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2010年1月31日 (日)

尊皇攘夷の精神と現代

先日、ある方と懇談をしていて、心に残る話を聞いた。その方は、「日本の現状を憂え祖国を守る戦いは重要だが、その根幹にしっかりとした尊皇精神が無ければならない。明治維新は、『尊皇攘夷』を基本理念にした戦いであった。今日も戦いもそうであらねばならない」と語っていた。全く同感である。

明治維新は、西洋列強の日本に対する圧迫が強まった時、これを撥ね除けるために、「藩」といふ地域そして「士農工商」という身分制度を乗り越えて、天皇を中心とした日本國家・民族の一体感・運命共同意識を回復して外敵に当たろうとしたのである。それを「尊皇攘夷」といふ。天皇を尊び、外國の侵略からわが國を守るといふ精神である。

「攘夷」とは夷狄(野蛮な外國)を打ち払ふといふことである。西欧列強といふ侵略者、異質の文化に直面した日本民族の國民的自覚と祖國防衛・独立維持の情念の噴出である。アメリカやロシアの軍艦の来航といふ國家的危機に直面して、國防意識が全國民的に高まった時に、自然に発生し燃え上がった激しき情念である。

 

天皇中心の國體を正しく開顕し、天皇を國家の中心に仰いでこそ、日本國の主體性は確立され、外國の侵略を撃退し祖國の独立を維持することができる。事実、明治維新断行後、天皇を統治者として仰ぎつつ、封建的身分制度は廃止され、廃藩置県によって統一國家が建設され、帝國憲法の発布・議会政治が開始された。そしてわが国は、欧米列強の支配下に置かれることはなかった。

共産支那や北朝鮮の「傲慢無礼」な反日政策・対日侮蔑外交が繰り返されている今日、わが國民は、「民族の正気」を回復し、屈辱と汚名を晴らす行動に出なければならない。

現代日本は、國民の皇室尊崇の念が薄れつつあり、伝統信仰が顧みられなくなりつつある。これが今日の國家の弱体化の原因であり、このままでは國家崩壊につながる。

「いのち」も大切である。「友愛精神」も必要だ。しかし、今日においては、民族の正氣・日本の心を回復せしめなければ日本は危うい。

外患に当って、「神祭・神事」が盛んになるのは、わが國の伝統である。現代においてこそ、祭祀主日本天皇の真姿が開顕されるべきである。今こそ天皇を中心とした國家の回復を目指す皇道大維新運動を繰り広げねばならない。

今日の日本も内憂外患を除去するために、明治維新の精神に回帰し、明治維新と同じように、日本的変革の原理たる「天皇中心の國體の明徴化」の理念を基本とした大変革即ち平成維新を断行しなければならないと信ずる。

民主党政権は、明治維新以来の大変革を行うと言っているが、「尊皇攘夷」の精神が確立されていないで、真の維新が出来るはずがない。むしろ、日本國體を破壊せんとし、祖国日本の独立を危うくしているのが、民主党政権である。

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千駄木庵日乗一月三十日

午前は、母のお世話。

午後は、資料の整理。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆など。

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2010年1月30日 (土)

小沢一郎の沖縄土地購入問題

報道によると、小沢一郎が平成17年11月、沖縄県宜野座(ぎのざ)村で約5200平方メートルの土地を購入していたことが28日、登記簿や衆院の資産等報告書で分かった。建物もない「原野」で、使途は分かっていない。土地は米軍普天間飛行場の移設予定地に近く、購入直前に移設を盛り込んだ在日米軍再編の中間報告に合意していることから、投機目的の不動産取得の可能性があるという。しかも、小沢の「資産等報告書」に、小沢に定期預金はなく、沖縄の土地を買う多額の資産がどこにあったかも不明だという。

国防・安保という国家の存亡にかかわることまで、自己の利権にするなどというは絶対に許されない。小沢一郎という男の本性がどういうものであるかが、この一事を以て明瞭である。彼は、「政権交代」「議会制民主主義」などと綺麗事を言っているが、彼の本性は、政治権力を悪用した悪質なる利権政治家なのだ。小沢こそ、最も悪質なる利権政治家・金権政治家である。一刻も早く政界から追放せねばならない。政治生命を断たねばならない。

自民党は、次期参院比例選で片山虎之助・元総務相など三氏を公認しないことを決めた。政治家に定年制など必要ない。選挙で選ばれるか選ばれないかによって政治家の進退は決められるべきである。高齢化社会において、高齢の政治家が多くなって当然である。高齢者を政治の世界から追放するなどというのは誤りだ。

小泉総理(当時)は、定年制を金科玉条にして、中曽根康弘・宮沢喜一両元総理を引退に追い込んだ。そして、自分は息子を後継者にした。私は、中曽根・宮沢両氏や、山崎拓氏を支持しているわけではないが、こういうことには賛成できない。これからこそ、経験豊富な高齢者が政治の場で活躍すべきである。そもそも、青木とかいう竹下の子分は公認されて、片山虎之助氏が公認されないなどというのはおかしい。また、選挙のことを考えても、高齢化社会ではお年寄りの票は増えても、若者の票は増えないのだ。

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千駄木庵日乗一月二十九日

午前は、母のお世話。

午後は、近々発刊される雑誌の編集事務など。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年1月29日 (金)

政治と倫理

政治の根底には、それを支える正しき國家観と共に正しき道義観念・哲學が必要である。しかし今日の政治家は、正しき國家観を喪失しているだけではなく、正しき道義観・倫理観も持ち合わせていない。日本における道義観・倫理精神の根幹は、「忠君愛国」という言葉で表現されているように、天皇陛下への尊崇の念と、親への尊敬の念である。小沢一郎を見てはっきり分かるように、政治家の尊皇精神が希薄になっている。尊皇精神の希薄な小沢は、倫理観も希薄なのである。これを正すことが緊急の課題である。

 戦前の日本には、『教育勅語』に集約される正しき道義観があったし、「忠君愛國」「敬神崇祖」という正しき信仰精神があった。しかし戦争に敗北したことにより、それらは全て「軍國主義」「封建道徳」の名を着せられて排撃されてしまった。そしてわが國は道義観なき「自由と民主主義」「個人の尊重」が声高に叫ばれて来たのである。そして、今日の体たらくとなっているのである。

 わが國には「恥を知る」という倫理観がある。「日本文化は名と恥の文化である」と言われるほどに、わが國民は恥をかくことを嫌うし、名がすたること忌み嫌ってきた。恥をかかさせることに何よりも怒りを覚える國民であったし、恥ずべきことはしないことを何よりも重んじてきた國民である。

 ところが、今日の若者は浮浪者でも乞食でもないのに平気で地べたに座り込んで話をしたりものを食べている。こういう若者たちを<恥知らず>というのである。若者だけではない。政治家にも<恥知らず>が多くなってきている。だからわが國近年の外交は屈辱外交を繰り返しているのである。小沢はその典型だ。

 わが國のすぐれた伝統精神・倫理観念・國家観を回復することが緊急の課題である。人間は伝統的な諸価値によって決定される正しい行動の規範に基づいて生活することによって、真の自由と幸福とを得ることができるのである。混迷の淵にある祖國日本を起死回生せしめるには、戦後民主主義の誤りを正し、わが國の伝統的な國家観と道義精神を回復せしめなければならない。

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千駄木庵日乗一月二十八日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。

午後は、諸雑務。その後、病院に赴き、父に付き添う。精神的に不安定なので心配である。

帰宅後は、「大吼」誌連載中の『萬葉集』テープ起こし。完了、送付。

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2010年1月28日 (木)

外国人参政権について

『日本国憲法』第十五条には、「公務員を選定し、およびこれを罷免することは、国民固有の権利である」とある。したがって『永住外国人地方参政権付与法案』は明確に憲法違反である。

平成七年二月二十八日の最高裁判決は、「憲法十五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみを対象とし、右規定による権利の保障は、わが国に在留する外国人には及ばない」と言明している。つまり、公務員を選定・罷免する権利は、日本国籍を持つ『日本国民』にあると明示した。

またこの判決では、憲法第九十三条に「地方公共団体の長、その議會の議員および法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」と規定されていることに関して、「憲法九十三条にいう『住民』とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本國民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、わが國に在留する外國人に対して、地方公共団体の長、その議會の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない」としている。

憲法九十三条の地方公共団体の首長、議員を選出する「住民」も「日本国民」である。地方自治法などの関連法の規定も同様である。憲法をはじめ、地方自治法などの選挙権に関する規定は、いずれも、外国人に選挙権を保障したものではない。

地方参政権付与推進論者が拠り所とするのは、平成七年の最高裁判決の傍論における「永住者などの在留外國人で居住区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至った者について、地方公共団体の長、議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは憲法上禁止されていない。国の立法政策にかかわる問題」という“見解”だ。

これは本論と明らかに矛盾するし、憲法とも矛盾する。憲法に違反し法的拘束力もない傍論(暴論?)に基づいて参政権付与を主張するのは、法理を無視するものである。しかも、この判断は「憲法で禁じられてはいない」と判断しただけであって、地方参政権を付与しなければ憲法違反であると言っているわけではない。だから最高裁は、定住外國人に地方参政権を付与するか否かは「もっぱら國の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない」としているのだ。  

「憲法の保障する基本的人権は『国家以前の権利』であり全ての人々に等しく保障されるべきである。参政権も基本的人権であるから外国人にも保障されるべきだ」という主張がある。しかし、参政権とは、国家の政治に参画する権利であり、国民が国の政治に直接・間接に参与できる権利のことである。選挙権・被選挙権・公務につく権利などの参政権は、国家の存立を前提にとしており、国家の構成員たる「国民」のみに保障されるものである。

