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2010年2月28日 (日)

池田大作と小沢一郎の野合は亡国のはじまり

森元総理が、今日の集会で、「(民主党幹事長の)小沢さんも羽田さんも私も同期なんです。長野県も偉いですよね、半身不随で動けない人にちゃんと(票を)入れるんだから。ま、それはさておいて、それだけ人情豊かなところなんですよ」と発言したという。愚かなことを言うものである。同期ならなおさら、いたわる気持ちがなければならない。人間としての最低の道義感覚すら持ち合わせていない人物が、一國の総理をと務めたのだから自民党が政権を失うのは当然と言わねばならない。

昨日、創価学会と民主党がよりを戻す可能性について書いたが、何とその昨日、小沢一郎と創価学会幹部が会談したという。池田大作と小沢一郎が手を結ぶ事態になったら、まさに我が国は亡国の道を歩むこととなる。こういう重大な時期に、本来なら、元総理として大所高所から政治について語るべき人物たる森喜朗が、愚かなる発言をしたことはまことに以てと困ったことである。日本の政治家の質の低下も末期的状況にある。

政教一致・怨念体質・池田独裁体質の公明党創価学会と、極悪政治家小沢一郎が手を結ぶ悪夢の再現は、まさに亡国の始まりである。相手を利用しあう野合にすぎないが、何としても糾弾しなければならない。

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千駄木庵日乗二月二十七日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。熱は下がったようである。

わが家から病院までの往復は、谷中を通り上野の山を越すのであるが、戊辰戦争の戦場になったところである。東京大学になっている加賀藩邸に据え付けられた当時最新鋭のアームストロング砲の砲弾が不忍池を越えて上野の山に撃ち込まれた。それを指揮したのが、靖国神社に銅像が建てられている大村益次郎である。

たった一日の戦いであっが、悲惨な戦いが繰り広げられたことを、最近、森まゆみさんの『彰義隊遺聞』という本で知った事は前に記した。上野山は今は緑の多い平和な公園になっている。上野山を北方から攻撃した主力は長州藩で、団子坂に結集したという。病院の帰り、その団子坂下で夕食をとった。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年2月27日 (土)

民主党政権と公明党創価学会

公明党創価学会が、民主党政権にすり寄っているという。さもありなんという感じである。公明党は、創価学会政治部であり、池田創価学会を守ることを最大の使命としている。衆院で圧倒的多数を占める民主党は、その気になれば、池田大作氏を証人喚問することが出来る。そうさせないためにも、民主党政権を敵に回したくないということであろう。色々確執があった小沢一郎の影響力が弱まれば、ますます民主党にすり寄っていくであろう。

しかし、小沢一郎と「一・一コンビ」と言われた市川雄一が党の顧問に復活した事を見れば、小沢一郎とも手を結ぶ可能性すらある。ただし、民主党政権の支持率が下がっているので、すんなりと民主党の軍門に下るかどうかは予測し難い。自民党との関係を断絶することも出来まい。しばらく様子見ということか。

民主党は、野党時代あれほど創価学会・公明党の政教一致体質、池田独裁体制を糾弾していたのに、政権を掌握したら、ぷっつりと止めてしまった。矢野絢也氏や福本潤一氏の参考人招致も言わなくなった。要するに、民主党の学会・公明党批判は、党利党略に基づくものであって、真に「信教の自由」「政教分離」を守るためではなかったのである。

小沢一郎が好きな人は少ない。創価学会が好きな人も少ない。しかし、この二つが国政に大きな影響力を持っている。日本はまことにおかしな国である。根本的廓清が必要である。

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千駄木庵日乗二月二十六日

午前は、母のお世話。

昼は、食事を共にしながら知人と懇談。悪性の風邪に罹ったとのことで大分痩せておられた。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。熱がある。元気づける。当分転院は無理のようである。

帰宅後も、諸雑務。

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2010年2月26日 (金)

『日本の司法を考える会』における検察批判

『日本の司法を考える会』における印象に残った発言を記す。

佐藤栄佐久前福島県知事〉「東京高裁の判決で収賄額はゼロとされた。蝉の抜け殻のような判決。戦前の『帝人事件』で、石田和外氏(後の最高裁長官)が左陪席判事として判決を起案し、事件がまったくの空中楼閣であることを強調するため、『水中に月影を掬するが如し』という名文句を使い、全員に無罪を言渡した。帝人事件は当時の斉藤実内閣を倒すためのでっちあげと言われた。東京地検特捜部は、ナチスの兵隊のような顔をして県庁に家宅捜査に乗り込んできた。犯罪のない所に犯罪を作る。これまでの成功体験から暴走する。収賄額ゼロのアクロバット的判決。私の弟は拷問を受けた。道州制反対、再建団体『夕張』擁護を推進した当時の三人の知事が三カ月の間に逮捕された。今回のことをアムネスティに提訴する。取調べを受けた一人は自殺し、私の弟の同級生の不動産屋も自殺未遂で今も意識が無い。十七人いた私の後援会長全員を身柄拘束して徹底的に調べると脅され、私が認めれば良いという気持ちになった。取調べをした女性検事は、今、一橋大学の教授になっている。どんな授業をしているか聞きに行きたい。検察へのチェック機関が無いのが問題。」

三井環氏〉「取調べでは、あらゆる策略を用いる。可視化が必要。証人テストは、検察のストーリーを覚えこませ、弁護人の反対尋問で崩れないように三日も四日もかけて行う。真実を証言させるのではなく、検察の作ったストーリーを証言させる。」

滝実衆院法務委員長〉「土地の売買で利益が無かったのだから、何故事件になったのか分からない。逮捕された和歌山県知事は自治省で私の後輩。高額の時計を多数贈られたとされたが全くウソだった。部下の県庁職員が次々と捕まるので検察の言うことを認めることにしたと言っていた。警察庁の記者会見はオープン化されたが、検察庁がされていないのは問題。」

村上正邦氏〉「検察官の社会の正義を守るという意志は諒とするが、限界を考えなければならない。何が冤罪を生むのかを追究したい。検察の捜査によって社会から葬られた人にこの会に来てもらって意見を聞いている。村木厚子前雇用均等・児童家庭局長にも来てもらいたい。

           ○

厳しい検察批判が展開された。事件の内容については、私には判断することが出来ない。相当過酷な取り調べが行われることは事実であろう。リクルートの社長は検事に土下座させられたという。今でも事実上の拷問は行われているのである。しかし、取調べの可視化は、無条件に賛成することか出来ない。悪に対する厳しい追及・断罪と、違法な取り調べによる冤罪の発生防止との兼ね合いが難しい。

村上正邦氏は、ますますお元気そうであった。私に、『遷都論』について、ゆっくり話し合おうと言われた。大切な問題なので是非色々お話を伺いたいと思う。古くからの知己であり、生長の家の谷口雅春先生の教えを受けた真正保守の政治家である村上氏のますますのご健勝とご活躍を祈る。

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千駄木庵日乗一月二十五日

午前は、母のお世話。諸雑務。

午後二時半より、永田町の「日本の司法を考える会」事務所にて、『日本の司法を考える会』開催。南丘喜八郎氏が司会。青木理氏が進行。佐藤栄佐久前福島県知事が講演。質疑応答。

この後、病院に赴き、父に付き添う。微熱がある。額などに手を当てて祈る。病院の受付の対応に疑問があり、注意。

帰途、谷中で知人と懇談。

帰宅後は、諸雑務。

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2010年2月25日 (木)

昭和維新運動史と現代

今、早稲田大学教授の堀真清氏の『西田税と日本ナショナリズム運動』(岩波書店)という本を読んでいる。約八百頁の大著である。西田税のことを中心とした「昭和維新運動史」と言って良い本である。なかなか勉強になる。

大正末期から昭和初期も、今と全く同じで、支那大陸とアメリカとの関係をどうするかが、国家民族の行く手を大きく左右する問題であったその上、ロシア共産革命が成功し、日本にも國體転覆を目指す「共産革命思想」が流入してきた。そうした状況の中で、日本のナショナリストたちが思想的にも政治運動の面でも、苦闘し続けた。この本にはそうした事が詳しく書かれている。

戦前の維新運動・ナショナリズム運動に対する宗教の影響は非常に強い。神道国学はもちろんであるが、日蓮主義、大本教が甚大な影響を与えている。北一輝も西田税も日蓮主義を信奉している。

浄土真宗本願寺派の法主の大谷光瑞が、アジア主義者で、大本教の『日米戦争論』と共に、西田税に大きな影響を与えたことは、この本で初めて知った。大本教の「建て替え・立て直し」は昭和維新に通じる思想であり、『世界統一』も世界維新に通じる。

今日、大本教は勢力が衰えた上、維新勢力との接点はなくなっている。最大の日蓮系教団たる創価学会はご覧の通りの状況である。

昭和維新運動は、軍隊経験のある多数の国民で形成される在郷軍人会を味方に引き入れ戦力にする動きがあった。これが成功すれば大きな力となったであろう。しかし軍部がこれを抑えたという。

用語の問題であるが、ファシズム・国家主義・ナショナリズム・全体主義・右翼という言葉の定義をきちんとしなければならない。日本主義とか日本精神と言っても、その定義はなかなか難しい。日本精神・日本主義が、全体主義かと言うと決してそうではない。

混迷を深める現代において、新たなる世界秩序建設のために日本が正しく貢献し参画出来得る原理を示すべき時なのである。しかるに、東京裁判史観から脱却し得ず戦後体制を打倒解体し得ない日本は、とてもそのようなことを為しうる状況には立ち至っていない。これが最大の問題なのである。日本も健全にして正統な民族主義・民族的自覚(これは民族エゴとは似て非なるものである)を強めねばならない。

今日の求められている民族主義には、民族の伝統に回帰することによってその民族が幸福になるのみならず、世界の平和実件に寄与するという理想がなければならない。今日の日本に求められているのも、日本民族精神による世界平和確立への貢献である。

民族主義はそれぞれの民族の中核精神への回帰と憧憬の心がその根幹となっている。日本建国の精神は世界平和の思想(八絋一宇・万邦共栄の精神)であり、日本民族の中核精神たる日本国体精神は、覇権覇道闘争の精神ではなく、米作りという絶対に平和的な人間の生産活動より生まれた精神である。地上においてお米を豊かに実らせるというのが、日本天皇が神から授かった御使命である。我等日本人はこの精神を発展させて、いよいよ混迷を深める真の全世界の安定と繁栄の実現のために貢献すべきである。それが即ち「この漂へる國を修理固成(つくりかためな) せ」との御神勅を奉行することなのである。

 

