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2010年8月31日 (火)

東アジア共同体・民主党の混乱・鳩山の友愛精神

「東アジア共同体」などというのはまことに危険である。日本・南北朝鮮・支那・東南アジア諸国と、軍事的・政治的に「運命を共にする」などということも全くと言って良いほどあり得ない。東アジアには朝鮮半島・台湾海峡などで軍事的緊張・安全保障上の不安がある。これを解消することが、政治的協調の前提である。しかし、これはきわめて困難である。たとえ軍事的緊張が無くなったとしても、東アジアで「運命共同体」を形成することは難しい。

東アジアにおいても大陸国家と半島国家・海洋国家とに分けられる。支那は大陸国家であり、朝鮮は半島国家であり、日本や東南アジア各国は海洋国家である。戦争が起こる確率が高いのは、半島国家である。大陸国家・半島国家・海洋国家が「共同体」を形成することは不可能である。 

こんなことは、誰でもわかることだと思うのだが、そうではないらしい。学者・評論家・政治家・官僚に「東アジア共同体」を真剣に考えている人がいるのだ。まことに不思議と言わざるを得ない。

政治家では、鳩山由紀夫前総理がその代表格なのだが、この人は、言うことがコロコロ変わる。選挙に負けた直後は、「政界を引退する」などと言っていたのに、昨日今日は、「トロイカ体制に戻す」などと言って、自己の権力維持を言いだしている。

トロイカ体制になろうと、菅直人体制になろうと、小沢一郎体制になろうと、民主党に「挙党体制」が構築されることは不可能である。かつて西村眞悟氏が言っていた通り、「民主党は難民キャンプ」なのである。また、よく言われるように「選挙互助組織」にすぎないのである。一致結束などということはできない。

明日、一時的な弥縫策が出されても、民主党の事実上の分裂状態はますます加速されるであろう。小沢と反小沢の対立は、コロコロ言うことが変わる鳩山では解消することはできない。党内の融和さえ実行できない鳩山の「友愛精神」などというものがいかに良い加減であるかが分かる。そんな「友愛精神」で「東アジア共同体」を形成しようなどというのは、東アジアを混乱に導く導火線である。

ともかく、民主党化が政権を維持することは日本を亡国へと歩ましめることとなる。

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千駄木庵日乗八月三十日

午前は、母のお世話。

昼は、内外の諸情勢について知人と懇談。

午後は、資料の整理。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後も、資料の整理。

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2010年8月30日 (月)

新聞・雑誌の整理をしていて思ったこと

新聞・雑誌がたまってしまい、今日はその整理をしました。撮りだめをしたテレビ番組を見ながらの作業であり、また、面白い記事があるとついつい読んでしまうので、なかなか進みません。

『日経』の「私の履歴書」を愛読していますが、巨人軍にいた広岡達朗氏の履歴書はなかなか面白い。川上監督とあまりうまくいっていなかったというより、仲が悪かったことを率直に書いています。川上という人は相当のワンマンだったようです。私の小学生時代は、川上の全盛時代でした。投手は別所毅彦でした。私の出席簿の番号が11でしたので、背番号11の別所のファンになりました。単純な話です。川上も好きでした。しかしその後、中学高校時代になると、卵焼きは好きでしたが、巨人・大鵬はあまり好きになれませんでした。私は柏戸が好きでしたし、アンチ巨人でした。江戸っ子にはアンチ巨人が多いのです。

『朝日新聞』には、小沢昭一氏が相撲界の不祥事について語っていました。「相撲や芸能は、一般の常識社会と離れたところにあるから魅力があるのだ。『清く正しく、クリーンで、社会の範たれ』というのは疑問だ」と語っていました。これも一理ある議論だと思います。あまり近代合理主義や法律で縛りつけるのはいかがなものかとも思います。新国劇十八番に『一本刀土俵入り』というのがあります。「これが十年前、櫛・簪・巾着ぐるみ意見をもらったあねさんに、せめて見てもらおう駒形茂兵衛の、しがねえ姿の横綱の、一本刀土俵入りでござんす」という名台詞がある。江戸時代から任侠の世界と相撲界とは切っても切れない深い関係があったということだろう。江戸期の任侠の世界と今のそれとは一緒にはできない。今は暴力団と言われるようになっている。世の中が変わってしまったということなのだろう。小沢昭一氏は「文部科学省の管轄下にあるんじゃ仕方ありません。これでまた一歩、大相撲もクリーンとやらの仲間入りか。寂しいなあ」と語っています。

私は、小沢一郎は大嫌いですが、小沢昭一さんのファンの一人です。

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千駄木庵日乗八月二十九日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年8月29日 (日)

民主党代表選について

藤井裕久・渡部恒三両氏は、自民党脱党以来の小沢一郎の側近であった。しかし今や、反小沢である。そして最近小沢側近といわれる人たちは、みんな顔もよく知らないチンピラばかりだ。小沢という人物はいくら自分に尽くしてくれた人でも、何か気に入らないことがあったり、言うことを聞かないことがあると冷たく切り捨てる。

石井一氏も今回菅直人支持になった。この人も自民党時代からの小沢側近だ。しかも、創価学会と小沢が喧嘩別れした後、創価学会追及の急先鋒となった。この人が、小沢から離れたということは、小沢一郎が創価学会と再び手を組む可能性があるということだ。まことに危険な兆候である。

昨日、失礼をも顧みず、小沢支持の女性議員には美人がいないと書いたが、菅支持の女性議員には美人がいるのかと考えてみたが、蓮舫さんや小宮山洋子さんは美人であるとして良いのではなかろうか。

それにしても、民主党代表選は、憎悪をこめた争いになりつつある。どちらが勝っても、党内に相当の亀裂が走る。分裂に危機すら起こる。いや、分裂してもらいたい。国賊と非国民のどちら総理になっても、日本のためにはならないからである。

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憲法懇話会で勉強したこと

今日の『憲法懇話会』での研究発表のテーマは「表現の哲理から見た基本的人権の保障とその限界」というもので、まことに難しい内容のものであった。

研究発表担当者の高乗智之氏は「表現の哲理には、表現帰一関係・相待関係(相対関係に非ず)・発現対立全部対部分・個対個前部相対(相待のあらず)がある。」「臣民は皇国の奉公人にして立国法によりすでに自由独立する権利義務を有す。立国法は国家により定まる法にして、立国法によりて国家あり。天皇は、立国法を創始し給ども、立国法によりて天皇たらせ給ふ。この立国法によりて確定せられつつあるものが臣民の自由独立なり」「普遍我は各個人に共通なる生命でもなく又単に各個人の集合でもなく、各個人の根柢たる普遍力であり、其本来の一心である」ということを述べた。まことに難解である。

なお、出席者の意見で印象に残ったのは次の通り。

「アトム化した個人は限りなく自由という意見がある。個々人が独立して自由に行動すると無政府状態に陥ってかえって個人の命が危険になる。」「国家権力は、人権と人権の衝突を調節する役割を果たすに過ぎない」「法律による人権制約を全て違憲とするのは誤り。」「象徴侮辱罪を制定し、天皇を侮辱した者には過重な罪科を課すべし。」「国家の様々な矛盾を是正するために国家に権力を持たせる。」

小生は「古代以来、わが国における権力の正統性は、天皇より発する。江戸時代の最高権力者の征夷大将軍は、天皇の任命による。明治期以後の内閣総理大臣も、天皇の任命による。古代の太政官も然り」という意見を述べた。

ともかく憲法論議というのは難しい。しかし、なかなか勉強になるし、思考力の訓練にもなるのではないかと思う。

         

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千駄木庵日乗八月二十八日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆・脱稿・送付。

この後、病院に赴き、父に付き添う。看護師の方と相談。

午後六時より、神田学士会館にて、『第九六回憲法懇話会』開催。松陰大学講師の高乗智之氏が、「表現の哲理から見た基本的人権の保障とその限界」と題して研究発表。この後、討論。

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2010年8月28日 (土)

『日本美術のヴィーナス──浮世絵と近代美人画』展を鑑賞して思う

出光美術館で開催中の『日本美術のヴィーナス──浮世絵と近代美人画』展は、「日本絵画に描きつがれてきた女性の姿に焦点を当てます。とりわけ、江戸時代以降に生まれた「美人画」について、時代に応じた美意識の変遷をたどる一方で、変わることのない女性の美の魅力を探ろうとするものです。日本絵画の歴史において、美しい女性の姿をひとつの画題として定着させた浮世絵美人画。…現世の女性を神仏になぞらえる趣向“見立て”によって立ちあらわれる、聖なる存在としての女性のイメージ―。そのような女性の美しさに対する真摯な憧れがいっそう強くあらわれた絵画ジャンルとして、明治時代以降の「美人画」をとらえます。浮世絵に人物の型や画題の範を求めた近代の画家たちは、浮世絵師たちがはやくに予見していた女性の美質を汲み上げ、軽やかに変奏させた感があります。女性の清廉美がひときわ純化された様相を、透き通るように瑞々しい色彩と流麗な筆づかいに求めます。」(案内書)との趣旨が開催された。

普賢菩薩騎象図(鎌倉時代)、喜多川歌麿の傑作「更衣美人図」(重要文化財)、北野恒富「戯れ」、鏑木清方「墨田河舟遊」、上村松園「青葉」、小杉放庵「天のうづめの命」などを見る。

浮世絵の美人は、長い顔でおちょぼ口なのが特徴。江戸期にはこういう顔が美人とされただろうが、やや誇張もあると思われる。美人画はやはり女流画家の上村松園の作品が良い。顔形だけでなく、身につけている物や背景なども本当に美しい。小杉放庵の「天のうづめの命」は、戦後、国民を鼓舞するために描かれた作品だが、モデルは、その頃「東京ブギ」を歌った笠置シズ子である。

小生は、本物の美人ももちろん好きなのであるが、絵画の美人も大好きである。理想化されているし、永遠にその美は衰えることはない。特に上村松園の美人画はそうである。

この展覧会では、女性として描かれている普賢菩薩騎象図と二体の観世音菩薩像が展示されていた。日本は観音信仰が盛んである。全国のお寺や美術館に安置されている仏像の半数は観音様ではなかろうか。また皇祖天照大神は、女性神である。日本人は、支那思想が入って来るまでは、女性蔑視の思想は微塵もなく、むしろ、女性崇拝の民族であったと思われる。

出光美術館の休憩室からは、真正面に皇居桜田門が見える。また楠公像も見える。

          ○

一両日のテレビニュースは、民主党代表選を報じている。小沢一郎氏そして小沢側近議員という人たちは、どうも人相が悪い。山岡賢次氏はその代表格であるが、大変失礼だが女性議員まで人相が悪い。「美人画」の展覧会を見て来たから余計そう思うのだろうか。菅直人氏は、「小沢氏には権力は握らせない」と語ったという。この一点に関しては私もまったく同感である。もっとも菅氏にも権力を握っていて欲しくないけれども…。私はこの代表選は、どっちが勝っても民主党は分裂すると見ている。またそれを期待している。