参政権は、国家主権と不離一体の関係にあるのであり、外国人には保障されない。日本國の政治(國政であろうと地方政治であろうと)に参与し、議員選定できる権利は日本國民の固有の権利である。外國人がわが國の政治に参加したいのならわが國の國籍を取得すべきである。

在日外国人には、国政であろうと地方政治であろうと、わが国の政治に参加する権利もないし義務もない。「国家の主権・独立・安全を守るために永住外国人に地方参政権を付与することはできない」という原則はかたくななまでに守るべきである。

他国に忠誠心を持ち、わが国の国家意識・運命共同意識の象徴である『日の丸』を掲げられず『君が代』を歌えない人にわが国の参政権を与えることはできない。

永住外国人は、祖国の法の支配下にある。日本に帰化せず、日本国に忠誠を誓わないでほかの国に忠誠を誓う人にわが国の参政権を与えるのは、わが国の独立と主権を根底から否定することである。    

亀井静香・国民新党が反対とているのは大変に結構である。推進論者の小沢一郎が西松事件で起訴されることを期待している人が多いのも大変に結構なことである。

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千駄木庵日乗一月二十七日

午前は、母のお世話。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。

この後、新宿にて、小生が編集責任者となって創刊される雑誌の実務担当者の方と打ち合わせ。

午後五時半より、御苑倶楽部にて、「時局戦略懇話会幹事会」開催。藤本隆之氏が司会。同志多数と、外国人参政権反対運動について討議。この運動も全国的に相当な盛り上がりを見せている。

帰宅後は、小生の『萬葉集講義』のテープ起こし。

        ○

毎日、一階から九階まで階段で最低二回は上がり降りしている。また母の住む階へも上がり降りしている。足腰が鍛えられる。有難い。ただし、酔って帰った時が問題である。足腰が鍛えられるのは良いが、心臓が破裂したら元も子もなくなるのだから…。

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2010年1月27日 (水)

霧社事件を描いた映画について

今日お会いした俳優の方は、「霧社事件」を描いた映画に出演するとのこと。事件鎮圧にあたった日本軍の指揮官の役であるという。三月から二三カ月台湾に赴き、撮影に参加するという。

この映画の魏徳聖監督は、日台の若者の恋愛を描いた「海角七号 君想う、国境の南」の大ヒットで、台湾での映画興行収入記録を塗り替えた若手監督である。魏徳聖監督は、霧社事件を描いた今度の映画も「反日映画を作るつもりはない」と言っているという。

「霧社事件」とは、昭和五年(一九三〇年)十月、台湾中部の高地千㍍にある霧社で、日本警察に対する不満から端を発し、タイヤル族が中心になって、日本人多数を惨殺した事件である。

同年十月二十七日、霧社公学校において小公学校連合運動会が開かれるので、日本人生徒とその父兄が参集したところ、日章旗掲揚を合図として、約三百人のタイヤル族の男たちが会場になだれ込んで会場を襲撃し、そこにいた日本人を女性や幼児にいたるまでその殆どを殺害した後、警察駐在所や郡役所の霧社分室、さらに職員宿舎などを襲撃した。この日の襲撃で日本人の一三四名を殺害され、二一五名が負傷した。殆どの日本人の死体は首をはねられていたという。

事件の鎮圧に当たった台湾総督府は、警官一一六三名、軍隊八百余名、漢族系台湾人青年団など一五六三名、総計三五百余名を出動させた。事件は、付近の山地にも波及したので、日本側は砲兵隊や飛行機まで出動させ威嚇した。しかし鎮圧するのに五十数日を要した。多くのタイヤル族捕らえられるよりも自らの手で死を選んだ。自死の方法は縊死であった。深山の大木には多い場合には十数人の人たちが一本の木で自殺していたという。

霧社に居住する山地先住民の十二の部落の内、六部落・総人口一三九九人の人々が蜂起もしくは蜂起に協力した。そのうちの二七六人が鎮圧の過程で死んだと伝えられる。

「霧社事件」の原因は、総督府のタイヤル族対策、中でも「出役」といわれる「労働の強制」及び「官憲の態度」であるといわれている。タイヤル族を含めて高砂族は長い間外界からの刺激や、文化交流の機会が少なかった。故に先住民は殆ど自然人に近い生活を営んで来た。そして自然の恵みの中で生活してきた。ゆえに、一般的に労働意欲は高くなかった。特に他人の強制で働くのを嫌った。

文化的に進歩し、学問も技術もあり、その上せっかちで勤勉さを誇る日本人が、文化交流の機会を持たず、のんびりした生活をしてきた自然人に、教育や労働をせっかちに強制することが、タイヤル族の不満を掻き立てたのであろう。そして失われかけていた彼らの自然人としての本能が爆発したのが「霧社事件」の原因だと考えられる。 

 

先住民側も日本人側も犠牲者は多かったが、それほど根の深い事件ではなく、日本人と先住民との意思の疎通を欠いたことによって起こった惨劇であった。戦後、国民党が宣伝したような「日本の支配に対する反日、抗日の計画的な反抗」ではなかった。

事件の後、純朴で従順な先住民たちは日本の教育に素直に順応した。だからこそ、先住民たちは、日本人になり切り、大東亜戦争では、先住民だけで編成された「高砂義勇隊」が、東南アジアの戦線で勝利のために勇敢に戦ったのである。

先住民に対する日本語教育の普及率は漢族系台湾人よりも高く、今日でも先住民の部族間の共通語は日本語になっているという。日本統治時代に郷愁を抱く人は多かった。

魏徳聖監督がどういう意図でこの霧社事件を描いた映画を作るのか、よくわからない。台湾問題の専門家に聞いてみたいと思う。

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千駄木庵日乗一月二十六日

午前は、母のお世話。

午後は、『大吼』連載の「萬葉集」講義の原稿執筆。自分の講義のテープ起こし。テープ起こしは書くよりも大変。

その後、病院に赴き、父に付き添う。平癒を祈りつつ眠っている父の背中をさする。看護師の方々が良くやってくれている。感謝。

夜は、千駄木に戻り、行きつけのお店で、ある俳優の方と懇談。

帰宅後も、テープ起こし。

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2010年1月26日 (火)

沖縄基地問題と民主党政権

沖縄の基地問題は、なかなか難しい。沖縄県民に多くの負担を負わせ危険を強いていることは事実である。しかし、日本が独自の軍事力で、日本をそしてアジアの平和と安全を保つことが出来るようになるまでは、日米安保条約は必要である。今すぐこれを廃棄することはできない。

日米安保に関わる基地問題は、日本国全体の国防と安全にかかわる問題である。まことに酷な言い方であるが、沖縄県民や名護市民の民意のみによって決定されるべきではない。したがって、沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市への移設に反対する稲嶺進氏が、同市長選で勝利したことで、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に移設する現行計画が実現不可能になったというのはおかしい。この問題は、あくまでも、国家的見地から解決されるべきである。

民主党は、辺野古への移設計画に反対している稲嶺進氏を推薦した。しかるに、鳩山総理や岡田外相、平野官房長官らが名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に移設する現行計画をなお排除しないと言った。これは大変な矛盾である。

民主党政権というのは、本当におかしい。政権交代すればすべてがうまくいく、バラ色になる、国民生活が良くなると言っていたのは全くウソであった。「国民生活第一」などと言って政権を取ったが、沖縄基地問題では国家の安全と国民生活を不安にし、小沢問題では国民の政治不信を招いている。

いよいよ日本は亡国の道を辿っている。

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千駄木庵日乗一月二十五日

未明、編集を担当する雑誌の『巻頭言』の原稿脱稿、送付。

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。ベッドに拘束されていた父が、車椅子に乗ることが出来た。病院の廊下を一回りする。意識もややはっきりしてきた。まことに奇跡的なことである。有難い。神仏と医師に感謝する。

夜は、谷中で、二松学舎大学の同窓の友人と鮟鱇鍋をつつきながら懇談。同大学付属図書館で同僚として五年間一緒に働いた人なので、懐かしい思い出話の花が咲いた。彼は今も母校で働いている。書誌学の大家になっている。また、最近歌を詠むことを始めたという。

帰宅後は、資料の整理。

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2010年1月25日 (月)

啄木の歌

今夜懇談した友人も、母上が自宅で寝たきり状態であるという。のみならず、母上は人工透析を受けておられ、三日に一回くらいに病院に付き添って行っているという。母上をおぶうことがあるが、その時に思い出すのは、石川啄木の次の歌であるという。

「たはむれに 母を背負ひて そのあまり 軽きに泣きて 三歩あゆまず」

私もこの歌を読むたびに、胸が迫る。

私の場合は、父がまさに寝たきりの状態で、その痩せ細った體を見ると、本当に切ない。何とか元の体に戻ってほしいと思う。

医師が言うには、私の父は、生命力が非常に旺盛であるとのとである。戦前・戦中・戦後の厳しい時代を生き抜いて来た人は基本的に体力があるという。全く贅沢ということとは縁が無かった父であるが、かえってそれが良かったのかと思う。

毎朝、毎晩、仏前神前で、父母の生命力の蘇りと長寿を祈っている。また、病院では、父の体をさすりつつ、快癒を祈っている。

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千駄木庵日乗一月二十四日

午前は、母のお世話。

午後は、連載原稿執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

夜は、友人と懇談。

帰宅後は、『政界往来』の連載原稿脱稿、送付。

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2010年1月24日 (日)

国家基本問題・真正保守について

「国家基本問題」という言葉がある。皇室・歴史・教育・憲法・領土・防衛などに関わる事象を言うのであろう。「真正保守」という言葉がある。現体制・戦後体制を護る保守ではなく、天皇を君主と仰ぐ國體を護る保守という意味であろう。