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千駄木庵日乗二月二十四日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、三田にて開かれて活動家の会合にてスピーチ。小沢民主党批判を行った。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父は深き眠りについている。額に手を当てて苦痛の少ないことを祈る。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年2月24日 (水)

日本的ナショナリズムとは

わが國には、対外的危機感が伝統精神の復活・回帰の熱望を呼び覚まし国家を変革してきた歴史がある。大化改新・明治維新がそれである。現代もそうした時期である。わが國の伝統の根幹は「天皇中心の國體」である。「天皇中心の國體」とは、神話の世界以来の信仰に基づき一系の血統と道統を保持し継承される天皇による國家統治といふことである。そして天皇の國家統治は、権力・武力による人民支配ではなく、祭祀主としての宗教的権威による統治(統べ治める)である。それは信仰共同体國家たる日本独特の國柄である。

日本伝統精神は文献としての「神話」によって伝へられているだけではない。天皇は神話の世界からの道統である祭祀を今日においても行っておられる。天皇の祭祀は「生きている神話」であり、天皇は「日本伝統精神の生きませる体現者」であらせられる。だから、天皇は生きたまう神・現御神と申し上げて尊崇されてきたのである。

そして、國家的危機において國體の本来の姿・あるべき姿に回帰する運動が必ず勃興した。これが日本におけるナショナリズムである。元寇の時には「神國思想」が謳歌され、欧米列強の侵略の脅威を感じた幕末においては「尊皇攘夷思想」が謳歌された。

今日も、政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になっている。にもかかわらず人々の心の中に不安と空虚感が広まってゐる。これを克服するためには、日本民族としての主体性が大事になってくる。

「ナショナリズム」とは、一つの民族が他の民族の支配を排除して、自身の國家の独立を回復あるいは維持しようとする國民的規模の思想及び行動である。さらに、「ナショナリズム」とは、将来へ向けて自國・自民族が独立を維持するための精神であって、決して回顧的なものではない。これからの日本の独立のために欠くべからざるものなのである。

明治維新の基本精神が神武建國への回帰であったように、インドの反英独立運動=ナショナリズムの思想的基盤が古代精神への回帰であったように、ナショナリズムの基礎にはその國の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。

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千駄木庵日乗二月二十三日

午前は、母のお世話。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。微熱がある。病院内の工事をしていて、騒音がすごい。そういうところに患者を平気で寝かしている病院の神経を疑う。

午後四時より、西荻窪のたちばな出版にて、雑誌『傳統と革新』創刊号の普及及び第二号の企画について討議。

帰宅後は、資料の整理及び明日のスピーチの準備。

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2010年2月23日 (火)

孔孟の教えと現実の支那

「おとなの寺子屋・論語の会」における東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)の講義で印象に残ったのは質疑の通り。

「『論語』は語録。『孟子』は説話。『荀子』は論文。中国思想のまとまった文献は『論語』が最も古い。シンプルで覚えやすい。儒教を学ぶ人は、世の中にどんなに役立つか。どんな学び方をするかが大事とされる。声を出して読むことから始め、一生涯かけて学ばねばならないとされる。自分自身の身で実践しないと、本当の意味で学んだことにはならない。中国の皇帝は、即位する前は、多くの人々を殺して、即位した後、『聖人・君子』になる。」

            ○

「共産支那帝国」の「皇帝」であった毛沢東は、どれだけの人を殺したか分からない。即位する前どころか即位した後も、文革などで数千万の人を殺したと言われる。革命の同志であった劉少奇国家主席など多数をなぶり殺しにした。

色々ご教示頂いたある「中国問題の専門家」の方は私に「中国の権力者は、普段は聖人君子のようにふるまっているが、ある日突然極めて残虐になる」と語っていた。この方は。蒋介石のことを念頭に置いて言われたと思う。

『論語』『孟子』など支那の古典は実に立派なことが書かれている。日本思想史への影響も大きい。しかし、現実の支那の歴史は、極めて残虐なる闘争と殺戮の歴史である。また、今日の「中国人民」も道義精神を忘却している人が多い。鄧小平は、「黒い猫も白い猫も鼠を捕るネコが良い猫だ」と言った。これは、教条主義を批判した言葉だったのだが、現実には、金儲けのためなら何をしても良いというような意味に理解されている。

支那との友好を否定するものではないが、わが日本は支那とはよほど注意して付き合わねばならない。

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千駄木庵日乗二月二十二日

午前は、母のお世話。

午後は、都内のある病院に赴く。父の転院について相談。詳しくは書けないが、不安である。しかし、医師も看護師の方もなかなか良さそうな人である。療養型の老人専門の病院を始めて見学した。母も九十歳、小生も一日中家にいるわけにはいかないので、父にこういうところに入院していただかねばならない。本当に父が可哀想である。

この後、父が入院中の病院に赴き、父に付き添う。

午後七時より、午後七時より、白山の本郷青色申告会館会議室にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。

終了後、この会のお世話をして下さっていた方が、出家して、禅寺に籠り修行をすることとなったので、送別会開催。この方は、私の小中学校の後輩で、十代には、時津風部屋に入門し、力士となった。その後、家業のお煎餅屋さんを継いで、長い間お煎餅づくりをして来られたのだが、このほど一念発起して、出家することとなった。六十歳近くの人である。

何年間修業をするかは、師匠の許しがあるまでなので分からないという。

帰宅後は、昨日録画した「樅の木はのこった」を見ながら、資料の整理。阪妻の息子さんの田村正和が原田甲斐を演じている。まだ途中までしか見ていないが、なかなか面白い。『つりバカ日誌』の人の良い社長運転手役だった人が、敵役を演じている。

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2010年2月22日 (月)

日本文化と支那文化との根本的な違い

昨日の『憲法懇話会』で、最近北京を訪問された高乗正臣平成国際大学教授が、「中国の富裕階層は成金趣味であり、品性下劣である。街に自動販売機は一つも置いていない。盗まれるからである。清朝の宮殿・紫禁城や西太后の隠居所であった頤和園を見学したが、豪華ではあるが、日本の京都御所のような簡素さ清らかさは微塵もなかった。」と語っておられた。

日本人と支那人とでは根本的に異なる文化感覚を持っており、ものの考え方が実に大きく違っているのである。わが國のように四面環海で魚類の食べ物の豊富な所では、魚類で栄養を摂ったのだが、支那大陸のように広大な平野のある所では、牧畜が盛んに行われ、動物食で栄養を摂るのは自然である。支那人は豚肉をとりわけよく食する肉食人種である。明治以後になって初めて獣肉を食べ出した日本人とは大きな違いがある。

三島由紀夫氏は「中國人はものを変えることが好きですね。人間を壺の中に入れて首だけ出して育ててみたり、女の足を纒足にしてみたり、デフォルメーションの趣味があるんだよ。これは傳統的なものだと思うんだ。中國というのが非常に西洋人に近いと思うのは、自然に対して人工というのを重んじるところね。中國の人間主義というのは非常に人工的なものを尊ぶ主義でしょう。…これは中國人の傳統的な趣味だと思うんだ」(『尚武のこころ』所収の高橋和己氏との対話「大いなる過渡期の論理」)と語っている。支那人は米麦を食す点においては日本人と同じであるが、食肉の点では西洋人に近いといえる。

たしかに日本は支那大陸から大きな影響を受けた。しかし、今日余りにそのことを強調したり、そのことによって支那大陸に負い目に感じたりすると、中華思想を有する支那共産政権の思う壺である。日本に対して益々属國以下の冊封地として対応し、内政干渉や不当不法な領土要求をしてくるであろう。

古代において支那文化は日本に傳来した。そして思想・宗教・文學・美術・政治制度等々支那の文化文物の殆ど全てが、日本に輸入された。そして、日本においてより洗練された高度なものとなって発展している。

つまり日本が支那の影響を受けたといってもそれは猿まねをしたのでもなければ、日本が支那文化圏に組み込まれたのでもないのである。支那から文化文明を取り入れ、日本独自の創意を発揮し、支那から入ってきた文物をより高度な洗練されたものにし、支那を超えてしまったのだ。思想も、宗教も、科學技術も、服飾等も皆しかりである。


蓮田善明氏は「儒・道教、或は仏教が日本に入って来て、直接に日本の神に會って、どのやうに高いものに達し得たか、どのやうに大きな光に現に透されたかを見る必要がある。…神ながらのまさ道を、まことに無窮の隆昌を保有してきた事実を知る必要がある。日本文化が異文化を包合することによって高まったとなすが如き思想は正しくない」(神韻の文學)と論じておられる。

日本は、支那などの外國の文化文明を受け容れはしたが、それによって日本文化文明が高められたのではなく、日本に本来的に高い文化感覚があったからこそ、支那など外國から来た文化文明をより高度なものより深いもの独自のものとして発展せしめ現代に至るまで受け継いできているのである。「同文同種」などという虚構に迷わされて、「中華人民共和國」という名の中華帝國主義國家・共産主義独裁政権と無原則な「友好親善」関係を結ぶことは避けなければならない。まして況や、屈辱外交・土下座外交を行うべきではないのである。

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千駄木庵日乗二月二十一日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送作業完了。送付。購読者の皆様には、明日か明後日お届けできると思います。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、『政界往来』連載原稿執筆、脱稿、送付。

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2010年2月21日 (日)

小沢一郎こそYP体制の利益享受者

今日の憲法懇話会では、何故国家権力が国民に対して教育を行うことが出来るのかということがテーマとなった。多くの人々が生きる共同体が、その共同体を構成し、共に生きて行かねばならない少国民に対して、教育を行うのは当然のことである。そして、共同体に形成され継承されてきている歴史・伝統にのっとった教育が行われるのもまた当然のことである。

国家というものは、単なる権力機構ではない。その根底に、人々がお互いに助け合い協力し合って生き、共通の文化や伝統を形成する精神的文化的共同体がある。それが我々の愛する国家である。

文京区というは、行政の一単位である。しかし、年月が経過すると、文京区を故郷と思う心が自然に湧いてくる。『文京ふるさと歴史館』という建物まで建てられるようになっている。

日本国は三千年の歴史を有する国家である。全国津々浦々に神社があり、お祭りが行われている。日本民族の心のふるさととしての国家は、天皇を祭祀主と仰ぐ麗しい信仰共同体である。そうした歴史・伝統・文化・信仰心に基づく教育が行われなければならない。

また、『夫婦別姓』について、「家族仲良くが大切なのに、父は山田、母は鈴木、兄弟も別々の姓では、仲良くなれるはずがない。家族と家庭の崩壊である。」という意見が出された。全く同感である。

