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2010年3月30日 (火)

警察庁長官狙撃事件時効成立に思う

平成七年三月、国松孝次・警察庁長官(当時)が出勤のため東京・荒川区南千住の自宅マンションを出た直後に銃撃され、瀕死の重傷を負った事件は、殺人未遂容疑の公訴時効(一五年)が成立した。

一国の治安の責任者が銃撃され、しかもその犯人が逮捕できなかったというのは、前代未聞のことであり、国際的にもあまり例がないのではないか。

不思議なのは、国松氏の自宅がどうして分かったのか。出勤時間をどうして知り得たのか、警護が少ないことを何故知っていたのか、ということである。また、狙撃犯は相当の射撃の名手であったと思う。そんな人がオウムにいたのであろうか。いたとしたらすぐ誰であるか判明すると思うのだが…。

この事件が起きた日、私は引っ越してきたばかりの自宅マンションの部屋を掃除していた。九時過ぎだったと思う。けたたましいサイレンの音がしたので、ベランダに出ると、不忍通りを数台のパトカーと共に救急車が日本医大の方向に走って行った。物凄いスピードであった。南千住方向の空にはヘリコプターが飛んでいたと記憶する。天気の良い日だった。

この頃、私の出している『政治文化情報』に協力をいただいていた企業の渉外担当者に警察OBが多くいた。その人たちは異口同音に、『オウム真理教と半ば戦争のような状態になっていたのに、何故、官舎に住まなかったのか。これが一番の間違い』と言っていた。

しかし、ともかく、国松氏が助かったのは何よりのことであった。その後、健康を回復された国松氏の講演を新宿の花園神社で聞いたことがある。私の質問に丁寧に答えていただいた。

オウム事件・雲仙普賢岳の爆発・阪神淡路大震災・自民党政権の崩壊・バブル経済の崩壊・景気の低落というようなことがこの頃次々と起こった。そして日本は混迷を深めて来たように思われる。

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