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2010年7月21日 (水)

茂木貞純国学院大学教授の講義を聞いて

茂木貞純国学院大学教授は今日の講義で次のように語られた。

「『魏志倭人伝』は伝聞の形で日本の様子をまとめている。今の日本語の発生は三世紀頃までさかのぼる。日本人は北から南から渡来して来て生活を確立した。一万年前に縄文土器を作って竪穴式住居で生活。縄文時代は一万年前から紀元前三百年まで。水稲耕作が始まり、日本列島全域で米を収穫。弥生式土器の時代から古墳時代へとつながる。水田は水の管理が最も大切。土木技術が発達した。それによって古墳時代が到来。縄文から弥生への連続性はある。二千五百年から二千六百年前から稲作が始まった。言語・宗教・生活様式が同じ人々がこの日本列島にいたのではないか。

日本語はその頃に出来あがっていた。日本には固有の文字なし。文字が無かったので、口から口へと伝えて、前の代のことを忘れることはなかった。話し言葉としての日本語の記述が始まるのは漢字を習得した後。日本で漢字が使われ出したのは、四~五世紀。熊本県江田船山古墳(えたふなやまこふん)で、日本最古の本格的記録文書である七十五文字を銀象嵌(ぎんぞうがん)で記した太刀が出土した。昭和五十三年に埼玉県行田市稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣に、『獲加多支鹵大王』という文字が発見されたことから、この文言は『ワカタケル大王』と読むことが分かった。ワカタケル大王は、雄略天皇に比定されている。漢字の学習が始まって、太刀の由来を語る日本の古い伝承や歴史を記述した。

太陽信仰と稲作が日本人の骨格の一部になっている。天照大御神は、天に輝く偉大な神であり、秩序を支える神。天照大御神は、邇邇藝命に稲穂を与えて国民の糧とするように命じた。神鏡が地上に伝わって、皇室祭祀・伊勢神宮祭祀へと続いている。邇邇藝命は日向の高千穂の峰に降って来た。高千穂の峰とは稲穂を高々と積み上げた所という意。瓊瓊杵尊から三代後の神武天皇は神鏡を捧持して、橿原の地に建国された。

祭事を行う者が國を統治するということ。スメラミコトとは、清らかな言葉という意味と、高貴な精神で国を統治するお方という意味がある。縄文文化から弥生文化へと徐々に変化した。縄文人・弥生人という異なる集団がいたというのではない。」と語った。

           ○

この数日間睡眠不足なので、睡魔に勝つことができず、講義の後半は聞きもらした部分が多い。まことに申し訳なく且つ残念なことであった。

古代の祭祀国家の祭祀主の後裔が、今日唯今も国家の君主として君臨されている國は、世界でわが日本のみである。これは実に素晴らしいことである。日本國體が万邦無比といわれる所以である。「稲穂を豊かに実らせよ」というのが、天照大御神が邇邇藝命に与えられたご命令である。武器で地上を侵略して人民を支配せよというご命令ではない。日本国は、肇國以来、本当の意味の平和国家であり、自然を愛し、民を慈しむ国である。

この國體を正しく護持していかねばならない。天皇を祭祀主と仰ぐ日本國體へ破壊する勢力はこれを排除しなければならない。

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