さらに、「刑法には不文法は認められない。民法は、慣習を重んじる場合がある。」という意見が出された。憲法もその根底に日本国独自の不文法がある。それは天皇を君主と仰ぐ日本國體である。

            ○

東京地検特捜部が、占領下に、旧日本軍が貯蔵していた隠退蔵物資を摘発してGHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」としてスタートした経緯や、特捜部エリートに在米日本大使館の一等書記官経験者が多いことから、地検特捜部はアメリカの手先であるという説がある。そして、ヤルタポツダム体制打倒を目指す民族派にとって地検特捜部は敵であり、敵の敵である小沢一郎を擁護すべしという意見がある。

ヤルタポツダム体制の最も大きな柱である現行偽憲法の「天皇条項」を振り回して、天皇の政治利用を正当化するのみならず、天皇陛下を自己の権力の下に置き奉ろうとする小沢一郎こそ、ヤルタポツダム体制の申し子である。また、ヤルタポツダム体制の軍事面での柱は米軍の日本駐留であるが、沖縄の米軍基地移転を利用して利権あさりをする小沢一郎こと、ヤルタポツダム体制の利益享受者である。そもそも小沢一郎は、YP体制下で、自己の権力と金力を増大させてきた張本人である。

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千駄木庵日乗二月二十日

午前は、母のお世話。

午後一時より、小石川の伝通院織月会館にて、矢代和剣氏の本葬儀執行。全国から多数の同志が参列した。

この後、病院に赴き、父に付き添う。今日は比較的容態が安定していた。

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』(座長・高乗正臣平成国際大学教授)開催。

帰宅後は、諸雑務。

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2010年2月20日 (土)

福本潤一元参院議員の池田創価学会批判

『政治と宗教を考えるシンポジウム』

元公明党参院議員・福本潤一氏が講演し次のように語った。「公明党はここ数年の重要選挙で三連敗。二〇〇七年七月の参院選でそれまでの十三議席を九議席に減らした。都議選では四万五千票減らした。二〇〇九年の総選挙では、それまでの三一議席から二一議席に減らし、野党になった。今年の参院選は負けられない気持ちが強い。最大十名当選と思う。東京・大阪は勝つ。

公明党議員や組織幹部は、創価大学・創価学園出身者が半分を占める。こういう人々を統括するのが正木正明理事長。議員秘書にも創大出身者グループがあり、何かあったらすぐに正木に連絡する。野中広務氏は『学会はSCIAのような組織を持っている』と言っていた。太田・浜四津は引導を渡された。市川雄一が復活した。

私は東大紛争の前哨戦の時に、東大に入学した。無期限ストに突入。その頃私は十九歳で、日蓮正宗創価学会に入信した。創価学会は入会するとしばりが厳しい。二世三世の学会員は、政治と宗教が未分離のまま体の中に入っている。私の議員秘書二人は、私が離党届を出すと、『池田先生を何と思っているのか』『御本尊様を何と考えるか』と言った。『私の離党は政治問題であり、宗教は関係ない』と諭しても、キョトンとしていた。

学会は、リストラ、使い捨てで終わらない。飼殺しにする。市川雄一・太田昭宏がそれ。逆らったら矢野さんに対するような対応が待っている。『公明新聞』に載せる竹入攻撃のコメントを矢野さんは断った。すると、竹入氏と同じことが自分の身の上に起こる。子供もやられる。北朝鮮と似たようなもの。

本部幹部会で、池田が当時の冬柴国土交通相に『外国人参政権は何時やるんだ』と言われた。冬柴氏は『はーっ、すぐやります』と答えた。『外国人参政権』は池田直命の法案。冬柴氏は自民を説得、議員立法で提出した。公明党の『大衆と共に生き、大衆と共に動き、大衆と共に死んで行く』というスローガンの『大衆』とは学会員のこと。

学会の公明党支援体制も、膨らんだ風船が半分くらいにしぼんでしまった。池田は『嘘も百遍つけば真実になる』と言っている。学会には、『理屈は後から付いてくる』という言葉がある。だから行動には躊躇が無い。

学会員に『外国人参政権』に興味を持っている人は少ない。『ストーカー防止法』の時、公明党は『恋愛感情によるストーカー行為』に絞り込んだ。これは、恋愛感情に限定しないと。折伏がやりにくくなるから。矢野さんに対する学会・公明党のストーカー行為も現行法では防止できない。金大中訪日の時、『外国人参政権付与』と創価学会の韓国のおける布教をバーター取引した。

熱心な学会員ほど、学会の外の情報は知らない。学会内部の個人情報の取り扱いは極めてルーズ。」などと語った。

         ○

民主党は野党時代は、福本氏や矢野絢也氏を国会に招致して、池田・創価学会批判をさせる、池田大作を証人喚問するなどと言っていたが、与党になったら、ぱったり言わなくなった。小沢民主党が石井一氏などを使って池田創価学会攻撃をしたのは、真に「信教の自由」を守るためでもなければ、「政教分離」を守るためでもなかったのである。党利党略だったのである。そもそも、公明党を最初に政権与党に引き込んだのは小沢一郎である。小沢民主党に学会批判をする資格はない。小沢と池田の日本人離れした独裁体質・怨念体質はよく似ている。

池田は『嘘も百遍つけば真実になる』と言っているという。創価学会は戦前、戦争に反対したから権力に弾圧されたというのも大嘘である。当時の創価学会は、「日蓮正宗を国教にしなければこの戦争に負ける。伊勢の皇大神宮のお札を拝んだら、戦争に負ける」と言ったから、取り締まりの対象になっただけのことである。戦前の創価学会も、大東亜戦争の戦勝を願っていたのである。それは当時の学会内部の資料を見れば明らかである。

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千駄木庵日乗二月十九日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。家庭内のことで色々しなければならないことをした。

午後六時十五分より、ニュー新橋ビルにて開催された『政治と宗教を考えるシンポジウム』(日刊中央通信社の瀨戸弘幸氏主催)に参加。

終了後、ニュー新橋ビル地下の酒房にて、友人と懇談。この地下街で呑んだのは十年ぶりくらいである。以前は、先輩同志とよく来たが、最近はすっかりご無沙汰だった。ここに来ると松本効三先輩を思い出す。不景気と言われるが、どの店もお客がたくさんいた。おいしそうな店は皆満員。金曜日の夜だからであろうか。とある老夫婦のやっている店に入る。霞が関の役人の方々が大勢で楽しそうに呑んでおられた。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

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2010年2月19日 (金)

日本天皇のご本質について

今日は、『萬葉集』巻十八に収められた大伴家持の「陸奥国より金を出だせる詔書を賀く歌一首、また短歌」を講義した。この歌の冒頭には、

「葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らしめしける すめろきの 神の命の 御代重ね 天の日継と 知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には……」と歌われている。

これは、日本天皇は、天照大神のご命令によって日本国を統治されるために高天原から天降られた瓊瓊杵尊のご子孫であり、且つ、邇邇藝命と同じご神格を持たれるということを歌っている。

天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=日本天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

「天津日嗣」とは、天照大御神のご神霊を継承されるという意味である。御歴代の天皇は、御肉體は変られても、天津日嗣日本天皇としての「神聖なる本質・神格全く同じなのである。これを「歴聖一如」と申し上げる。

大嘗祭は、天孫降臨といふ元初の事實の繰り返しであり、御歴代の天皇が天照大神の御神霊と一體になられるおまつりであり、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。

この尊い事実を會澤正志斎は、「神州は太陽の出ずる所、元気の始まる所にして、天日の之嗣、世(よよ)宸極(しんきょく)を御し、終古易(かは)らず」(新論)と言った。日蓮も「日本國の王となる人は天照大神の御魂の入代らせ給ふ王なり」(高橋入道殿御返事)と言っている。現御神信仰・現人神信仰は決して近代日本において人為的オロギーとして作られたものではないのである。

現御神信仰は今日においても「生きた真実」である

昭和天皇さまは、昭和三十五年に、

さしのぼる 朝日の光り へだてなく 世を照らさ むぞ わがねがひなる

と歌われ、同三十四年には

あなうれし 神のみ前に 日の御子の いもせの契 り 結ぶこの朝

と詠ませられている。この二首の御製は天皇および皇太子は「天照大神の生みの子」即ち「日の御子」であるという御自覚を歌われているのである。

 

この御製を拝すれば、昭和天皇が「昭和二十一年元旦の詔書」においていわゆる「神格」を否定され「人間宣言」をされたなどという説が大きな誤りであることが分かる。

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千駄木庵日乗二月十八日

午前は、医師の往診があり、母に付き添う。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が、大伴家持の長歌などを講義。

終了後、出席者の方と懇談。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』の発送準備など。

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2010年2月18日 (木)

千駄木庵日乗二月十七日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き父に付き添う。ぐっすりと眠っていた。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、『一水会フォーラム』開催。鈴木宗男衆院議員が講演。質疑応答。終了後、懇親会。小沢批判の立場に立つ人と検察批判の立場に立つ人との間で談論風発。小生は、検察の捜査手法などを全面的に支持するわけではないが、小沢批判の立場に立つことは言うまでもない。

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一水会フォーラムにおける鈴木宗男氏の講演内容

『一水会フォーラム』における鈴木宗男氏の講演内容は次の通り。(小生の聞き書きであるから文責は言うまてもなく小生にある)

「検察は、狙ったら何でもあり。検察裏金批判をした三井環は、テレビ生出演直前に逮捕された。鈴木宗男は悪い奴という世論操作をする。『鈴木宗男は三井物産から二、三億円貰っている』というシナリオを作り、シナリオ通りに参考人を呼び、検察の言うままの調書をとる。マスコミは反権力と言うが、検察情報の裏が取れないからそのまま書くしかない。検察はリークして世論を煽る。こういうことを踏まえて鳩山・小沢事件を考えて下さい。

私は、辻元清美から『疑惑の総合商社』と言われた。その辻元は、二千万円の税金をネコババした。ヤマリンは私の後援会長だった。官房副長官の就任祝いにもらった金のことで、釧路地検が捜査したが立件できなかった。同じ事で四年後に東京地検特捜部が私を逮捕した。

中川一郎先生は、『衆院議員は公の職だから世襲は駄目、後継は鈴木だ』と言っていた。中川先生の死後、中川先生の弟は私の後援会長になり、中川先生の秘書は全員私のところへ来た。鈴木宗男の人間性がいけないと言って離れた人はいない。松山千春さんも死ぬまで私を支持すると言ってくれている。

