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2010年6月10日 (木)

菅直人氏の国体論を糺す

過日、資料の整理をしながら撮りだめしたビデオを見てゐた。十年前の『サンデープロジェクト』だった。森喜朗内閣総理大臣(当時)が、平成十二年六月三日に奈良市で行った演説で、「共産党は綱領を変へないと言ってゐる。天皇制を認めないだらうし、自衛隊は解散だらう。日米安保も容認しないだらう。さういふ政党とどうやって日本の安全を、日本の国体を守ることができるのか」と発言した事について、当時の自民党政調会長亀井静香氏と、民主党の菅直人氏などが大激論を戦はせてゐた。殆ど罵り合ひであった。

菅直人氏と亀井静香氏とは、この頃は犬猿の仲であった。最近も、郵政問題で、菅直人氏と亀井静香氏の意見の違ひが表面化し、同じ『サンデープロジェクト』で激論を戦はせた。民国連立政権は、国家基本問題で、全く意見の異なる人々によって構成されてゐるのだ。

菅直人氏は「(森喜朗氏は・註)何故わざわざ國體といふ言葉を使ったのか。私は國體といふ言葉は、戦前の『國體護持』とか、『ポツダム宣言』の時、國體維持できるかどうかが、大議論になったり、憲法の時も、天皇の地位をめぐって大議論になった。ですから國體といふ言葉は、戦前の國體護持に象徴される『天皇主権』といふものをベースとした言葉なんです。」と語った。  

『大日本帝国憲法』には「天皇主権」といふ言葉は一言半句書かれてゐない。そもそもわが国の「國體」は、「君民一体」である。君主と国民が政治権力の争奪戦を行った歴史はない。「君主主権」「国民主権」は欧米の政治概念である。日本國體は「天皇主権の体制」などと規定することはできない。菅直人氏は、日本の國體を正しく理解していない。これは重要な問題であり、総理になった菅直人氏に質す必要がある。

日本國體とは、わが国肇國以来の「天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体としての国の姿」のことである。天皇を祭祀主・文化の中心者と仰ぐ祭祀共同体・文化共同体のことである。「権力機構としての国家」を意味してゐない。

日本天皇の日本国家統治は決して絶対的政治権力や武力を行使して人民を支配するといふ事ではない。西洋の政治概念である「君主主権」とは全くその性格を異にする。菅直人氏の、「國體といふ言葉は、戦前の國體護持に象徴される『天皇主権』といふものをベースとした言葉なんです。」といふ主張は誤りである。

實際の政治體制のことを「政體」と言ふ。國體と政体とを混同してはならない。わが國は有史以来、天皇親政、摂関政治、幕府體制、立憲君主制といふやうに政体は変化してきた。

しかしどのような政體であらうとも、その根底には「天皇中心の祭祀國家」という不文法としての國體が厳然として続いて来た。天皇を君主と仰ぐ日本國體は建國以来不変である。天皇は日本の長い歴史を通じて「統治者」として君臨されてきた。これを「天壌無窮の國體」と言ふ。

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