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2010年6月21日 (月)

菅直人氏は誤れる国民主権論を放棄せよ

先日も書いたが、とても重要な問題なので再度書く。菅直人氏は『文藝春秋』平成十一年七月号の「第九条は覚悟なくして変えられない」と題するインタビュー記事で「(現行憲法で日本人がどのようにあるべきかを示しているのは・註)国民主権です。残念ながら、それが日本人に浸透していない。」「戦前には天皇制を中心とした國體護持ということがあり、そのためには一億玉砕もありうるという考え方のなかには、私の言う『国民と国民が構成する政府』とは違う国家があった。」「国民主権国家のことを、たとえ話で私がよく言うのは『水戸黄門』ではなくて『七人の侍』です。立派な人にお任せしようではなく、自分たちを守るために…自分たちで判断して、自分たちでリスクを負うことです。」と論じている。

今日一般的になっている「國民主權」の定義は次のようなものである。「憲法上最も重要な意味は、國家の意思を最終的に決定する權力ことである」「日本國憲法も、明治憲法における天皇主權を廃止して、この普遍の原理を採用した」(伊藤正己著『注釈憲法』)。

つまり、「主權とは國政を決定する權利であり、主權が國民にあるか君主にあるかによって、國民主權、または君主主權と呼ばれる」というのが今日の憲法學の定説になっている。 かかる「主權」論から、「主權は國民にある」とか「君主にある」とかという対立的な考え方が発生した。

長谷川三千子氏は、十八世紀にできた近代成文憲法における國民主權というのは宗教戦争が繰り広げられたヨーロッパで生まれた闘争的概念であるとされて、次のように論じている。

「フランス革命を起こした人間たちは、自分たちの革命をどう正當化したのかーそのときに採用されたのが、國民主權という考え方なんですね。……自分たち國民が國の中枢に座って、自分たちが考えたことは何でも通る、そういう力を我々は持っているんだ、ということを宣言してしまった。これがフランス革命を通じて出来上がってきた國民主權という考え方なんです。…血なまぐさい、國民と國王とが首をはね合うような戦争の歴史の記憶が、憲法の上に投影されてしまいますと、國民主權という言葉は、ものすごく闘争的な概念となってしまう。……日本國憲法第一条にある『主權の存する國民』という言葉を、近代成文憲法の傳統に従った読み方で読みますと、國民主權なんだからどうしてこの國民は、すぐに天皇の首をちょん切らないんだ、という話になってしまうんです。つまり、本當に我が國の、國の體(てい)に基づいて憲法を考えるとしたら、この主權という言葉から徹底的に洗い直していかなければいけない」(『主權をどう考えるか』)。

 

わが國は三千年前に建國された天皇を中心とする信仰共同體國家・祭祀國家である。欧米のような契約國家でもなければ權力國家でもない。ゆえに、君主と國民が対立関係にある國家ではない。

ところが現行憲法では、國民主權という西洋の対立概念を日本國體に無理やりあてはめ、「(天皇の・註)地位は、主權の存する日本國民の総意に基づく」と成文規定している。つまり、現行憲法は、君主と人民とは相対立する存在であり、國家とは國民同士が契約して成立するものであると考える西洋的法思想・國家觀・君主觀・權力論が基礎となっているのである。

天皇の國家統治を、西洋の絶対君主の暴力的支配と同一視し、國家は個人に対する暴力的抑圧装置であるとし、天皇及び國家は「人民」と相対立する存在であるという考え方に立って制定されたのが「現行憲法」である。そして、「民主化」「個人の幸福」のためには、天皇の「地位」を低め「權能」を弱めることが必要であるという意識のもとに、欧米の政治思想であり、対立闘争の概念である「國民主權論」が採用されているのである。

神話時代からの悠久の歴史を有する日本の天皇中心の國柄を、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋の憲法概念に基づいて成文憲法に規定することは重大な誤りである。「主權」が、「天皇」にあるか「國民」にあるかを、論議すること自體、日本の傳統的な考え方・國體觀とはなじまない。                        

祭祀主たる天皇と國民の関係は、支配・被支配の関係ではない。わが國は、信仰的・祭祀的統一によって形成された國家である。そしてその祭祀主が天皇であらせられるのである。祭祀國家として約三千年の時間的連続・歴史を有してきたことが最も大切な日本國の本質であり、日本國體の尊厳性なのである。

日本國は、國家の意思を最終的に決定する權力としての主權を持つ國民の意思によって形成された國家、すなわち契約國家・集合國家・權力國家・統治システムとしての國家ではない。

菅直人総理は、日本國體の真姿を正しく理解し、誤れる『国民主権論』を放棄してもらいたい。

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