検察は『小沢ありき』でシナリオを作っている。石川を捕まえて責めれば何かが出てくるという話。検察が民主主義のハードルを逸脱したら民主主義の危機。自民党に金のことを言う資格なし。検察幹部にはアメリカ勤務が多い。大きな力が動いている。正直に生きていれば分かってくれる人はいる。

私は北方四島返還の旗を降ろしたことはない。そのためには現実的にどんな手法があるかを考えた。運動家は理念に基づく運動で良い。政治家は結果を出さねばならない。中川先生は、『戦争で取られたものは戦争で取り返すしかない』と言っていた。平成三年から、私は領土問題に取り組み出した。ゴルバチョフ来日の時、私は外務次官だった。この二三年で領土問題のけりをつけるべし。政治家として誰が動いたか。私は動いた。橋本・小渕・森政権の時はうまくいっていた。私がパージされた後、ロシア警備艇による銃撃事件が起こった。ステップバイステップが責任ある外交。旧ソ連が『日ソ不可侵条約』を破ったのは、日独伊三国同盟を結んでいた日本が、ドイツのソ連侵攻を支持した事も関係している。元島民の皆さんのためにも現実的解決を図るべし。

天皇陛下の習近平引見で、小沢が宮内庁の圧力をかけたことはない。天皇陛下が、三十日ルールをこえて外国賓客を引見されたことは、過去に四回ある。オバマ大統領の来日も一日ずれたが、天皇陛下は引見された。臨機応変に対応している。羽毛田宮内庁長官に真の尊皇精神があれば、命をかけて引見を阻止するべきだった。

小沢は正直すぎる。嫌なものは嫌と言う。小沢は政治家としてすごい。自民党政権の幹事長をやり、自民党政権を倒した民主党政権の幹事長もやっている。小沢氏にはこれから一勝負してもらいたい。小沢はここにいる人と同じような尊皇精神は持っている。天皇陛下を政治利用しようなどと思っているとしたらとんでもない話。外務省の官僚が宮内庁に天下っている。良き伝統は護るべし。平野官房長官の見識がおかしい。」などと語った。

             ○

今日は時間が無いので、鈴木氏の発言を報告するだけにとどめる。批判や感想は機会をあらためて書きたい。『習近平引見』についての記者会見での小沢の発言内容・態度を見ても、また、騎馬民族征服説を唱え日本天皇は騎馬民族の後裔であると韓国で講演した小沢氏にまともな「尊皇精神」があるとは私には思えない。この事は、『政治文化情報』に詳しく書いた。

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2010年2月17日 (水)

読書日記『彰義隊遺聞』

森まゆみ著『彰義隊遺聞』 新潮社発行

著者の森まゆみさんはわが家近くの歯医者さんのお嬢さんで、「谷根千」という地域雑誌を主宰していた人。文京六中から早稲田大学に行った方で、地元の先輩。

この本を読んで初めて知ったことを書く。上野戦争即ち彰義隊の戦いは、上野の山で行われたと思っていたが、そうではなかった。わが家から眺めることのできる日暮里諏方神社にも彰義隊が分屯していた。そして、谷中・根津・千駄木が戦場となった。団子坂・三崎坂あたりが凄惨な戦いの場となったという。

また徳川家康は、日光東照宮に自らの霊だけでなく、織田信長・豊臣秀吉の霊も合祀させたという。

皇女和宮様(静寛院宮)は、天璋院と共に総督府に徳川慶喜助命嘆願の使者を立てたが、「嘆願書」には、「慶喜のごとき朝敵と共に、身命を捨てんは、父帝様の玉体を汚し申し、不幸の段残念に堪ず」と書かれてあったという。つまり、和宮様は、降嫁先である徳川宗家を守ろうとされたが、慶喜については朝敵とのお考えであったと拝される。

上野戦争開始の原因の一つとなった官軍と彰義隊の衝突は、私がよく行くお寿司屋のある谷中三崎坂で起こった。官軍の武士三、四人が、わが家近くの動坂まで彰義隊士に追われてそこで斬られたという。

             ○

彰義隊は、徳川将軍家そして徳川幕藩体制を護ろうとしたのであろうが、ひたすら恭順の意を表していた徳川慶喜の意志に反した戦いであったし、結果的に上野の徳川家霊廟が灰燼に帰してしまった。歴史の悲劇である。また、彰義隊には直参旗本はあまり参加していなかったようである。むしろ武蔵の国の郷士たちが多かったようである。

この本は、彰義隊について実に詳しく書かれている。明治維新史を学ぶ者には、大変参考になる。

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千駄木庵日乗二月十六日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、今後のことについて、病院の係の人と相談。転院先についていろいろ話を聞いた。老人医療も先立つものはやはり金なのである。病院は数多くあるが、持病を持つ寝たきり老人を受け入れてくれる病院は少ない。持病を持つ人を病院が受け入れないというのはまことに矛盾しているのだが実際にそうなのである。「医療の沙汰も金次第」であることを実感した。希望する病院に転院するためには、父が給付を受けている年金のほとんどを毎月の入院費として払わねばならない。それでも足りないくらいである。これからどうするか悩みは深い。

相談の後、父に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

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2010年2月16日 (火)

千駄木庵日乗二月十五日

午後は、諸雑務。

午後四時より、永田町の衆院第二議員会館にて開催された「農山村資源開発協会フォーラム」に出席。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料整理。

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民主党政権の危うさ

「農山村資源開発協会フォーラム」

石川多聞茨城県会議員が司会。平沼赳夫・園田博之両衆院議員、ボボソダグロムジョンジュラ駐日タジキキスタン大使、レンツェンドージクジット駐日モンゴル大使などが挨拶。

北畑隆生元経済産業事務次官(日本生命特別顧問)が講演し次のように語った。「年末に行ったデフレ宣言は大きな間違い。物価が下がるので設備投資を止めてしまう。生活用品のみがデフレ。石油・石炭・鉄鉱石は値段が上がっている。『設備投資するなら今だ』と言わねばならない。

人口減少による経済のボディブローをどうするかが政治の仕事。人口ボーナス(註・十五歳から六十歳までの総人口に対する比率のこと。一国の人口構成で、子供と老人が少なく、生産年齢人口が多い状態。豊富な労働力で高度の経済成長が可能。多産多死社会から少産少子社会へ変わる過程で現れる)で成長している国はアジアに移った。日本は、一九五〇年から人口ボーナスがどんどん増えた。一九九〇年からそれが無くなった。中国も一人っ子政策により二〇一五年で無くなる。中国・インドの成長が終わると、ベトナム・マレイシア・フィリッピンが出てくる。この中で日本は活力を見出すべし。政治が安定しないと人口ボーナスがあっても経済成長しない。

日本はアジアの経済成長でモデルを示し技術とお金を提供した。自動車や家電産業を支えているのは、日本の中小企業・裾野産業。

中国は内需で成長し始めている。若者が多く、未来に希望が持てる。中国は自動車大国になる。十三億の人口で、四千万台しか自動車が走っていない。一年間で三十万台増える。

日本は安全安心の産業を育てるべし。日本人は誠実だと言われている。外交が下手ということの裏返し。しかし、それは日本の良さ。中国はついて来れない。毒入り餃子はまだ解明されていない。中国人が高い金を出してコシヒカリを買うのは安全安心だから。

地方に公共事業によりかからない産業を育成すべし。成功例はたくさんある。宮城県は建設会社は、ワサビ栽培をやって成功した。観光は右肩上がりの産業。地域産業活性化には、地域資源の発掘・仕掛け人・持続性が必要。『赤福』『白い恋人たち』は真面目な従業員によるガバナンスが効いて復活した。

JR東海の平均延着率は四十秒。生真面目さ・潔癖さが良いものを作る。国土の狭さ・高速道路・新幹線が日本産業と生活の競争力を高めている。大変な経済効果をあげている。」

最後に頭山興助氏が挨拶し、「農業は国の根幹。皇室を戴く国のかたちが大事。まごころのこもった製品を作れば世界が買ってくれる。基本を大事にしたい」と語った。

           ○

経済のことは全く素人であるが、今日は良い話を聞いた。日本人は自信を喪失しているかのように見える。しかし、日本人は本来的に強い民族である。日本人の勤勉性・真面目さ・潔癖さは、相当なものである。これを今後とも大切にしていくべきである。日本の傳統精神に回帰しつつ現実を革新していく。それが日本の発展の基である。

また、官僚を批判しいじめれば良いというものではない。官僚の優秀性を大いに活用していくべきである。「デフレ宣言」を行った菅直人は、「官僚は馬鹿だ」と言った。私はそんなことを言う菅直人が大馬鹿だと思う。そんな人物が最重要閣僚になっている民主党政権は実に危うい。

私は世界で日本ほどいい国はないと思っている。それをおかしくする勢力を排除しなければならない。

頭山興助氏は、頭山満先生の孫で、小生は大変お世話に相成っている。司会を担当した石川多聞氏は、三十数年来の付き合い。石川氏は若き日、佐藤栄作氏が総裁を務め、千々波敬太郎氏が常任理事をしておられた「日本会」という国民運動団体の事務局におられた。

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2010年2月15日 (月)

兄弟愛と友愛、そして小沢と検察

小沢一郎は、「政治倫理審査会であれ何であれ、どこでも話すが、検察の捜査に勝るものない。強制力を持った捜査ですべてを調べてもらい、不正をしていないことが明らかになった。このことをもって国民は理解してくれると思う」と述べた。

この人はいつも自分の都合に合わせて主張をころころ変える。「不起訴」とは、「不正をしていない」ということではない。「疑わしきは罰せず」ということだ。証拠不十分だったのだ。シロでも潔白でもない。

小沢氏は、去年、自分の公設秘書が逮捕された時は、「政治的、法律的にも不公正な検察権力の行使だ」などと検察を批判した。そした今年になって強制捜査を受けた時にも、「なぜわたしの事務所だけ強制捜査されるのか。国民のために権力は公平、公正な活用をしなければならない」と検察を批判した。ところが今回、不起訴になるや、にわかに「公正・公平に捜査で不起訴になった」などと言いだした。

小沢一郎のこういう態度・姿勢を見れば、この人がいかにおかしな人物であるかが分かる。全く信用できない。

鳩山兄弟が、またまたギクシャクした関係になっている。今回は、これまでと違って、鳩山由紀夫氏の政治生命に関わることであり、且つ、実の母親に関わることである。罷り間違えば、鳩山家の崩壊につながる。一体、この二人の唱える「友愛」とは何なのだろうか。「兄弟愛」さえ実行できないで、「友愛」を言う資格はあるまい。折角、膨大な額の「子育て支援」をした母上が気の毒だ。谷中墓地にねむる一郎氏、威一郎氏も泣いていることであろう。