近年、その国家基本問題に関して、真正保守と言われる学者・評論家・運動家の間に、意見の違いが見られるようになってきた。特に、皇室・憲法に関して顕著である。

真の保守は真の革新と一体である。これを維新という。國を思い、維新を目指す人々が、真摯に議論を戦わせることは必要なことである。みんながみんな全ての面で同じ考え方である方がかえっておかしい。

「天皇陛下の政治利用」についても、意見の対立がある。また、皇居を京都にお遷しすべしという意見も出てきた。小沢一郎を評価する人さえ出てきた。國體否定の立場に立つ人でなければ、真っ向から否定するのではなく、大いに議論したいと思う。私は、真正保守の立場に立つ人との意見の違いについては、基本的に名指し批判はしないことにしている。

極めて重大な問題になればなるほど、意見の対立は深刻になる。それが、感情的非難に発展する場合もある。これはまことに危険である。「皇室典範」についての議論でその傾向が見られる。これからが心配である。

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千駄木庵日乗一月二十三日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

その後、病院に赴き父に付き添う。快癒を祈る。

帰途、母と同級生の人の甥御さんがやっている魚料理店で地元の友人たちと懇談。結婚前から知っているご夫婦。このご夫婦の親御さんも九十歳になられたとのこと。

帰宅後も、原稿執筆。新しく刊行される雑誌の「巻頭言」を書く。なかなか難しい。

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2010年1月23日 (土)

『義人はいない。一人もいない』

『新約聖書』の「ローマ人への手紙」に「義人はいない。一人もいない」にという言葉がある。「この世に億万の人間がいたとしても、神の御目にかなう正しい人は一人もいない」という意味だそうである。私は、中学時代に聖書を読んでから、妙にこの言葉が気になっていた。

「義人」を「天皇陛下への忠義の人」ということにすると、まさに今の民主党には、「義人はいない。一人もいない」ということだ。憲法違反の『天皇陛下の政治利用』を行ったばかりでなく、天皇陛下を侮辱し奉り、自己の権力の下に置き奉ろうとしている小沢一郎という逆賊政治家を批判する人が、民主党内に全くいないからである。中井国家公安委員長島昭防衛政務渡辺総務政務松原衆院議員は、真正保守の立場だと言われているが、彼らも全く小沢の悪逆非道を批判しない。困ったことである。

鳩山首相は、『在日宇宙人』と言われている。民主党は、在日宇宙人に参政権を持たせるどころか、党代表・総理大臣に選んだのだから、在日外国人に参政権を付与するのは当然ということか。

冗談はともかく、国民新党の亀井静香代表が予算委員会で、『在日外国人への参政権付与』に反対の姿勢を明確にしたのは大変結構である。民主党の渡辺氏は、今日のテレ番組で賛成の意思表示をしていた。

BSフジの討論番組で佐々淳行氏は、「政治家の汚職摘発は、警察には出来ない。つぶされる。総理秘書官経験者が警察庁長官・警視総監になると、政治家の側につく。警備・公安畑の人が長官・総監になると、検察の側につく。小沢一郎が、政党交付金をため込んで、土地を購入したり、別のことに使ったとしたら、背任横領だ」と言っていた。実際に警察官僚として活躍していた人の発言なので、重みがある。

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千駄木庵日乗一月二十二日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。ここ数日意識がはっきりしなかったのですが、今日は、目を開けて私が来たことを喜んでくれました。本当に嬉しく思いました。

帰宅後も、原稿執筆。ここ数日間に書きあげなければならない原稿が三本あり、大変です。

また、工事のためエレベーターが動かないので、最低一日二回は、九階から一階まで階段で上がり降りをしています。また、父母の部屋に行くのにも会談を上がり降りしています。足腰が丈夫になると喜び、いくらかダイエットにもなるかと期待しています。反面、酔って帰って来た時の苦難は尋常ではありません。

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2010年1月22日 (金)

小沢一郎の政治生命を断つことは最高の正義である

民主党と偏向マスコミは、地検特捜部による小沢一郎とその子分に対する捜査を、「検察のごり押し」「不当捜査」「検察の暴走」「冤罪」などと非難している。

私は、「冤罪」だろうと「ごり押し」だろうと「不当」だろうと、ともかく、小沢一郎が逮捕され、政治生命を断たれ、政界から追放されるべきであると考える。暴論と言われてもかまわない。

天皇陛下を貶め、自己の権力下に置き奉ろうとしている小沢一郎、日本天皇を騎馬民族の子孫だなどと言っている小沢一郎、天皇御陵を暴けと主張している小沢一郎は、戦後どころか近代以降最悪の逆賊政治家だからある。このような悪逆非道の政治家が最大権力を握っていること自体許し難いことである。まさに國體の危機なのだ。

検察の手によって、小沢の政治生命を断ってもらうことが、天皇国日本を護ることとなる。従って、私の主張は、決して暴論ではない。

天皇の尊厳性を侵害し、國體を危うくするとことほど、大きな罪は無いし、國家民族への反逆は無いし、最悪・最大の違法行為である。こうしたことをする悪逆非道の政治家・小沢一郎を糾弾し、その政治生命を断つことは、最高の正義である。

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千駄木庵日乗一月二十一日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、『萬葉會』開催。小生が『萬葉集』巻十八の大伴家持の歌を講義。

帰途、参加者の方と懇談。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、書状執筆、原稿執筆など。

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2010年1月21日 (木)

亡国政権を一日も早く打倒せよ!

『マスコミ総合研究所・新春研究会』における講演で平沼赳夫氏は次のように語った。

「民主党の選挙は詐欺の選挙。民主党の政策集『民主党インデックス2009』は、マニフェストに一行も記されていないことが書かれている。『国会図書館に恒久平和調査局を設置する』『特定の宗教性をもたない新たな国立追悼施設の設置する』『選択的夫婦別姓等を導入します。』『定住外国人の地方参政権を早期に実現する』という左翼的な政策が並んでいる。民主党の参議院を牛耳っているのは、日教組の輿石。

民主党のやっていることは、『オレオレ詐欺』ならぬ『ヤルヤル詐欺』だ。子供手当・高速道路の無料化・農家個別保障制度などの財源を、二十兆円の無駄遣い削減で捻出すると言った。事業仕分けで六千億しか削減できなかった。一年目は、国債発行などで約束を守ることが出来ても、二三年で国民にツケが回される。事業仕分けは人民裁判。ばらまき政治。

鳩山氏は母親から十二億円貰っても、覚えていないという。天下の大ウソつき。贈与税を六億円納めた。マスコミはそれで済んだと思っている。何故これまで贈与税を払わなかったことを追及しないのか。小沢氏は、世田谷の土地を買うのに、ポケットマネーから出したという。残りの一億円は建設会社が五千万ずつ献金。昔の自民党田中軍団のやったことを、民主党の小沢がやっている。お粗末すぎる。

民主党が参議院で単独過半数を取ったら大変なことになる。『ワイマール憲法』下で、ヒトラーの独裁体制が出来た。ここで保守の良識を示すべし。新政党を立ち上げることで努力している。頭山興助氏より東郷平八郎元帥が書いた『皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ』との書をいただいた。

韓国籍の永住者は四十二萬人いる。中国籍の永住者もものすごい勢いで増えている。この人たちに参政権を与えたら、与論島に住民票を移動させて、中国領だと宣言したらおしまい。大韓民国は『相互主義』を掲げて、日本人永住者に参政権を与えた。しかし、韓国にいる日本人永住者は五十一人しかいない。大韓民国居留民団は、帰化する人が増えると組織が維持できなくなるのを恐れている」と語った。

中華民国系華僑総会に属する人が発言し、「私達は参政権はいらない。中華民国も中華人民共和国も外国人に参政権を付与していない。明治以来、祖父の代から、中華民国国民として日本に住まわせてもらっている。外国人が日本の政治に参画すると日本の文化が壊れる。」と語った。

            ○

郵政問題でもゴタゴタが無ければ、平沼赳夫氏は、総理に就任していた可能性が高い。歴史に「もしも」はないが、そうなっていたら、その後の日本はこれほど混迷しなくてすんだであろう。しかし今からでも遅くはない。陰極は必ず陽転する。今日の状況に絶望することなく、真正保守勢力が結集し、国賊・反日勢力を駆逐して日本を真に変革するためにまさに奮励努力しなければならない。そのためにも、平沼氏の今後の活躍が期待される。ともかく、小沢・鳩山亡国政権を一日も早く打倒しなければならない。

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千駄木庵日乗一月二十日

午前は、母のお世話。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『マスコミ総合研究所・新春研究会』開催。阿部穆氏が司会。平沼赳夫衆院議員が講演した。(別記事参照)

この後、懇親会。板垣正先生が大変お元気で参加しておられた。しばし懇談。小沢一郎を強く批判しておられた。

板垣正先生の父上の板垣征四郎陸軍大将は、岩手県出身である。岩手県出身者には、石川啄木 宮沢賢治 新渡戸稲造 金田一京助 後藤新平 原敬 米内光政 東條英機という錚々たる人物がいる。小沢一郎も岩手で生まれなのであろうが、歴史的逆賊として名を残すことになりそうである。

終了後、プレスセンター一階の本屋さんで本を購入。

この後、病院に赴き、父に付き添い、励ます。

帰宅後は、明日の「萬葉集」講義の準備など。

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2010年1月20日 (水)

天皇を祭祀主と仰ぐ道義国家を回復せよ

今日、わが國は政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になり、日本國民の心の中に不安と空虚感が広まっている。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。人心は乱れ、大人はもちろん幼き子供たちまで、常軌を逸した犯罪行為に走っている。

こんな國になってしまった原因は、日本民族がその主体性・民族的一体感・愛國心を否定もしくは隠蔽し、わが國の伝統文化・道義精神を顧みなくなったことにある。日本文化の土台を無視或いは軽視してきた結果が現在の混迷である。