話は変わるが、蜷川正大氏のブログに「読みかけの本が家にある時は、新妻が待っていているような気になる」と書かれてあった。となると、小生などは、十数人の新妻が家で待っているということである。有難き幸せである。

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千駄木庵日乗八月二十八日

午前は、母のお世話。

昼は、日比谷の帝国ホテルにて、地方から上京して来られた方と懇談。

午後は、丸の内の出光美術館で開催中の『日本美術のヴィーナス──浮世絵と近代美人画』参観。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰途、谷中三崎坂にて、地元の友人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

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2010年8月27日 (金)

国賊と売国奴の一騎打ち

民主党代表選は、小沢と菅の一騎打ち。石原都知事は「無為無策と金権の戦いだ」と言っていた。それもそうだが、「天皇陵を暴けば、皇室は騎馬民族の子孫だと分かる。日本人はアジアの寄生虫」と言った売国奴=小沢と、「国歌『君が代』は歌いたくない」「昭和天皇は戦争責任を取って退位すべきだった」と言った国賊=菅との一騎打ちである。

小沢が負けたら、小沢は脱党するだろう。そして、また別の党とくっついて政権を作ろうとするだろう。廂を借りて母屋を乗っ取るというのが小沢の手法である。小沢とはそういう男だ。

小沢は、昨日のニュースで「日本国民は荒廃している」と言っていたが、日本国及び日本国民を荒廃させた元凶が小沢一郎だ。

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千駄木庵日乗八月二十六日

午後は、原稿執筆など。

午後六時半より、西新宿の東京都庁舎・都民広場にて、「第十三回東京大薪能」開催。半田晴久世界芸術文化振興協会会長が挨拶および解説。

半田氏は解説で「納は省略の芸術。最小限の動きで喜怒哀楽を表現する。一方歌舞伎は如何に誇張するか大事。能舞台は簡素なので、ビルの中にあっても調和する。能は、シテに一点集中する。能はイマジネーションの芸術。動く彫刻。いぶし銀の美しさが日本芸術の極致。」と語った。

この後、能「放下僧」・狂言「福の神」・能「黒塚」が上演された。出演者は、辰巳満次郎・山本則俊・渡邊菊野助の各氏など。

帰宅後は、民主党代表選などの報道を見る。

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2010年8月26日 (木)

『世界は一家人類は兄弟』『戸締り用心、火の用心』

アメリカ覇権主義そして共産支那の中華帝國主義さらには北朝鮮の暴虐が渦巻く狭間にあって、わが日本は、祖国の独立と安全を守るために必死になって戦わなければならないにもかかわらず、残念ながら、国民の多くは日本の傳統精神、國體精神を忘却し、内部から破壊されつつある。

「グローバリズム」ということが喧伝されている。しかし、現実社会は「グローバリズム」の市場共有を放棄し武力行使をする国が再び出始める可能性も生じてきている。つまり、再びブロック経済第二次世界大戦が勃発した時に近い状況になりつつある。

笹川良一氏は生前、「世界は一家、人類は兄弟」という標語を宣伝していた。そしてその一方で、「戸締り用心、火の用心」という標語の宣伝していた。世界が一家・人類は兄弟なら戸締りはいらないはずなのだが、そうはいかないというのが現実なのである。

『東アジア共同体』『国連中心主義』『友愛の海』などという現実離れした考え方は実に以て危険千万である。

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千駄木庵日乗八月二十五日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。微熱はあるが意識はかなりはっきりしている。意識がはっきりしていると、家に帰りたがる。「ここから出してくれ」「一緒帰ろう」という言葉を聞くと本当に辛い。

帰宅後も原稿執筆。

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2010年8月25日 (水)

東アジア共同体論は危険である。

「東アジア共同体論」は、マレーシア第四代首相・マハティール・ビン・モハマドの「ルック・イースト政策」から始まったとされる。「ルック・イースト政策」とは、個人の利益より集団の利益を優先する日本や韓国の労働倫理に学び、過度の個人主義や道徳・倫理の荒廃をもたらす西欧的な価値観を修正すべきである、とする一九八一年(昭和五六年)一二月一五日のマハティールの提言である。このマハティールの提言そのものは高く評価されるべきである。

しかし、今日、鳩山由紀夫前総理等によって唱えられている「東アジア共同体論」は、EUが引き金になって、東アジアにおいて構想されている地域共同体構想であり、共産支那を含めた東アジア地域を統合したブロック経済によって、米国、欧州共同体に匹敵する地域連合を成立させようとする概念である。つまり日本・韓国・支那とアセアン(東南アジア諸国連合)諸国をメンバーとして経済統合・政治・安全保障・文化的・外交的一体化を進める」ということのようである。インド・オーストラリア・ニュージーランド果てはアメリカまで含めるという意見もある。果たしてこんな「共同体」建設が可能なのであろうか。

全世界の国家がそうであるように、東アジアにおいても大陸国家と半島国家・海洋国家とに分けられる。支那は大陸国家であり、朝鮮は半島国家であり、日本や東南アジア各国は海洋国家である。戦争が起こる確率が高いのは、半島国家である。大陸国家・半島国家・海洋国家が「共同体」を形成することはきわめて難しいというか、不可能に近いと考える。 

日本と支那が「共同体」を形成するということは、日本が大陸との関係を今日以上に深めるということである。これまでの歴史で、日本が大陸に進出して成功したためしはない。

戦前は、軍事的・政治的に大陸に深入りして、ソ連中共の謀略に引っかかり、泥沼の戦いとなって日米戦争にまで進み敗北した。戦後は、経済的に深入りして、金と技術をまきあげられ、共産支那を軍事大国にしてしまい、かえってわが國の安全と独立が脅かされている。

私は、今日言われている「東アジア共同体」に日本が積極的に関与するのは、きちんとした国家戦略を確立しないままに、無原則に支那大陸に深く進出して行った戦前のわが國の過ちを繰返すこととなると考える。

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千駄木庵日乗八月二十四日

午前は、母のお世話。ケアマネージャーの方が来宅。今後の母の介護計画について相談。

午後は、歯医者さんに行って治療を受ける。

この後、病院に赴き、父に付き添う。退出する時、父がさみしそうな顔をするのがとても辛い。

午後六時半より、新橋の「港区生涯学習センターばるーん」にて、「第四回日本の心を学ぶ会」開催。主催者の渡邊昇氏が挨拶。小生が「靖国神社の英霊慰霊顕彰と日本傳統信仰」と題して講演。質疑応答。

帰宅後は、原稿執筆。今週中に書きあげねばならないやや長文の原稿が二本あるため、『日本の心を学ぶ会』の懇親会には出席できなかった。まことに申し訳ない。

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2010年8月24日 (火)

東アジア共同体とは一体何なのか

鳩山由紀夫君(同世代なので敢えてこう書かせていただく)は、菅直人君が「東アジア共同体」にあまり熱心でないのが不満なのだと言われている。軽井沢に小沢一郎に「お出ましをいただいた」のも、菅直人君への牽制であろう。

「東アジア共同体」とは一体何なのだろうか。「共同体」という言葉はきわめて重い。わが國は、天皇を祭祀主と仰ぐ「信仰共同体」「祭祀共同体」である。これは、共同体に生きる人々即ち日本人は、同じ文化・信仰・言語を持ち、深い一体感を持って生活してきた歴史と伝統を言う。

「運命共同体」という言葉もある。生死を共にし、どのような苦境に立ち至っても、離反することなく、運命を共にするということである。

「東アジア共同体」の「共同体」が、この二つの意味に近いものであるとしたら、共同体の形成は全く不可能である。宗教・文化の差異が大きいアジアで「祭祀共同体」「信仰共同体」が形成できるとは思えない。無理にそれを行おうとすれば、激しい対立闘争が起こり将来に大きな禍根を残す。

また、日本が南北朝鮮・共産支那と、軍事的・政治的に運命を共にするなどということも現状ではそして近未来的にも全くと言って良いほどあり得ない。

従って、私は「東アジア共同体」などという言葉を安易に使ったり、弄ぶべきではないと思う。東アジア各国の、経済協力、文化・芸術の交流、そして災害・疫病・環境問題の協力などは必要なのであろうが、そんなことは何も「共同体」を形成しなくとも可能である。

東アジアには、とりわけ日本の近くの朝鮮半島・台湾海峡などで軍事的緊張・安保不安がある。これを解消することが、政治的協調の前提である。しかし、たとえ軍事的緊張が無くなったとしても、東アジアで「共同体」を形成することは難しいと考える。

わが国建国の精神は『八紘爲宇』である。世界の民族が一つの「家」となって共に共生するという精神である。一つの家となるという理想は、一つ一つの國の個性、歴史・伝統・文化を互いに尊重し合うということである。

この理想と東アジア共同体の形成というのは、似て非なるものがあることを我々は認識すべきである。

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千駄木庵日乗八月二十三日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、明日の『日本の心を学ぶ会』における講義の準備。

この後、病院に赴き、父に付き添う。微熱が出ている。

帰宅後も、明日の講義の準備など。

まことに暑い日々が続いている。出会った人との会話も「暑いですねえ」で始まる。夕立も降らない。また、台風も来ない。国賊と売国奴が権力争いをしているから余計蒸し暑くなると言っては言いすぎであろうか。

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2010年8月23日 (月)

「日韓合邦運動志士慰霊祭』に参列して

今日執行された『日韓合邦運動志士慰霊祭』はまことに意義のあるお祭りであった。出席者に配られた『日韓合邦の真実』(大日本生産党編)という書籍は、貴重な資料が収められている。

小生は直会の挨拶で、「李氏朝鮮は清朝とロシアの属国であった。日清戦争と日露戦争に勝った日本が、朝鮮を併合したのは、当然であり、侵略では決してない。しなくても良い謝罪をするということは、わが國は益々韓國に対し畏縮した外交を続けねばならなくなり、竹島奪還など韓国に対する正当な要求も出来なくなる。」と訴えた。

日本の韓国統治は西洋列強がアジア・アフリカなどに対して行った「植民地支配」とは全く異なる。断じて謝罪する必要はない。民主党・菅政権の「意図」は、「韓國の意向に配慮することで、歴史問題に一定の区切りを付けたい」ということだそうである。しかし、韓國や北朝鮮は、絶対に「一定の区切り」をつけさせることはない。むしろこのような談話を発表したら、韓國・北朝鮮はますます居丈高になって過去のことを責め立てて来るに決まってる。事実、北朝鮮はすでにそういう動きを見せている。