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千駄木庵日乗二月十四日

未明、『政治文化情報』の原稿脱稿。送付。次号は、亀井静香氏の「京都還都論」についての小生の考えを書きました。

午前は、母のお世話。

午後は、書状執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年2月14日 (日)

怨念・憎悪・報復の政治家・小沢一郎

五嶋清産経新聞副編集長・政治部次長は「鳩山政権の発足と日本の政治の行方」と題する講演で、次のように語った。

「鳩山氏にはリーダーシップが無い。鳩山氏は重々そのことを承知していて、自分はオーケストラの指揮者だと言った。しかし、鳩山内閣には七つの不協和音がある。①閣僚間の不協和音。普天間基地問題でぶつかる。社民は沖縄も国内も駄目。閣僚が勝手なことを言って批判し合うのは、自民党時代にはなかった。②民主党内の不協和音。小沢支配が続いていると言われるが、小沢のことをよく思っていない人がいる。③民主党と政府の不協和音。官僚の不満と不安がある。④連立三党間の不協和音。決裂直前の場面が五月頃来る。⑤鳩山の内閣と小沢の党との不協和音。⑥政府と国民との不協和音。⑦民主党が政権を取る前と取った後の不協和音。

選挙前にマニフェストで大風呂敷を広げ過ぎた。子供手当で女性票を取り、高速道路無料化で若者の票を取り、農協の個別補償制度で農民の票を取った。全政策の整合性はあってもなくても良かった。財源の問題がいい加減。鳩山は、選挙前、『野党だから財源を考える必要なし』と言った。

目玉になっている国家戦略局は、いまだに何をやっているかわからない。行政刷新会議は、イギリスでうまくいっているのは政治家の質が高いから。質の低い政治家が集まっても良い結果は出ない。

鳩山は、会ってみると嫌みのない人。誰からも嫌われない人。隣人としては最高たが、国家指導者としては深くものを考えていない。『生きとし生ける者に選挙権を与える』とか『日本列島は日本人だけの所有物ではない』とか頓珍漢な事を言った。

小沢は、新人議員に『天下国家を論ずるのはまだ早い。次の選挙の勝つことが最大の仕事。今からすぐ選挙区に戻れ』と言った。小沢は、どういう政策が選挙に有利かどうかで判断する。

内閣支持率が三十%以下になると、その内閣はまずくなる。スキャンダルの最中で民主党の支持率は十ポイントくらいしか落ちていない。底堅い動きを示している。今選挙をしても民主党が強い。しかし内閣支持率がどんどん下がっている。小沢辞任カードが民主党の最大のカード。民主党にとって参院選はかなり厳しい。比例を含め百人擁立しなければならない。この作業が終わるまで小沢を辞めさせるわけにいかない。

自民党の追及が足りない。鳩山・小沢・岡田が『外国人参政権』に前向き。しかし党内に反対論もある。小沢は通常国会でやると言ったが、やれない可能性が出てきた。小沢は、民主党政権を長持ちさせたい、自民党を壊したい、選挙に勝ちたい、権力を握っていたい、と思っている。議員辞職しない限り党内に影響力を残す。

小沢が政党交付金で私腹を肥やしたがどうかははっきりとした証拠はない。しかし限りなく灰色。黒に近い。自民党と検察に対するルサンチマンがある。小沢の地元では支持者が『小沢王国は出来た。次は小沢帝国を目指す』と言っている。」と語った。

小沢一郎には、理念とか政策とか理想というものがあるのだろうか。靖国神社に関しても、言うことが一貫していない。立場が変わると全く逆のことを言う。田中角栄には、明るさがあったが、小沢には全くない。むしろ暗さと傲慢さが満ち溢れている。また自分を追い出した自民党に対する憎悪と報復の念は凄まじい。高級官僚や司法試験合格者に対する憎悪というか反感もすごい。ともかく異様な人物である。

こういう人物が日本の最大の権力者であることは、大きな不幸である。「民主集中制」などと言って、権力を小沢一郎な集中させようとしている。そして国会で多数をとれば何をやっても良いと考えている。しかも、議員の自由な討論や発言や政治活動を許さず、単なる手駒としか考えていない。新人議員は、天下国家を論ずるために選挙に立ち、議員になったのだ。これを禁止するなどというのは、まさに、民主主義・議会政治の否定である。それどころか、政治活動の自由・言論の自由を否定したのだから、憲法違反である。さらに、自分に諫言したり批判した人を徹底的に排除する。これも完全に独裁者の発想である。

ともかく小沢一郎を政界から追放することが緊急の課題である。

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千駄木庵日乗二月十三日

午前は、母のお世話など。

午後二時より、道玄坂のフォーラムエイトにて、『日台問題研究会』開催。五嶋清産経新聞副編集長・政治部次長が「鳩山政権の発足と日本の政治の行方」と題して講演。終了後、懇親会。

この後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆など。

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2010年2月13日 (土)

『伝統と革新』発刊について

近々、下記のような刊行物が発刊されます。皆様方にお読みいただければ幸甚に存じます。

            ○

オピニオン雑誌『傳統と革新』創刊号

(四宮正貴責任編集)たちばな出版発行

167-0053 東京都杉並区西荻南2-20-9 たちばな出版ビル
株式會社 たちばな出版 TEL03-5941-2341 FAX03-5941-2348

二月下旬より全國大型書店に並びます。

[巻頭言]『傳統と革新』発刊の辞 四宮正貴

[特集「現代皇室論」]

皇位はなぜ男系継承なのか 竹田恒泰(慶應義塾大学講師)

皇統の危機をいかに打開するか─女系継承は皇統断絶にあらず   高森明勅(日本文化総合研究所代表)


「多神教文明の核心」宮中祭祀の正常化を 斉藤吉久(宗教ジャーナリスト)

おほみことと西暦 中澤伸弘(都立小岩高等学校教諭)

「皇室典範」にかかはる近十年の状況 ~眞正保守運動の動き~  中村信一郎(國體政治研究會代表幹事)

沖縄にそそがれた大御心() 伊曽乃東雄(沖縄巡礼神職・宗教アナリスト)

皇運扶翼について 森田忠明(玉鉾書院院長)

反論権なきご皇室と風聞傳聞が横行するマスメディアのご皇室報道 木村三浩(一水會代表)


連載「民族派学生運動」「新右翼」から「真右翼」への変遷─我が体験的維新運動史第一回 犬塚哲爾(八千矛社代表)

            ○

日本は、二十一世紀を迎えた今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給う天皇を、現實の國家元首と仰ぎ、國家と民族の統一の中心として仰いでいる。これは日本の麗しい自然と稲作生活が完全に滅びない限り続くであろう。こうした事實が、西洋諸國やシナと日本國との決定的違いである。わが國が、長い歴史を通して様々な変化や混乱などを経験しつつも國が滅びることなく統一を保ち続けたのは、天皇という神聖権威を中心とする共同體精神があったからである。日本という國は太古以来の傳統を保持する世界で最も保守的な國でありながら、激しい変革を繰り返して来た國なのである。その不動の核が天皇である。

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千駄木庵日乗二月十二日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。この後、病院に赴き父に付き添う。

午後六時より、『九段下沙龍』開催。同志諸氏と当面する諸問題について討議・懇談。小沢一郎に対する捜査手法について話題になった。小生は、小沢一郎は百年に一度出るかでないかの逆賊だから、小沢に関する限り行き過ぎがあっても構わないと思っている。暴論であろうか。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2010年2月12日 (金)

紀元節に思う

神武天皇の御名前は、神日本磐余彦火火出見尊(カムヤマトイハレヒコホホデミノミコト)と申し上げる。「磐余」とは現在の奈良県桜井市の天の香具山の北東麓地域の古地名である。「火」は「ホ」と読み、「日」及び「稲穂」の意である。この御名前は、「神の國大和の磐余の首長である日の神の御子で稲穂がたくさん出て来る命」というほどの意である。

 つまり、神武天皇は、邇邇藝命と同じように太陽神たる天照大神の神霊と稲穂の霊の體現者なのである。そして神武天皇は、邇邇藝命が天照大神から受けた「日本國の統治」と「稲穂をたくさん地上に実らせる」という御命令を実現するために、九州より大和に来られて橿原の地に都をお開きになり、天皇に即位されたのである。これが日本國家の確立である。

『教育勅語』に示されている「皇祖皇宗」の「皇祖」とは、天照大神及び邇邇藝命の御事であり、「皇宗」とは神武天皇をはじめとした御歴代の天皇の御事である。

『日本書紀』には、「辛酉年(かのとのとりのとし) の春正月(はるむつき) の庚辰(かのえたつ) の朔(ついたち)、天皇橿原宮に即帝位(あまつひつぎしろしめ)す」と記されている。『書紀』が神武天皇即位の日を正月朔日(むつきついたち)としているのは、むつき(正月)の始めにおいて、神も天地も人も新生するという上古以来の日本人の信仰の上に立っているのである。

祭祀的統一によって成立した大和朝廷の最初の天皇が神武天皇である。稲作日本の祭祀的・信仰的統一、そして祭り主・天皇を中心にした國民の精神的共同體の成立を體現する御方が神武天皇なのである。つまり、神武天皇の御東征の物語は稲作文化(弥生文化)が西(筑紫)から東(畿内)へと移って来たことを象徴しているのである。

 

古来日本の変革思想は、祭政一致の理想國家への回帰がその根本にあった。具體的に言えば、政治権力を掌握した人のみならず我々國民一人一人が、天皇が神をお祭りになるみ心を、道義的倫理的規範としてならい奉るということである。それが理想的な國家実現の基礎である。

権力國家としての側面のみになってしまっている國家の現状を改革し、天皇中心の信仰共同體としての國家を回復せしめることが今日における國家変革即ち維新なのである。永遠の維新を繰り返す日本國は永遠に不滅である。上に天皇がいますかぎりは、現代の危機を見事に乗り切るための変革を断行することができると確信する。

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千駄木庵日乗二月十一日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。亀井静香氏の『京都還都論』に関連して、國體論を書いている。

その後、病院に赴き、父に付き添う。今日は比較的意識がはっきりしている。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年2月11日 (木)

京都還幸論について

今日、政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になっている。にもかかわらず人々の心の中に不安と空虚感が広まっている。これを克服するためには、日本民族としての主体性・帰属意識(民族的一体感・国民的同一性)、帰属する共同体としての民族というものが大事になってくる。

天皇を君主の仰ぐ日本國體が正しく開顕することが、現下日本の危機を打開する道である。今日の日本の政治制度も、國会において多数を制した勢力の長が与党として内閣を組織するが、彼は天皇の「親任」を得ることによってはじめて「内閣総理大臣」としての地位につき國務を執行することができるのである。

