一郎の討論』を見て思う

三井記念美術館で開催中の『奈良の古寺と仏像ー會津八一のうたにのせて』展参観。この展覧会は、「平城遷都1300年を記念する特別展です。奈良は、日本の宗教文化の原点であり、寺院に祀られる仏像は、信仰の対象であるとともに、極めて芸術性が高い作品として、多くの人を魅了してきました。
多数の国宝、重文を含む優れた仏像を、奈良を詠った會津八一のうたにのせて展示し、日本の宗教の奥深さ、美的感性の高さを知っていただきます。」(案内書)との趣旨で開催された。

観世音菩薩立像(夢違観音・国宝・法隆寺。悪夢を良い夢に変えるという観音様)、金剛宝塔(国宝・西大寺)、菩薩半跏像(重要文化財・伝如意輪観音・岡寺)、五刧思惟阿弥陀如来座像(重要文化財・東大寺)などを拝観。また會津八一の書・歌碑拓本・歌書なども展示されていた。

やはり、半数近くが観世音菩薩像であった。日本人はどうして観音様が好きなのであろうか。「夢違観音」が最も良かった。良かったという表現もおかしいが、見事な彫刻であった。「五刧思惟阿弥陀如来座像」は伸び放題になったパンチパーマのような地髪が、気味が悪いくらいとても大きく作られている。阿弥陀如来の前身である法蔵菩薩が、「五劫(ごこう)」すなわち何億年もの長い間、髪の伸びるのも構わず修行に没頭していた時の姿を表しているという。

会場には、會津八一の

「くわんおんの しろきひたひに やうらくの かげうごかして かぜわたるみゆ」

「おほらかに もろてのゆびを ひらかせて おほきほとけは あまたらしたり」

「おほてらの まろきはしらの つきかげを つちにふみつつ ものをこそおもへ」

「あまたみし てらにはあれど あきのひに もゆるいらかは けふみつるかも」

「おほてらの かべのふるゑに うすれたる ほとけのまなこ われをみまもる」

などの歌が展示されていた。

會津八一は、昭和前期に歌人、美術史家、書家。新潟市に生まれ。早稲田大學出身。中学時代から『萬葉集』や良寛の歌に親しんだという。

したがって、『萬葉集』の影響を受けたと思われる歌がある。「おほらかに もろてのゆびを ひらかせて おほきほとけは あまたしたり」という歌などがそれである。八一の『自註鹿鳴集』は、私の座右の歌集である。

          ○

小沢一郎と、菅直人との討論をビデオで見た。小沢は開口一番、「戦後民主主義が理解されていないのが問題だ」と言った。戦勝国に無理やり押し付けられた「戦後民主主義」を肯定する思想・考え方がそもそも間違っているのだ。道義精神・歴史伝統を無視した「戦後民主主義」が日本を悪くしたのである。

小沢はまた、官僚依存ではなく、政治家主導の政治にしなければならないということは繰り返し述べていたが、具体的にどういうシステムにするのかは全く語らなかった。今の政治家とくに民主党の一年生議員が主導する政治というものは空恐ろしい結果を生むのではないか。

菅直人は、参院選の敗北責任については避けた。これはずるい。イラ菅ならぬズル菅と言われても仕方がない。

ともかく、この二人のどちらかが総理大臣になるのである。暗澹たる気持ちになったのは私一人ではあるまい。

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千駄木庵日乗九月一日

午前は、母のお世話。

午後は、日本橋の三井記念美術館で開催中の『奈良の古寺と仏像ー會津八一のうたにのせて』展参観。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、民主党代表選のニュースを見ながら、資料の整理など。

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2010年9月 1日 (水)

小沢一郎と創価学会公明党が再び手を組む危険性

先日も少しふれたが、石井一氏が小沢一郎ではなく、菅直人を支持したということに注目している。石井一氏は、自民党時代から、小沢と行動を共にしてきた同志である。そういう人物が、反小沢になるということは、小沢という人にいかに人徳がないか、同志を大切にしないかを証ししていると思う。渡部恒三・藤井裕久両氏も自民党時代からの同志だが、小沢から疎んじられ、今は小沢から離れている。

石井一氏は、小沢一郎が創価学会・公明党と袂を分かった後、創価学会攻撃の急先鋒となった。これは、小沢の意向によるものと推測される。その石井氏が反小沢になったということは、小沢一郎が再び創価学会公明党と手を組む可能性があることを示している。

創価学会・公明党は、税金問題・政教一致問題などで、国会において追及されるのが何より怖いのだ。だから、何としても、国会内の多数派すなわち与党勢力に加わっていたいのである。これを見透かした小沢一郎が、学会・公明党に脅しをかけ、自分と手を組ませようとしていると考えられる。石井氏にしてみれば、梯子を外された格好なのだ。

一方、菅直人はかつて記者會見で、「人間の体内に他の生物が入り込み、その人間をコントロールする映画がある。自民党という政党の内側に公明党が入り込んで、自民党をコントロールする状況になりつつある」と言って、創価学会公明党を「エイリアン」に喩えて批判したことがある。創価学会・公明党は執念深いから、まだ菅直人を許してはいないだろう。

創価学会公明党を最初に細川政権に引き入れ、与党にしたのは、小沢一郎である。その後、自民党政権が復活すると、学会公明党は、小沢と離れ、自民党と手を組んだ。政権与党の味をしめた学会公明党は、与党になりたくて仕方がないのである。

今後、起こるであろう政界再編成で、小沢と学会公明党の思惑が一致して再び手を組む危険性は十分にある。

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千駄木庵日乗八月三十一日

午前は、母のお世話。

午後は、歯医者で治療を受ける。歯は丈夫だと思っていたが、虫歯が何ヶ所か発見された。麻酔をかけられて神経を抜かれた。それほど痛くはなかったが、口をあけっぱなしにされたのが苦痛であった。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父は、私が病院に来ることをとても喜んでくれる。

帰宅後は、資料の整理など。

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