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2010年2月22日 (月)

日本文化と支那文化との根本的な違い

昨日の『憲法懇話会』で、最近北京を訪問された高乗正臣平成国際大学教授が、「中国の富裕階層は成金趣味であり、品性下劣である。街に自動販売機は一つも置いていない。盗まれるからである。清朝の宮殿・紫禁城や西太后の隠居所であった頤和園を見学したが、豪華ではあるが、日本の京都御所のような簡素さ清らかさは微塵もなかった。」と語っておられた。

日本人と支那人とでは根本的に異なる文化感覚を持っており、ものの考え方が実に大きく違っているのである。わが國のように四面環海で魚類の食べ物の豊富な所では、魚類で栄養を摂ったのだが、支那大陸のように広大な平野のある所では、牧畜が盛んに行われ、動物食で栄養を摂るのは自然である。支那人は豚肉をとりわけよく食する肉食人種である。明治以後になって初めて獣肉を食べ出した日本人とは大きな違いがある。

三島由紀夫氏は「中國人はものを変えることが好きですね。人間を壺の中に入れて首だけ出して育ててみたり、女の足を纒足にしてみたり、デフォルメーションの趣味があるんだよ。これは傳統的なものだと思うんだ。中國というのが非常に西洋人に近いと思うのは、自然に対して人工というのを重んじるところね。中國の人間主義というのは非常に人工的なものを尊ぶ主義でしょう。…これは中國人の傳統的な趣味だと思うんだ」(『尚武のこころ』所収の高橋和己氏との対話「大いなる過渡期の論理」)と語っている。支那人は米麦を食す点においては日本人と同じであるが、食肉の点では西洋人に近いといえる。

たしかに日本は支那大陸から大きな影響を受けた。しかし、今日余りにそのことを強調したり、そのことによって支那大陸に負い目に感じたりすると、中華思想を有する支那共産政権の思う壺である。日本に対して益々属國以下の冊封地として対応し、内政干渉や不当不法な領土要求をしてくるであろう。

古代において支那文化は日本に傳来した。そして思想・宗教・文學・美術・政治制度等々支那の文化文物の殆ど全てが、日本に輸入された。そして、日本においてより洗練された高度なものとなって発展している。

つまり日本が支那の影響を受けたといってもそれは猿まねをしたのでもなければ、日本が支那文化圏に組み込まれたのでもないのである。支那から文化文明を取り入れ、日本独自の創意を発揮し、支那から入ってきた文物をより高度な洗練されたものにし、支那を超えてしまったのだ。思想も、宗教も、科學技術も、服飾等も皆しかりである。


蓮田善明氏は「儒・道教、或は仏教が日本に入って来て、直接に日本の神に會って、どのやうに高いものに達し得たか、どのやうに大きな光に現に透されたかを見る必要がある。…神ながらのまさ道を、まことに無窮の隆昌を保有してきた事実を知る必要がある。日本文化が異文化を包合することによって高まったとなすが如き思想は正しくない」(神韻の文學)と論じておられる。

日本は、支那などの外國の文化文明を受け容れはしたが、それによって日本文化文明が高められたのではなく、日本に本来的に高い文化感覚があったからこそ、支那など外國から来た文化文明をより高度なものより深いもの独自のものとして発展せしめ現代に至るまで受け継いできているのである。「同文同種」などという虚構に迷わされて、「中華人民共和國」という名の中華帝國主義國家・共産主義独裁政権と無原則な「友好親善」関係を結ぶことは避けなければならない。まして況や、屈辱外交・土下座外交を行うべきではないのである。

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