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2010年5月19日 (水)

明治維新の精神と現代

和辻哲郎氏は、「明治維新は尊皇攘夷という形に現わされた国民的自覚によって行われたが、この国民的自覚は日本を神国とする神話の精神の復興にもとづき、この復興は氏神の氏神たる伊勢神宮の崇拝に根ざしている。原始社会における宗教的な全体性把捉が高度文化の時代になお社会変革の動力となり得たというような現象は、実際、世界に類がないのである。」「(註・明治維新で)封建制度は再び顛覆せられた。中央集権的国家は再び形成せられた。永い封建制度の間を通じて権力なき権威であった天皇の権威は、依然として将軍の権力よりも上にあり、依然として国民の全体性を表現するものである、ということが明白に示された。原始的な信仰は決して死んではいなかった。(『風土』)と論じておられる。

祖先神たる天照大御神は神として神社に祭られると共に、天皇がその地上におけるご代理としての役目を果たされた。

日本民族精神の基礎となるものは、天皇中心の國體を護持する精神である。日本國民の國を愛する心の特質は、「尊皇攘夷」「尊皇愛國」といふように萬邦無比といわれる日本國體の精神即ち天皇尊崇の心と一体であるところにある。

日本の民族意識・日本ナショナリズムの基礎は、一君万民の共同体即ち天皇中心の國體を護持する精神である。民族主義・愛國心・ナショナリズムは、天皇中心の歴史意識と不離一体である。日本民族の歴史を我々一人一人の精神の中で甦らせて、自己の倫理観・道義感の基本に置くことによって日本民族の意識・ナショナリズムが形成される。

日本ナショナリズムの基礎にはわが國の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。日本人における愛國心は、日本人一人一人が静かに抱き継承してきた天皇を尊崇し日本の自然を慈しむごく自然な心である。「恋闕心」(「みかどべ」を恋ふる心)であり「麗しき山河即ち自然を慈しむ心」である。どちらも「愛」の極致である。

皇室は、神代以来の悠久の歴史を有する。明治維新前夜の國家的危機に際して、日本民族は自然に、日本國家・民族としての一體感・運命共同意識中心に古代からの國家の統一者である天皇を仰ぎ國内的統一を達成して國を救わんとしたのである。國民の同胞意識・連帯感、そして外敵に抗するナショナリズムの中心には天皇を仰いだのである。徳川幕府を打倒し天皇中心の日本國本来の在り方に回帰する変革即ち明治維新によって日本は國難を打開したのである。

現代における維新も、基本原理は全く変わらない。国内の反国体勢力を一掃し、天皇帰一の國體を明らかにして、外圧の危機を打開しなければならない。

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