いわゆる「天皇の政治利用」問題に関連して、京都還幸論が出されている。本日午前、皇居で、陛下御親臨のもと、行政刷新担当相に任命された枝野幸男氏の認証式が行われた。天皇陛下に京都にお遷りいただいたら、こうした認証式は、京都御所で行うのか、それとも、天皇陛下にわざわざ京都から東京まで出御いただいて東京で行うのか。

天皇に京都にお遷り願うことは、遷都ということである。政治権力機構も共に遷るということでなければならない。そうでなければ、日本天皇がわが日本の安定と発展の基礎であるという建国以来の尊い国柄を隠蔽することになる。

天皇・皇室のみに京都にお遷りいただくということは、天皇を事実上京都御所に幽閉し奉った江戸時代に戻るということだ。これはあってはならないことである。

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千駄木庵日乗二月十日

午前は、母のお世話など。

午後は、原稿執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究会」開催。小生が、『萬葉集』防人の歌を講義。質疑応答。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年2月10日 (水)

小沢一郎は一刻も早く政界から去るべし

小沢一郎は八日の記者会見で「鳩山総理と会談した際、鳩山総理から『ぜひ一生懸命、頑張ってほしい』と言われた」と述べたが、鳩山首相は今朝、「『頑張ってください』という言葉は使っていません。(小沢氏に)『このまま続けてよいか』と言われたので、『はい』ということを申し上げた」と話した。政治資金問題でも自己正当化ために言うことがコロコロ変わって来た。小沢一郎は嘘つきである。

鳩山首相は九日、行政刷新相に小沢批判を行っている枝野幸男氏を起用する意向を固めたという。これが鳩山氏の小沢離れの始まりなのか、あるいは枝野氏の小沢批判封じ込めなのか、私は前者であると思う。そう期待したい。

小沢一郎はその著『日本改造計画』で、「民主主義とは、その歴史を見ればわかるように、国民が立ち上がって国王や君主から権力を奪取することから始まった。」「改革の基本的方向は、最高責任者が責任を持って政策決定できるように、いたずらに分散した言力を形式的にも実質的にも民主主義的に集中することだ」と論じている。

恐ろしい考え方である。日本国の君主たる日本天皇は、祭祀主であり、君主と国民が相対立して権力の争奪戦をした歴史のないわが国の國體と歴史を全く無視した論議である。また、共産主義政治集団の「民主集中制」と同じ思想であり、ある特定に人物すなわち小沢一郎自身による権力の独占を主張している。

小沢一郎は常々「民主主義とは選挙」と言っている。全体主義・専制独裁政治は、議会制民主主義と裏腹の関係にある。「国権の最高機関である国会が、その議決によってある人間に全権を付与したのだから、その人物は合法的な独裁権力を持つ」という思想である。こういう危険思想の持ち主、そして、嘘ばかりつく人物、その上、国防安保まで自己の利権にする人物、そして何よりも、皇室を冒瀆する人物は一刻も早く政界から去ってもらいたい。

前にも書いたが、天皇陛下を権力者の政治利用からお護りするためには、天皇陛下に京都にお遷り願うのではなく、小沢一郎のような、尊皇精神希薄にして、天皇を政治利用しようとする政治家を排除することが必要なのである。

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千駄木庵日乗二月九日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。

午後は、原稿執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。父の転院先について係の人と相談。早く出て行ってくれと言われているようで落ち着かない。

午後六時、新宿にて、出版関係の方及び武道家の方と懇談。北一輝・権藤成卿のことなどを語り合う。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年2月 9日 (火)

小沢一郎の開き直りを許すな

小沢一郎は今日の夜、鳩山総理から幹事長続投の了承を得たことを明らかにした。『俺は辞めねえぞ。いいだろう』『はい、結構です』という会話が交わされたかどうかは分からないが、これで民主党はますます国民の支持を失っていくであろう。そうなることを期待したい。

 

小沢一郎は記者会見で、「不起訴になったことで、不正なことはしていないと主張してきたことが明白になった。検察当局の強制捜査を受けて、事情を説明した。その結果が(不起訴という)結果だから、これ以上の説明はないのではないか」と語り、責任は果たしたとの認識を示した。

馬鹿も休み休み言え。密室で検察官にどんな説明をしようと、国民全体に説明責任を果たしたことにはならない。また、不起訴とはシロではない。きわめて怪しいが今のところ証拠が不十分だということにすぎない。「開き直るその態度が気に入らないのよ」という歌の文句の通りの発言である。

自民党もメディアも、何故、小沢一郎の不敬発言、騎馬民族征服説を糾弾しないのか。また、沖縄における土地取引問題をもっともっと糾弾しないのか。国防・安保という国家存立の基本まで金もうけに利用する小沢は、まさに国賊である。また、

これほどまでに小沢一郎を糾弾し続ける小生に対して、民主党所属の政治家二人から激励の意志表示があった。有難い。

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千駄木庵日乗二月八日

午前は、母のお世話。医師、病院などと連絡を取り、父の今後の治療・介護について相談。

午後は、諸雑務、及び、原稿執筆の準備。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後も、原稿執筆の準備。真正保守の立場の方から出されている「京都還都論」についての小生の考えを書こうと思っている。

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2010年2月 8日 (月)

日本文化と支那・韓国

『アジア太平洋交流学会十周年記念シンポジウム』における講演者の印象に残った発言は次の通り。

黄文雄氏「中国は、二千年間、道徳教育をしてきた。中共はっていなかったが、台湾は継続中。やしかし、道徳的人間を育成したかは疑問。学校の卒業式の時期になると、卒業生に暴力をふるわれるので校長教頭は逃げてしまう。中人国の六十数年間の共産主義体制を総括すると、人口災・資源災に見舞われ、人民は欲望に走っている。反道徳的人間があまりにも多過ぎる。『欲望最高・道徳最低』の人間しか育てられなかった。中国には、ヤクザが四千三百万人いる。広東省だけでも八百万いる。道徳教育をやればやるほど、偽善的・独善的人間が育つ。『道徳』の『道』は公的・客観的なもの。『徳』は私的・主観的なもの。道徳を超越する日本傳統文化を世界に広げよ。美的感情と道徳は不可分。しかし、美は徳を超えられるか」。

呉善花さん「東アジア共同体は、趣旨は素晴らしいが、まだまだ甘い。アジア各国がどういう性格を持っているかを把握することが大事。韓国の女性は。ヨン様のようななよなよした男は嫌い。朝鮮は徹底した儒教社会。目上と先祖を大切にする。朝鮮は強烈なる階級社会。厳しい上下関係が出来たとき、その家庭は円満。男系社会。女は男を支える立場でなければならない。強く逞しい男が理想。ヨン様はそうではない。日本は儒教では説明できない複雑な国。表面的には『男尊女卑』に見えるが。実は女性が仕切っている社会。日本女性は、完璧な男性より、少しナヨナヨした男の方に魅力を感じる。『一輪ざし』の美しさが韓国人にはわからない。萎れて散っていく花に魅力を感じるのが日本人。韓国人は咲き盛る造花が好き。曖昧な空間の中で曖昧な自分を出すことによって無意識に融合する。対立より融合。曖昧力が世界を救う。」

久保田信之氏「外国に手本を求めず、自分の足元から、自分をベースに置いて考えるべし。求道が大切。完璧であるとは破壊と終わりを意味する。完璧なものを日本人は求めない。大いなるものとの一体化が大切。常に大いなるものを求める謙虚さと成長力が大事。そうしないと偽善や欺瞞になる。これこそが最高というものを示したら駄目。道徳とは、道を求める姿勢が大切。」

           ○

なかなか興味深い話であった。日本と支那や韓国との文化・道徳面における差異は実に大きいと思う。それは、京都御所と、北京の紫禁城・ソウルの景福宮を比較してみれば一目瞭然である。

日本は支那から儒教を学んだが、宦官・纏足という畸形文化は全く受け入れなかった。また易姓革命も受け入れなかった。

今ここで詳しくは論じられないが、天皇を祭祀主と仰ぐ日本國體精神・伝統信仰が、これからのアジアのみならず世界のために大きな貢献をすると思う。

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千駄木庵日乗二月七日

午前は、母のお世話。

午後一時より、本郷の東京大学山上会館にて、『アジア太平洋交流学会十周年記念シンポジウム』開催。小田村四郎会長が挨拶。そして、黄文雄・呉善花・久保田信之三氏による記念講演が行われた。終了後、懇親会開催。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、水曜日の「萬葉集」講義の準備、そして、『政治文化情報』原稿執筆の準備。

         ○

久しぶりに東大構内に入りました。安田講堂・三四郎池などを巡りました。さすがに校内は広く、重厚な建物が並んでいました。こういうところで学ぶ人々はやはり良き学問が出来だろうと思います。100207_130301

安田講堂

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三四郎池

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2010年2月 7日 (日)

生活第一・友愛・いのちは国家の独立と安全に上に成り立つ

『アジア問題懇話会』におけるある防衛問題の専門家の講演で印象に残った話は次の通り。(聞き書きですから文責は当然のことながら小生にあります)

「金正日は最短で一年以内に息を引き取る可能性あり。北朝鮮は一月に集中治療室の設備を西側から購入した。中国は、北朝鮮の緊急事態における軍事力を使った危機管理のことを詰めていない。北の権力空白で内乱になった時、中国軍が北に急派されるというシナリオはあまり現実的ではない。

核保有国としての成果を得て、米と不可侵条約を締結するのが金正日の望み。核抑止力によってアメリカを身動きできなくして、韓国攻撃への予行演習をしたのが、一月の動き。北朝鮮に軟着陸させようとしている時に、テロ支援国家指定は逆効果という判断がアメリカにあった。オバマ政権は中間選挙までに、北朝鮮問題で何らかの成果を出したい。

金正日の息子の代になる時、内乱の可能性あり。その時日本がどうするかが問題。今の日本の政治情勢では、そんなことを考える余裕なし。

自信を持ち過ぎた中国は、中国による世界支配が最終目標。中国の国家戦略は、目的と手段が一致している。中国に文句を言う国は、国連活動の中で、封じ込める。中国は軍事力だけでなくあらゆる手段を一つの目的のために使用する国。日本は真似できない。

今の中国は八〇年代の日本と同じ勢い。大変のお金を持っている。規模は当時の日本より大きい。経済力を背景に世界戦略を展開。中国は、経済力・軍事力・政治力のバランスがとれた国。

