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2010年3月28日 (日)

千駄木庵日乗三月二十七日

朝は、母のお世話。

午前十一時より、青山霊園外国人墓地にて、「先覚 金玉均先生墓前祭」執行。祭主の頭山興助氏及び代表呼び掛け人代表代理の山浦嘉久氏が挨拶。福永武氏が斎主となり、祝詞奏上・金玉均先生碑文奉唱・玉櫛奉奠などが行われた。そして、献杯が行われ、木村三浩実行委員長が挨拶して、終了した。今日はよく晴れあがり、さわやかな祭事となった。

この後、北青山の大東会館にて直会が行われ、出席者が活発な討論を行った。久しぶりにお会いした同志もいて、有意義な集いとなった。

金玉均氏は、福澤諭吉・犬養毅・頭山満氏らと深い関係を築き、明治維新を模範とした清朝からの独立、朝鮮の近代化を目指して活動した志士。188412月、閔氏政権打倒のクーデター(甲申事変)を起こしたが、朝鮮を属国にしていたの介入で失敗した。後、上海に渡り、1894年3月28日、上海で閔妃の刺客によって暗殺された。遺体は清国軍艦咸靖号で朝鮮に運ばれ凌遅刑に処された。

凌遅刑とは、肉を少しずつ切り落とし、長時間苦痛を与えたうえで死に至らす刑。金玉均氏は、遺体を切り刻まれた。この刑に処された人間の人肉漢方薬として売られることになっていたとされている。この刑罰は支那の影響を色濃く受けた李氏朝鮮朝鮮王朝)でも実施されていた。何とも残虐無比なる刑罰である。儒教国家ではこういうことが行われたのである。日本も儒教を受け入れたが、こんな風習というか刑罰は、受け入れなかった。

帰宅後は、資料の整理など。

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金玉均先生御墓

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