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2009年12月11日 (金)

千駄木庵日乗十二月十日

午前は、母のお世話。医師の往診があった。

午後は、中村信一郎國體政治研究会代表幹事・魚谷哲央維新政党新風代表・斉藤吉久氏(宗教ジャーナリスト)・稲貴夫神社本庁広報部長と共に、鎌倉市佐助の葦津珍彦先生の墓所に詣でる。その後、長谷の葦津泰國氏(葦津珍彦先生の御子息)宅訪問。葦津氏と懇談。葦津珍彦先生の思想の継承などが語り合われ、有意義なひと時を過ごした。中村氏のお世話に感謝する。

葦津珍彦先生の墓参は初めてであった。生前、二三回葦津先生のお宅をお訪ねし、色々ご指導をいただいた。「天之御中主神と天照大神」について質問させていただいたのを鮮明に覚えている。今日、葦津家の神棚を拝礼させていただいた。中央に『天之御中主神』その左右に『天照大御神』『八幡大神』さらにその左右に『天神地祇』『祓戸大神』が祀られていた。

鎌倉には久しぶりに来た。江ノ電に乗ったのも本当に久しぶりである。長谷の町を駅に向かって歩いていると、四条山収玄寺という日蓮宗のお寺があった。門が開かれていて、大きな石碑が見えた。「四條金吾邸跡 東郷平八郎書」と刻まれていた。四條金吾は、鎌倉時代の武士で日蓮の在家の高弟である。東郷平八郎は日蓮宗の信者であったのであろうか。

東京に帰り、父の病院に赴き付き添う。

帰宅後は、原稿執筆。

             ○

小沢一郎が訪中し、胡錦濤と会談したが、ガス田の問題や食の安全など日中間の懸案については、まったく触れなかった。

普天間問題でアメリカの日本に対する不信感が高まる中で、多数の配下の陣笠代議士・小沢チルドレンを引き連れて朝貢外交を行った。小沢民主党が、反米親支那の姿勢を鮮明にすることが、今後の日本のみならずアジア全体の平和と安全を脅かすことになるのは火を見るよりも明らかである。

小沢は胡錦濤との会談で「人民解放軍でいえば、野戦軍の司令官として参院選勝利に向けて頑張っているところだと」と言ったという。共産支那の軍隊は決して「人民解放軍」ではなく「人民虐殺軍」であることは、天安門事件で明らかになっている。また共産支那の「第四野戦軍」の指揮者は、最高実力者として君臨した鄧小平であった。小沢一郎はまさに民主党政権の最高実力者として政治を牛耳って、日本を混乱と危機に追いやっているのだ。そのことを自覚しているからこんなことを言ったのであろう。

葦津珍彦先生墓所          四條金吾邸跡石碑

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