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2010年3月 3日 (水)

森繁久彌氏と旧ソ連の暴虐

森繁久彌氏の追悼特集ということで、戸川幸夫氏の『オホーツク老人』の映画化で、森繁主演、久松静児監督の「地の涯に生きる者」(昭和三十五年)を放送していた。国後島に生まれた主人公が、知床半島で、命懸けで漁師として生きて行く一生を描いた作品である。

長男と次男を失い、最後に残った三男も海で遭難してしまう。国後島に避難すれば助かったのだが、ソ連に占領されているので避難出来なかった。主人公の国後島への望郷の思いと、北方海域における旧ソ連の横暴が描かれていた。この映画は初めて見た。他の森繁作品と違って、テレビで放映されない。

そういえば、旧ソ連の「日ソ中立条約」一方的破棄、樺太侵攻、停戦軍使の射殺、民間人の悲惨の運命、女子電話交換手たちの自決を描いた映画「氷雪の門」(昭和四十九年)も、テレビで放送されない。一体どういうわけであろうか。日本の「侵略行為」「残虐行為」なるものを野良犬の如く嗅ぎまわって放送するのに、日本がやられたことは一切放送しない。なんという偏向ぶりであろう。

森繁久彌氏がこの映画に出演した時、ロケ地の知床で作詞・作曲した歌が「知床旅情」である。その一節に『飲んで騒いで 丘にのぼれば はるかクナシリに 白夜は明ける』とある。国後に対する深い思いを訴えている。森繁氏は、終戦を満州の新京で迎えソ連軍に連行されるなどして苦労して昭和二十三年十一月に帰国した。私の知る限り森繁氏は終戦体験を語らなかったが、旧ソ連に対する特格別な思いがあったと推測する。

『日ソ不可侵条約』の破棄は、日本が「日独伊三国同盟」を結んでソ連に敵対した事が原因であるかのようなことを言う人がいるが、日本は旧ソ連に戦争を仕掛けたわけではないし、旧ソ連に侵攻したわけでもない。ドイツがソ連に攻め込んだ時、日本がソ連に攻め込んでいれば、ソ連は滅亡していた可能性が高い。ソ連は日本に感謝すべきだったのであって、日本が対米戦争に負けそうになったら、侵略して来るなどということ絶対に許されざることである。

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