« 千駄木庵日乗六月二十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月二十六日 »

2010年6月26日 (土)

中村粲先生のご他界を悼む

中村粲先生が他界された。心よりご冥福をお祈り申し上げる。

中村粲先生には本当に長い間ご厚誼をいただいた。昭和四十年代後半に、三波伸介氏や伊東四郎氏のマネージャーをしていた澤龍氏の紹介でお会いしたのが最初の出会いであった。当時、国鉄ストが繰り返されていたことに憤激した中村氏は、澤氏などと語らって、抗議活動を展開した。その頃は、中村氏はまだ三十代で、独協大学の英文学の助教授であられた。青年学者といった感じであった。直情径行という言葉がぴったりの方で、国鉄構内でのビラ貼りなど様々なことを先頭に立った実行された。大学をクビにならないのかと心配したくらいである。

何回か、講演を聞いたが、興奮して話されるので、板書する時に白墨が折れてしまうことがたびたびあった。「門は開けるためにあるのか閉じるためにあるのか」ということで私と論争になったことも懐かしい思い出である。「開けるためにあるのなら門は必要ない」という中村先生のご主張が正しいとうことになった。今考えるとまことにその通りである。

昭和史問題の研究そして誤れる自虐史観一掃のために生涯をかけて粉骨砕身努力された。『大東亜戦争への道』は不朽の名著である。また昭和史研究所の活動もまさに国家的貢献である。従って、中村粲先生の早すぎるご他界は、国家的損失である。中村粲先生、名越二荒之助先生、田中正明先生のお三方の歴史問題に関するご功績は永久に不滅である。

|

« 千駄木庵日乗六月二十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月二十六日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/48721750

この記事へのトラックバック一覧です: 中村粲先生のご他界を悼む:

« 千駄木庵日乗六月二十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月二十六日 »