こうした状況を克服するためには、天皇を祭祀主と仰ぐ道義國家の回復を目指す皇道大維新運動を繰り広げねばならない。わが國において、民族的一体感・國民的同一性の中心は天皇以外にあり得ない。そしてわが國伝統信仰は包容力があり排他的はではない。日本神道は混迷する現代において極めて重要な役割を担うと考える。その本来の天皇のお姿が顕在化することは、わが國の正常な発展にとってきわめて大切である。

日本天皇の宗教的・文化的権威がこれからのわが日本の安定と発展の基礎である。世界は激しく変化しても、日本は伝統を保持しつつ急速な変革を為し遂げてきた。それは日本國の中心・不動の核に天皇がおわしましたからできたことである。天皇が上におわしますかぎり、日本民族は統一体としての日本・道義國家としての日本を回復し、新たなる力を発揮していくと信じる。

そのためにも、現政権の天皇・皇室に対する姿勢を根本的に改めさせねばならない。

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千駄木庵日乗一月十九日

午前は、母のお世話。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。介護認定の調査員が、病院に来て、父の様子を見るのに立ち会う。その後、今後の父の治療などについて医師と相談。

帰宅後は、書状執筆及び資料の整理。

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2010年1月19日 (火)

小沢一郎について

夕方、隣町の根津に住む友人と懇談した。この人たちは皆、根津小学校・文京六中出身である。文京六中は、小沢一郎も卒業している。小沢氏は、この後、都立小石川高校・慶応大学と進んだようである。私が中学校時代に通っていたキリスト教の日曜学校は、文京六中のすぐそばの西片町教会にあった。

また、小沢氏は、その頃、湯島に住んでいた。小沢氏の父親の小沢佐重喜氏は弁護士であった。私の母方の祖父は、何かの法律問題で、小沢佐重喜氏に相談していたことがあったそうで、私の母も何回か小沢佐重喜氏の法律事務所に行ったことがあるそうである。

つまり、小沢一郎氏は小生の地元の先輩と言って言えなくもないのである。その小沢氏をこのところ連日批判しなければならないのは大変に残念であるが、致し方ない。

今日送られてきた『西村眞悟の時事通信』において、西村氏は次のように述べている。全く同感であり貴重なご意見なので紹介させていただく。

「十六日の日比谷における民主党大会は、馬鹿らしくて注目した訳ではないが、かいつまんだ感想を言えば、追い詰められた左翼の会だ。このような集会は、かつて大学紛争中の民青主導の集会によくあった。

 『外部の大きな弾圧勢力』を想定し、その共同幻想のもとに一致団結して『断固戦う』と誓い合う。全く馬鹿らしい民青的手法である。

 小沢氏の『側近』と会議運営手法には、民青の臭いがするので、かつて、その『知恵袋』に、『貴方は、学生時代、民青にいなかったか』と聞いたことがある。答えは、『そうです』だった。

 小沢氏も、鳩山総理大臣も、『検察の横暴と戦う』だと。

 政府与党が、つまり、行政の長と立法の多数集団が、司法検察と戦うというのか。言うまでもなく、逮捕状は、裁判所が発布して検察が執行しているのだ。貴君らは、三権分立を如何に解しているのか。

 この個別的事件に関して、行政と立法を盾にして戦うと党大会で合唱するとは、小沢氏と鳩山氏の頭は、国家の体制も分からない『錯乱』であると言うしかない。小沢・鳩山コンビは、亡国の錯乱か。

 小沢さん、鳩山さん、戦うなら、法を武器として一人で戦え。国家の公職を利用するな。事件は極めて個別的ではないか。法治国家の日本では、国民は総理大臣であろうが、ホームレスであろうが、等しく、法を武器として戦える。反対に、小沢だから、総理だから、特別に戦える手段は用意されていない。これが、法治国家なのだ。

(不肖、西村はそうした。『国策捜査』だとか、検察の横暴だとか言わなかった。一人で戦った。そして、検察が国会議員の首を取るために用意した訴因において、『無罪』をいただき、検察はこの無罪に対して控訴をしなかった。現職国会議員を起訴した訴因において一審で無罪が出て検察が控訴しないのは希有である)。」

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千駄木庵日乗一月十八日

午前は、母のお世話。

今日から、小生の住むマンションのエレベーターが老朽化のため、全面取り換えの工事に入った。約二十日間エレベーターが全く使えない。外出する時は勿論、父母の住む部屋に行くのにも、階段を上がり降りしなければならない。肥満体の私にはこれは大変な事態である。ダイエットに良いと言ってくれる人もいるが、酔って帰って来た時が大変である。また母に救急車を呼ぶ様な事態になった時のことを考えると本当に心配である。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

帰途、隣町の根津にて、地元の知人・友人と懇談。

帰宅後は、資料の整理。

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2010年1月18日 (月)

小沢一郎は百年に一度出るかでないかの逆賊政治家

昨年、一連のスキャンダルで小沢一郎が民主党代表を辞任した日に、鳩山由紀夫氏は小沢のことを「百年に一度出るかでないかの政治家。大きな器の人」と評価した。

私は、「小沢一郎は百年に一度出るかでないかの逆賊政治家」だと思っている。検察の捜査に対して、『議会制民主主義がどうしたこうした』と言って開き直る態度を見てそう思ったというよりも、皇室・歴史問題などに関する彼の考え方・姿勢を見てそう思うのである。

今までも、売国政治家・国賊と批難された政治家が何人かいる。しかし、小沢一郎ほど悪質な国賊政治家は、まさに百年に一度出るかでないかである。

「天皇陛下に対し奉る露骨なる政治利用の正当化」「天皇陛下の直属の臣であり認証官である宮内庁長官への口汚い恫喝と罵倒」「韓国において騎馬民族征服説を吹聴するという売国行為」「天皇御陵の発掘容認発言」などは、断じて許し難い。少なくとも、明治以後の政治家、とりわけ政権与党の権力者でこれほど皇室を蔑ろにした人はいなかった。

小沢一郎への検察の捜査について、今日の『サンデープロジェクト』で左翼崩れの評論家太田昭宏・高野孟が猛然と検察批判をしていた。しかし、検察の小沢捜査がどういう意味を持つかとか、正しいか正しくないかということよりも、小沢一郎の国家観・皇室観・歴史観が問題なのである。太田や高野などの左翼は、小沢の逆賊的姿勢を評価するから、小沢をかばうのである。

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千駄木庵日乗一月十七日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送完了。購読者の皆様には、明日か明後日にお届けできると思います。

その後、母の入院について家族と話し合う。検査入院ということなのだが、母がどうしても気が進まないということと、父が病院で悪性の細菌に院内感染し、重篤の状態になっていることに鑑み、入院を中止することとした。入院を申し込んでいた病院、及び母の入院についてお世話になった方あるいはなる予定であった方々にお詫びの電話などをする。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年1月17日 (日)

小沢一郎の対検察徹底抗戦表明に思う

小沢一郎は、検察当局に対して、徹底抗戦を宣言し、民主党幹事長の職を続けることを表明した。民主党森裕子参院議員は「これは検察をトップとする官僚機構と、国民の代表である民主党政権との全面的な戦争だ」などと息巻いていた。

さらに、鳩山総理は、「小沢幹事長を信じています。どうぞ戦ってください」と言った。

小沢氏は、「宮内庁は、内閣の一部局」と言った。検察庁も内閣の一部局である。内閣の一部局と、政権政党が全面戦争を展開するというのだ。そして、内閣の最高責任者がそれを奨励しているのだ。これは政治権力による司法への不当不法なる介入である。断じて許されざることだ。いかなる立場に立つ者であろうとも、法と証拠に基づく検察の処断に対しては、裁判で決着をつけるべきである。

また、鳩山の「戦ってください」という発言は、行政機関のトップが行政機関に属する検察の誤りを認めたということだ。これも重大なる発言で、指揮権発動を法務大臣に命令することもあり得るということだ。

党大会で小沢一郎は、「わが党の、この党大会の日に合わせたかのように、このような逮捕が行われている。私はとうていこのようなやり方を容認することできませんし、これがまかり通るならば、日本の民主主義は本当に暗たんたるものに将来はなってしまう。」と述べた。

日本の議会制民主主義を暗澹たるものにしているのは、民主党内の自由な論議を圧殺している小沢一郎である。小沢一郎は、日本をおかしくする元凶である。基本的に、小沢の國體観・歴史観がおかしいのである。これが根本である。

天皇・皇室を貶め、天皇陛下を自己の政治権力の下に置き奉ろうとする逆徒・小沢一郎が、政治の舞台から退場することを切に望む。

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千駄木庵日乗一月十六日

午前は、母のお世話。

その後、明後日から母が入院する病院に赴き、入院手続きについて説明を受ける。両親が入院することとなった。

午後一時より、内幸町の日本プレスセンターにて、「アジア問題懇話会」開催。馮寄台台北駐日経済文化代表処代表(台湾駐日大使)が講演し、「現在台湾は経済・貿易を重視している。台日関係は非常に密接。前政権は台独推進・反中国を展開したが、九カ国が台湾と断交し、中国と外交関係を樹立した。

アメリカから最新鋭の武器を輸入したということは、台湾は自己防衛の決意を示した。日米安保はアジアの平和のために重要。私は反中国ではなく和中国。民進党は、蒋介石・馬英九を批判するが、蒋経国は非難しない。私は蒋経国先生を尊敬する。

台湾は経済的に中国に依存している。対外貿易が我々の生命線。その生命線は中国に依存。世界金融危機の中で、一番よくやったのは中国。台湾の中国経済依存度は高すぎるかもしれない。日本が降伏した後、台湾は中華民国に返還されたとわれわれは考える。」と語った。

