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2010年3月 6日 (土)

千駄木庵日乗三月五日

午前は、母のお世話。

お昼、上野公園の精養軒にて、ある法律家の方と懇談。父のことで相談に乗っていただくと共に、内外の諸情勢について話し合う。

その後、その方と共に、東京国立博物館平成館に向かう。途中、小松宮彰仁親王御像を仰ぐ。小松宮彰仁親王は、伏見宮邦家親王の第八王子として弘化三年(一八四六年)にご誕生。王政復古にあたっては、議定、軍事総裁に任じられた。戊辰戦争では、奥羽征討総督として官軍の指揮を執られた。近衛師団長参謀総長を歴任、日清戦争では征清大総督に任じられ旅順に出征された。明治三一年に元帥の称号を賜る。明治三六年二月に薨去。明治四五年三月、上野恩賜公園内に御が建てられた。

東京国立博物館平成館にて開催中の「没後四百年特別展・長谷川等伯」を参観。「水墨画の最高峰・桃山絵画の巨匠、長谷川等伯(15391610)。…はじめ「信春(のぶはる)」と名乗り主に仏画を描きました。30代で上洛すると画題を肖像画、花鳥画 などにも拡げています。豊臣秀吉や、千利休らに重用され、一躍時代の寵児となりました。時に精緻に、時に豪放に描きわけられた作品群は、今もなお我々を魅了し続けます。本展は、長谷川等伯の幅広い画業を、ほぼ網羅する大回顧展です。…約80件の桃山の鼓動を伝える作品群と、それを創出した等伯の人間ドラマを没後400年の節目の年にご紹介いたします」との趣旨(案内書)で開催された。

日蓮聖人像・武田信玄像・伝名和長年像・千利休像・楓図壁貼付(国宝)・松に秋草図屏風(国宝)・日親筆本尊曼荼羅(等伯寄進)・高士騎驢図屏風・仏涅槃図・松林図屏風(国宝)・等を観る。近世の画家としては最高峰と言えると思う。仏涅槃図の大きさには驚嘆した。中期の「楓図壁貼付」「松に秋草図屏風」の華麗な美しさと共に、晩年の「松林図屏風」という水墨画の枯淡美もまた素晴らしい。ただし、私が昔の日本画を観て常に疑問に思うのは、何故、支那の風景や「竹林七賢」などの支那の人物を題材にするのかということである。日本にも美しい風景があるし、描くべき人物はたくさんいる。昨日に引き続き、見ごたえのある美術展を参観した。

参観後、博物館敷地内のテラスで再び法律家の方と懇談。その方は、「豊臣秀吉自らが朝鮮遠征に出陣していたら、北京まで進軍していたであろう。しかし、日本にとってそれが良いことであったかどうかは別。『反清復明』ならぬ『反日復明』の戦いが起こったかもしれない」と述べられた。

この後、東叡山寛永寺に参拝。徳川綱吉霊廟勅額門を仰ぐ。

そして、法律家の方と別れ、父の病院に赴き、付き添う。

帰宅後は、『月刊・日本』に連載中の「萬葉集講義」の原稿執筆・脱稿・送付。

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小松宮彰仁親王御像

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徳川綱吉霊廟勅額門

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