金正日死後、何にも起こらない可能性もある。張成沢が運営する。しかし、張成沢と反対派との内戦が起こる可能性もある。その時、米韓連合軍が北に入り、韓国による統一が行われる。中国が北に入る可能性は低い。中国に米中戦争になったら米に勝てる自信が無い。」などと語った。

千駄木庵主人曰く。朝鮮半島にどのような事態が起こるか分からない。北は、混乱期に日本に対して核兵器にあるいは生物兵器さらにゲリラによる先制攻撃を仕掛けてくる危険がある。また、台湾のみならず、わが国の尖閣そして沖縄に対して、中国による軍事力行使が起こる危険がある。

こうした事態が想定されるにもかかわらず、民主党政権は、『生活第一』『友愛』『いのちを大事に』などと耳触りの良いことばかりを言って、国防・安保・外交で正しい戦略を立てていない。それどころか、媚中外交を繰り広げている。アジアの平和が保たれ、日本国の独立と安全が維持されてこそ『国民生活』も『国民のいのち』も守られるのである。また、真の『友愛』が実現するのである。

「小沢一郎は、モラルを価値判断の基準に置いていない。法に触れなければ何をしても良いと思っている」という意見を聞いた。たしかにそう思える。また、「五月の大連休に小沢は代訪問団を組んでアメリカに行く」という。中国の次はアメリカなのだが、こんなことをしても、日本の外交的地位が高まるわけがない。

民族運動・維新運動は、国民から信頼され、権力者から恐れられる存在にならなければならない。政治家が右翼を恐れなくなったら終わりである。

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千駄木庵日乗二月六日

午前は、母のお世話。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。ある防衛問題の専門家が講演。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、新宿にて、「民族革新会議定例会」(犬塚哲爾議長)開催。同志諸氏と。小沢一郎問題など当面する諸課題について討議。

帰宅後は、水曜日の『萬葉古代史研究会』における講義の準備。

今日で私の住んでいるマンションのエレベーター付け替え工事が終了した。九階まで階段を上がり降りしなくて済むようになった。二十日間ずいぶん足腰が鍛えられた。

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2010年2月 6日 (土)

父が入院している病院の対応について

今まで書かなかったが、父が入院している病院のことについて記しておきたい。私事で恐縮だが、今日の医療の実態の一断面を記すことも無駄ではあるまい。

父が入院した時、担当の医師が、付き添って行った小生に対し「老衰が進んでいる。高齢になると老衰とか病気は急激に進行することがある」と言った。その時の医師の態度は何か傲岸というか高圧的というか冷たい感じがして、どうも好感のもてるものではなかった。

またある日、父が体の痛みを覚え「痛い、痛い」という声をあげていた。小生が付き添っているとは知らなかったある女性看護師は、「痛い、痛い」という父の口真似をしながら廊下から病室に入って来た。小生は、「患者が苦しがっているのに、その真似をするとは何事かと」強く叱りつけた。

尿路感染症は数日で小康を得、体力も回復の兆しを見せてきた。ところが、連絡があり病院に赴くと、担当医師が「肺に食べ物が入り、熱が出た。どういう結果になるか分からない」と言う。そして、食事をいったん中止するという。「老化による咽頭反射の低下が原因だ」という。しかし、入院前は、全くそういう兆候は無く、食欲は旺盛の方であった。前日、私が病院に行って父に会った時、父は「病院の人に無理に食べ物を食べさせられた。」と言っていた。この事で、食べ物が肺に入り、誤嚥下性肺炎を起こした可能性が極めて高い。

また病院に呼ばれ、担当の医師の説明を受けた。今度は、何と「MRSA(耐性ブドウ球菌)」が父の喉に付着したという。「耐性ブドウ球菌」とは「耐性を獲得し、最も有効なメチシリンという抗生物質が効かなくなった黄色ぶどう球菌(食中毒などの原因となる菌)。学名、スタフィロコッカス‐アウレウス。皮膚や鼻腔などに存在。院内感染の原因ともなり、抵抗力の弱い手術後の患者や高齢者・未熟児などが感染しやすく、一旦発症するとほとんどの抗生物質が効かないため治療は困難。多剤耐性黄色ぶどう球菌MRSA(Methicillin-resistantStaphylococcus aureus)」という黴菌である。これが私の父の喉に付着したという。つまり治療が困難な黴菌に院内感染してしまったのである。


そして医師は、「回復の見込みはない。延命とは延苦である」とか言って、延命治療については私に任せると言うのだ。病院側の不注意、医療体制の不備によって治療困難な状況に私の父を追い込んでおいて、延命治療は私の判断に任せるなどというのはあまりにも無責任であり、無反省である。

しかも嚥下能力の喪失も、「耐性ブドウ球菌」の感染付着も、病院側のミスによると判断せざるを得ない。そういうことへの反省も責任の自覚も無く、「回復の見込みはない。延命とは延苦である」などと言って、事実上、私に「父親を殺してくれ」と言わせようとしているのだ。

或る日、病院で父に付きっていると、ベッドに拘束され苦しがっている父が、拘束具をはずしてくれとうめくので、看護師を呼ぶ。しかし、十数分経ってからやって来て、ようやく拘束を解いた。あまりのことなので、厳しく抗議する。そして担当医師を呼んでもらう。私が色々抗議すると、担当医師は「では別の病院に行ってくれ」と言った。これは医師としての責任感も倫理感覚も持ち合わせていない暴言である。

何故入院した後に病状が悪化したのか。何故食べ物が父の肺の中に入り誤嚥下性肺炎にかかったのか。何故、嚥下能力を喪失したのか、何故「耐性ブドウ球菌」が父に感染付したのか。法律家の方とも相談して、正しく糾明しなければならないと思っている。

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千駄木庵日乗二月五日

午前は、母のお世話。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。そして担当の医師及び医療相談課の課長と今後のことについて相談。

帰宅後は、原稿の校正、資料の整理など。

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2010年2月 5日 (金)

民主党政権の一日も早い瓦解を願う

朝青龍は、潔く引退した。昨日は朝青龍のことを厳しく批判しすぎたと反省している。まだ若いのだから、日本においてでも、あるいは祖国に帰ってでも、大いに活躍していただきたい。相撲の世界は、品格が強調されるが、同じ格闘技でも、プロレスの世界は、品格とは全く無縁である。また、相撲は伝統を大切にするとか国技とか言われている。本当に厳格に伝統を重んじ、国技としての純粋性を保つことと、外国人力士の採用は絶対に矛盾している。

小沢一郎は、嫌疑不十分に不起訴となった。検察側は「証拠が足りなかった」と言っている。『不十分』『足りなかった』ということは、小沢氏は潔白ではないということだ。

しかし小沢は朝青龍のように潔く引退せず、民主党は、小沢幹事長を続投させるようだ。民主党も小沢自身も小沢は「清廉潔白」とし、小沢一郎が司令官として参院選を戦うということである。まことに「頼もしい限り」である。

報道によると、鳩山政権になって定例閣議を午後に遅らせて開催することが相次いだため、天皇陛下の執務に影響が出ていたことがわかったという。

 定例閣議は通常、午前中に開くが、二日には衆参両院本会議での首相の答弁準備などを理由に午後五時半ごろ開催した。

 宮内庁によると同日の閣議で処理された書類は御所に届けられ、陛下は午後八時半ごろにご決裁された。

 宮内庁はこの日、陛下がご体調不良のため三日から予定していた葉山御用邸でのご静養を取りやめられると発表していた。

小沢一郎の不敬発言、亀井静香の遷都発言、そして今回の事態など、民主党政権の「皇室軽視」をこのまま放置することはできない。民主党政権の一日も早い瓦解を願う。

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千駄木庵日乗二月四日

昨夜遅く停電となり。未明に復旧。電気が止まるとどういう事態になるかを体験した。蝋燭と懐中電灯は必需品である。(鞭とロープは要りません)現代人の便利な生活は電気によって成り立っていると言ってよい。したがって、電気が止まると生活そのものが出来なくなる。特に東京の場合は恐ろしい事態になるであろう。数日前の新幹線のストップを見ても分かるか、我々は極めてぜい弱な基盤の上で生活しているということである。

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。発熱したので、苦しそうである。しかし、どうすることも出来ない。何とか苦しみがやわらぐように祈るのみ。

夕刻、今度創刊される雑誌の編集実務担当者の方と、打ち合わせ。

夜は、小生自身の原稿の校正など。

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2010年2月 4日 (木)

小沢一郎・朝青龍・騎馬民族征服説

小沢一郎不起訴問題と、朝青龍処分問題はよく似ている。起訴も処分も煮え切らず、正義がなかなか通らないということ。どんなに悪いことをしても、秘書やマネージャーのせいにして、本人はしゃあしゃあとしていること。小沢も朝青龍も、これまでどんなに勝手な真似をしてきても、政界角界から追放されることはなかったこと。小沢と朝青龍には共通項がありすぎる。

小沢一郎は、日本は古代に騎馬民族に征服され、日本天皇は、騎馬民族の酋長の子孫だという妄論を信じている男だ。モンゴルは騎馬民族だから、騎馬民族征服説を信じる小沢は、朝青龍と似ているということなのか。

しかし私は、朝青龍個人は別にして、モンゴルには親近感を抱いている。ロシアと共産支那の間でこの二国による侵略支配と戦っている親日国家だからだ。

西村真悟氏が、「時事通信」(平成 22 2 3 日号)において次のように書いている。大変重要にして興味深いご主張なので紹介させていただく。

「小沢氏は何人(なにじん)なのか分からない。

 昨年末の中国と韓国における小沢氏の発言を知ると、日本人としてまことに情けないことながら、彼が何人か分からないのである。

 とは言え、彼は日本の国会議員であることは確かであるが、日本人でないことは確かである。

 まず、北京では、彼は中国共産党の『人民解放軍の司令官』だと自ら言った。そして、ソウルでは次のように言った。

『日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ』

 外国でこのようなことが言える日本の国会議員が、果たして日本人だろうか。ここに彼の本質が露呈された。

 小沢氏は、まさに『語るに落ちた』のである。

 小沢氏は、日本人を軽蔑し見くびっているようだが、日本人は、このような何れの国に忠誠心を持っているか分からない政治家によって『改革』されることを黙って見過ごすほど民度は低くない。

 この中国と韓国において露呈された小沢氏の「本音」と小沢氏が推進しようとしている外国人参政権付与法案を合わせれば、小沢氏は、この法案を実現することによって、中国と韓国・朝鮮の我が国への内政干渉が、合法的日常的に実施される道を開こうとしていると断定できる。つまり、小沢氏は、我が国を中国共産党に売り渡すかのように、我が国国政の内部から、我が国の国家主権を腐敗させ崩壊させようとしているのである。

