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2010年1月29日 (金)

政治と倫理

政治の根底には、それを支える正しき國家観と共に正しき道義観念・哲學が必要である。しかし今日の政治家は、正しき國家観を喪失しているだけではなく、正しき道義観・倫理観も持ち合わせていない。日本における道義観・倫理精神の根幹は、「忠君愛国」という言葉で表現されているように、天皇陛下への尊崇の念と、親への尊敬の念である。小沢一郎を見てはっきり分かるように、政治家の尊皇精神が希薄になっている。尊皇精神の希薄な小沢は、倫理観も希薄なのである。これを正すことが緊急の課題である。

 戦前の日本には、『教育勅語』に集約される正しき道義観があったし、「忠君愛國」「敬神崇祖」という正しき信仰精神があった。しかし戦争に敗北したことにより、それらは全て「軍國主義」「封建道徳」の名を着せられて排撃されてしまった。そしてわが國は道義観なき「自由と民主主義」「個人の尊重」が声高に叫ばれて来たのである。そして、今日の体たらくとなっているのである。

 わが國には「恥を知る」という倫理観がある。「日本文化は名と恥の文化である」と言われるほどに、わが國民は恥をかくことを嫌うし、名がすたること忌み嫌ってきた。恥をかかさせることに何よりも怒りを覚える國民であったし、恥ずべきことはしないことを何よりも重んじてきた國民である。

 ところが、今日の若者は浮浪者でも乞食でもないのに平気で地べたに座り込んで話をしたりものを食べている。こういう若者たちを<恥知らず>というのである。若者だけではない。政治家にも<恥知らず>が多くなってきている。だからわが國近年の外交は屈辱外交を繰り返しているのである。小沢はその典型だ。

 わが國のすぐれた伝統精神・倫理観念・國家観を回復することが緊急の課題である。人間は伝統的な諸価値によって決定される正しい行動の規範に基づいて生活することによって、真の自由と幸福とを得ることができるのである。混迷の淵にある祖國日本を起死回生せしめるには、戦後民主主義の誤りを正し、わが國の伝統的な國家観と道義精神を回復せしめなければならない。

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