「日韓条約」締結でとうの昔に決着のついてゐる「日韓併合」といふ歴史問題を、「百周年」だからと言って謝罪するなどといふことは、愚の骨頂である。

一体今まで、日本は韓國に対して、そして支那に対して何回「謝罪」してきたのか。そしてそれによって日韓関係・日支関係が良くなったのか。断じて否である。何回謝罪しても、友好関係は確立してゐない。今回もまたそうした過去の過ちを繰り返すだけである。今回の「謝罪表明」においても韓國政府は、「今後どう行動するかを注目する」と表明した。これは今回の菅・民主党政権の謝罪談話を外交上の前提とせよといふ意思表示である。

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千駄木庵日乗一月二十二日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、原宿の東郷神社境内の水交会にて、『日韓合邦運動志士慰霊祭』執行。司会・小田内陽太氏、祭主・杉山清一氏、斎主・福永武氏。祝詞奏上・内田良平先生遺文奉読・東學党党詩並びに内田良平先生遺詠奉唱・玉串奉奠などが行われた。この後、直会が催され、杉山清一・広瀬義道氏が発起人代理として挨拶し、出席者数人が挨拶を述べた。そして歓談が行われた。

帰宅後、『政治文化情報』発送。購読者の皆様には、火曜日にお届けできると思います。

               ○

今日は、久しぶりにお会いした先輩・同志が何人かおられた。影山正治先生の主治医をされていた野村有信氏に何年かぶりにお会いした。野村氏は、青梅市選出の都議会議員も務められた。私宅近くの日本医大を卒業された。森鴎外のことなどを語り合った。また、元取手市長の大橋幸雄氏にも久しぶりにお会いした。八十二歳になられるが大変お元気であった。このお二方のような志と気骨のある政治家の方にはもっと活躍していただきたい。

東郷神社は懐かしい神社である。東郷神社の隣に生長の家本部がある。生長の家高校生連盟が活動していた昭和三十八、九年に、仲間たちと早朝に境内を清掃した事を思い出す。その頃の同志たちはみな六十代半ば近くになっていると思うと感慨無量である。生長の家の出版部である日本教文社は乃木神社の真前にある。いかにも愛国教団らしいのだが、今の生長の家は、三代目の雅宣氏の方針により、一切愛国運動は行わなくなっている。何とも悲しいことである。

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2010年8月22日 (日)

梁思成氏銅像建立について

京都市議会議員をしておられた國枝克一郎氏が、西田昌司参院議員に提出した『文書』を,國枝先生より送っていただいた。それには。次のようなことが書かれていた。

「中国人の梁思成なる人物のお陰で、京都・奈良などが米軍の爆撃から守られたということで、その顕彰碑を建てようとする動きがある。…私は、信憑性・検証性はもとより、中国に対する迎合と日本歴史の捏造への道としか考えられません。

京都でも、戦後、アメリカのウオーナ博士のお陰で原爆がなく助かったとか、マンスフィールド大使のお陰で原爆をこうむらなかったとかの話はありました。仮にそうだとしても京都の代わりに他がられているわけでして、長崎に原爆が落とされて助かった『ところ』があったとして『そのところの人が』誰に感謝など出来るものかと言いたい。

今、奈良は『平城建都1300年祝祭』を行いつつありますが、その祝祭を計画している役人や、いわゆる文化人の実行委員といわれる人々に、或いは奈良の人々に、私は、全く皇室なり、天皇家とのつながりをなくしようとしてゐるとしか思えないイベントのあり方に非常に不満と憤りを持っています。大和朝廷の成立、飛鳥時代の文化、日本の国柄の黎明の地としての奈良県、橿原神宮の人々は何を考えているのだろうか。」

同感である。梁思成氏が米軍に爆撃を止めるように進言したという証拠はない。あるのは梁氏の親族や近親者の証言だけである。また、梁思成氏の進言が事実であったとしても、それが米軍の空爆対象選定に影響を及ぼしたかどうかは不明である。

梁思成氏は親日家であり、父上の梁啓超氏も、清朝末期の改革運動の指導者で、日本に留学し、吉田松陰を尊敬していた人物である。しかし、実証性の希薄な風説によって、梁思成氏の銅像を建てるというのはやはりおかしい。歴史の捏造につながる恐れがある。

1982年6月、唐招提寺を訪問した当時の中国の首相・趙紫陽が、鑑真和上の御廟前に瓊花の苗木を一株植樹した。ところが、彼が天安門事件で失脚した後、政敵であった李鵬が訪日して唐招提寺を訪問した時、その木を一時とり払ったという。

どうも日本人特に「親中派」と言われる人々、そして政治家・政府・自治体などの、共産支那に対する姿勢はおかしい。あまりにも卑屈である。「互恵平等」などと言われるが全くその逆をいっている。卑屈な態度・媚び諂いは本当に醜い。かえって支那及び支那政府に馬鹿にされる結果を招いている。

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千駄木庵日乗八月二十一日

午前は、母のお世話。

午後は、上野で古くからの同志と懇談。来月開かれる講演会などについて打ち合わせ。

この後、病院に赴き、父に付き添う。意識が比較的はっきりしていたので、少し語り合う。

帰宅後は、原稿執筆の準備・資料検索など。

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2010年8月21日 (土)

平野貞夫氏の講演を聞いて

「縄文特別セミナー」における平野貞夫元参院議員の講演で印象に残った話は次の通り。

「今年後期高齢者になった。目に見えぬものへの畏敬の念を持っている人間が縄文。学生運動をしていた頃、マルクス、レーニン、毛沢東の本を読んだ。『実践論』『矛盾論』の影響で日共には入らなかった。日本人のものの考え方の原点は何かということに興味を持った。私は、ホラは吹くが、嘘は言わない。坂本龍馬の言葉を収録したという『英將秘訣』に『本朝の国風、天子を除くの外、主君と云ふ者は其世の名目也。』とある。天子以外はすべて平等という考え。縄文革命は、太陽の信仰・月の信仰・星の信仰を一体化させること。坂本龍馬はユニテリアンの影響を受けた。ジョン万次郎はユニテリアン。ケインズもユニテリアン。鳩山一郎はフリーメーソン。フリーメーソンは大した問題ではない。それよりも、イルミナティの力の方が検討に値する。」などと語った。

小生が「日本神話には星への信仰がない事についてどう考えるか」という質問に対し、平野氏は「『記紀』では、星への信仰は封印された。星への信仰はパワーがあるためである。」と答えた。

またある出席者が「騎馬民族征服説を唱える小沢一郎は、国賊だ」という意見を述べたのに対して、明確の回答をしなかった。

         ○

何だかわけのわからない講演であった。縄文文化と星への信仰と何のかかわりがあるのか、さっぱり分からない。第一、星への信仰にはパワーがあるから『記紀』神話で封印されたなどというのは全く荒唐無稽な話だ。いくら権力が封印してもパワーがあればどんどん広がるはずだ。

日本民族は、太陽神への信仰が中心的柱である。それは稲作生活から生まれて来た。月への信仰や星への信仰はそれほど強くなかった。月と星は、太陽ほどには、稲作生活と関係は深くないからだ。日本神話には星の神様はいない。それは、信仰の対象にならなかったからだけの話であり、大和朝廷が封印したなどというのはタワゴトである。後世になって仏教の妙見菩薩信仰が入って来て、北極星への信仰が生まれたと思われる。ギリシア神話には大神ゼウスをはじめとして、オリオン、アンドロメダなど星の神が多く登場する。これら星座の神々の起源は古代メソポタミアであり、そこからギリシアに伝わったとされている。すなわち、星を頼りに生きていた砂漠の民の生活から星への信仰は生まれたのである。

しかし、月は和歌では数多く歌われている。月は太陽ほど信仰の対象にはならなかったが、日本人の美感覚には大きな位置を占めたのであろう。『萬葉集』ら限って言えば、星を詠んだ歌は数首しかない。これも、誰かが封印したというのだろうか。

小沢一郎側近の平野貞夫が一体どんなことを言うかと思って出席したが、何とも理解の苦しむ講演であった。

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千駄木庵日乗八月二十日

午前は、母のお世話。

午後三時より、西新橋の国際縄文学協会にて、「縄文特別セミナー」開催。西垣内堅佑理事長が挨拶、司会。平野貞夫元参院議員が講演。質疑応答。

帰宅後は、書状執筆・諸雑務。

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2010年8月20日 (金)

千駄木庵日乗八月十九日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、『萬葉會』開催。小生が、防人の歌を講義。

帰途、出席者の方と懇談

この後、病院に赴き、父に付き添う。父はよく眠っている。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

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韓国併合について考える

韓国併合について、少し本を読んでいる。日清戦争で日本が勝利した後、朝鮮韓国は支那からの独立を獲得した。しかし、日本が、三国干渉に屈したと見るや、日本を侮蔑し、当時の朝鮮国王は、何とロシア大使館に逃げ込んで、政治を行った。そして、ロシアの欲する利権を片っ端からロシアに渡し、ロシアを背景にして日本を排除しようとした。そればかりでなく、自分に仕える宰相を、民衆を扇動して殺させることまでしたのである。

当時の李氏朝鮮は、事大主義を国策とし、自国の近代化や独立の実行、国民の幸福よりも、李氏政権の維持に汲々としていた。そして金玉均などの維新改革運動をつぶした。つまり、国内改革を断行し、自主独立の道を確立することが出来なかった李氏朝鮮自身が、日本による韓国併合の道を開いたのである。言い換えると、李氏朝鮮にはすでに国家統治能力がなかったのである。

こうした状況に絶望した心ある韓国民は、ついに日韓合邦運動を行った。それが李容九たちの一進会だった。

日韓併合に至る李氏朝鮮五百年の虐政の歴史と、当時の国際情勢を考えると、日本が韓国朝鮮に深く関与し、ついには併合したのは、止むを得ないことであった。当時の国際常識から言って、日露戦争に勝利した日本が、ロシアの属国であった朝鮮韓国を併合したのは当然のことであり、決して侵略ではない。また、朝鮮韓国が支那あるいはロシアに併合されたり、属国になるよりは、日本に併合された方が良かったことは、その後の歴史を見ればあまりにも明らかである。

勿論、日本の朝鮮統治が、完全無欠であったとは言えない。多くの誤り・行き過ぎがあったであろう。また、日本人に韓国朝鮮人に対する差別意識もあった。しかし、日本の朝鮮統治が全く悪逆非道の歴史であったなどというのは全く事実に反している。

こういう史実を無視して、日本は韓国朝鮮を不当不法に侵略し植民地支配したなどと言い続け、謝罪を要求し続ける国に、日本国政府が謝罪する必要はないのである。菅政権はまことに愚かなことをしたものである。

近隣国家だから友好関係を結ぶべきだと言うが、朝鮮韓国や支那のように、歴史問題で謝罪を要求し続けるような国と、友好関係を樹立するのはまことに困難である。

自らが國を亡ぼしてしまった歴史に目をつぶって、わが国をことさら悪者に仕立て上げ、何かというと過去の歴史問題を持ち出して、わが国を非難攻撃している国とどうして友好関係が結べるであろうか。

