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2010年5月15日 (土)

今こそ和歌の復興を

明治維新断行後、近代日本は堂々の歩みを開始したのであるが、やがて東亜解放の大義を掲げて大東亜戦争を戦うこととなる。この戦争は有史以来未曾有の国難であった。「一億一心火の玉だ」という言葉があったように、従軍兵士のみならず国民全てが参加して戦った。そして大いに「国を愛する心」の歌が歌われた。専門歌人の歌よりも戦線に赴いた軍人兵士たちの歌や一般国民が口ずさんだ戦時歌謡・軍歌に胸を打つ「国を愛する歌」が多い。

昭和二十年(一九四五)六月二十三日未明、沖縄第三十二軍司令官として摩文仁岳にて自刃した牛島満陸軍大将の辞世歌。

 

「矢彈(やだま)盡き天地染めて散るとても魂がへり魂がへりつゝ皇國(みくに)護らむ」

さらに昭和二十三年十二月二十三日、東京巣鴨拘置所にて絞首刑に処せられた東條英機元総理は、

「たとへ身は千々にさくとも及ばじな栄えし御世を墮せし罪は」             

という歌をのこし、さらに

「苔のした待たるゝ菊の花ざかり」

という句をのこした。どちらもすでに身を国に捧げつつも死してなお国家(皇國・御世)の行く末を思う真心が切々と歌われている。

 

「腕をたたいて遥かな空を/仰ぐ眸に雲が飛ぶ/遠く祖国をはなれ来て/しみじみ知った祖国愛/友よ来て見よあの雲を」

藤田まさと作詞大村能章作曲『麦と兵隊』の一節である。東海林太郎が歌って大ヒットし長く兵士や庶民によって歌われ続けた軍歌である。ここにあらわれているのは祖国のために外地へ行った時にこそ祖国への愛がしみじみと生まれてくるという実感である。遠い『萬葉』の昔にも遣唐使たちがそういう歌を詠んでいる。 

愛国尊皇の心を張りつめた精神で歌う時、やはり日本伝統の文学形式即ち和歌で表現されることが多かった。漢詩にもすぐれたものもあるが、

和歌が日本人の真心を表現するのに最も適した文芸であるからである。

今日の日本はまさしく亡国の危機に瀕している。今こそ、その危機を脱出する方途として、単に政治体制の革新のみではなく、国民精神の革新・日本の伝統精神の復興を期さなければならない。そしてその中核が祖国への愛・至尊への恋闕の思い歌いあげる和歌の復興なのである。

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