講演終了後、懇親会。

この後、病院に赴き、父に付き添う。意識がはっきりしないので実に心配である。

帰宅後は、書状執筆など。

        ○

馮寄台氏は思ったより日本語が上手だった。小生と同年で、国民党のエリートらしい。要するに台湾は支那の経済的属国になったということである。民進党政権はどちらかというと日本重視の姿勢だったが、国民党政権は明らかに「親中政権」である。軍事的にはアメリカと日本に頼り、経済的には支那に頼るということなのだろう。そんなに都合よくいくとは思えない。

しかし、日本自身の対支那姿勢が全くおかしいのだから、台湾ばかりを責められない。小鳩民主党政権の朝貢外交を見れば、台湾が日本に頼って『反中国』の姿勢を貫くなどということは不可能である。つまり、日本自身がしっかりしなければ駄目だということである。戦後、日本は台湾を放棄したのであって、支那の返還したのではない。この歴史的事実は曲げることはできない。

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2010年1月16日 (土)

小沢一郎元秘書逮捕に思う

小沢一郎の元秘書の衆院議員が逮捕された。検察の今後一層の追及に期待したい。明日は民主党大会が開かれる。来週からは、国会が始まる。開会式には、天皇陛下もお出ましになる。小沢一郎が日本国民としての自覚、そして政治家としての矜持が少しでもあるのなら、即刻民主党幹事長のみならず、衆院議員も辞するべきである。

鈴木宗男氏は、テレビニュースで、今回ことについて「平成の二・二六事件だ。権力の暴走だ」と言っていた。私には首肯できない。二・ニ六事件は、権力の暴走ではない。祖国と国民を救いたいという青年将校たちの権力に対する反抗であった。しかしそれは、先帝陛下の嘉されるところとはならず、討伐された。これは歴史の悲劇であった。

二・ニ六事件を「権力の暴走」とするのは、刑死された青年将校たちに対して失礼である。二・ニ六事件は、今回の法と証拠に基づく検察の捜査と逮捕とは、全く性格が異なる。検察は、軍を動かして、クーデターを起こそうとしているわけではない。

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千駄木庵日乗一月十五日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

この後、病院に赴き父に付き添う。後日あらためて詳しく書きたいと思うが、父は、入院してから、院内感染などで、急激に病状が悪化した。これはとても納得のいくことではない。苦しみ生死の境にある父があまりにもかわいそうである。

午後六時より、新宿にて忠孝塾愛国連盟会長・藤元正義氏主催の新年会開催。同志多数と懇談。

帰宅後も、発送の準備など。

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2010年1月15日 (金)

愛国運動と神道精神・深見東州氏の講演を聞いて思う

一水会フォーラム』における講演で、深見東州氏(ワールドメイトリーダー)は次のように語った。

「去年の七夕の日に、浅香光代さんのパーティーで、木村三浩氏に会った。中村武彦先生の三男の明彦君の妻が私の妹。中村家と私の家は親戚。私は、二十六歳の時から、中村先生の家に何回も訪問した。中村先生と吉川英治の文体に影響を受けた。中村先生作詞の『日本魂の歌』を歌った。七月七日の木村氏との出会いは、中村先生の引き合わせ。中村先生は霊界から護って下さっている。

世界の宗教には違いもあるが、共通項もある。神道・イスラム教・仏教・キリスト教の根本にあるものは一つ。天皇あっての日本である。これは譲れない。スメラミコトが治める国がスメラミクニ。

黒船が来航してから十六年で、維新が断行されたのは奇跡。天理教・黒住教・金光教・大本教という巷に現れた宗教にすごい霊的エネルギーがあった。それが明治維新実現の背景にあった。

梅の花は神の教え。桜の花は仏の教え。神道はアニミズムではない。神道は全てのものに霊が宿ると言うが、神が宿るとは言わない。神として崇める山もあるが、そうではない山もある。神道は特定のものを神と崇めるから、アニミズムではない。大本教から六十人以上の教祖が生まれた。宗教の二大潮流は、日蓮系と大本教系。

仏教の世界観は、始めなく終わりが無い。キリスト教の世界観は始めがあり終末がある。神道の世界観は始めがあり、天壌無窮である。『三大神勅』に示されている通り、神祭りをきちんとしていれば、天壌無窮である。

天皇を仰ぐと靈威を感じる。天皇陛下の背後に伊勢の大神の霊光が輝いているのが見えた。動乱は天皇によっておさまる。水と平和と統合があることが日本の有難さ、日本国がいかに恵まれているか。日本国の平和と統合は、天皇がいますゆえである。

『天皇弥栄』の祈りを我がものとし、実際のものとする力は、志である。スメラミコト弥栄の志を持つ者は、守護を受ける。藤田東湖の言う『天地正大之気』は、かかる志を持つ者に生まれる。天皇は、鏡の如く澄み切っている。み祭りを大切にすることによって日本国は護られる。信仰心を持たないと志まっとうできない。

私は、二十六歳から中村武彦先生の薫陶を受けてきた。今後の課題は、右翼のグローバル化・大同団結・運動基盤の確立である。」と語った。

           ○

維新運動・民族運動の基盤には、日本傳統信仰たる神道・國體信仰がある。大化改新も建武中興も明治維新も、その基盤に國體信仰があった。日本国は、危機に瀕すると必ず、國體信仰が甦る。そして国を変革し危機を乗り越える。これがわが国の光輝ある歴史である。

今日の日本も深刻な危機的状況にある。しかし、國體信仰を甦らしめることによって、必ずこの危機を打開することか出来ると信じる。大本の出口王仁三郎氏は、戦前、頭山満・内田良平氏と共に、維新運動・愛国運動を展開され。昭和神聖会を結成した。今日においても、神道精神・國體信仰を基盤とする愛国運動を展開していくべきである。

神道精神・國體信仰は、決して偏狭にものではないし、独善的ではない。八紘を掩いて宇(いえ)となす精神であり、四海同胞の精神であり、真の世界平和の精神である。この精神に回帰し、世界に闡明することが大切である。

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千駄木庵日乗一月十四日

午前は、母のお世話。

昼は、池袋にて、毎月一回「千早地域文化創造館」で開催されている『萬葉會』の新年会開催。懇談。

この後、病院に赴き父に付き添う。

夕刻、高田馬場にて、新創刊される雑誌のことで、実務担当者の方と打ち合わせ。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、『一水会フォーラム』開催。深見東州氏(ワールドメイトリーダー)が講演。(別記事参照)

終了後、懇親会。

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2010年1月14日 (木)

小沢一郎への強制捜査について

愈々検察が強制捜査に乗り出した。政治資金問題や政財官の癒着構造で、あれほど自民党を責め立てていた民主党内から、小沢批判の声が全くと言って良いほどあがらないのは一体どうしたことか。それが不思議である。それほど小沢が怖いのか。情けない話である。前原氏が「検察の意向の尊重する」と言ったのみである。

小沢一郎は、名古屋で開かれたパーティーで『法に触れることをした覚えはない。そのことは、国民は理解してくれた。だからこそ政権をわれわれに与えてくれたのではないか』と語った。

まさに詭弁である。先の総選挙は、自民党への反発・反自民の風が強く吹いて民主党が大勝したのである。小沢一郎一人の力で勝ったのではない。民主党の候補者たち一人一人の努力もあった。また総選挙は小沢一郎に対する信任投票ではない。むしろ国民の大多数は、今度のことが無くとも、小沢一郎が嫌いなのである。

民主党が選挙に勝ったことによって、小沢一郎とその周辺の違法行為が帳消しになるはずもない。法と証拠に基づいて厳しく摘発され裁かれる。選挙と違法行為の捜査・摘発とは全く無関係である。小沢一郎は、「選挙に勝てば何でもできる」と思っているようだが、全く間違っているし、まことに危険な考え方である。

皇室を侮蔑し、祖国の歴史を貶める政治家は、まさに遵法精神もなく、道義心もないのである。民主党内の自浄作用と、野党の小沢追及に期待したい。

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千駄木庵日乗一月十三日

午前は、母のお世話。

午後は、創刊される雑誌の編集実務担当者の方と打ち合わせ。

その後、病院に赴き、父に付き添う。涙が出る。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。防人の歌を講義。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

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2010年1月13日 (水)

皇居の尊厳性について

亀井静香氏は、「永住外国人への地方参政権付与法案」に反対している姿勢は評価する。中井洽国家公安委員長が賛成したのにはがっかりした。

皇居の尊厳性について以下のような体験をした。大分以前、大日本愛国党の赤尾敏先生と共に、何かの問題で宮内庁に抗議に行ったことがあった。門番をしていた皇宮警察の老警察官が、赤尾先生に最敬礼して、『私は赤尾先生を尊敬申し上げております』と言ったのに感激した。

そして赤尾先生は、宮内庁に入って、総務課長か誰かと面会した。外務省などの他の役所と違って、赤尾先生は、激高されることはなかった。やはり皇居の門を入ると、自然と心が鎮まるものかと思った。

また、東京でサミットが行われた時かと思うが、私が自動車に乗って、皇居のそばを通ると、若い機動隊隊員の検問を受けた。私が「何処から来られたのですか」と聞くと、その機動隊員は、「茨城県警から来ました。皇居をお護りすることが出来てこんな嬉しいことはありません」と答えた。私は涙が出るほど感激した。

私は以前、中村武彦先生・犬塚哲爾氏などと二回ほど皇居清掃奉仕をさせていただいたが、皇居の中の清浄な雰囲気、特に宮中三殿の神々しさに、身も心も洗われる思いがした。またその後も、天長節や新年の一般参賀に行かせていただいている。そのたびに皇居の厳かにして清らかに雰囲気に感激する。皇居は確かに江戸時代には、徳川将軍家の居城であった。しかし今日は、天皇陛下が祭祀を行われる神聖なるところとなっている。