わが日本は、支那や朝鮮韓国に対して、過度な友好感情や持たなくて良い贖罪意識を持つのは誤りであり危険である。国際法・国際常識にのっとって、国家対国家として協力すべきことは協力し、対決すべきことは対決するという当たり前の姿勢で臨むべきである。

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2010年8月19日 (木)

守屋昌武氏の講演を聞いて

今日の『日本の司法を考える會』では、守屋武昌元防衛事務次官に収賄事件について講演していただく予定であったが、ご本人の意向により、安保国防問題についての講演となった。青木理氏は、「『日本の司法を考える会』ならぬ『日本の国防を考える会』になった」と言われたが、言い得て妙であった。しかし、とても勉強になった。守屋氏の講演で印象に残った話は次の通りである。

             ○

「三年前、刑事被告人となり、信じられるものは何もないなか、家族の絆が大切なことが分かった。村上先生には、拘置所に差し入れをしていただいた。朝から六時半までの取調べの後、拘置所の出す冷えたご飯と一汁一菜は、疲れた身には食べきれなかった。村上先生の差し入れは有難かった。

冷戦時代は、安保の中心はヨーロッパだった。ポスト冷戦は、アジア太平洋になった。この地域にある日本は役に立たなければならない。自分の國を自分で守らない民族が辿らねばならない道を今の日本は辿っている。普天間問題がそれ。

安保の大きな要因としてイスラム原理主義がある。ホメイニ師が、世界のイスラム教徒をイランに集めて、コーランを配り、イスラム教徒を一体化した。アラブでオアシスの水を抑えているのは強力な部族長。その部族長に娘を嫁がせることによって弱小部族を養ってもらう。金持ちの若者は娘を多く手に入れることが出来るが、貧しい男は手に入れることが出来ない。だからホモが多い。

オサマ・ビン・ラディンは王族の支配に力を貸している米英欧が憎い。そこで生まれたのがテロ。アメリカは建国以来、本土を攻撃されたことはない。ニューヨークの同時多発テロはアメリカを恐怖のどん底に陥れた。アメリカは飛行機のライセンスをとりやすい。テロリストは、日本の神風特攻隊を見習ったという。

第一次大戦後のアラブの領土分割に関係せず、湾岸戦争にも深く関与しなかった日本はテロの対象にならない。日本人にはイスラム原理主義者のテロへの恐怖感がない。

欧米は冷戦時代以上に国防安保に金がかかるようになった。陸軍より海空軍が金がかかる。中国の十三億の人々が全て等しく食べ出したら世界の食糧は間に合わなくなる。中国と戦争しようと思っている國はない。中国では毎年、十万件の暴動が起きている。中国は内政にお金をかけるべきなのに、二十年間軍事費を二ケタ増やしている。中国の権力はこれまで民衆によって打倒されてきた。貧困と人権の抑圧などで国民が爆発した時、その矛先を日本やアメリカに向けて来るのではないか。中国に間違った対応をしないようにすべし。

アジアが世界の安全保障の中心になっているという意識が日本国民にはない。日米安保は大切だが、日本はアメリカとの同盟関係に甘んじている。アメリカに堂々とものを言って来たのか。東京の空はアメリカの空になっている。横須賀に米軍基地があるのは、ニューヨークに日本の自衛隊基地があるのと同じ。それをおかしいと思わないのが日本国民。

アメリカは米本土を守るために大変な金がかかるようになった。それが米軍再編の原因。戦後、平和のため国のために兵士たちが死んでいない国は日本のみ。世界有数の軍事力を持っていながら、『軍隊ではない』と言っているのは日本のみ。平和を守るためには時として同胞の血を流さねばならないという決意をしていない国は日本のみ。

地形的アドバンテージ(優位性)を持った日本をアメリカは手放さない。」と語った。

小生は「日本にとって中国にどう対処するかが最も重大だ。ヨーロッパのEUも色々問題抱えている。しかるに中国を含めた『東アジア共同体』を唱える人がいる。これについてどう考えるか」と質問した。

これに対し守屋氏は、「ロシアからフランスまで大平原。兵力の移動は簡単。アジアは海という制約がある。全ては地形が教えてくれる。蒙古軍が日本を征服出来なかったのは、海があったから。朝鮮戦争は地続きだから起こった。海は安保の概念を変えるファクター。

日本はドイツ・イギリス・イタリアより領土は大きい。フランスの七割。日本は南北に長い。三つの気候帯に入っている。四百二十万キロの排他的経済水域がある。レアメタルなどの資源がある。日本は海の開発で無限の力を持つことが出来る。世界で六番目の海洋面積がある。地形的にヨーロッパと同じような共同体はできない。軍事的にも経済的にも合意成立は難しい。」と答えた。

            ○

東アジア共同体というのは、夢物語である。「共同体」とは一体どういう定義なのか。それも明確ではない。経済的に協力するとか文化交流をするということは、別に共同体などというものを作らなくてもできる。わが国と共産支那とが「共同体」を形成するなどというのはあり得ないことだ。

国家防衛の中枢を担って来た人の話なので大変に勉強になった。青木理氏は「守屋氏が収賄罪に問われるのなら、霞が関の官僚の多くが収賄罪に問われる」と語っていた。そうであるのなら、国防安保問題でこのような専門的知識と経験を有する守屋氏が実刑が確定し、国家に貢献できない状況になるというのはまことに残念である。

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千駄木庵日乗八月十八日

午前は、母のお世話。

午後二時半より、永田町の村上正邦事務所にて、『日本の司法を考える會』開催。南丘喜八郎氏が挨拶。青木理氏が進行。守屋武昌元防衛事務次官が講演。活発な質疑応答が行われた。

帰途、湯島にて知人と懇談。

帰宅後は、明日の『萬葉會』における講義の準備。

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2010年8月18日 (水)

韓国併合は感謝されていいことだ

韓國併合について、わが国が一方的に悪かったと謝罪するのは全く誤りである。朝鮮半島は、統一新羅以来、千余年にわたって「中華帝国」の属国だったのである。朝鮮国王は、支那の皇帝の臣下であった。日清戦争における日本の勝利によって、朝鮮は「中華帝国」からの独立を獲得したのである。

しかしその後、李氏朝鮮はロシアの属国になろうとしたり、政争を繰り返したりして、とても独立国家としての体をなさなかった。今日と同じように、朝鮮半島の混乱は日本の安全と独立への重大な脅威であった。そこで、日本は、両国政府の合意に基づいて韓国朝鮮を併合したのである。

そして併合後、司法制度の確立、治山治水事業の促進、鉄道道路建設、教育整備、医療整備、農産物増産が行われた。わが國は決して朝鮮から搾取したのではない。その逆であって、朝鮮の近代化に大きく貢献したのである。

朝鮮半島の人口は、一七三〇年で七百三十万人、百年後の一八五〇年には七百五十万人で、ほとんど増えなかった。明治三九年(一九〇六)には九百八十余万人であった。ところが、日本が韓国を併合した後、大正元年(一九一二)には千四百万人、一九三八年には二千四百万人と急増している。農産物生産量も急増した。こうした事実を見ても、日本による韓国併合がいかに朝鮮半島を潤したかは、火を見るよりも明らかである。

わが國は、朝鮮・韓国から恨まれる筋合いはないし、わが国が朝鮮韓国に謝罪する必要はさらさらない。むしろ感謝されて良いのである。実際に、今日においても、日本に感謝する韓国・朝鮮人は多数いる。菅民主党政権による「謝罪談話」は悔いを千載にのこす愚挙である。

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千駄木庵日乗八月十七日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆のための資料の検索。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

お盆明けもまた忙しくなりそうです。

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2010年8月17日 (火)

お寿司屋さんで感じたこと

私はお寿司が好物である。今夕も、地元の知人と一緒に寿司屋で一杯やった。その寿司屋に老夫婦とその娘さんとその娘さんの男の子供が、カウンターに座っていた。その男の子はまだ小学生であった。母親は、その小学生にこまごまと寿司の食べ方・注文の仕方を教えていた。子供の方も慣れたもので、「中トロ」だの「アナゴ」などと注文をしていた。

私は、小中学生の頃は、お弁当屋のお寿司即ち海苔巻とお稲荷さんは食べたが、寿司屋の寿司などを食べたるのはごく稀のことであった。わが家にお客さんが来てお寿司を注文した時に、ご相伴にあずかる程度であった。寿司屋に行きカウンターに座って『お好み』を注文するなどということはあり得ないことであった。寿司屋のカウンターに座って食べるようになったのは、三十歳を過ぎてから、あるいはもっと遅くだと思う。

今は日本が豊かになったせいか、時々お寿司屋のカウンター席に、小学生が坐るのを見かける。「今日は、白身は何ですか」などと聞く子供もいる。今日もそうだが、そういう家族連れを見ると、あまり良い感じはしない。というよりも腹立たしい気持ちになる。子供の頃からそんな贅沢をさせていいのか、という思いがする。子供には子供らしい食事をさせるべきあろう。これから日本はどうなるは分からない。食糧危機が来る可能性も皆無ではない。子供の頃は、栄養価のあるものを与えるのは当然としても、高級食材や高級料理を食べさせるのは慎むべきと考える。戦時中の標語をもじって『贅沢は子供の敵だ』と叫びたくなった。

その家族連れが帰った後、私が以上のようなことを話したら、一緒に飲んでいた友人ばかりでなく、その寿司屋さんのご夫婦も同意見であった。

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千駄木庵日乗八月十六日

午前は、母のお世話。

昼は、炎天下訪ねて来て下さった知人と懇談。内外の諸情勢について意見交換。

午後は、資料の整理。      

この後、病院に赴き、父に付き添う。また微熱が出ている。心配なり。

夕刻、地元の友人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆の準備。

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2010年8月16日 (月)

ヨーロッパの愛国政党の人々と討論して思ったこと

欧州の愛国政党の方々は、明日から関西方面に赴かれる。京都御所などを拝観される予定という。小生もお伴をしたかったのだが、小生の事情で叶わず残念である。

今回の『世界平和をもたらす愛国者の集い』そして、明治神宮・靖国神社参拝は極めて有意義であった。共産支那の新華社などが過剰なまでの反応を示したことでもそれは明らかである。

今回の行事は、木村三浩一水会代表の努力で実現した。敬意を表する。またご支援賜った方々にも深く感謝する。木村氏とは、三十年来の同志であるが、若き頃から、卓越した能力と行動力を持った活動家であった。

私は、欧州の政治事情については、あまりよく知らない。今回色々勉強させていただいた。フランスには一度行ったことがあり、前から好感を持っていた。やはり、フランスの民族主義者は親日であった。他の国々のナショナリストも親日である。だから、今回この行事に参加したのであろう。「愛国者インター」が始まったと言った人がいたが、そうなってくれれば良いと思う。

