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2010年2月 2日 (火)

支那思想について

「おとなの寺子屋・論語の会」において、東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)は、次のように語った。

漢籍の分類に用いられる四部分類である経史子集』の中でも、『経』が一番重要。しかし、荀子(支那戦国時代の趙の思想家。孟子の性善説に対し、性悪説を唱えたとされる)は『経』に入れてもらえない。荀子は、法家(支那戦国時代の諸子百家の一。法による厳格な政治を行い、君主の権力を強化し、富国強兵をはかろうとする政治思想)の思想を準備した人。

性善と性悪は根本的対立ではなく、どちらを重視するかの問題。法によって地上を統治する発想の基が荀子の思想。孔子の生きた時代も戦乱の時代だった。孔子は、偉大な先王(昔の偉大な王)が善政をしいていた時代に回帰しようという思想。荀子は、世の中は進歩する。昔の王より今の王の方が偉いに決まっているという思想。

孔子・孟子は天の意志を大切に考えた。天を大切にしていれば天から教えられると考えた。荀子は自助努力を重視し、自分で考えなければならないとした。孔孟の性善説は理想的、荀子の性悪説は現実的。仁と礼によって政治を行うというのが先王の道。荀子は先王の道では世の中は変革できないと考えた。克己復礼を大切に考えた。『昔通りやりましょう』では駄目だとした。孟子を詠む者は、必ず荀子を読まねばならない。孟子の荀子を併せ読んで『論語』と共に考え、はじめて儒教を理解できる。

天の中心は北極星であるから、天の代理として国を治める天子は、北を背景として南に面しなければならない。これを『天子は南面する』と言う。

中国人は、故郷に帰るという発想が強い。一定の土地に定住する人が多い。各地を移動する客家は異常とされた。客家は『よそ者』という意味があるとされ、『中華の流浪の民』といわれる。

國共内戦に負けて台湾にやって来た中国人は、大陸の故郷に廟を立てる人が多い。

儒教社会は『法』が及ぶ範囲が少ない。『法』が厳密に通用するとしんどくなり、抜け道をつける。賄賂が横行する。中国はそれがひどい。『法』以外の別のルールで動いている。西洋的成文法世界とは異なる。『法』も群雄割拠している。

コネと賄賂の理論的支柱が『論語』。中国人はユートピアに憧れつつ生き馬の目を抜く世界を生きている。」と語った。

孔孟の教えの日本思想への影響も大きい。荀子については、今日はじめて勉強することが出来た。支那思想は、性善説と性悪説を包含しているということか。と言うよりも、どちらも巧みに使い分けるということであろう。

支那の駐日大使をしていた王毅は、小泉総理の靖国神社参拝に対して、『隣の人の迷惑になることをしない』というのが東洋道徳だとか言って批判した。しかし、隣国の迷惑になること、嫌がることばかりをしている支那の大使にそんなことを言う資格はない。

儒教国家はどういうわけか、賄賂が横行し、法治国家とはなっていない。独裁的な権力をふるっていた国家指導者は、権力を喪失すると、逮捕されたり、殺されたりする。韓国はその典型だ。陳水扁前総統が逮捕拘留されている台湾もそうなってしまったのか。当り前のことだが、支那思想の良い所は学んでも、悪い所は学ばないということが大切である。また、支那に対する誤れる憧れの思いと贖罪意識は徹底的に払拭すべきである。

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