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2010年6月25日 (金)

武道家の話を聞いて思ったこと

今日お会いした武道家の方は次のようなことを話された。

「戊辰戦争の時、尾張藩主徳川慶勝は、親藩・譜代の各大名に『錦旗に手向かうべからず』という書状を送った。このことが、新政府軍勝利の原因の一つとなった。相撲をはじめとする格闘技は、本来勝負事である。博打とは縁が深い。博打をすることによって勝負師としての気質を養うという面がある。日本の内閣の情報はすべてアメリカに筒抜けになっているという。それだけの科学技術をアメリカは持っている。普天間問題で鳩山や菅はアメリカに脅されたのではないか。」と語っていた。

        ○

尾張徳川藩は、御三家筆頭であるが、藩祖・徳川義直以来、尊皇の伝統を保持していた。水戸と同じである。義直の「義」は新田義貞から取った。尾張藩四代藩主・徳川吉通は、子孫に対する訓誡として「天下の武士は、みな公方(徳川将軍の尊称)家を主君の如く崇めかしづけども、実は左にあらず…三家(尾張、紀伊、水戸)の者は全く公方の家来にて無し、今日の位官は朝廷より任じ下され、従三位中納言源朝臣(註・天武天皇十三年に定めた八階級の姓〈かばね〉の第二位。後には三位の人の姓の下、四位の人の名の下につける敬称)と称するからは、これ朝廷の臣なり。されば水戸の西山殿(註・徳川光圀のこと)は、我らが主君は今上皇帝なり、公方は旗頭なりとのたまひし由、然ればいかなる不測の変ありて、保元・平治・承久・元弘のごとき事出来て、官兵を催される事ある時は、いつとても官軍に属すべし。一門の好みに思ふて、かりにも朝廷にむかふて弓を引くことあるべからず」と述べた。「錦旗に手向かうな」という書状を徳川一門の大名に送ったのは、この「訓戒」に従ったからであろう。御三家の水戸徳川家の尊皇攘夷思想、そして尾張徳川家の尊皇精神が、尊皇討幕の明治維新実現に大きな力となったということである。

親日家で夫人が日本人であったライシャワーアメリカ大使ですら、「日本が日米安保を破棄した時は、アメリカ軍が基地から出る時だ」と語ったという。「基地から出る」というのは、アメリカに帰るということではなく、日本を再占領するという意味であったという。

私は、賭け事は全くと言っていいほどやらないが、いかに法律で規制しても人間の射幸心というのは無くならないと思う。限度の問題であり、ある方面の資金源になるかならないかの問題であろう。公営ギャンブルやパチンコは今も堂々と経営されている。また、花札・麻雀がまったくなくなるということはあり得ない。

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