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2010年5月23日 (日)

維新と和歌

明治天皇は、

「世の中のことあるときはみな人もまことの歌をよみいでにけり」

「天地をうごかすばかり言の葉のまことの道をきはめてしがな」

「まごころをうたひあげたる言の葉はひとたびきけばわすれざりけり」

と詠ませられている。

ところが徳川幕府が、皇室に対して規制的意味をもって制定した「禁中並びに公家諸法度」(別名「禁中方御条目十七箇条」)に「和歌は、光孝天皇より未だ絶えず、綺語たりの雖も、我が国の習俗なり。棄て置くべからず」などと記されている。

 

「綺語」とは、美しく表現した言葉といふ意味であると共に、仏教の「十悪」の一つで真実に反して飾り立てた言葉という意味である。徳川幕府の和歌といふ日本伝統文学に対する理解がいかに浅かったかを証明している言葉である。和歌は決して遊びごとでもないし単なる美辞麗句を連ねたものでもない。まさに「まごころをうたひあげたる言の葉」なのであり、「世の中のことあるときによみいでる」ものなのであり「天地をうごかす」力を持つものである。神代の昔に発生し日本の道統を継承する最高の文藝が和歌である。

『古今和歌集』仮名序(紀貫之)に「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)とある。

歌の語源は「訴える」である。物事に感動して何事かを訴えた声調・調べ(音律の調子を合わせ整えること)のある言葉を歌という。そしてそれは一定の形式と調べが自然にうまれた。五七五七七という形式である。

日本國民の草莽の心としての思想・精神とりわけ國體観念は、和歌によって表白せられ傳承されて来た。幕末維新期の志士の歌などを見てもそれは明白である。 

元寇・明治維新・大東亜戦争の時もそうであるが、我が國は國家的危機の時に、國民的な尊皇愛國の精神が燃え上がる。そしてそれ一體ものとして「まごころを歌ひあげる言の葉」としての和歌が勃興する。それが『萬葉集』であり、幕末維新の志士の歌であり、大東亜戦争で散華した英靈たちの歌である。和歌と日本的変革=維新とは切っても切れない関係にある。

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