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2010年7月18日 (日)

昨日掲載した拙歌について

昨日、

「二重人格のごとき家持の歌を読み 自らのことを省みるなり 」

という拙歌を掲載した。少々解説をしたい。

大伴家持は、天平勝宝八年六月一七日に、

「剣太刀 いよよ磨ぐべし 古ゆ さやけく負ひて 来にしその名ぞ」(剣太刀を一層研ぎ澄ますべきである。神代の昔から清く負い持ってきた大伴氏というその名なのであるぞ、という意)。

「うつせみは 数なき身なり 山川のさやけき 見つつ道を尋ねな」(この世に生きる人の身は、はかないものだ。山川の清い景色を見つつ、仏の道を求めよう、という意)

という二首の歌を詠んだ。「剣太刀」の歌は、政情が不安定となり、藤原氏の台頭によって次第に力を失って行く大伴氏一族に、奮起と自重を促した長歌『族(やから)に諭す歌』の反歌である。いざとなったら武力を用いてでも、祖先の名を辱めてはならないという勇猛な歌である。

「うつせみは」は、どうせ人間は長くは生きないのだから、仏の道に入ろうと言う歌である。現実逃避の歌といって良いる。

同じ日に全く違う心境の歌を詠んでいる。家持という人が、武門の名門の棟梁としての自覚を持ちながらも、人として寂寥感を持っていたことが分かる。しかしこの二首に共通するのは、『清らかさ』『さやけさ』を求める心である。日本人は、清潔さも最も重んじる民族である。

家持が同じ日に、全く異なる心情を歌っているので、「二重人格」と表現した。そして私自身も、現実を強く生き抜こうという心を持っているけれども、時に、弱気になることもある。家持の歌を読んで、そういうことを反省させられたのである。

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