ただし、日本民族は、イスラム教徒やユダヤ教徒に対して格別の反感を持っていない。日本人の中には、キリスト教徒もいるし、イスラム教やユダヤ教に親近感を持っている人もいる。『日猶同祖論』というのまである。この三つの一神教の対立関係を解消するために、日本が何か貢献できないかと思う。古代から今日まで深い対立関係にあるのだが、そう簡単にはいかないであろうが…。

ヨーロッパでは、ナチスに対する肯定・評価、ユダヤに対する批判は法律で禁止されているという。ナチス・ヒトラーを再評価し、肯定することはともかく、ユダヤ批判まで禁止されているというのには驚く。ということは、ヨーロッパには、根強い反ユダヤ感情・反ユダヤ思想があるということであろう。それがいつ燃え上がるか分からないから、法律で禁止されるのであろう。

それなのに、イスラム批判は自由というのは率直に言って解せない。EU各国にイスラム教徒・アラブ人が大量に流入するのは絶対に阻止したいということであろう。それが、ヨーロッパ諸国の愛国者・ナショナリストの共通した思いであろう。今回来日したヨーロッパの愛国政党の方々は、異口同音に、「イスラム教徒・アラブ人は、ヨーロッパに来ないで自分の国で幸せに暮らしてもらいたい。」と言っていた。

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千駄木庵日乗八月十五日

午前は、母のお世話。

昼、『世界平和をもたらす愛国者の集い』に出席されたフランスの「国民戦線」のルペン党首ら、ヨーロッパ八カ国、九つの愛国政党の方々と共に、明治神宮に参拝。昇殿参拝・御神楽奉納などが執行された。わが国伝統信仰の神道祭式に則って、欧州の愛国政党の方々が、明治天皇のご神霊に拝礼される姿に、感動を禁じ得なかった。

宿舎の椿山荘に戻り、少し遅れた昼食。

この後、病院に赴き。父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆など。

            ○

ブログの具合が悪く画面がお見苦しくなったことをお詫びいたします。

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2010年8月15日 (日)

千駄木庵日乗八月十四日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き父に付き添う。

夜は、関西から上京した同志と懇談。三十年来の同志であるが、この二年ばかりお会いする機会がなかった。久闊を叙し語り合った。

帰宅後は、書状執筆。

         ○

本日午前、『世界平和をもたらす愛国者の集い』に出席されたフランスの「国民戦線」のルペン党首ら、ヨーロッパ八カ国、九つの愛国政党の方々が靖国神社に参拝された。小生も共に参拝させていただきたかったのだが、午前は母のお世話があり、且つ、二日間父の病院に行くことが出来なかったので、今日はどうしても参加できなかった。まことに残念であった。

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2010年8月14日 (土)

『世界平和をもたらす愛国者の集い』第二日目について

『世界平和をもたらす愛国者の集い』の「愛国者の連帯による世界平和を探る」というシンポジウムで印象に残った発言を記す。

スペイン代表「日本人は広島・長崎の原爆投下でグローバリズムの虚偽と残虐性を体験している。EUが保護主義に反対しているため、農業などが大打撃を被り失業者が増えている。一水会機関紙『レコンキスタ』は、七世紀のイスラム侵入の戦いにスペインが勝利するという意味。」

ハンガリー代表「愛国者は人権の仕組みの中に入っていない。愛国者は人権の保護に値しないと言われてきた。多国籍企業から小企業を守るための新法制定について意見を交換したい。アムネスティインターナショナルの愛国者版を作りたい。」

オーストリア代表「今回は愛国者連帯の第一歩。二、三年に一回開催国を変えて開きたい。『レコンキスタ』の英語版を作ってほしい。」

ポルトガル代表「グローバル化は経済倫理を悪くしている。一色だけの絵画に魅力はない。光と影そして多彩な色のハーモニーに価値がある。」

フランス代表「我々の目の前に左派がいる。左派がフランスのアイデンティティを縮小させている。フランスには独自の言葉と文化と領土がある。そしてその根底にキリスト教がある。フランク族ケルト人をルーツに持つ。フランク王国第一代国王が教会で戴冠式を行った。」

          ○

小生は、「昨日今日の二日間、トルコのEU加盟反対の意見や、ヨーロッパのイスラム化を危惧する意見は多く出たが、グルーバリズムの根源と言われているユダヤに対する批判が出なかったのはどういう理由によるのか。また、同じ唯一絶対神を信ずるユダヤ教・基督教・イスラム教が激しく対立していることはどういうことか」と質問したが、的確な回答が誰からも出なかった。

休憩時間に、ある國代表の大学教授が、小生に「良い質問でしたが、メティアが来ているので、詳しく答えることはできなかった。」と語った。

イスラム教やトルコのEU加盟については徹底的に批判が行われても、ユダヤ人については批判することが出来ないということである。イスラムの脅威よりもユダヤによる支配というか脅威の方がそれだけ強大だということではあるまいか。イスラムは徹底批判で来ても、ユダヤに対してはしたくてもできないというのは不思議なことである。ユダや教とキリスト教とイスラム教の対立は、まさに近親憎悪である。ある出席者は「左翼の内ゲバ・殺し合いと同じだ」と言っていた。

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千駄木庵日乗八月十三日

午前は、母のお世話。

午後は、目白の椿山荘国際会議場で開催中の『世界平和をもたらす愛国者の集い』に出席。「愛国者の連帯による世界平和を探る」というシンポジウムが行われた。この後、「共同声明」の発表があった。そして、鈴木邦男氏が閉会の辞を述べて終了した。終了後「記者会見」が行われた。午前中は、フランス国民戦線のジャン・マリー・ルペン党首の講演があったのだが、聞くことが出来ず残念であった。

終了後、一水会の同志諸氏と慰労会。

帰宅後は、書状執筆など。

           

           ○

昨日の夜の懇親会で、小生が『俵星玄蕃』を熱唱したので、ルペン党首など外国からの賓客をはじめ多くの方からお褒めの言葉をいただいた。外国人の前に歌うことはあまりないが、北京空港やクアラルンプールの空港で、大勢の人の前で歌ったのも懐かしい思い出である。

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共同声明発表

Photo 

記者会見

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2010年8月13日 (金)

『世界平和をもたらす愛国者の集い』に出席して思ったこと

今日開かれた『世界平和をもたらす愛国者の集い』で印象に残ったことを記します。

            ○

ヨーロッパの愛国者・右翼勢力の人々は、グローバル化の時代において、ヨーロッパの価値観を守りたいという意志が強い事を感じた。EUの統合と移民問題などが原因になって、各国のアイデンティティが失われようしているという危惧を抱いている。外国人に選挙権が与えられようとしていること、失業者の増加、イスラム教徒の流入が大きな問題のようである。特に驚いたのは、トルコがEUに加盟することに脅威に感じていることである。昔、オスマントルコの侵攻を受けた記憶がまだ強く残っているようである。またイスラム教に対する反感も強いと感じた。トルコの人口が一億人近くいることも脅威のようである。イスラム教徒であるトルコ人がヨーロッパ諸国の雪崩れ込むことを恐れているのである。ユダヤ人そしてイスラエルのことは全く話題にならなかったのも不思議であった。

私は、ディスカッションで昨日のこの欄に書いたような事を話した。付け加えて、レッドチャイナはまさに「共産主義というグローバリズム」と「市場原理主義というグローバリズム」そして「中華思想という帝国主義」を併せ持つ國であり、その脅威にさらされているのが日本をはじめとした東アジア諸国であると述べた。

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千駄木庵日乗八月十二日

午前は、母のお世話。

午後は、目白の椿山荘国際会議場で開催中の『世界平和をもたらす愛国者の集い』に出席。「各国における愛国活動の現状報告②」「文化尊重を通じ愛国者として共通性の模索」と題するディスカッションが行われた。小生は「文化尊重を通じ愛国者として共通性の模索」にパネラーとして参加した。

詳しい報告は、『政治文化情報』で行います。

終了後、六本木にて、懇親会。

帰宅後は、諸雑務。

             ○

椿山壮の庭園

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2010年8月12日 (木)

グローバリズムの危険性

米ソ二超大国による冷戦構造が崩壊した後、世界は平和になったかと言うと決してそうではないことは皆様ご承知のとおりである。むしろ、民族問題・領土問題・資源問題・宗教問題などで冷戦どころか熱い戦いが世界各地で起こっている。

資本主義と共産主義は共に、世界各民族・各国家の歴史と伝統を無視し破壊するグローバリズムの思想である。資本主義も共産主義も共に、人間の経済的物質的豊かさを実現することを至上の目的とし、人間の道義精神、国家民族傳統精神を軽視あるいは無視する思想である。

旧ソ連が崩壊しても、世界各国に共産主義思想は根強く残っている。またアメリカを中心とする資本主義国家の市場原理主義・営利至上主義もますます熾烈を極めてゐる。共産支那は共産主義体制を維持しつつ市場経済を導入している。そしてアジアにおいて政治的経済的軍事的覇権確立を実現しつつある。


アメリカ覇権主義そして共産支那の中華帝國主義さらには北朝鮮の暴虐が渦巻く狭間にあって、わが日本は、祖国の独立と安全を守るために必死になって戦わなければならないにもかかわらず、残念ながら、国民の多くは日本の傳統精神、國體精神を忘却し、内部から破壊されつつある。

グローバリズムの推進によって、多くの国家が世界を一つの市場として利害を共有すれば、世界規模の戦争勃発の危険性を大きく低下させ平和が実現するという考え方があった。しかし、現実には、各国の利害が衝突すると共に、持てる国と持たざる国との格差が広がっている。また無資源国が高値で資源購入を余儀なくされる状況になりつつある。

そしてグローバリズムの市場共有を放棄し武力行使をする国が再び出始める可能性も生ずる。つまり、再びブロック経済第二次世界大戦を勃発させた時に近い状況になりつつある。グローバリズムこそ、世界平和実現を阻む大きな要因になっている。

わが國の建国の精神は、「八紘爲宇」の精神である。これは、世界は色々な民族・国家が連帯し共存する一つの家であるという精神である。また近代日本の父と仰がれる明治天皇御精神は、「四海同胞」の精神である。これは、世界の民は兄弟であるという精神である。日本は本来的に言葉の真の意味における平和国家である。

日本はその傳統信仰の靈的精神の偉大なる包容力によって、よく他國の宗教・文化・文明を取り入れてそれを融和せしめ洗練して、強靱にして高度な日本文化として開花せしめる力を持ってきたのである。

世界各国各民族にはそれぞれ伝統精神・傳統文化を保持している。世界の愛国者は、グローバリズムすなわち市場原理主義と共産主義という二つの覇権思想を否定し、各国各民族の個性・立場・歴史・傳統を尊重し合い、真の意味の平和な世界を実現しなければならない。

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千駄木庵日乗八月十一日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。菅直人・仙石由人が何故、「日韓併合百年謝罪談話」に執心したか等について話し合う。