 この過程で使われる民主党の政治用語例えば「人権や平等や国際協調や東アジア共同体」は、日本国民が「民度が低い」ので、国家解体という狙いを誤魔化すために考えられた偽装表示である。

 私は、アメリカのオバマの『チェ~ンジ、イエッス ウィー キャン』も馬鹿らしい標語だと思う。それ以上に馬鹿らしく亡国的なのは、民主党の『改革』つまり『チェーンジ』である。

 何故なら、この民主党の改革は、日本人を軽蔑し日本人の心をもたない帰属不明の人により無批判に煽られているからである。」

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千駄木庵日乗二月三日

午前は、母のお世話。

午後は、『月刊・日本』連載の「萬葉集」講義原稿執筆。

この後、病院に赴き、父に付き添う。今日は意識がいくらかはっきりしていて、小生が来たのを喜んでくれた。

夕刻は、近所の方々と懇談。朝青竜問題、小沢不起訴について語り合う。この二つの騒動、何故が似ているように思えるのだが…。二人ともふてぶてしく顔つきがよくない事か確かである。

帰宅後は、『萬葉集』講義原稿脱稿、送付。

深夜、停電。エレベーター付け替え工事が原因かどうか不明。『千駄木庵日乗』の更新が途中で出来なくなる。

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2010年2月 3日 (水)

小沢不起訴報道について

報道によると、小沢一郎が不起訴になるようである。となると、小沢は幹事長を辞任しないだろう。自民党にとっては、小沢疑惑追及を継続できるから、この方が戦いやすいのではないか。鳩山と小沢の二人が引責辞任した後、菅直人総理、枝野幹事長などということになると戦いにくいだろう。

民主党議員が、公然と小沢批判が出来ないのは、小沢が不起訴になり、幹事長職に居座って報復されるのが怖いからである。いよいよ政治も混迷を深めることとなる。

政局などはどうでも良い。小沢民主党の国家基本問題とりわけ皇室に対する姿勢は絶対に許し難い。これが最大の問題なのである。小沢民主党糾弾をなお一層強めねばならない。

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千駄木庵日乗二月二日

起床して、ベランダに出ると、朝日に照らされる雪が美しかった。清々しい気分で、太陽に拝礼。日の大神への祈りを捧げる。

午前は、母のお世話。

午後二時より、北区にある我が家の菩提寺で執行された『節分会』に父母の代理として参列。参列者全員による読経の後、ご住職が導師となって護摩が焚かれた。そして豆撒きが行われた。

帰宅後は、書状執筆など。

            ○

わが家の菩提寺は、真言宗のお寺である。節分会の法要では、護摩が焚かれる。数人の僧侶が『法華経』の「観世音菩薩普門品」の「偈」を讀誦しつつ、太鼓の音と共に、護摩を焚くと、まことに荘厳な心持ちになる。一種の宗教的エクスタシーを感じる。法要の形態というか様式が完成され、整っている。

僧侶の誦する言葉をよく聞いていると、日本中の神々のお名前が読み上げられ、天神地祇への感謝の言葉が述べられている。真言宗は、日本傳統信仰の特質と融合していると思う。日本仏教の中でも、包容力のある宗派が真言宗であろう。

日蓮宗の法要にも、物故同志の慰霊法要で、年一回必ず参列する機会がある。同じように、完成された形となっている。真言宗とは、開祖も教義も異なるのだから、基本的に性格は違うということなのかもしれないが、参列者にとっては、そう違いはない。同じ『法華経』を讀誦している。

今日は、菩提寺からの帰途、日暮里駅前の蕎麦屋に寄ったが、寒修行の笠をかぶった日蓮宗の坊さんたちが御題目を唱えながら太鼓を敲いて行進していた。なかなか良いものである。今日は、仏様に縁のある一日であった。

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2010年2月 2日 (火)

支那思想について

「おとなの寺子屋・論語の会」において、東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)は、次のように語った。

漢籍の分類に用いられる四部分類である経史子集』の中でも、『経』が一番重要。しかし、荀子(支那戦国時代の趙の思想家。孟子の性善説に対し、性悪説を唱えたとされる)は『経』に入れてもらえない。荀子は、法家(支那戦国時代の諸子百家の一。法による厳格な政治を行い、君主の権力を強化し、富国強兵をはかろうとする政治思想)の思想を準備した人。

性善と性悪は根本的対立ではなく、どちらを重視するかの問題。法によって地上を統治する発想の基が荀子の思想。孔子の生きた時代も戦乱の時代だった。孔子は、偉大な先王(昔の偉大な王)が善政をしいていた時代に回帰しようという思想。荀子は、世の中は進歩する。昔の王より今の王の方が偉いに決まっているという思想。

孔子・孟子は天の意志を大切に考えた。天を大切にしていれば天から教えられると考えた。荀子は自助努力を重視し、自分で考えなければならないとした。孔孟の性善説は理想的、荀子の性悪説は現実的。仁と礼によって政治を行うというのが先王の道。荀子は先王の道では世の中は変革できないと考えた。克己復礼を大切に考えた。『昔通りやりましょう』では駄目だとした。孟子を詠む者は、必ず荀子を読まねばならない。孟子の荀子を併せ読んで『論語』と共に考え、はじめて儒教を理解できる。

天の中心は北極星であるから、天の代理として国を治める天子は、北を背景として南に面しなければならない。これを『天子は南面する』と言う。

中国人は、故郷に帰るという発想が強い。一定の土地に定住する人が多い。各地を移動する客家は異常とされた。客家は『よそ者』という意味があるとされ、『中華の流浪の民』といわれる。

國共内戦に負けて台湾にやって来た中国人は、大陸の故郷に廟を立てる人が多い。

儒教社会は『法』が及ぶ範囲が少ない。『法』が厳密に通用するとしんどくなり、抜け道をつける。賄賂が横行する。中国はそれがひどい。『法』以外の別のルールで動いている。西洋的成文法世界とは異なる。『法』も群雄割拠している。

コネと賄賂の理論的支柱が『論語』。中国人はユートピアに憧れつつ生き馬の目を抜く世界を生きている。」と語った。

孔孟の教えの日本思想への影響も大きい。荀子については、今日はじめて勉強することが出来た。支那思想は、性善説と性悪説を包含しているということか。と言うよりも、どちらも巧みに使い分けるということであろう。

支那の駐日大使をしていた王毅は、小泉総理の靖国神社参拝に対して、『隣の人の迷惑になることをしない』というのが東洋道徳だとか言って批判した。しかし、隣国の迷惑になること、嫌がることばかりをしている支那の大使にそんなことを言う資格はない。

儒教国家はどういうわけか、賄賂が横行し、法治国家とはなっていない。独裁的な権力をふるっていた国家指導者は、権力を喪失すると、逮捕されたり、殺されたりする。韓国はその典型だ。陳水扁前総統が逮捕拘留されている台湾もそうなってしまったのか。当り前のことだが、支那思想の良い所は学んでも、悪い所は学ばないということが大切である。また、支那に対する誤れる憧れの思いと贖罪意識は徹底的に払拭すべきである。

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千駄木庵日乗二月一日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。医療問題・小沢問題などを語り合う。

午後は、諸雑務。エレベーターが動かないため、階段の上がり降りが大変である。

午後七時より、白山にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。

帰宅後は、エレベーターが使えないので外出できず、また父が入院しているので一人でさみしがっている母と懇談。

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2010年2月 1日 (月)

三の丸尚蔵館を拝観して遷都論について思う

皇居東御苑の三の丸尚蔵館にて開催中の「御成婚五〇年・御即位二〇年記念特別展『両陛下-想い出と絆の品々』」は、「御成婚50年と御即位20年のお慶びを記念して,これまでに御成婚,御即位,そして御日常をテーマとし,それぞれに縁(ゆかり)の品々を紹介してまいりました。これらに続き,来年3月まで,国内の御訪問と国際親善の御様子を,各地からの御贈進品及び献上品を通して紹介いたします。…今回の展覧会では,両陛下の深い御理解のもと,多くの貴重な品々を御出品いただきました。この機会に,多くの方々に,これまでの両陛下の御足跡と,お心に触れていただければと思います。」(案内書)との趣旨で開催された。

国内各地の御巡幸あそばされた際、都道府県知事をはじめ国内各方面から献上された品々が展示されていた。上御一人に対し奉り献上された作品であるから、心をこめ、技術をつくして創作されたものばかりであり、それぞれ素晴らしい品々である。工芸品のみならず日本の芸術は、古代より皇室の御存在を中心として継承されてきた。

京都府献上「京焼・清水焼『源氏物語猪口』」、広島県献上「碧釉稜壺」、福岡県献上「博多人形・蘭陵王」、長崎県献上の「彫刻硝子花器・ふじに蝶」、鹿児島県献上の「薩摩切子花瓶」などにことに感銘を受けた。

皇居東御苑には、時々来させていただく。三の丸尚蔵館もたびたび拝観させていただいている。その度に心安らぐ。最近、亀井静香氏がテレビの討論番組で、「皇居を広島か京都にお遷しすべし」と、陛下の御前で申し上げたなどということを言っていたが、とんでもないことである。そのようなことを軽々しく直接、天皇陛下に申し上げることは不謹慎極まりない。

「皇居は、江戸時代に徳川氏の居城であり、幕府が置かれていたから、皇居にふさわしくない」というのが、亀井氏の論拠である。しかし以前にも述べたが、すでに百年以上も経過した今日、皇居は、覇者の居城という過去の雰囲気というか性格は全く無くなっている。私はそう実感する。

明治・大正・昭和・今上の四代の天皇様が、祭祀を執り行わせられ、政務をとられてきた皇居は、神聖なるところになっている。

祭政一致の日本國體を正しく継承し、その理想を開顕するということが今日最も大切なことである。江戸時代は、幕府が政治を壟断し、天皇陛下と政治を切り離していた時代である。つまり、江戸時代こそ、覇者による権力政治が行われ、祭政一致の國體が隠蔽されていたのである。そういう時代に戻してはならない。

天皇陛下に、京都にお遷りいただくということは、京都に都を遷すということである。京都遷都ということは、国会、最高裁、内閣の三権も京都に移すということである。

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千駄木庵日乗一月三十一日

午前は、母のお世話。

午後は、皇居東御苑の三の丸尚蔵館にて開催中の「御成婚五〇・御即位二〇年記念特別展両陛下-想い出と絆の品々」参観。

この後、病院に赴き、父に付き添う。父はぐっすりと眠り続けている。体に手を当て、快癒を祈る。

帰宅後は、資料の整理など。

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