天皇陛下が皇居におわしまして、祭祀を行わせられ、且つ、政務をとられることによって、汚れ多き政治が清浄化されるし、日本国の全ての事象が安定し、清められるのである。天皇陛下が、東京におられ、皇居が東京にあるということは、まことに大切であり、有難いことであると思う。

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千駄木庵日乗一月十二日

午前は、母のお世話。

午後は、明日の「萬葉集」講義の準備。

その後、病院に赴き父に付き添う。

午後六時より、新年初の「九段下沙龍」開催。同志多数と当面する諸課題について討論。今日の愛国運動において、それが何であるかはここには書けないが、越えるべきハードルがあることが話題となった。

帰宅後も、明日の講義の準備・諸雑務。

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2010年1月12日 (火)

永住外国人への地方参政権付与と小沢一郎

民主党の小沢一郎幹事長は十一日の政府・民主党首脳会議で、十八日召集の次期通常国会に永住外国人への地方参政権付与法案を提出するよう政府側に強く求めた。

この法案は選挙権を国民固有の権利と定めた憲法十五条 「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」に違反する。国民の主権を脅かす法案である。最高裁判決も、参政権は「権利の性質上日本国民のみをその対象とし」その「保障は、我が国に在留する外国人には及ばない」(平成七年二月二八日)と明言している。

外国人が参政権を得るためには、やはり日本国籍を取得すべきだ。国政選挙であろうと地方選挙であろうと、参政権は国民にのみ与えられた権利なのである。

参政権は一般の人権と異なり、憲法で、国民つまり国家の構成員のみに保障された権利であり、公務(義務)でもある。 海外においても、外国人に参政権を認めている国は、ヨーロッパ連合(EU)諸国を除けば数カ国にすぎない。このEU諸国では、一つの国家(穏やかな国家連合)を目指しており、そのEU諸国内に限り、相互主義のもとに加盟国国民に対して、連合市民権としての地方参政権を認めているだけである。

そもそもEU諸国は敵対関係にはない。ところが我が国における定住外国人の大多数は、在日韓国・朝鮮人であり、「中国人」である。南北朝鮮も支那もわが国にとって、領土問題・歴史問題・資源問題・軍事問題などで敵対関係になる危険がある国である。そうした国の国民に対してわが国の参政権を与えることは、国家安全を根底から脅かす。

「地方参政権だからいいではないか」という意見があるが大きな誤りだ。國家への忠誠心は地域・地方共同体から生まれる。地方自治は國家存立の基盤であり國家の運命に重大な関わり持つ。地方政治もわが国の統治機構の不可欠の要素を成すものであり、国政と切り離すことはできない。

まして「地方分権」ということが強く言われるようになり、国の権限の多くが地方に委譲されるようになる。国家存立の重要部分も地方政治に任されようとしている。現実に地方政治は、原子力発電所の設置・原子力潜水艦の寄港・防災都市の建設・米軍基地や住宅の移転・自衛隊演習場問題など国家の存立や安全保障に関わる根幹の問題に大きな影響力を持っている。教育も国政に関わる重大問題である。

日本と敵対関係になる可能性が高い国の国籍を持つ永住外国人が選挙権を通じて、有事の際の自治体と国との協力関係を定める条例の制定・改廃に影響力を行使すれば、わが国の安全が危険にさらされる。教育委員への解職請求権の行使は、わが国の教育のあり方、内容を外国人が左右することになる危険がある。

わが国ではなく母国に忠誠心・愛国心を持ち、母国での兵役の義務を持つ外国人に、地方参政権を与えることは国家の独立と安全を根底から脅かすこととなる。

小沢一郎は、わが国が古代において騎馬民族によって征服されたと考えている人物である。「永住外国人への地方参政権付」を目論む小沢一郎は、日本国が支那・朝鮮から征服されることを望んでいるのかと疑いたくなるのは私一人ではあるまい。

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千駄木庵日乗一月十一日

午前は、母のお世話。

午後は、水曜日の『萬葉古代史研究会』における講義の準備。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後も、『萬葉集』講義の準備。

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2010年1月11日 (月)

小沢一郎・菅直人・騎馬民族征服説について

一つの民族が他の民族を征服するということは、征服された民族の文化とりわけ言葉を奪うということである。「騎馬民族が日本を征服した」ということは、日本民族は、騎馬民族に言葉を奪われたということになる。しかし、そういう事実はない。つまり、騎馬民族が日本を征服したというのは嘘出鱈目なのである。

古代において日本列島に、海を越えて他の民族が渡って来たことはあるであろう。しかし。それは日本民族に融合し、同化したのであって、日本民族を征服したのではない。もしも日本民族が他の民族に征服されたのなら、日本民族は滅亡し、日本語もなくなり、日本文化の消滅したはずである。

太古及び古代の歴史は、資料が乏しいために、色々な空想や推測を行って自説を展開する人がいる。小沢一郎は、自ら言っているように学術書は読まないで、そうした空想的な歴史に関する書物を読んで、「日本は騎馬民族に征服された、日本皇室の祖先は韓半島から来た」など言っているのだ。しかも、韓国に出かけて行って、それを吹聴するというというのは、まことに困ったことである。

話は変わるが、菅直人と小沢一郎は、何故か官僚特にエリート官僚に対する憎しみ、反感が異常なくらい強い。これは一体どうしたことか。馬鹿だとか何だとか言って、誹謗の限りを尽くしている。よほどの恨み・妬みがあるとしか思えない。

小沢と菅は、司法試験・公務員上級職試験に失敗したのだろうか。菅のことは知らないが、小沢の父親は弁護士だった。しかし、彼は父の跡を継げなかったことは事実である。小沢一郎の弁護士資格のある人に対するコンプレックスは相当なものだと複数の人から聞いたことがある。

そんな個人的な感情で、官僚いじめをするのは、国家のためにならないと思う。優秀な人材は活かして使うのが、政治家の役目である。菅直人のように「官僚は馬鹿だ。試験の成績が良かっただけ」などと誹謗するのは尋常ではない。第一、馬鹿では試験で良い成績はとることが出来ない。こんなことが分からない人間を馬鹿という。

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千駄木庵日乗一月十日

午前は、母のお世話。

午後は、書状執筆など。

その後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後は、諸雑務。

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2010年1月10日 (日)

習近平引見強要および皇室典範について

今日の大原康夫氏の講話の要旨を記します。ただし、小生のメモによるものでありますので、あくまでも文責は小生にあります。皇室に関わる重大事ですので、この事を特に記させていただきます。

「『一か月ルール』あるいは『三十日ルール』というのは、宮内庁式部官長から外務省儀典長に宛てた、平成七年三月一三日付宮内式発第四〇三号『天皇皇后両陛下謁見の取扱いについて』と題した宮内庁の公文書。平成十六年にも同じ内容の文書が送られた。陛下のご健康に配慮して出された。十二月十日に、首相指示による宮内庁への最後の要請があった。この日は、小沢が胡錦濤と会いハデハデしい写真撮影が行われた日。鳩山氏は政治利用ではないと言うが、中国の無理強いを唯々諾々と受け入れたのは極めて卑屈。新華社発行の『国際先駆導報』は『鳩山は、中国のために、天皇の慣例を破った』と報道した。昭和天皇の中国ご訪問が取り沙汰された時、宇佐美毅宮内庁長官は、宮内庁に大平外相を呼びつけて拒否した。伊勢の神宮の式年遷宮に重なるという理由であった。習近平引見当日の十二月十五日は賢所御神楽の日であった。その日は本来、何の予定も入れないのが慣例。羽毛田長官はこの事を職を賭して主張すべきだった。鳩山は羽毛田長官を罷免することはできないだろう。民主党の皇室観はおかしい。岡田外相は『天皇陛下の国会開会式におけるお言葉の見直し』に言及し、鳩山首相は国立戦没者追悼施設推進の理由として、陛下が靖国神社に参拝されていないことを挙げ、御即位二十年を奉祝するために去年の十一月十二日を臨時の祝日にする法案を小沢が葬り、小沢は訪韓した時、陛下の韓国ご訪問に言及した。今年は韓国併合百年なので、『外国人参政権』を手土産とし、陛下の謝罪していただこうとしている。女系天皇・長子優先は、神武天皇以来の革命的変化。女系天皇導入という危険な冒険をするよりも、臣籍降下した旧皇族の中から適切な方に皇族に復帰して宮家を作っていただくことが良い。」と語った。

『養老継嗣令』『明治皇室典範』についても詳しい話があったが、小生の記憶およびメモに間違いがあると困るので、ここには記さない。

成文法にどのように書かれていようと、神武天皇以来、男系の男子の方によって皇位が継承されてきたのは歴史的事実である。この傳統は極めて重い。従って、その傳統は出来得る限り守られねばならない。しかし、萬々が一、女系の天皇がご即位あそばされるようなことがあっても、皇統断絶、易姓革命・皇室消滅ということはあり得ないと信じている。このことは、これまで繰り返し論じてきた。また、臣下国民が、皇位継承の在り方についても喋喋喃喃議論することには、よほどの慎みが必要である。このことは、大原氏も言っておられた。

民主党政権の皇室に対する姿勢は、全くおかしい。というよりも、あまりにも非礼であり、非道である。皇室を蔑ろにすること甚だしい。とりわけ、小沢一郎の言動は許し難い。

何かの本で読んだが、ある人が宇佐美毅宮内庁長官に、「総理府総務長官が交代しましたが、挨拶に行かれなくて良いのですか」と言ったら、宇佐美氏は「あちらから来られるでしょう」と答えたという。二十年以上長官をつとめた宇佐美氏にはそれだけの権威というか力があったのである。

