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2009年12月20日 (日)

小沢一郎の亡国的憲法論

西村眞悟氏は今日の講演で「小沢一郎は国民主権の意味を分かっていない」と言われたが、その通りである。

 小沢は、記者会見で、「国事行為は内閣の助言と承認で行われるんだよ。天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認 で行われるんだ、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨なんだ。ね」などと不敬発言を行った。

これは「国民主権」の「国民」とは今日唯今日本に生きている国民のことだと思っているから出てくる議論である。

重大なことは、天皇の御地位が「主權の存する日本國民の総意に基づく」とするのは、「総意」を今の國民のみならず過去・未来の國民の総意も含まれると解釈しない限り、天皇中心の國體の歴史性・時間的連続性を無視していることとなる。

 

三潴信吾氏は、「國民の総意」を「普遍意志」と解すべきであるとされ、「天皇の地位は、わが日本國及び日本國民の生命の大本、根源であって、……永年にわたる日本國史の中に、遠い祖先から各世代相傳へて保持し、培ってきた『日本人の普遍意志』によるものであることを明示してゐる」(『日本憲法要論』)と論じておられる。

天皇中心の國體破壊をもくろむ人々は、小沢のような誤れる「國民主權論」を、わが國の國家傳統の破壊、共和制革命への突破口としようと躍起になっている。

 

「現行憲法」は、君主と人民とは相対立する存在であり、國家とは國民同士が契約して成立するものであると考える西洋的法思想・國家觀・君主觀・權力論が基礎となっている。

 天皇中心の信仰共同體國家・祭祀國家たる日本には全くなじまない「主權」が「君主にあるのか、國民にあるのか」という対立概念に基づく「國民主權」を、成文憲法に書くことは、わが國の國柄とは相容れない。西洋概念で日本國體を規定することはあってはならない。西洋法思想・國家論である「國民主權」なる「概念」を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定することは國體破壊につながる。 

 神話時代からの悠久の歴史を有する日本の天皇中心の國柄を、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋の憲法概念に基づいて成文憲法に規定することは重大な誤りである。

「主權」が、「天皇」にあるか「國民」にあるかを論議すること自體、日本の傳統的な考え方・國體觀とはなじまない。この一点を以てしても、「現行占領憲法」はまさしく日本の傳統を破壊する憲法である。          

               

祭祀主たる天皇と國民の関係は、支配・被支配の関係ではない。天皇は信仰的権威による國家國民の統率者であり、わが國は、信仰的・祭祀的統一によって形成された國家である。そしてその祭祀主が天皇であらせられるのである。祭祀國家として約三千年の時間的連続・歴史を有してきたことが最も大切な日本國の本質であり、日本國體の尊厳性なのである。

日本國は、國家の意思を最終的に決定する權力としての主權を持つ國民の意思によって形成された國家、すなわち契約國家・集合國家・權力國家・統治システムとしての國家ではない。         

「現行占領憲法」は、万邦無比の日本國體を隠蔽しているどころか、國體破壊の元凶なのである。一日も早くこのような亡國憲法は破棄されなければならない。國家の基本法典たる憲法は必ず、その國民の、立國以来の歴史の中に培われてきた國民共同体(これが憲法上の「國民」の真の意味である)に立脚しなければならない。

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