« 千駄木庵日乗十二月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗十二月二十一日 »

2009年12月21日 (月)

小沢一郎と私

小沢一郎とは、一回だけ相見えたことがある。当時、西村眞悟氏が入っていた自由党のパーティーに行った時である。各テーブルを回って挨拶をしていたが、西村氏のテーブルに私がいるのを見たら、スーッと次のテーブルに移ってしまった。案外気の小さな人だなあと思った。

電話で話した事もある。小沢氏が創価学会・公明党と協力関係にあったことについて、抗議というか反対の意見を述べるために自宅に電話をした。秘書か家族の男の人と、三十分くらい話していたら、電話に出て来て、「あまり長く話しても仕方がない。もういいてしょう」というようなことを言った。

小沢氏のことは、彼が自民党幹事長の頃から、嫌いだった。創価学会と一緒になって鈴木俊一降ろしを行ったことが、原因の一つだ。『コンチクショー』と言われ政財官癒着・金権政治の張本人として権勢を誇っていた小沢氏が、自分が自民党及び旧田中派内の権力闘争に敗れると、自民党を脱党し、「改革」を叫んで自民党攻撃を開始した事に、嫌悪感を抱いた。また、創価学会が自民党と連立を組むと、平野貞夫や石井一を使って学会批判をを行ったことにも、嫌悪感を抱いた。

以後一貫して小沢一郎批判を行ってきた。真正保守・民族派の中に、小沢氏に期待する人、支持する人も案外多かった。しかし私は絶対に小沢を信用できなかった。

今回、小沢の本性が、「売国」であり、「皇室軽視」であることが明白になった。こんなことを言うと、批判を受けるかもしれないが、私は、先見の明をひそかに誇っているのである。

|

« 千駄木庵日乗十二月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗十二月二十一日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/47073319

この記事へのトラックバック一覧です: 小沢一郎と私:

« 千駄木庵日乗十二月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗十二月二十一日 »