政治権力からの悪質不当な干渉と政治利用から、天皇皇室をお護りするために、古代以来の伝統に回帰し、宮内庁を内閣から独立せしめ、宮内庁長官を、天皇陛下の直接の臣の地位に戻すべきである。

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千駄木庵日乗一月九日

未明、『政治文化情報』原稿脱稿、送付。

午前は、母のお世話。

午後四時より、新宿にて、学習会開催。大原康男国学院大学教授が、民主党政権による『習近平引見』強要問題及び皇室典範改正問題などについて講話。質疑・応答。終了後、懇親会。

帰宅後は、資料の整理など。

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2010年1月 9日 (土)

東アジア共同体について

共産支那は、「日本軍國主義がわが國を侵略した。そして今日日本に軍國主義が復活しつつある」などと嘯いている。しかし、今日のアジアにおける最大最悪の軍國主義國家は共産支那である。こんな國と「統合し、共同體を形成する」などという事は不可能である。核兵器を保有する共産支那との『共同體』は、日本にとって軍事大國支那への屈服以外の何ものでもない。

「東アジア共同體構想」なるものは、中華帝國主義のアジア支配の別名であり「冊封体制」の再構築である。「日米軍事同盟解消」を志向する「東アジア共同體」の構築とは即ち、わが國をはじめとした東アジア諸國が軍事的・経済的・政治的に共産支那の属國になるということである。

今日のアジアにおける最大最悪の侵略国家は、「日本に侵略された」とか「日本に軍国主義が復活しつつある」などと騒ぎ立てている共産支那である。独裁国家・軍事大国=共産支那が消滅しない限り東アジアにおいて冷戦は終結しない。この事を正しく認識すれば、共産支那を含めた「東アジア共同体構想」なるものがいかに危険であるかは明々白々である。

今日言われている「東アジア共同体」というのは、きちんとした国家戦略を確立しないままに、無原則に支那大陸に深く進出して行った戦前のわが國の過ちを繰返すこととなる。

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千駄木庵日乗一月八日

午前は、母のお世話。

午後は、駒込地域包括センターに赴き、父の介護認定更新申請を行う。団子坂上の飴細工の店に寄り、虎の形をした飴を作ってもらい、購入。下町には昔は、飴細工の職人さんがよく自転車で回ってきたが、今は全く来なくなった。紙芝居屋も来なくなった。納豆・豆腐・浅蜊蜆売りも来なくなった。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。ほぼ脱稿。

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2010年1月 8日 (金)

日本民族の起源と包容力

日本民族は、「太古、ポリネシア系の海洋民族がまず基盤にあり、その後、米づくり文化を持った集団が主として東南アジアから日本に到着し、鉄器文化を持った集団が朝鮮半島から到来し、この三つの集団が、人種的にも文化的にも統合され合体して形成された」というのが、通説だという。

日本民族が外来民族・外来文化に対して包容力があるのは、こうした民族の形成に原因があると思われる。古代日本において、朝鮮半島などから渡来した人々は、異民族として違和感や差別観を殆ど持たれることなく、日本民族の中に同化していった。これも、太古からの日本の包容的な歴史に基づくと考えられる。

しかも古代国家が形成されて以来、今日に至るまで、上御一人の祭祀主を君主と仰いできた国は、日本以外に世界に存在しない。

古代日本において、朝鮮半島からの渡来人が政治的・文化的に活躍した事は事実であるが、それは、すでに形成されていた天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体・祭祀国家の統治の中に入ることによって可能だったのである。

日本天皇および日本国民は、騎馬民族という一つの民族の後裔ではない。そういう空想的な俗説に惑わされてはならない。

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千駄木庵日乗一月七日

午前は、医師の往診があり、父母の今後の治療のことなどを相談。そして母のお世話。

昼は、知人と懇談。

午後は、創刊される雑誌のことで、編集実務者の方と討議。

その後、病院に赴き、父に付き添う。医師及び看護師と相談。詳しくは書けないが、深刻な事態である。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2010年1月 7日 (木)

天皇と「法・政治権力」との関係について

三潴信吾先生は、その著『日本憲法要論』において、「世界中で、成文憲法が先に出来て、然る後に国家が成立した國は一つも無い。国家生活の根本事実が出現し、これと同時に、またはその後の時点に於て、憲法典が制定される。」「日本においては明治二十三年十一月二十九日の大日本帝国憲法施行の日まで、成文憲法は無かったが、何人も、その故を以て、それまで日本国家が成立して居なかったと見ることは出来ない」と論じておられる。

「國王といへども法の下にあるといふのが『法の支配』の原点である」といふ考へ方がある。これは、イギリスの法思想であるといふ。かかる法思想は、「王の権威と権力は神によって与へられた」とする西洋の立憲君主國家の考へ方であって、わが國には通用しないし、通用させてはならない。

天皇は権力者ではなく祭り主である。わが國の國體は祭政一致である。天皇は法の上におられるとか下におられるとかではなく、天皇の「おほみことのり」そのものが「法」なのである。わが國においては、現御神日本天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対にして最高の法である。わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を傳へる『のりごと』である。法(のり)は宣(のり)である。天皇の上に「法」があるのではなく、天皇の宣命(おほせごと・大御心)が法なのである。

日本と英國とは國體・歴史・傳統・風俗・習慣が異なるのであるから、英國の法思想をそのまま日本に取り入れることは出来ない。

祭祀國家日本の祭祀主・天皇に関する神聖なる事柄は、世俗の権力問題ではない。即ち決して『現行憲法』が規定する「政治権力作用としての國政」ではない。政治権力や成文法によって、天皇を規制し拘束し奉るようなことがあってはならない。

國體の上に成文法が成立するのである。成文法があって國體が成立するのではない。わが國の國體は「祭政一致」である。天皇は権力者ではなく祭り主である。したがって、天皇の「おほみことのり」そのものが「法」なのである。

わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を傳へる「のりごと」である。祭政一致のわが國の国柄においては、祭祀主たる天皇が神の意志として宣()べられた事が最高の「法」と考へられた。わが國においては、現御神日本天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対にして最高の「法」である。天皇は、権力や成文法を超越された神聖なるご存在である。小沢一郎をはじめとする現代の政治家はこの事を正しく認識すべきである。

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千駄木庵日乗一月六日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年1月 6日 (水)

藤井氏辞任と小沢捜査に思う

藤井裕久財務相が体調不良を理由に辞任するという。小沢一郎の資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる収支報告書虚偽記載問題で、東京地検特捜部は、小沢に対し、任意で事情聴取に応じるよう、近く要請する方針を固めたという。

民主党政権も大変な事態になって来た。

藤井氏の辞任は、健康問題だけではなく、小沢一郎への不満というか反発、そして小沢の藤井氏いじめから、藤井氏を守りきれない鳩山氏への不満があるとされる。

藤井氏には、二回ほど会合で会ったことがあるが、実直な人柄で好感のもてる人であった。何故小沢の側近なのか、不思議であった。

小沢は、自民党脱党の時からの同志・藤井裕久氏、そして、渡部恒三氏をもっと大切にすべきだったのに、小沢の気に入らないことを少し言っただけで、排除してしまう。これが小沢という人の大欠点である。

検察の捜査に対して、「国策捜査」との批判があるが、今度の鳩山氏や小沢への検察の追及も「国策捜査」なのか。ではその「国策」とは誰が立てたのか。国家の最高権力者二人に対して、捜査を行うということが「国策捜査」であるのなら、鳩山・小沢の二人は、自分を捜査する「国策」を立てたということになる。

今回のことは、鳩山・小沢両名の検察批判に対する検察の回答であろう。

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千駄木庵日乗一月五日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院赴き父に付き添う。

午後六時より、新宿にて、「迎春を寿ぐ一献会」(呼び掛け人・犬塚哲爾氏)開催。同志多数と懇談。今年の維新運動・民族運動の課題などについて語り合った。笹井宏次郎氏が『出征兵士を送る歌』、木村三浩氏が『建設の歌』、そして小生が『ああモンテンルパの夜は更けて』を熱唱。三人とも、二十代の頃と変わらぬ「美声」を披露した。

犬塚哲爾氏とは、昭和四十年代前半から同志関係にある。生長の家の講習会が飛田給道場で開かれた時、鈴木邦男氏に紹介された。そしてその後、「楯の会義挙」の裁判に関する運動などを共に行い、やがて、一水会結成へと進んで行った。言うまでもないことであるが、尊皇精神が実に深い人である。そして、情に篤く、義理堅い人柄で、長い付き合いをさせていただいている。有難いことである。

帰宅後も、原稿執筆。

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2010年1月 5日 (火)

今上陛下の御製を拝し奉りて

昭和三十四年四月十日、当時中学一年生であった私は、テレビで中継されていた宮中三殿賢所において執行された「結婚の儀」を拝した。その荘重さ、神々しさに感激したことを覚えている。

今上天皇が「祭」について詠ませられた御製を掲げさせていただく。

昭和三十二年

歌会始御題 ともしび

ともしびの 静かにもゆる 神嘉殿 琴はじきうたふ 声ひくくひびく

昭和四十五年

新嘗祭

松明の 火に照らされて すのこの上 歩を進め行く 古思ひて

新嘗の 祭始まりぬ 神嘉殿 ひちきりの音 静かに流る

ひちきりの 音と合せて 歌ふ声 しじまの中に 低くたゆたふ

歌ふ声 静まりて聞ゆ この時に 告文読ます おほどかなる御声

昭和四十九年

歌会始御題 朝
神殿へ すのこの上を すすみ行く 年の始の 空白み初む   

昭和五十年

歌会始御題 祭り

神あそびの 歌流るるなか 告文の御声聞え来 新嘗の夜

平成二年

大嘗祭

父君の にひなめまつり しのびつつ 我がおほにへの まつり行なふ 

平成十七年

歳旦祭
明け初むる 賢所の 庭の面は 雪積む中に かがり火赤し

          ○

これらの御製は全て、皇居のおける祭祀の御事を詠ませられている。宮中三殿において、天皇のみ祭りが行われている。皇居は、明治維新前までは、徳川将軍家の居城であったとしても、今日は、まことに以て神聖不可侵の聖域である。亀井静香はこのことをよくよく認識すべきである。

