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2010年4月26日 (月)

憲法論議について

昨日開かれた『憲法懇話会』における憲法問題の専門家の方々の意見の中で印象に残ったことを記す。

          ○

「国民主権・人民主権原理は、アメリカが州国憲法の原理。」「現行憲法の正当性が問題となった時、宮沢俊義は『法的意味において革命であった』と言った。」

「主権とは憲法制定権力の主体」

「主権とは国の政治のあり方を最終的に決める権力あるいは権威」

「『人民』とは選挙権を行使できる人だけのことをいう。『国民』とは選挙権を行使しない人も含まれる」

「ナシオン主権説には、先祖も子孫も含まれる。」

「『市民』という言葉は都市国家から生まれた。英語では、『公民』『国民』という言葉と区別できない。」

「国民主権には正統性があるが、人民主権には正統性は無い」

「政治的主権者は国王、法的主権者は国民」

         ○

「国民主権」とか「君主主権」ということは、君民一体の日本國體とは全く相容れないということは、「政治文化情報」の今月号で論じた。

人民とか市民という言葉は、国家を否定する人々が使う。「中華人民共和国」「朝鮮民主主義人民共和国」という国名がある通り、共産主義国家あるいは共産主義集団が「人民」という言葉を使う。最近の日本共産党はあまり使わなくなったが、かつては「日本人民」という言葉をよく使っていた。

「国家」とか「国民」という観念を否定し、ゆくゆくは、国家は消滅とするという思想が共産主義である。ところが、北朝鮮や共産支那そして旧ソ連ほど、「国家権力」が強大で、国家権力が「人民」を抑圧している国はない。

マッカーサーに押し付けられた『現行占領憲法』は一日も早く廃棄されるべきである。『大日本帝国憲法』は「不磨の大典」と言われ、国民は有難く押し戴いた。それは良かったのであるが、憲法を「不磨の大典」とする観念が強く植え付けられ、マッカーサーによって押し付けられた『現行占領憲法』まで有難く押し戴いてしまい、今まで改正もしなければ廃棄もしないのである。これは困った事である。

憲法というものを絶対視したり、あまりに有難がるのは良くないと思う。特に『現行占領憲法』のようなものに何が書かれていようと、一切これを無視するくらいの気持ちがなければ駄目である。『憲法守って国滅ぶ』などということは絶対に避けなければならない。

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