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2010年4月 2日 (金)

今日参拝した寺社について

今日参拝した寺社について書く。

諏方神社(諏訪神社とは書かない)は、元久二年創建。建御名方命(たけみなかたのみこと)をお祀りしている。文安年間に太田道灌神領を寄進。日暮里・谷中の総鎮守。何故この地に諏訪の神が祀られるようになったのであろうか。神域は、昔の鎮守様の面影を残している。桜が八分咲き。日暮里という地名は、もともとは新堀(にっぽり)だったが、日の暮れる里という地名にしたという。今日も昨日もそうだったが、日暮里の高台から見る夕焼けが美しい。

養福寺は、真言宗のお寺。本堂の脇に、少年時代の弘法大師像が立てられている。拝礼。平屋造り朱塗りの仁王門の金字の額は山岡鉄舟が書いた。境内には西山宗因、井原西鶴などが活躍した江戸時代の談林派歴代の句碑かある。何時来ても、美しい境内である。

本行寺は、日蓮宗のお寺。お寺の開基は大田道灌の孫の大田大和守資高で、最初は江戸城内の平河口に建てられたという。宝永六年に現在の場所に移転。大田道灌ゆかりの「道灌物見塚」がある。この辺りは諏訪台という高台になっていて、広く関東平野の東北方面が見渡せる。また、別名道灌山とも云う。道灌の物見台があったらしい。小林一茶・種田山頭火の句碑もある。幕末期の幕府重臣・永井尚志のお墓もある。永井尚志の養子である永井岩之丞の娘・夏子は、官僚平岡定太郎に嫁ぎ、その孫が平岡公威氏すなわち三島由紀夫氏である。永井荷風とも一族になるという。しだれ桜が見事であった。

この辺りは、谷中寺町といわれる。大変な数のお寺がある。きちんと数えたわけではないが、その七割は日蓮宗だと思われる。近くにある同じ日蓮宗の延命院というお寺は、歌舞伎に登場する。破戒僧の劇である。江戸時代、実際にそういう事件があった。このお寺の案内書には、そのことは一切書かれていない。またその隣の経王寺というお寺は、上野戦争で彰義隊士が立て籠もったので、政府軍の弾痕が山門に残っている。

この辺りには、小説家の幸田露伴や片山哲元総理や彫刻家の朝倉文夫、そして落語家の三遊亭小円朝も住んでいた。

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