この後、病院に赴き、父に付き添う。容態は比較的安定している。少し会話をする。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。同志諸氏と今後の活動について討議。懇談。

帰宅後は、明日の会合でのスピーチの準備。

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2010年8月11日 (水)

千駄木庵日乗八月十日

午前は、母のお世話。

午後は、歯医者で治療を受ける。

この後、病院に赴き、父に付き添う。うっすら目を開けて私が来たことを喜んでくれる。

帰宅後は、原稿執筆・脱稿・送付。

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韓国への『総理謝罪談話』を糾弾する

民主党菅政権は、八月十日の閣議で、韓國併合条約発効一〇〇年を迎へるのを機に、「過去の植民地支配への反省」や「未来志向の日韓関係を築く決意」なるものを柱とする「菅直人首相談話」を決定した。

それには、「三・一独立運動などの激しい抵抗にも示されたとおり、政治的・軍事的背景の下、当時の韓國の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、國と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います。痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ないものです。この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします。 」などと書かれてゐる。

三十五年間の朝鮮統治史における唯一の大規模な騒擾事件である「三・一独立運動」をことさらに取り上げて、「韓國の人々は植民地支配によって、國と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられた」などと断定したのは大きな誤りである。まさに自虐史観である。わが國は韓國を植民地支配したことはない。また韓國の文化を奪ったこともない。

併合後の韓國は、近代化を遂げ、あらゆる面で併合以前よりも発展し、國民は豊かになった。そして継承され護られるべき韓國の傳統文化は保護された。わが國は、韓國・朝鮮を一方的に侵略し支配したのではない。つまり韓國は國家として立派になったのだ。日本が韓國と言う國を奪ったなどと言うのは嘘出鱈目である。従って韓國に対してわが國政府が百年の区切りの年だとか言って謝罪する必要は全くない。

日本は朝鮮統治時代に韓國から搾取したのではない。韓國に投資し、あらゆる面で建設を行い、朝鮮の発展に大いに寄与したのである。國と文化を奪ったなどといふことは絶対にあり得ない。第一、そのやうなことは不可能である。日本の韓國統治は西洋列強がアジア・アフリカなどに対して行った「植民地支配」とは全く異なる。断じて謝罪する必要はない。

民主党・菅政権の「意図」は、「韓國の意向に配慮することで、歴史問題に一定の区切りを付けたい」といふことだそうである。しかし、韓國や北朝鮮は、絶対に「一定の区切り」をつけさせることはない。むしろこのやうな談話を発表したら、韓國・北朝鮮はますます居丈高になって過去のことを責め立てて来るに決まってゐる。、「日韓条約」締結でとうの昔に決着のついてゐる「日韓併合」といふ歴史問題を、「百周年」だからと言って謝罪するなどといふことは、愚の骨頂である。

一体今まで、日本は韓國に対して、そして支那に対して何回「謝罪」してきたのか。そしてそれによって日韓関係・日支関係が良くなったのか。断じて否である。何回謝罪しても、友好関係は確立してゐない。今回もまたそうした過去の過ちを繰り返すだけである。今回の「謝罪表明」においても韓國政府は、「今後どう行動するかを注目する」と表明した。これは今回の菅・民主党政権の「謝罪談話」を外交上の前提とせよといふ意思表示である。わが國は益々韓國に対し畏縮した外交を続けねばならなくなり、竹島奪還など韓國に対する正当な要求も出来なくなる。

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2010年8月10日 (火)

菅直人君は稀代の大嘘つきだ

毎日政治家の批判ばかりで、書いている本人も辟易するが、書かねばならない。

菅直人君は稀代の大嘘つきである。菅直人君は、予算委員会の平沢勝栄氏の質問に対し、大声をあげて「証拠を出せ」と叫び、自分が「国歌・君が代」を歌わなかったことを躍起になって否定した。前にも書いたが、自分にとって都合の悪い本当のことを指摘されると、感情的になって反発し否定する人がいる。菅直人君はその典型だ。

ミッキー安川氏は、佐藤優氏に対して次のように語ったのだ。「菅直人さんは、『君が代』を歌いたくないと言った。俺は菅さんの態度は立派だと思うんだ。自分の信念で『君が代』を歌いたくないと思うならば、歌わないというのは、周囲の雰囲気に合わせて、本当は歌いたくないと思っているのに、義理で歌うよりは政治家としてずっと誠実だよ」(ミッキー安川さんが語った菅直人民主党代表の『君が代』観」(『SANKEI EXPRSS』2021年6月5日号)と。

ミッキー安川氏は、菅君の態度をほめているのだ。ミッキー氏は、嘘をついてまで菅君をほめる必要はさらさらないのである。菅直人君は明らかに嘘をついている。

菅直人君がまともな人間なら、「当時はそういう信念を持っていたが、今日は総理大臣として、国歌は斉唱する」と答えればいいことなのである。それが出来ない菅と言う男は、「嘘つきは泥棒の始まり」と言う諺を持ち出すまでもなく、政治家として以前に、人間としての誠実さを持ち合わせていないのである。

こんな不誠実なウソツキが、民団の支持と金欲しさに仙石由人に煽られて韓国に謝罪しようというのだから、あきれ果てて物が言えない。

菅直人君は、『君が代』のような、日本天皇と日本國の永遠の隆昌を祈念する平和的にして尊い歌を「元気が無い」と言った。菅直人君はフランスの國歌『ラ・マルセイエーズ』のような戦闘的・闘争的にして反逆者殺戮を鼓舞する血に飢え渇いた歌を歌いたかったのであろう。こんな恐ろしい男は一日も早く総理をやめてもらいたい。

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千駄木庵日乗八月九日

午前は母のお世話。

午後は諸雑務。

この後、病院に赴き父に付き添う。平熱に戻ったので安心する。よく眠っている。

帰宅後は、原稿執筆。

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2010年8月 9日 (月)

森喜朗氏について

自民党に小沢一郎と対等に渡り合える政治家がいるのかという話題になった時、当選回数や経歴から、森喜朗であろうという人がいた。福田康夫内閣の時、大連立という動きがあったが、その時、小沢と交渉したのは、森喜朗だとのことである。

ところが今回、森喜朗の息子が、現職の県会議員でありながら、何と朝から酒を呑み、酒酔い運転で捕まった。みっともない話である。小原庄助さんのような人が元総理の息子とは困ったことだ。以前から、この息子さんはあまり評判が良くなかった。

森喜朗氏は、奥野誠亮先生が引退して息子さんの信亮氏を後継指名した際、「尊敬していた政治家だけに残念」と世襲を批判した。ところが森氏自身が自分の後継者含みで息子を県会議員にした揚句、今回の事件である。森氏に他人様それも政界の大先輩を批判する資格などなかったのである。

森喜朗氏には次のような思い出がある。靖国神社に関する大集会が日比谷の野音で開かれた後、自民党本部に要請文を出しに行った。その時のメンバーは英霊に答える会の倉林和男先生、仏所護念会の関口氏などであった。当時幹事長であった森喜朗氏が応対に出て来たのは良いのだが、「今公明党と連立を組んでいる。公明党の協力は有難い」というようなことをクドクドと述べた。公明党・創価学会に配慮しなければならないから、要望を受け入れられないということを言いたかったのであろう。関口氏がおられたので敢えてそんなことを言ったのかもしれない。要するに創価学会のように大教団になってから、ものを言えと言っているように受けとれた。

やはり森喜朗氏自身も政治家を引退すべきであると考える。自分の息子の教育すらきちんとできないというのは困る。このままやっていてもみっともないだけのことだ。長野県知事選も民主党が勝った。ともかくこんなことで民主党亡国政権が息を吹き返すようになるのは真っ平ご免である。

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千駄木庵日乗八月八日

午前は、母のお世話。

午後は、書状執筆・諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。微熱があるが、よく眠っている。

帰宅後は、原稿執筆。

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2010年8月 8日 (日)

小沢一郎を政界から追放することが政治改革である

『アジア問題懇話会』において、花岡信昭氏は次のように語った。「参院選の民主党の大敗で菅さんは辞めて良い筈。これまでの自民党的・永田町的感覚なら辞めている。ところが枝野幹事長すら辞めなかった。菅支持勢力と反菅勢力が生まれた。民主党はもともとバラバラ。この國の形をどうするかという『綱領』の無い政党が民主党。保守合同・自民党結成の接着剤は『自主憲法制定』だった。民主党は『綱領』を作ろうとしてもまとまらない。無理に作れば党が割れるというのが幹部の本音。民由合併で小沢は廂を借りて母屋を取った。

今日の政局は完全に小沢政局。自民党は一人区で二十一勝八敗。議席数では勝った。しかし、得票数は小選挙区も比例区も民主党が自民党を圧倒。自民党が復調したことにはならない。みんなの党も『綱領』が無い。『綱領』が無ければ政党とは言えない。自民党の動きは鈍い。

小沢は自分が政局を作らないと納得しない。『産経』政治部の時に私は小沢に意識的に使われた。記者会見やテレビ出演の時の小沢のしゃべり方は面白くない。宴席などでは座談の名手。腰も低い。小沢に冷たくされた、嫌われたという人がいる。側近が去ると言われる。これは小沢の合理主義的なところ。必要な時に必要な人材を使う。ベタベタした人間関係を嫌う。

小沢は政局至上主義。政治の転換のためには理念・基本政策をふっ飛ばす。海部を立てた時、『神輿は軽くてパーが良い』と言った。小沢は民主党幹部を全く信用していない。鳩山・菅に対しても然り。

小沢は百五十人いる。鳩山は五十人いる。輿石は参院を抑えている。小沢・鳩山・輿石が一本化して誰かを出すと、菅より有利になる。小沢は六十八歳。政治人生の最終戦争。検察審査会の結果が重視されているが、刑が確定しなければ政治行動はできる。強制捜査・公判になっても、小沢にはそれを跳ね返す力がある。その時、メディアと世論がどう反応するか。これからあるとすれば国税の捜査。

やはり大連立以外にないだろう。普天間問題・自衛隊海外派遣・集団的自衛権は、今のままの与野党対決では解決しない。小沢が権力を握り大連立の時代が来るのを私はひそかに願っている。大連立には社民・共産は除外。そして選挙でガラガラポン。

菅内閣は統治能力がほとんどない。総理周辺で普天間問題・消費税問題で徹底的に詰めているという形跡は全くない。首相官邸にその能力はない。菅さんと私は同い年。佐々淳行氏は、菅さんを『第四列の男』と言っていた。学生運動のデモで第一列から第三列は機動隊に逮捕される危険がある。菅さんは常に第四列にいたという。アジ演説はうまかったがうまく逃げるタイプ。今も同じ。厚生大臣の時。部下の官僚に灰皿を投げ付けた。四国にお遍路に行ったが、八十八か所を回らなかった。五十何ヶ所しか行っていない。残りも行かなきゃ駄目。

