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2010年5月 7日 (金)

『日韓併合百年』に思う

 今年は日韓併合百年である。韓国は江華島条約(明治八年)から日韓併合(同四十三年)に至るまでの歴史を、一貫して日本の計画的意図に基づく侵略と見ているが、このような史観は我々日本人には到底受け入れることはできない。明治の父祖が心血をそそいだのは、欧米列強からいかにして祖国の独立を守り抜くかということであった。そして隣接する朝鮮とその周辺が強大国の支配下に入ることは日本の安全を脅かされるものとされた。日本自体が朝鮮半島へ進出すべきだというのではなく、朝鮮が第三国の属国にならないようにするというのが、『朝鮮独立』を目指した明治前半期の日本の対朝鮮政策であった。日本が国運を睹して戦った日清、日露両戦争が韓国の独立保全を目的として戦われたことは両戦争の「宣戦の詔書」に明らかに示されている。

日韓併合に対して、韓国側は「日帝三十六年の植民地支配」として非難攻撃しているが、日韓併合の精神は決して植民地支配ではなかったし、単なる領土拡張政策でもなかった。それは、明治四十三年八月二十九日の『韓国併合に付下し給へる詔書』に「民衆は直接朕が綏撫の下に立ちて其の康福を増進すべし産業及貿易は治平の下に顕著なる発達を見るに至るべし」と仰せられ、また、大正八年三月一日の独立運動事件の後に出された『総督府官制改革の詔書』に、「朕夙に朝鮮の康寧を以て念と為し其の民衆を愛撫すること一視同仁朕が臣民として秋毫の差異あることなく各其の所を得其の生に聊(やすん)じ斉しく休明の沢を享けしむることを期せり」と宣せられたところに示されている。

そもそも「日韓併合条約」は、十九~二十世紀の弱肉強食・優勝劣敗の時代において、日本、ロシア、支那三国間パワーバランスの中で、欧米列国もこれをすすめ、支持したものであり、当時韓国内に百万人の会員がいた一進会が韓国皇帝、韓国首相、日本統監宛に併合嘆願書や韓国十三道からの併合嘆願書と共に、皇帝の御沙汰書により内閣も一人を除く全員が賛成して実現したのである。

また当時の国際法では政府代表に直接明白な強制がない限り、正当対等に成立したものとされたのである。日韓併合は法的形式的に有効に成立しており、国際法上無効などということは金輪際あり得ない。「日韓併合条約」は国際法上有効であったという原則は断じて譲ってはならない。また日本の韓国統治は西洋諸国の行った植民地統治とは全く異なるものであった。これは感情論ではないのである。

韓国側の国民感情からの主張はあるであろう。しかし過去の歴史的事実を今日ただ今の価値観・倫理観・国際常識・国際法から全てを否定しさるのは歴史の隠蔽であり、時代錯誤である。歴史を直視すべきは日本ではなく韓国である。

もちろん、当時の日本が朝鮮半島および朝鮮民族の為のみに利他的に朝鮮を併合・統治し近代化したと主張するものではない。朝鮮の為という面もあったが、その半面日本は日本の国益のため、日本の独立維持と安全のために朝鮮半島を併合した側面もある。しかし、日本の国益のための朝鮮併合・統治であったから、朝鮮の利益は全く無かったというのは誤りである。

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