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千駄木庵日乗一月四日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。精神的に落ち着かないので、色々慰める。

帰宅後は、『政治文化情報』次号の原稿執筆。小沢一郎にかかわる「騎馬民族征服論」、

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。精神的に落ち着かないので、色々慰める。

帰宅後は、『政治文化情報』次号の原稿執筆。小沢一郎にかかわる「騎馬民族征服論」、「共産支那副主席引見問題」について書いている。國體の根幹についての問題なので、色々資料にあたり、慎重に書き進めている。

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2010年1月 4日 (月)

『騎馬民族征服説』について

小沢一郎が、韓国の大学のおける講演で語った江上波夫氏の「騎馬民族征服説」なるものは、専門史家には受け入れられていない。

この学説が成り立つためには、古墳時代の西日本に騎馬民族の痕跡が残っていなければならないはずだが、その実例はない。そもそも日本を征服するほど多くの騎馬軍団が、どうやって日本海を越えてきたのか。ずっと後の時代の「元寇」でさえ失敗したのに、古代においてそのようなことは不可能であったろう。

太古より、朝鮮半島南部と北部九州との間で、交流があったであろう。お互いに影響し合ったであろう。馬の一頭や二頭は朝鮮半島から日本に持ち込まれたであろう。しかし、「古事記」「日本書紀」に一行の記述もない騎馬軍団の日本来襲などというのは全くあり得ないことである。

考古学的に何ら証明されず、定説にもなっていない空想とも言って良い「説」を、滔々と韓国で論じた小沢一郎という人の常識を疑う。韓国に媚び諂ったとしか言いようがない。

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千駄木庵日乗一月三日

午前は、母のお世話。

午後は、六本木のサントリー美術館にて開催中の「清方ノスタルジアー名品でたどる鏑木清方の世界」展参観。案内書によると、「鏑木清方(かぶらききよかた)(18781972)は、明治から昭和という激動の時代にあって、人々の暮らしに残る江戸情緒に美を見出し、近代日本画に独自の画境を開きました。また、清方は伝統的な日本美術に親しみ、自身の作品に反映させています。本展では、清方にとってのノスタルジア―古きよきものへの憧憬―に焦点をあて、清方芸術の魅力を探ります。清方の代表作はもちろん、初公開となる清方作品や清方旧蔵の肉筆浮世絵なども出品されます。」との趣旨で開催された。

初期の作品である「曲亭馬琴」が最も印象に残った。盲目となった「南総八犬伝」の作者・曲亭馬琴が息子の妻に口述筆記をしてもらっているところを描いた絵画で、開いたまま盲目となった馬琴の眼がすごい迫力で描かれていた。

美人画が殆どであるが、どの女性像もいわゆる「おちょぼ口」で、目は「切れ長」であった。清方が、浮世絵の伝統を継承する画家であるからであろう。

鏑木清方は、若い頃、旧本郷区の湯島新花町、本郷龍岡町に住んでいたということで、親しみを覚えた。新花町には、高校時代にあこがれていた女性が住んでいた。生長の家で知り合ったのだが、私は未だにその女性ほどの美人に巡り合ったことはない、というのは少し大げさか。「湯島新花町」「本郷龍岡町」というゆかしい町名も今は無くなってしまった。本当に残念である。

参観を終えると、美術館の前で、神田囃子と獅子舞の実演が行われていた。

この後、病院に赴き、父に付き添う。体をさすりつつ快癒を祈る。

帰宅後は、原稿執筆。

             ○

写真は、ポーズをとってくれた獅子舞と踊っている獅子舞。

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2010年1月 3日 (日)

皇居参賀で思ったこと

亀井静香国民新党代表は、陛下の御前で「権力の象徴だった江戸城に今もお住まいになるのは、お立場上ふさわしくないのではないか。京都か、(亀井氏の地元の)広島にお住まいになればいい」「明治期に幕府の権力の象徴の跡に入られたことが、その後の歴史で、政治利用みたいな形になってしまった」という暴論を述べた。

今日、皇居に参賀に赴き、天皇・皇后両陛下と皇族方のお姿を拝し、且つ昭和新宮殿の清らかなたたずまいを見て、亀井氏の論がいかに間違っているかを実感した。

たしかに、皇居は、旧江戸城である。しかし、すでに百年以上にわたって、天皇陛下が祭祀と政務を行わせられるところとなっている。「天皇の祭祀」という神聖なる行事が行われている所は、まさに聖地であり、神域なのである。幕府権力の象徴の跡などということはまったく雲散霧消している。神聖にして清浄なる雰囲気に包まれている。

さらに、皇居は、先帝陛下・今上陛下の生きとし生けるものを慈しまれる大御心によって、自然が大切に保存されている美しくも貴い空間なのである。亀井氏は、閣僚を何回も経験し、皇居に参内していて、そのことが実感できないのてあろうか。

畏れ多いことながら、今上陛下の御製を掲げさせていただく。

「生きものの織りなして生くる様見つつ皇居に住みて十五年経ぬ」

亀井氏の論は、皇居を大切にされて来られた歴代天皇の大御心を否定する暴論である。

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千駄木庵日乗一月二日

午前は、母のお世話。

午後は、新年参賀に皇居に赴く。晴れわたる大空のもと、多くの方々が参賀に来ておられた。聖寿萬歳を謹唱し奉る。福永武氏ら大東塾関係の同志の方々とお会いする。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、「月刊・日本」連載の『萬葉集』講義原稿執筆・脱稿・送付。

          ○

写真は、参賀風景と、皇居伏見櫓。

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2010年1月 2日 (土)

年頭所感

同志の皆様、小生のホームページ・ブログをご覧いただいている皆様、明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。今年も激動の一年になると思われます。これまで以上に、言論報国の誠を尽くしていく所存であります。

対米自立とか、生活第一とか、政権交代とか言って、発足した小鳩政権は、國體破壊・亡国政権であることが明白となりました。天皇・皇室を蔑ろにし、天皇国日本を根底から破壊しようとする政権を放置するわけにはまいりません。何としても、この政権を厳しく糾弾しなければなりません。

            ○

本日、東京・世田谷の小沢一郎の自宅で新年会が開かれたが、警察による厳戒態勢が敷かれたという。天皇・皇室を冒瀆し、日本国の光輝ある歴史を侮蔑する国賊を、何故、警察が護るのか。三島由紀夫氏は「國體を護るのは軍であり、政体を護るのが警察」と言った。川路利良大警視は「警察は国家平常の治療なり」と言った。今の警察は、政体を護っているのではない。国賊を護っているのだ。国家の治療を行っているのではない。国家を害する悪質なる黴菌を護っているのだ。治安維持という点ではやむを得ないとする意見があるかもしれないが、私は納得することが出来ない。

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千駄木庵日乗一月一日

午前は、母のお世話。家族と共に新年を祝う。

午後は、母の父の代からわが家がお護りしている坂下観音堂に参拝。

そして、東都北鎮・根津神社に参拝。

この後、病院に赴き、父に付き添う。意識が比較的はっきりしていて少し話すことが出来た。ただし、暴れて栄養を体内に入れるチューブを外してしまうとのことで、体を拘束されている。父が苦しがっている。

帰宅後は、資料の整理。次号の『政治文化情報』で徹底的に小沢・亀井両名を批判したく思う。

           ○

写真は、参拝者が続く根津神社と、境内で行われた『根津権現太鼓』の熱演の様子。同じ文京区内にある湯島天満宮の『湯島天神太鼓』は有名なのだが、今日初めて『根津権現太鼓』の実演を神社境内で見ることが出来て嬉しかった。

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2010年1月 1日 (金)

大晦日に思う

民主党政権のあまりのひどさには怒りの念を禁じ得ない。民主党政権の根本的な問題は、天皇・皇室を蔑ろにする姿勢である。これは、他の政治問題とは根本的に異なる。小沢一郎・亀井静香は徹底的に糾弾しなければならない。権力の中枢にいる者が、天皇・皇室を軽んじ奉るというのは、まさに、國體の危機である。

佐久良東雄烈士の歌を掲げさせていただく。

「まつろはぬ 奴ことごと 束の間に 焼き亡ぼさむ 天の火もがも」

             ○

今年も色々なことがあった。家庭的には、父の体が衰弱し、年末になって、まさに生死の境にあるということが最大の悲しみであり、苦しみである。あまり私事にわたることは書きたくはないし、書くべきではないと思うが、やはり、私にとっては最も大きなことである。何とか、もう一回家に帰って来てもらいたいと切に祈る。

この事で痛感したのは、病院および医師との信頼関係ということである。入院してから併発した病気、院内感染した細菌が、父を苦しめ、生死に関わる状況に追いやったという事実は、家族として何ともやりきれない。

     

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千駄木庵日乗十二月三十一日

午前は、母のお世話。

その後、神棚・仏壇の清掃。新しき神札を安置させていただく。

午後は、正月用の食糧・お節等を買いに行く。

そして、根津神社に参拝。古いお札などを納める。

その後、病院に赴き、父に付き添う。眠っていたが、少し目を覚ましたので、励ます。何とか元の体に戻り元気になって家に帰ってきてもらいたい。病室でたった一人で年を越す父のことを思うとやり切れない。

帰宅後は、母と年越しそばを食す。

その後、諸雑務・資料の整理。

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