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2010年2月 1日 (月)

三の丸尚蔵館を拝観して遷都論について思う

皇居東御苑の三の丸尚蔵館にて開催中の「御成婚五〇年・御即位二〇年記念特別展『両陛下-想い出と絆の品々』」は、「御成婚50年と御即位20年のお慶びを記念して,これまでに御成婚,御即位,そして御日常をテーマとし,それぞれに縁(ゆかり)の品々を紹介してまいりました。これらに続き,来年3月まで,国内の御訪問と国際親善の御様子を,各地からの御贈進品及び献上品を通して紹介いたします。…今回の展覧会では,両陛下の深い御理解のもと,多くの貴重な品々を御出品いただきました。この機会に,多くの方々に,これまでの両陛下の御足跡と,お心に触れていただければと思います。」(案内書)との趣旨で開催された。

国内各地の御巡幸あそばされた際、都道府県知事をはじめ国内各方面から献上された品々が展示されていた。上御一人に対し奉り献上された作品であるから、心をこめ、技術をつくして創作されたものばかりであり、それぞれ素晴らしい品々である。工芸品のみならず日本の芸術は、古代より皇室の御存在を中心として継承されてきた。

京都府献上「京焼・清水焼『源氏物語猪口』」、広島県献上「碧釉稜壺」、福岡県献上「博多人形・蘭陵王」、長崎県献上の「彫刻硝子花器・ふじに蝶」、鹿児島県献上の「薩摩切子花瓶」などにことに感銘を受けた。

皇居東御苑には、時々来させていただく。三の丸尚蔵館もたびたび拝観させていただいている。その度に心安らぐ。最近、亀井静香氏がテレビの討論番組で、「皇居を広島か京都にお遷しすべし」と、陛下の御前で申し上げたなどということを言っていたが、とんでもないことである。そのようなことを軽々しく直接、天皇陛下に申し上げることは不謹慎極まりない。

「皇居は、江戸時代に徳川氏の居城であり、幕府が置かれていたから、皇居にふさわしくない」というのが、亀井氏の論拠である。しかし以前にも述べたが、すでに百年以上も経過した今日、皇居は、覇者の居城という過去の雰囲気というか性格は全く無くなっている。私はそう実感する。

明治・大正・昭和・今上の四代の天皇様が、祭祀を執り行わせられ、政務をとられてきた皇居は、神聖なるところになっている。

祭政一致の日本國體を正しく継承し、その理想を開顕するということが今日最も大切なことである。江戸時代は、幕府が政治を壟断し、天皇陛下と政治を切り離していた時代である。つまり、江戸時代こそ、覇者による権力政治が行われ、祭政一致の國體が隠蔽されていたのである。そういう時代に戻してはならない。

天皇陛下に、京都にお遷りいただくということは、京都に都を遷すということである。京都遷都ということは、国会、最高裁、内閣の三権も京都に移すということである。

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