『日韓併合百年談話』を警戒すべし。仙谷由人の思想が根っこにある。『日韓基本条約』で全て解決済み。日本から八億ドルの資金で漢江の奇跡が出来た。下手な『談話』を出すと、賠償・補償ということになる。

日米中三角形・トライアングルはあり得ない。日米で中国に対抗することを東アジアは望んでいる。天皇陛下の習近平引見、大勢の議員を引き連れての訪中と胡錦濤会見は、小沢が『日本のドンは俺だ』ということを中国に知らしめるために行った。政局至上主義に天皇陛下と外交を利用。

大連立で小沢を爆発させないと、この爆弾は何時までも残ってしまう。小沢に対抗できる政治家がいない。自民党は保守合同の原点に戻るべし。安倍晋三は党内で浮いている。平沼氏のような真正保守の人が党内にいないのがマイナス。日本は保守が圧倒的に強いと思う。傳統文化を踏まえて日本人のアイデンティティを確立してゆくというのが自民党だったはず。これから先を考えると暗澹たるものがある。辛うじて石破茂・石原伸晃・菅義偉に期待できる。」

            ○

千駄木庵主人曰く。「自民党は保守合同の原点に帰れ」という意見や、菅直人批判は同感できる。しかし、小沢に対する評価はいただけない。とくに、小沢一郎に権力を握らせて大連立を行うというのは、まことに危険である。小沢は、ソウルの国民大学で、「日本は騎馬民族に征服された」「天皇・皇室は騎馬民族の子孫だ」「日本人の若者は漠然と他人に寄生し寄生虫として生きているとんでもない害虫だ」「もともと日本人の親達もどうかしている。日本人は動物にも劣る民族といっても過言ではない」「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」「(日本の古代歴史についても) 韓半島南部の権力者が日本の国家を樹立したもの」「天皇は政府の言いなりになれ」「天皇御陵を暴け」などと言った男である。絶対に許し難い国賊であることは間違いないのである。こんな男に権力を握らせて大連立を実現するなどということは亡国への道であり絶対にあってはならない。小沢一郎を政界から追放することが、政治改革である。

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千駄木庵日乗八月七日

午前は、母のお世話。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。花岡信昭拓殖大学大学院教授が講演。質疑応答。

この後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2010年8月 7日 (土)

菅直人氏と長州

菅直人氏は、長州出身であるという。山口県宇部市生まれだとのこと。本籍は岡山県だとのことだから、厳密に言うと長州人とすることはできないだろう。しかし、ご本人は、髙杉晋作を尊敬していると言い、自分の内閣を「奇兵隊内閣」などと言っている。

長州は、言うまでもなく、薩摩と共に明治維新断行の推進力になった藩である。そして、吉田松陰先生をはじめ前原一誠・久坂玄瑞・髙杉晋作など維新変革のために命を捧げた人々が多数いる。

維新後、長州出身者が権力の中枢を掌握した。伊藤博文・山縣有朋・井上馨などがそういう人たちである。山縣・井上の二人は貪官汚吏の権化といわれた。山縣有朋は松陰先生の弟子であるが、「武蔵の野辺に朽ちる」どころか、武蔵の野辺の目白などに大豪邸を建設した。

また、野坂参三・宮本顕治という日本共産党の指導者も長州出身である。この二人は、共産党内部の熾烈な権力闘争に打ち勝って長い間最高指導者の地位を分かち合っていた。しかし二人とも、同志を死地に追いやった。

長州に限らず、何処の出身者であっても、立派な人とそうでない人がいる。したがって、こんなことを書いても意味が無いのかもしれない。しかし、長州出身者が、近代日本で大きな位置を占めて来たことは事実である。

菅直人氏が、松陰先生などの如く尊皇攘夷の精神を体して國のために身を捧げる政治家となるか。井上馨の如く貪官汚吏となるか。はたまた野坂・宮本のように「天皇制打倒」の革命を目指すのか。今後を注視したい。

私は、国会における平沢勝栄氏の対する答弁などを見て、菅氏のずる賢さという面が目について仕方が無いのである。

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千駄木庵日乗八月六日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。小生が編集している『伝統と革新』にかかわる仕事。出版社の実務担当の方がよくやってくださっているので助かる。

この後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年8月 6日 (金)

菅直人君の卑劣な人間性

菅直人君は、平沢勝栄氏から、国歌『君が代』不斉唱について追及された時、感情的になって、大声で「証拠を出せ」と言った。平沢氏が言ったことが真実だからこういう態度に出たのである。ミッキー安川氏が故人になっているので証拠が出せないと思ったのであろう。しかし、菅直人が君が代斉唱を拒否したことは事実である。学生運動・市民運動をずっとやって来た菅直人君は、自分に不利なことを言われた時には、こういう態度に出て開き直って来たのであろう。彼の人間性のずる賢さががよく分かった。


菅直人君の人間性に問題がある。平成十八年十月五日の衆院予算委員会において、菅直人君は、当時の安倍晋三総理に対して、「大東亜戦争開戦の詔書に大臣として署名している貴方の祖父の岸信介大臣の行為は正しかったのか、誤っていたのか」と質問し、「(岸元総理が)開戦詔書に署名したのは、今、考えると間違っていたのではないかと、そういうふうな認識だと理解していいですか」と問い詰めた。

歴史問題は國會といふ政治闘争・権力闘争の場で論議すべき事柄ではないし、政争の具にしてはならない。さらに言えば、孫に対して祖父の責任を問うて何になるのであろうか。菅直人君の道義感覚・人権感覚を疑う。こういう行為を「いじめ」と言うのである。青少年に悪い影響を与え教育上も良くない。孫と祖父とは政治的には勿論一般の犯罪についても全く関係ない。一體、祖父の行為が孫に何の関わりがあるのか。

菅直人君は、相手をとっちめるためなら、どんな卑劣なこと、道義的に許されざる事でもする男である。そして自分の立場を守るためなら、開き直り大声を出して平気で嘘をつく男である。こんな卑劣な男は一刻も早く総理大臣のみならず政治家を辞めるべきだ。

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千駄木庵日乗八月五日

午前は、母のお世話。医師の往診があり、母に付き添う。

「月刊日本」連載中の「萬葉集」講義原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。昨日来ることが出来なかったので、嬉しそうな顔をしてくれる。

帰宅後も原稿執筆・脱稿・送付。

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2010年8月 5日 (木)

韓国併合について

民主党・菅政権が、「韓国併合100年」にあたって、韓国国民に「過去の植民地支配へのお詫びの意」を示す菅総理の「談話」を出すことを前向きに検討しているのは、民団の票と金が欲しいからであるということを聞いた。「さもありなん」という思いと、「そういうことだったのか」という思いが交錯した。

つまり、菅直人や仙谷由人は、まことに低次元な発想で、売国的談話を出そうとしているのである。彼らの歴史観に基づく発想よりももっと悪質である。こんなことで、わが日本の歴史が冒瀆されていいはずがない。何としてもこの談話は阻止しなければならない。

日本による韓国併合は、当時の日本にとって万止むを得ざる選択であったと共に、当時の韓国政府との正式な交渉のもとに行われたことである。

当時の韓国・朝鮮は独立国家の体をなしていなかったのである。長い間支那の属国であり続け、日清戦争で支那が日本に敗れると今度はロシアの属国になった。これを「事大主義」という。「事大主義」とは「小を以て大に事〈つか〉える」ということで、何時でも強い者を背景にしなければ生きていけないということだ。これは李氏朝鮮の建国以来の国策であり体質なのである。

ということは、当時の朝鮮韓国は、支那かロシアの支配下に置かれ、その手先になる危険があったのだ。これは、元寇の歴史を見ても明らかな通り、わが日本の独立と安全を脅かす。日本は韓国を併合せざるを得なかったのである。

しかも、併合後朝鮮・韓国は、近代化を遂げ、あらゆる面で併合以前よりも発展し、国民は豊かになり、近代化を遂げた。わが國は、韓国・朝鮮を一方的に侵略し支配したのではない。従って韓国に対してわが国政府が謝罪する必要は全くない。選挙対策のために、祖国の歴史を蹂躙し辱めるような談話を出すことは絶対に許されない。

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千駄木庵日乗八月四日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後六時より、麴町にて、『日本再生同志の会役員会』開催。中村信一郎氏が司会。小田村四郎会長が挨拶。西村眞悟氏がスピーチ。参加者全員で討議・懇談。加瀬英明氏が閉会の辞を述べて終了した。

西村氏から、次の衆院選挙で再起を期して戦う旨の決意表明があり、勝利のための方策が色々論議された。何よりも西村氏が意気盛んであるのが頼もしい限りである。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年8月 4日 (水)

平沢勝栄氏の国会質問で暴かれた民主党の体質

今日の衆院予算委で、自民党の平沢勝栄衆院議員が、故・ミッキー安川氏が司会を務めていたRFラジオ日本の『朝まで勝負』という番組は、開始と同時にゲストとスタッフ全員が立ちあがって『君が代』を斉唱することになっていたが、平成十四年に、ゲストで出演した菅直人氏が『君が代』を歌うことを拒否したことを取り上げた。

これに対し菅総理は、自席から大声で平沢氏の質問を遮り、「そんなこと言わない、うそだ! うそです、それは!」などと叫んだ。そして、「私だけ座って、あるいは斉唱しない。そういう行動を取るはずがない、自分の中で。そこまで言うのであれば、きちんと証拠を上げていただきたい」と相当興奮した状態で答弁した。「イラ菅」の面目躍如といった状態であった。

この問題は、小生も、『政治文化情報』今月号で取り上げたが、ミッキー安川氏は、菅君を非難攻撃して、この事実を語ったのではなく、信念を貫く姿勢は立派だとして語ったのである。この放送をしたラジオ日本は、フジテレビの「スーパーニュース」の取材に「この時、総理は、ミッキー氏に促され、起立はしたものの、君が代は歌わず、ミッキー氏の『君が代は嫌いか?』との問いかけに、『そうだ』と言った」と回答したという。

ミッキー安川氏及びラジオ日本が嘘をつく必要は全くない。感情的に反発する菅氏の方がおかしい。自分にとって都合の悪い「本当のこと」を言われると、感情的に反発する人がゐるが、今回の予算委員会における菅氏の言動はまさにそういうことなのではないか。

さらに平沢勝栄氏は(1)民主党が七月の参院比例代表で、政府が極左暴力集団・革マル派が浸透していると見ているJR総連組織内候補を公認し、当選させた(2)枝野幸男幹事長が平成八年衆院選で、JR東日本労組幹部で革マル派幹部とされる人物と「推薦に関する覚書」を交わした、ことを厳しく追及した。

