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2010年6月 1日 (火)

私が小沢批判を繰り返す理由

私は小沢一郎批判を繰り返している。それは、ただ単に小沢という人が嫌いだから行っているのではない。彼の基本的な考え方が間違っていると思うから、批判しているのである。

小沢氏は、「現行憲法三原理」を墨守する思想の持ち主である。これでは真の変革にはならないし明治維新をもう一度やろうなどと言う資格はない。小沢一郎氏はその『ウェブサイト』で「日本國憲法の基本理念は不都合はない。時代が変わっても普遍の原理、理想として掲げていてなにもおかしくない」と語っている。

「日本國憲法の基本理念」とは、「國際協調」「國民主権」「基本的人権の尊重」の三つであり、「憲法三原理」とも言はれる。「占領憲法」の「平和主義」「國際協調」とは、「我が國は侵略戦争をした悪い國である。だから今後は武力・戦力・國軍を持たない。祖國防衛・侵略阻止のための武力行使はしないし、國防戦争もしない」という敗北思想である。

「國民主権論」は、君主と人民とが「國家意思を最終的に決定する権限」を奪ひ合った西洋や支那大陸のような歴史は全くない「君民一体の信仰共同体」たるわが國の國柄と絶対相容れない國體破壊につながる思想である。日本では君民は対立する関係ではなかった。その精神を根本的に否定し、西洋の市民革命より生まれた君主と國民の対立闘争概念に基づく思想が國民主権論である。

「基本的人権の尊重」は、人権尊重・個の尊重を全てに優先させることはかへって人権を蹂躙し、個人の尊厳性を奪ふ結果になっている今日の我が國の荒廃の根本原因の思想である。

さらに小沢一郎氏は、『ウェブサイト』で、「私は、國連憲章と憲法と日米安保条約を、三つの同心円としてとらえている。安保条約も第五条で、國連が紛争解決の措置を執った場合は、日米の共同行動はそこで終了すると明記している。」「日本が名實ともに國連中心主義を實践することは、日本の自立に不可欠であり、対米カードにもなると思う。」と論じている。

「國連憲章」も「現行占領憲法」も「日米安保」も、大東亜戦争に敗北した日本を恒久的に戦勝國の支配下に置いておくことを目的としてつくられたものである。この三つを同心円ととらえることが日本の自立に不可欠だなどという主張は全く誤りである。この三つこそが日本の自立を妨げているのである。

國連とは、第二次大戦後の体制を恒久化しようとする組織である。すなわち戦勝國支配体制の維持組織なのである。國連は日本を守ってくれないし、國連は戦争を防止できない。國連はきはめて無力、独善、偏向の機関であり、日本の國家安全保障をそんな機関の手にゆだねることなど、危険このうえない。

さらに、莫大な分担金を払っている日本國を日本國常任理事國にもしない組織、侵略國家専制國家のロシアと支那に拒否権を持たせている組織に、わが國の安全と平和を任すなどといふことはとんでもないことである。國連憲章と憲法と日米安保条約を、三つの同心円などという考え方を祓い清めることが真の維新の第一歩である。

小沢氏に限らず、現代の政治家や評論家がよく言う「この國のかたちを変える」だの「維新」だの「革命」だの「一新」とは、一体どういう定義なのか。「國のかたちを変える」ということは大変なことである。単なる行政改革・経済改革のことを「國のかたちを変える」表現すべきではない。

鳩山氏が総理を辞任しても、深沢の闇将軍=小沢一郎氏が、実権を掌握したままでは何にもならない。小沢氏の政界引退こそが、日本の政治を真に安定させる道である。

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