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2010年2月28日 (日)

千駄木庵日乗二月二十七日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。熱は下がったようである。

わが家から病院までの往復は、谷中を通り上野の山を越すのであるが、戊辰戦争の戦場になったところである。東京大学になっている加賀藩邸に据え付けられた当時最新鋭のアームストロング砲の砲弾が不忍池を越えて上野の山に撃ち込まれた。それを指揮したのが、靖国神社に銅像が建てられている大村益次郎である。

たった一日の戦いであっが、悲惨な戦いが繰り広げられたことを、最近、森まゆみさんの『彰義隊遺聞』という本で知った事は前に記した。上野山は今は緑の多い平和な公園になっている。上野山を北方から攻撃した主力は長州藩で、団子坂に結集したという。病院の帰り、その団子坂下で夕食をとった。

帰宅後は、資料の整理など。

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