平沢勝栄氏の今日の質問は民主党の危険な「左翼体質』「非日体質」を暴きだした点で、まことに適切であった。

鳩山内閣は五月十一日に全閣僚が署名し閣議決定した政府答弁書で、JR総連とJR東日本労組に、過激派の革マル派活動家が相当浸透していると指摘している。にもかかわらず民主党がこの二つの組織の応援を受けるなどということは許されない。

民主党にはもう一つ重大な問題がある。民主党の支援組織の一つである部落解放同盟の「綱領」(一九九七年五月二七日 部落解放同盟第五四回全國大會決定)の「基本目標」には「われわれは、部落差別を支える非民主的な諸制度や不合理な迷信・慣習、またイエ意識や貴賤・ケガレ意識など差別文化を克服し、身分意識の強化につながる天皇制、戸籍制度に反対する。」と書かれている。

「天皇制反対」を目標にする組織が民主党を支援しているのである。それどころか、部落解放同盟の副委員長である松本龍氏は民主党の衆院議員であり、民主党両院議員総會長である。中央書記長松岡徹氏は、民主党参院議員を務めていたが、今回の選挙で落選した。

党の代表・内閣総理大臣が『君が代』を斉唱しない、極左暴力集団や「天皇制反対」を目標にする組織が強力な支援団体であるというのが、民主党なのである。民主党政権の崩壊を願うのは当然のことである。

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千駄木庵日乗八月三日

午前は、母のお世話。

午後は、歯医者。

この後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2010年8月 3日 (火)

最近贈っていただいた書籍・資料について

最近つぎのような書籍・資料を贈っていただいた。

『一つの戦史』 影山正治著 大東塾出版部発行・展転社発売 不二歌道会中央連合会より

この本は、影山正治先生の若き日の自伝的日記小説である。昭和維新運動とりわけ青年学徒の維新運動について影山先生の志・行動・苦悩・恋愛を中心に書かれている。小生が謦咳に接し色々ご指導をいただいた諸先生方も数多く登場する。

影山正治先生と初めてお会いしたのは、先生の還暦記念歌会であった。昭和四十五年の梅雨時、明治神宮であった。先生が颯爽と会場においでになった姿を今でも鮮明に覚えている。杉田幸三先生に紹介していただいた。以来、お亡くなりになるまで色々ご指導をいただいた。小生の結婚のことまで心配していただいた。

影山先生の『維新者の信條』と歌集『みたみわれ』は多くのことを学ばせていただいた。

ただ、影山先生は小生の文藝上の師であった中河与一先生と戦時中対立関係にあった。しかし、小生が中河先生のことを色々お話しても、嫌な顔を決してされなかった。

「靖国神社第六代宮司松平永芳大人に対する誹謗中傷の『富田メモ』を論駁する」 湯澤貞著 「神社と実務」第八号・第九号抜き刷り 著者より

「富田メモ」問題はいつの間にか話題にならなくなったが、極めて重要である。松平永芳先生が、先帝昭和天皇の御意志に反して、いわゆる『A級戦犯』正しくは昭和殉難者を合祀したということが、このまま「定説」として流布され続けることは、歴史の真実を歪めることとなるばかりでなく、畏れながら、昭和天皇のご聖徳をも傷つき奉ることとなる可能性がある。また、松平永芳先生は、すでに他界されておられ、反論できないのである。まことにお気の毒である。湯澤貞先生は、松平先生の名誉を回復し、歴史の真実を語り伝えるために、この文章を執筆されたと拝する。湯澤先生のこの論文を読んで、ますます「富田メモ」は信用できないし、何か意図があって公表されたと確信した。『君側の奸』という言葉があるが、冨田朝彦という人物は、まさにそういう人であったのではなかろうか。富田氏の上司であり、宮内庁長官人事にも大きな影響力があった後藤田正晴もまた皇室政治利用の張本人であったと思われる。ともかく、保守と言われる人々に、國體・歴史の根幹にかかわることで、皇室と祖国を貶める人物が存在したし、今日も存在するということが大問題なのである。

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千駄木庵日乗八月二日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』掲載の原稿執筆のための資料検索。髙杉晋作について調べている。

この後、病院に赴き、父に付き添う。相変わらず精神的に落ち着かない。額に手を当てたりして慰める。

帰宅後は、書状執筆・資料検索など。

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2010年8月 2日 (月)

池田大作氏はどうしているのか

私はかなり前から創価学会機関紙『聖教新聞』を毎日読んでいる。ここ数カ月、池田大作名誉会長の書いた論文や随筆は掲載されるのだか、彼の動静は全く報道されない。病気になっているのか、あるいは暑さのため静養しているのか分からない。先日あるジャーナリストにそのことを話したら、「毛沢東・金日成・金正日のように、ある日突然姿を現すのではないか」と言っていた。あるいはそうかもしれない。それにしても池田氏はもう八十一歳になるはずだから、体調が万全というわけではなかろう。あれだけ自己顕示欲の強い人物であり、且つ、創価学会という組織は、彼のカリスマ性・指導力が根幹となって成立しているのだから、このままの状態が続けば、一体どうなるか、注目される。

池田大作氏は、昭和三十五年に創価学会会長に就任した時、三十二歳だったと思う。以来、半世紀にわたって、絶対的指導者言い換えれば独裁者としてその頂点に立って来た。池田氏の先輩も同輩もそのほとんどがこの世を去っている。そして創価学会発展の功績は、池田大作氏一人によるというような「神話」が作られている。草創期以来の他の幹部の功績は全く消し去られている。こうしたことは毛沢東や金日成などの独裁者に共通する。長生きした方が勝ち、権力を握った方が勝ちということである。

池田氏は、池田氏を批判した人物、言いなりにならなかった人物に対する憎悪が激しく、「地獄に堕ちる」とか言って非難攻撃するだけでなく実際にあらゆる手段を用いて迫害する。その犠牲者は竹入義勝・矢野絢也・石田次男・龍年光・阿部日顯の各氏など枚挙にいとまがない。たとえ池田氏に背かなくとも、利用価値がなくなれば使い捨てられ、表舞台から消えて行ってしまう。こうしたことは、時の今昔、洋の東西を問わず、独裁者の特質である。

創価学会ももうこれ以上勢力が拡大することはないだろう。池田氏にもしものことがあった時、一体どうなるのか。池田氏はライバルを蹴落としただけでなく、自分の地位を脅かす人物を排除して来たので、ナンバーツーというか池田氏の後のカリスマ性のある指導者になる人物が見当たらない。息子が後継者になると言われているが、私の見るところ、その息子さんはとても池田氏に匹敵する人物ではない。

宗教団体は、後継者問題で必ずゴタゴタする。そして内部紛争が起こる。内部紛争が起こらなかった教団は無きに等しい。たとえ息子や孫が継いでも色々問題が起こる。世襲制の方がうまく行くというのは間違いで、むしろ親族間で文字通り近親憎悪の醜い争いが起こる。

私は、池田大作のような人物が、日本最大の宗教団体の長として権勢をほしいままにしてきた事実は、戦後日本がいかに劣化してきたかを証ししていると思う。民主党は、政権を取った後、創価学会批判をぱったりしなくなった。これもおかしなことである。

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千駄木庵日乗八月一日

午前は、母のお世話。

午後は、「大吼」連載原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。意識がはっきりしている。それだけに、色々苦しみというか不安を訴える。

帰宅後も原稿執筆・脱稿・送付。

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2010年8月 1日 (日)

民主党政権の外交姿勢は国家を危うくさせる

 竹島及び尖閣諸島についての日本の領土権の主張は、国際司法裁判所で勝訴できると確信できる正当なもので、韓国・共産支那・台湾に対して正々堂々日本の主張を貫くべきである。

 国家にとって固有の領土を守ることは、国家主権の大前提である。領土問題という国家の主権に関わる問題においては、我が国は姑息な妥協をせず、毅然として正論を貫かねばならない。

 竹島の領有権について国際司法裁判所の判断を仰ぐことを韓国側が拒否している。これは韓国の主張に正当性がないからである。 

明治三十八年(一九〇五年)の日本政府による竹島編入の時、韓国は日本に外交権を奪われて抗議できなかったと言うが、その頃韓国は日本の保護領ではなかった。当時の韓国は、竹島に関心が無かったのだ。

 

また、「サンフランシスコ講和条約」で竹島は日本領土と確定した。同条約で日本が放棄した地域に竹島は入っていない。韓国は日本に「竹島を放棄させ韓国領にせよ」と要請したが米英は否定した。竹島が日本固有の領土であるのは明白である。

 しかるに、韓国は昭和二十七年に李ラインをひいて実力を以て竹島を占領する暴挙に出た。そして、漁民の拿捕にわが国国民は切歯扼腕した。日本は海軍を解体されていたし憲法九条の制約があるので十分な措置ができなかった。しかし、昭和二十七、八年に我が国の海上保安庁は四回にわたって巡視船を竹島に派遣し命懸けで標識を立てた。

 韓国は日本政府が弱腰であることを見抜いているから日本に何をしても日本は反撃しないと甘く見ている。また、韓国は反日感情を国内政争の道具にして煽っている。

韓国は、戦後反日教育を受けた世代が中心になっている。日本統治時代を知らない人が増えると反日運動が愈々強まる。日韓両国は共産支那・北朝鮮の侵略策謀に対して団結して戦うべきであって、歴史問題や竹島問題を材料にした反日外交はやめるべきである。

 ともかく、何よりも日本の外交姿勢が問題なのである。日本の軟弱なる外交姿勢が続けば竹島はおろか対馬まで領土要求されるかもしれない。韓国に対して毅然として発言すべきである。歴史認識について屈辱外交を繰り返している限り竹島は返って来ない。 

韓国との歴史問題は、「日韓条約」で決着がついている。しかるに民主党政権は領土問題・歴史問題で韓国側にものも言えぬありさまである。そして自らの国の栄光ある歴史を歪曲し蹂躙している。それは韓国対してのみならず共産支那そしてロシアに対しても同じである。

 民主党政権の軟弱外交は、国家の独立と安全を根底から危うくさせる。政府は竹島及び尖閣諸島問題そして歴史問題について独立国家として毅然とした態度で臨むべきである。

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千駄木庵日乗七月三十一日

午前は、母のお世話。

午後は、「大吼」連載の『萬葉集』講義の原稿執筆。

この後、病院に赴き父に付き添う。意識がややはっきりしていて少し話す。母が元気かどうかを聞かれる。

帰途、団子坂下にて、知人と懇談。伊勢志摩と東京とを往復して、真珠の加工工芸のお仕事をしておられる方。大事な仕事ある。

帰宅後も、原稿執筆。

         ○

永年の同志の方二人が、足を痛めておられる。小生も中学生の頃に骨折したことがあるが、その頃は育ち盛りなのですぐに治った。還暦を過ぎるとなかなか治癒も遅いようなのでお気の毒である。お二人とも、我々の運動において大切な役目を担っている方なので一日も早い全快を祈る。

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