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2010年2月19日 (金)

日本天皇のご本質について

今日は、『萬葉集』巻十八に収められた大伴家持の「陸奥国より金を出だせる詔書を賀く歌一首、また短歌」を講義した。この歌の冒頭には、

「葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らしめしける すめろきの 神の命の 御代重ね 天の日継と 知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には……」と歌われている。

これは、日本天皇は、天照大神のご命令によって日本国を統治されるために高天原から天降られた瓊瓊杵尊のご子孫であり、且つ、邇邇藝命と同じご神格を持たれるということを歌っている。

天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=日本天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

「天津日嗣」とは、天照大御神のご神霊を継承されるという意味である。御歴代の天皇は、御肉體は変られても、天津日嗣日本天皇としての「神聖なる本質・神格全く同じなのである。これを「歴聖一如」と申し上げる。

大嘗祭は、天孫降臨といふ元初の事實の繰り返しであり、御歴代の天皇が天照大神の御神霊と一體になられるおまつりであり、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。

この尊い事実を會澤正志斎は、「神州は太陽の出ずる所、元気の始まる所にして、天日の之嗣、世(よよ)宸極(しんきょく)を御し、終古易(かは)らず」(新論)と言った。日蓮も「日本國の王となる人は天照大神の御魂の入代らせ給ふ王なり」(高橋入道殿御返事)と言っている。現御神信仰・現人神信仰は決して近代日本において人為的オロギーとして作られたものではないのである。

現御神信仰は今日においても「生きた真実」である

昭和天皇さまは、昭和三十五年に、

さしのぼる 朝日の光り へだてなく 世を照らさ むぞ わがねがひなる

と歌われ、同三十四年には

あなうれし 神のみ前に 日の御子の いもせの契 り 結ぶこの朝

と詠ませられている。この二首の御製は天皇および皇太子は「天照大神の生みの子」即ち「日の御子」であるという御自覚を歌われているのである。

 

この御製を拝すれば、昭和天皇が「昭和二十一年元旦の詔書」においていわゆる「神格」を否定され「人間宣言」をされたなどという説が大きな誤りであることが分かる。

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